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第6話-6

「警視庁には何度か首謀者に辿り着くためのヒントが送られてきていた。誰なのかとずっと考えていたが……お前だったんだな」 「……どうして、分かったの」 「あまり警察を舐めるなよ」  そちらが思うよりも有能なのだと口角を上げた真宮に、要はばつが悪そうな顔をする。 斎藤からの連絡を受けその事実を知ったときは驚きよりもどこか腑に落ちたような感覚だった……要なら有り得る、と。 だが一つだけ疑問が残った。 事を大きくして、罪を犯して、何故そこまでしてから計画を妨げるような真似をしたのか。 その真実を知りたかった……そして時折見せた要の憂いの表情の理由も。 真宮の問いかけに、要は隣の神崎を気にした素振りを見せる。 だが少しの沈黙の後、意を決したのかゆっくりと唇を開き真実を語り出した。 「……計画に加担したのは、自分のためだった。でも段々と自分のしていることが怖くなってきて……でも、止めなくちゃと思ったときにはもう、自分だけでは……どうしようも無いほど事は大きくなってた」  今更こんなことをしても罪は消えない、許されないことだということも分かっている。 だがそれでもこのまま放っておけば更に多くの人間が命を落とす。 そう思うと見て見ぬふりはできなかった。 帰宅ルートや勤務日程から、あの場所ならば唐沢の死体は高確率で真宮が発見すると予測できた。 その近隣で爆発が起これば真宮がすぐに駆け付けるはず。 そしてそこに証拠があれば必ずPSIMの根源である大島組と……そしてその先にいる自分達に辿り着くと踏んだのだと要は打ち明けた。 「なら、あの違法風俗店は?……出入りしてたんだろ?」 「それも知ってたの?」 「いや、これは自分で気が付いた。子供たちが言ってたよ……要のことを天使だって」 そう続けた言葉の先で、要の耳朶に揺れるピアスを指差す。 根拠は無い。 ただこうして要と対峙した時に、何となく子供達の話した天使は要なのではないかと思ったのだ。 所謂刑事の勘、そして元親友の勘とでも言っておこう。 真宮の言葉に要はわずかに目を見開き、それから何かを噛みしめるように静かに頬を緩めた。 「……そう」 あんな状況でも、本当にあの子達は素直でいい子だ。 そう呟く要の浮かべた優しい表情に、真宮は何故と問いを続ける。 あの違法風俗店は、直接的にはPSIMに関係のない場所だ。 ならばどうして真宮達に摘発させるように仕向けたのかだけはどうしても分からなかった。 真宮が要を見つめると、要は睫毛を震わせる。 そして小さく息を吐き、視線を落としたまま静かに口を開いた。 「あの子達は僕の分身だ。僕がなってたかもしれない未来……だから救いたかった。過去の自分と同じように」 「……そうか」 要の話した過去が本当ならば、恐らく神崎がいなければ要もあの子供達と同じ環境に身を置くことになっていたのだろう。 聞かされた答えに真宮が納得したように頷けば、背後で身じろぐ気配がした。 「……なんで」 聞こえてきた掠れた声に振り返る。 そこには苦しげに顔を歪めながら要を見つめる日野がいた。 日野は体を横たわらせたまま、要から視線を離さず途切れ途切れに言葉を紡ぐ。 「俺に、あのメッセージを送ったのは……何故……あなた、あの夜……俺に……」 「え……?」 「……気が付いてたんだ」 突然の日野の告白に、真宮は困惑した表情を見せる。 荒い呼吸を整えながら、日野はあの日のことを語り始めた。 そう、真宮と初めて出会ったあの夜、日野の携帯には一通のメールが届いていた。 『ここに来れば、君の知りたい全ての真実が分かる』 アドレスは、これまで幾度となくヒントを送ってきた密告者のものと同じだった。 PSIMの首謀者と、自分の母を殺した相手は同じ人間。 刑事として捜査班に配属されてからその事実に気が付いても、他の刑事には明かせなかった。 誰が敵で、誰が味方なのか、その時の自分にはまだ判断できなかったから。 でもだからこそ、早期事件解決のための努力は惜しまなかった。 だがその密告者が要だと聞かされた時から、ずっと腑に落ちないことがあったのだ。 何故、要はわざわざあんなメールを自分に送ったのか。 日野がそう問いかけると、要は細めるようにして日野を見つめた。 「……君と真宮をバディにしたのは僕が仕組んだことだ。ただ普通にバディになるだけならきっと信頼関係はすぐに築けない。僕には時間が無かったから……二人が互いを信じ合い、早く真実に辿り着いて……君が苦しめばいいと思った。だから、君達をあの夜に出会わせた」 「……」 全ては要が仕組んだこと。 日野は要の言葉を受け止めながらも冷静だった。 そのまっすぐな瞳は逸らさず、要に向けられ続けている。 嘘を許さない日野の瞳。 逸らしたくても逸らせないその眼差しに、要は決まり悪そうな笑みを浮かべると静かに言葉を続けた。 「……嘘、本当は羨ましかったんだ。お母さんの愛を受けられる君が。だけど……僕のせいで、君の人生は変わってしまったから。だから、お詫びがしたかった」 「それって……」 君なら真宮と寄り添い、支え合い、いつか互いを愛しながら生きていける。 そう信じたから、二人を引き合わせた。 二人に謝罪をしたくて、何か自分にできる贖罪をしたくて。 誰かを愛して生きることに喜びを得る人生を、二人に返したかった。 「ごめんね、日野くん……」 「……っ」 要の謝罪に日野は言葉を失い、唇を引き結ぶ。 俯いた日野の表情には、深い葛藤が滲んでいた。 真宮はそんな日野の姿を横目に、要に再び向き直る。 要もまた真宮を見つめて、まだ聞きたいことはあるかと問いかけた。 「……何故、俺を選んだんだ?」 そう、要が言うように早く事件を収束させたいのなら、他に頼るべき人間や他の方法もあったはずなのだ。 それなのに何故、ここまで遠回りを重ね真宮の手で真実へと辿り着かせたのだろう。 真宮の問いかけに、要は引き唇を僅かに開く。 そして小さく息を詰めた要は、その瞳の端に涙を溜めて声を震わせた。 「だって……真宮にしか頼めなかった」 「え……」 「君は僕にとって、君だけが、ずっと……頼れる親友だったから」  重ねる毎に小さくなっていく言葉。 ごめんねと呟いた要は、初めて見たときと変わらぬ笑顔を見せ頬には涙が伝った。 零れ落ちる涙に会話は途切れ、二人は静かに口を閉ざす。 するとそれまで三人を冷ややかに傍観していた神崎が、間に入るように口を開いた。 「……話は終わりかな」  最後の審判だと神崎が告げる。 そうだ、これが最後。 いくら強がっていても止まらない手の震えを見ていると怖気付いてしまいそうで、真宮は瞼を下ろすと大きく一度深呼吸をする。 大丈夫、俺は死なない、何があっても日野を助ける。 息を吐き切り、一際大きく人差し指が震える。 そして静かに、真宮は引き金を引いた。 「……っあ……」 まるで時が止まったかのように、辺りを静寂が包み込んだ。 その静けさを裂くように耳元で響いたのは、聞き慣れた軽い音。 その直後、誰のものとも知れぬ声が思わず漏れたように小さく零れた。 「……俺の勝ちだ」  開いた瞼のその先にいたのは、驚いた表情の神崎の姿だった。 やはり、最後に生き残るのは正義だ。 真宮はそのまま拳銃を乱暴に投げ捨てると、さあと手を伸ばす。 「約束だ、早く解毒剤と起動装置を寄越せ!」 「……」 鬼気迫る表情で真宮はもう時間が無いと声を張り上げる。 抵抗されることも考えていたが、神崎はあっさりと懐に仕舞っていた解毒剤と起動装置を取り出した。 地面に転がされた二つの褒美に駆け出す足。 それを手に入れて足早に真宮は日野の元へと駆ける。 足を撃たれてから三十分は経っていないはずだ。 大丈夫と自分に言い聞かせながら日野の体を起こす。 だが、真宮の呼びかけに日野の反応は無い。 途端に引いていく血の気に、真宮は日野の頸動脈に触れる。 ……脈が無い。 「まだ、こんなところでくたばる訳には行かないだろ、日野……!」 自分の心臓が大きく脈打つのを感じながら、真宮は日野のスーツの胸元を乱暴にはだけさせた。 両手を重ねて胸の中央に置き、ただひたすら力を込める。 一、二、三、四。 規則的に体重をかけて心臓にマッサージをする。 顎を持ち上げ開いた唇に自分の唇を合わせて、解毒剤と共に酸素を送り込んだ。 息が切れて腕が痛んでも関係無い。 真宮は何度も、日野が目覚めることを期待して同じ動作を繰り返す。 「日野、起きろ……起きてくれ……」  息を切らしながら何度も呼びかけるが反応は無かった。 蘇生の合間に頸動脈に触れる。 だがそちらも先程と変わらず触れた指に脈を知らせることはなく、真宮は繰り返し腕に力を込める。 「クソッ……日野……おい、日野……っ」 どのくらいの間そうしていただろう。 ついに真宮は体力の限界を迎え、絶えず動かしていた腕は力を無くしだらりと力なく下ろされる。 最後まで共にいると言ったのに、嘘をつくのか。 縋るように呟いた声に答えてくれる声は無い。 ……ああ、助けられなかった。 諦めの感情と共に真宮の瞳に溜まっていた涙が零れ、地面に染みこんでいく。 絶望と共に頭を抱え真宮が涙を溢れさせた、その瞬間だった。 「……っぐ、……ぅ……」 その微かな声に弾かれるように真宮が顔を上げた。 日野の喉仏が上下に動き、溜まっていた唾液と共に解毒剤を飲み込む。 そして引き攣るような呼吸音と共に、日野は大きく咳き込んだ。 「ゲホッ……ゲホ……ッハッ……」 「……日野っ!」 「ま……み、や……まみ、やさ……」  まだ意識が混濁しているはずの日野は目を閉じたまま、うわ言のように真宮の名前を呼んでいた。 ゆらゆらと手を伸ばし真宮を探す日野の手を握り優しく声をかけると、夢現の中でも声が聞こえたのか日野が頬を緩める。 もう大丈夫だ。 そう確信すると一気に力が抜けて、力無く笑い声が漏れる。 そして真宮は繋いでいない方の腕で、日野の体を抱き寄せた。 「よかった……」  日野の体を強く抱きしめれば弱々しい日野の心臓が少しずつ規則的な動きに戻っていくのを感じ、日野の肩口を真宮の涙が濡らしていく。 これで一件落着だ。 そう思いかけた思考は後ろから聞こえた砂を踏む音によって引き戻され、真宮は日野を抱えたまま後ろを振り返る。 そこには神崎が、首元に鋭いナイフを構えていた。 「な、何して……」 「もう終わりだ」  淡々と告げられた言葉。 目の前の神崎の顔からはいつもの薄気味悪い笑顔が消え、まるで人形のような表情でこちらを見つめていた。 立ち尽くしたままの神崎はそのままナイフを持ち直し、垂直に刃先を首に向ける。 そして真宮と日野を感情の無い瞳で見つめたまま、静かに口を動かした。 「計画は失敗、求めていた愛なんてどこにも無い。生きている意味はもうどこにも無い」 「は……」 「だから、もういい」 『さようなら』 無表情で告げられた言葉と共に、神崎がナイフを持つ手に力を込める。 止めに入ろうと思わず手を伸ばすも、神崎との距離は約三メートル。 ここからでは届かない。 『ああ、駄目だ。間に合わない!』 こんなところで、こいつを死なせてたまるか。 真宮が心で叫んだとき、目の前に人影が現れる。 その人影の顔を見た瞬間、真宮の時が止まった。 「…………か、なめ」 ……音の無い世界でただ、自分がその名前を呼ぶ声だけが響いた。 息を吐き出すように呟いた名前。 要は白い首に入る大きな切り傷を手で押さえるも血は止まることを知らず、指の隙間からだらだらと溢れていく。 力を無くしゆっくりと地面に伏した要の周りには、少しづつ赤い水溜まりが出来ていった。 「……どうして庇ったんだい。裏切るほど私が嫌だったんだろう?」 「ち、が……」 ナイフを手に持ったまま要を見つめる神崎は、冷たい声音で言葉を投げかけた。 立ち上がろうと前のめりになった体を、真宮はぐっと堪えて口を閉ざした。 駄目だ、要の最後の言葉を邪魔したくはない。 真宮はこの場所に留まることを選び、ただ二人を静かに見つめる。 要の首からは流れる血は止まらず、地面を染めていく。 少しづつ浅くなっていく呼吸の中、要は立ったまま要を見下ろしている神崎に、残りの力を振り絞り言葉を紡いだ。 「貴方は、僕に……い、ばしょを……くれた……僕に、とって……あなたは、恩人で……仲間で……たい、せ、つな人……」  神崎は静かにその言葉に耳を傾けていた。 上質な革靴に血が染み込んでいこうとも構うことなく、ただ要を見つめている。 要が何かを言おうとしても、喉からは掠れた吐息が漏れるばかりだった。 それでも神崎はじっと要を見つめたまま、その場を離れようとはしない。 その姿に小さく微笑んで、要は静かに目を閉じた。 「愛しています……」  その言葉を聞いた瞬間、神崎の手に握られたままだったナイフが赤い水溜まりの上に落ち飛沫を上げた。 瞼を下ろした要は、今までに見たことも無いほど穏やかな顔をしている。 それはもう悔いは無いとでもいうような、晴れやかな顔。 神崎はやがてゆっくりと膝を曲げ、要のすぐ隣に腰を下ろす。 そして涙に濡れた頬に触れると、神崎はぽつりと呟いた。 「……起きて、要くん」 頬を撫でても、もう要は答えない。 神崎の手は要の頬から離れ、その華奢な肩へ。 何度も、何度も、名前を呼び、肩を叩いても要は目覚めない。 呼びかける神崎の声は次第に大きくなり、初めは小さく肩を揺らすだけだった腕は大きく要の体を揺さぶる。 「起きて、起きてよ、ねえ」 だが何度声をかけようと、体を揺さぶろうと、要は反応を返さない。 神崎だって理解しているはずだ。 それでも現実を認めたくないとでもいうように要を揺さぶり続ける神崎の姿は、まるで駄々を捏ねる子供のようだった。 どのくらいの時間が経っただろう。 やがて力無く揺れる要の体を前にして、ようやく神崎の手が止まる。 いくら呼びかけようともう要は目覚めないことを、ようやく理解したのだろうか。 神崎はぼんやりとした瞳で要を見つめたまま、冷たくなっていく体を静かに抱き上げる。 そして顔にかかる長い髪を指先で梳くと、そのまま優しく頭を撫でた。 「……君は酷い子だ」 ぽろりと零れた言葉。 虚ろな神崎の瞳には、透明な雫が溢れている。 そしてそれは一つ、また一つと頬を伝うと、堰を切ったようにとめどなく涙が零れ落ちていった。 「私を……一人にしないでくれ……」  その必死な姿は感情の無い化け物などではない。 ただの、愛する人を失い悲しみにくれる哀れな人間そのものだった。 なんて愚かなのだろう、求めていたものはすぐ側にあったはずなのに。 それを見ようともせず、神崎は自身の過ちで大切なものを永遠に失ってしまったのだ。 呼吸の落ち着いた日野の体にジャケットをかけ、よろよろと真宮は立ち上がる。 ポケットから取り出した使い古した手錠。 要に縋り付くその腕を掴み、真宮は腕に巻かれた時計に目を向け呟いた。 「……六時七分。神崎博臣、殺人教唆、殺人、及び銃刀法違反の罪で逮捕する」  神崎の腕に手錠がかけられるその瞬間、濃紺に包まれていた空が色を変えた。 顔を上げれば、真宮はその眩しさに目を細める。 朝日に照らされ、美しく輝く海と空。 ああ、そうか……この場所は朝が一番美しいのか。 きっと要がこの景色を見ていたのなら、これからは毎回朝に来ようなんて嬉しそうに呟くに違いない。 要の笑顔を想像して微笑めば、遠くからはパトカーのサイレンが聞こえてくる。 日本中を騒がせてきた大事件は、今遂に幕を下ろしたのだった。

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