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第6話-5

「……私は物心ついたときから、人間らしい感情に乏しくてね。周りからよく頭がおかしいと言われていた」  自分は喜怒哀楽というものが生まれながらに欠如した、所謂欠陥品の人間だと理解するのに時間はかからなかった。 家族はいない。 母親は自分を公衆トイレに産み捨てていったらしい。 施設での生活の中、人の輪にも入れず、ただ孤独につまらない日々を過ごしていた。 子供ながらに、普通になりたいと思う時期もあったのだ。 だが解決の糸口は見つからず孤独な日々を過ごしていたとき、街灯テレビで偶然警察のドキュメンタリーを見かけたのが全ての始まり。 「閃いたんだ。犯罪は人間の感情が激しく昂ったときに起こる衝動。そんな人間と日常的に対峙すれば感情を知ることができるって」 「でもお前は、警察官の勤務経験は殆ど無いはずじゃ……」 「いいや?刑事にもなったよ。斎藤さんの……相棒だった」 「な……っ!」  こんなところで斎藤の名前が出るとは思わず、驚きを隠せない真宮は言葉を失う。 『今回はここまで』 さあどうぞと、神崎が微笑みかけた。 有無を言わさぬ神崎の圧に、真宮は静かに目を閉じる。 生憎、自分は神崎とは違う。 どれだけ平静を装ったところで心までは偽れない。 大きく脈打つ心臓を悟られぬよう、真宮は何食わぬ顔で平静を装う。 そして人差し指に力を入れると、カチッと軽い音と共に弾倉が動いた。 「外れだ」  真宮が肩の力を抜くと、後ろから大きく息を吐いた音がした。 きっと日野は後ろで真宮より青い顔をしながらこの馬鹿げたゲームを見守っているんだろう。 その姿を想像するとなんだか口元が緩んで、少しだけ体の余計な力が抜けた気がした。 「さあ、お前の番だ」  真宮は神崎にめがけて拳銃を放り投げる。 神崎はそれを上手く受け止め、こめかみに銃口を向けた。 息をつく暇も無く引き金を引いた神崎の耳元では、先程と同じ音がするだけ。 神崎は本当に恐怖など感じていないのだろう。 拳銃はすぐに真宮の元へ戻ってくる。 真宮もまた静かに銃口をこめかみに向けると、神崎は口を開いた。 「私の噂、どこかで聞いたかい?殉職したと」 「ああ……」 「間違ってはいない、殉職したよ。過去の私は……金森弘樹はね」 神崎は再び、過去を語り始める。 無事に警察学校を卒業し、晴れて警察官となった。警察組織の中では相変わらず浮いた存在だったが、幸いにも警察官という仕事は自分に向いていたらしい。 さほど時間を置かずに刑事へと昇進し、斎藤の部下として日々を過ごしていた。 だがそれでも、人間の感情を知ることはできない。 大して代わり映えのしない、つまらない日々を送っていたある日、神崎は自らの人生を大きく変えることになる出来事に遭遇する。 『助けて、夫に殺される』 それは深夜に入った一本の通報だった。 通常通報を受けた場合は警察官が出向くものだが、切羽詰まった通報者の声音にたまたま近くを車で走っていた斎藤と自分が現場へ向かうことにしたのだ。 現場に到着したときに見たのは、今まさに包丁を振り下ろそうとしている男。 斎藤と神崎がそれぞれ間へと素早く入り、包丁は神崎によって男の手から奪い取られた。 武器を奪われ、女から引き離された男は明らかに動揺した様子で、何かを探すようにポケットを漁る。 次の瞬間取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな瓶。 男は蓋を開き、自分の前に立つ神崎にめがけて液体を振り撒いた。 「……後から知ったけれど男は理系研究室の責任者でね、かけられたのは研究室からくすねた硫酸だった」 「……っ」 神崎の身に刻まれた痛みや恐怖は、当事者ではない真宮には想像も付かない。 思わず眉をひそめる真宮に、神崎は流石にもう浴びたくはないと笑う。 流石に笑えない冗談だ。 真宮がその言葉に反応せずにいれば、つまらないと言わんばかりに神崎は肩を竦めた。 「結局ね、通報者の女性は助からなかったよ……斎藤さんはそのアクシデントに、咄嗟に私に駆け寄ってしまったから」  男は再び女の元に走り寄り、振り下ろされた包丁を受けた女の胸が赤く染まっていく。 ああ、駄目だった。 激しい痛みの中ただ淡々と失われていく命を見つめていれば、次の瞬間神崎の人生を揺るがす驚くべきことが起きた。 『あなた……愛してる』 女は安直な言葉と共に、深く突き刺された包丁をあろうことか受け入れたのだ。 ああ、これが、これが……そうなのか。 それは神崎が人生で初めて『愛』を理解した瞬間だった。 新しい感情を知った神崎の体は激痛に耐えかねて意識を手放す。 次に神崎が目覚めたのは、警察病院の病室だった。 『ここから出なくちゃ』  元の生活に戻れば、折角知ることのできた感情が消えてしまうかもしれない。 やっと手に入れた、普通の人間と同じ感情。 『絶対に失いたくない、もっと、もっと知りたい!』 その一心で神崎は取り憑かれたように体を引きずって病室を出た。 警察の目の届く範囲では連れ戻されてしまう。 だからといって逃げ隠れする生活では、自分の知りたい人間の感情を知ることはできないだろう。 考えた末に叩いたのは大島組の門だった。 刑事として有能な情報と刑務所にいる構成員の解放を条件に手に入れたのは、新しい顔と名前。 上手く根回しをしてもらい金森は殉職したことにした、その方が今後何かと動きやすい。 そして生まれ変わった自分は大島組の構成員となりある計画を水面下で進めていったのだと、神崎は絶句する真宮に笑いかけた。 「どう?中々すごいでしょ?」 「……」 どこか自慢するように語る神崎に、真宮は何も言えずに口を閉ざしたままだ。 確かに想像していたよりも壮絶な人生だ。 だがここからどうして、PSIMを引き起こそうと思い立ったのか。 それが真宮が真に聞きたかった真実。 追い求めていた答えがついに聞けると思うと、思わず身を乗り出しそうになる。 だがそれを堪えるように、真宮は努めて冷静に問いかけた。 「……PSIMの目的はなんだ」 その言葉を口にした瞬間、緊張に喉が鳴る。 そして神崎はその問いを待ち侘びていたかのように口元を歪ませると、静かに口を開いた。 「私は考えた。愛を知りたかった。だから千人を実験対象にして愛する人間を最も感情の昂る瞬間である“死”に追いやり、データを取る……そうすれば感情を、そして“愛”をもっと理解できると思った」 「……は?」  漏れ出た声は随分と力無いものだった。 たったそれだけ。 この大規模な計画に見合わないほど、それは小さな好奇心から生まれた悲劇だった。 呆れや怒りを通り越し、最早神崎に畏怖さえ感じてしまう。 真宮は信じられないものを見るような瞳で神崎を凝視したまま言葉を失う。 その目は苦手だと薄気味悪く笑う神崎は、微かに苛立ちを隠しているように見えた。 「実験体には感謝してるよ。だが愛というのは結局……生きる上で必要のない、醜く無駄なものだと分かった」  愛は唯一無二の美しいものだと、どこかで夢を見ていたのだ。 約千個の愛の形をこの目で見届けて、分かったのはただ一つ。 愛とはただ、欲を相手にぶつけるだけの醜いものだということだけ。 それを理解した瞬間、自分の中でこの計画の終わりが見えたのだと神崎は語った。 「だから一からやり直そうと思ったんだよ。この娯楽と欲まみれの世界が一度リセットされれば、また綺麗な愛を育む人間が産まれるかもしれないじゃないか」 「だから、爆弾を……」 「そう!全人口の八割くらい死ねば個人的にはありがたいんだけど、どうかなあ」  真宮はもう、反論する余力も残ってなかった。 この男は自分とは違う常識の元に生きているのだろう。 憤りを感じても無駄だと心を閉ざす真宮に、神崎は腕を持ち上げる。 この場に不釣り合いな楽しそうな顔を見ても、最早怒りすら湧かなかった。 「一度に随分と話してしまったね……さあ」  指を差す先には拳銃がある。 真宮はその言葉で我に返り、再び人差し指に力を込める。 先程と同じ音に来ない衝撃、外れだ。 いつの間にか背中にかいていた汗を無視して、真宮が神崎に拳銃を回す。 だが拳銃は数十秒も経たず再び真宮の元に返り、真宮は一度深呼吸をすると頭に拳銃を突きつけた。 「面白くなってきたね、ここから運命の別れ道。どちらかが必ず当たりを引く」  弾は残り二発。 眉を寄せる真宮は静かに視線を後ろへと向ける。 地面に横たわる日野は顔を青白くして、肩で息をしていた。 動揺を悟られまいと無表情を貫きながら、真宮は神崎の隣の要に視線を移す。 地面に視線を落としていた要は真宮の視線に気が付いたのだろう。 そっと顔を上げて絡み合う視線に真宮は口を開く。 「……最後はお前に、聞きたいことがある」 そう呟く真宮に要は体を真宮に向け、大人しく話を聞く姿勢を見せた。

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