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第6話-4

車を走らせ続け辿り着いた目的地には、誰の姿も見えなかった。 車を降りて警戒を怠らないまま静まり返った園内をゆっくりと進んでいく。 ふと、幼い頃の自分と要の幻影が手を繋ぎ走っていくのが見えた気がして、真宮は二人を追いかけるように少しづつ足を動かす速度を早めていった。 向かうのは二人の思い出の場所。 大きく開けた広場の先、 ゲートブリッジが一望できる場所には空に手を伸ばす要の姿があった。 「……やっぱりここは夕方が一番綺麗だな」 「でもこの時間も中々いいよ、僕は好き」 朝は来たことがないけれどどうなのかな。 立てられた柵に体を預けながら問いかける要に、真宮は肩を竦め分からないと笑った。 たわいない会話をするのは何年ぶりだろう。 あの頃はずっと友情が続くと信じていたのに、もうきっと二人は戻れない。 「要、俺はこれからお前を捕まえるよ」 真宮は要を真っ直ぐに見つめていた。 出会ってから歳を重ねて、要との関係は随分と形を変えてしまった。 今、真宮は友でなく、刑事として要に対峙する。 真宮の宣言に、相槌を打つ要はどこか寂しげな顔をして微笑んでいた。 「……なら最後に話さなきゃ、全ての真実を」 要は笑みを崩さぬまま語り出す。 ……そう、あの方に出会ったのはあの夜だった。 ―――――――――――――― 時刻は二十時。 いつもならとっくに帰宅している時間だと言うのに、つい図書館で本に熱中していたせいで随分と遅くなってしまった。 体が芯まで冷えきってしまう前に早足で家に辿り着き、明かりのついていない玄関の鍵を開ける。 扉を開けた瞬間香った匂いは鼻血が出た時と似ていた。 何の匂いだろう。 そもそもいつもこの時間ならば両親はいるはずなのに、どうして明かりが付いていないのか。 もう眠ってしまったのだろうかと、いつも通り極力音を立てないように軋む廊下を歩いていく。 あまり音を鳴らすと煩いと怒られてしまう。 息を潜めゆっくりと歩いていたのに、軋んだ床から一際大きな音が鳴ってびくりと肩を揺らした要が辺りを見回す。 ふと目に入ったのはいつもは締め切られている襖の小さな隙間。 そこから入ってくる外の冷たい風と、鉄のような香り。 『おとうさん、おかあさん……いるの?』 小さく呟いて襖に手をかけ、静かに襖を引く。 見える景色は居間でうたた寝をする両親。 ……そのはずだった。 それなのにそこにいたのは、血の海に横たわる二つの死体。 『……っ!?な、なん……』 『ああ、やっと帰ってきたね』 『……っ!』 足が地面に縫い付けられたかのように動けなかった。 そんな中暗闇から聞こえてきた声に、要が恐怖に声にならない悲鳴を上げる。 声のした方になんとか眼球だけを動かしてみると、 ぬるりと姿を現したのは血濡れのナイフを持った美しい顔の男。 それが……神崎だった。 『お、お兄さんがやったの?』 『うん、頼まれてね。なんか君の両親借りてたお金返さないみたいでさ』  男の言葉に要は両親の亡骸へと視線を移す。 確かに最近はそんなことでよく怒鳴りあっていた気がする。 憂さ晴らしとばかりに関係の無い自分も暴言を吐かれ、よく殴られていた。 嫌な記憶を思い出し要がじっと両親の恐怖に歪み固まった顔を見つめていると神崎は首を傾げる。 『悲しがらないの?変な子だね』 『……なんか、安心しちゃって』 『ええ?』 自分を傷付けていた拳は、もう振るわれることは無い。 罵声を浴びせてきた口は血を垂れ流し、もう言葉を発することは無い。 どこか別のところを見ている瞳は、もう軽蔑を込めて自分に向けられることはないだろう。 『よかった……これでまだ二人を、好きなままでいられる』  無意識に呟いた言葉だった。 これだけ暴力を振るわれても、蔑ろにされても、愚かだと分かりながら両親を愛していた。 でもいつか、暴力に耐えかねて二人を憎むようになってしまった時、きっと自分は自分ではいられなくなると思っていたから。 だからこそ、両親を愛しているまま別れられることに酷く安心していた。 要の言葉に淡々と言葉を連ねていた神崎は驚いた顔をする。 そして信じられないものを見るように要を見つめると、神崎は血で汚れていない方の手で要の頭を撫でた。 『……提案があるんだ。これから私は、大掛かりな実験をしようと思う。君にその手伝いをしてほしいんだ』 冷たく大きな手は何故かとても安心して、その手を受け入れれば神崎は初めて見せたぎこちない笑顔を見せる。 本当ならば今すぐ逃げ出さなければ行けないはずなのに、瞳の奥に見えた悲しみに目を離せない。 『どうして僕なの』 その問いに答えが来ることはなく、神崎は言葉を続けた。 『君も売られる予定だったけど何とかしてあげる。必ず迎えに行くから待ってて』 『でも……』 『僕を、信じて』 その約束はきっと、この暗い人生を変えるものだ。 そして不思議なことにどこの誰かすら分からない、ましてや両親を殺した憎き相手のはずなのに、この男に酷く惹かれているのを幼心に理解していた。 何故自分が選ばれたのか。 その答えはきっと未来で知ることができるはず。 約束だと差し出された小指に、要は小さな小指を絡ませる。 それが二人の出会い、そして全ての始まりだった。 ―――――――――――――― 「……どうして」  思わず零れた声に、要は何も言わぬまま眉を下げた。 その話が本当なら、要は両親を殺してないということだ。 ならば何故どうしてあの時あんな嘘をついたのか。 真宮の表情から何を思っているのかを察したのだろう。 答えはない。 ただ要は静かに微笑みを見せ、静かに口を開いた。 「その答えは、きっと今分かる」  ゆらりと揺れる要の影。 腰に当てられていた細い左腕が持ち上がる。 手の中にあるのは拳銃、脳が危険を発するよりも早く引き金が引かれ、放たれた弾は日野の太腿を撃ち抜いた。 「ぐ……っ」 「日野……!」  床に跨る日野に駆け寄り傷口へと目を向ける。 至近距離で撃たれた分弾は貫通しているが、動脈は逸れているようで出血は多くはない。 足ならすぐには命が危ぶまれることがないのが救いだと、少し安心しながら取り出したハンカチを傷口に強く押し当てる。 だが真宮の安心も束の間、突如大丈夫だと呟いていた日野の体がぐらりと揺れた。 手を地面に付き倒れこまないように耐える日野だったがやがて焦点が合わなくなり、真宮の呼び掛けにも答えずぐっと喉を鳴らす。 そして真宮から顔を背けると、激しい嗚咽と共に胃の中の物を吐き出した。 「オエッ……!ゲボ……!」 「日野……っ!?」  激しい嘔吐を繰り返す日野の背中を摩る。 体を支えつつ日野に呼びかけるが日野は返事をしたくとも余裕が無いようで、真宮に視線を向けながら荒い呼吸を繰り返していた。 何だ、何が起こっている。 困惑しながらも日野の名前を呼びかける真宮だったが、やがて日野が体の力を無くし真宮に寄りかかるように体を寄せる。 何かがおかしい。 日野を支えたまま真宮が顔を上げれば、二人の様子を静観していた要が口を開いた。 「神経系の毒を弾丸に塗り込んであるんだ。嘔吐、目眩、手足の痺れ…放っておけば三十分後には命も危ないかもね」 「お前……っ」  油断したのが悪いのだと非難する言葉に、怒りがふつふつと湧き上がってきた。 日野の背中を摩る手はそのまま、眼光を鋭くして要を睨みつける。 要はまた何か言いたげな表情を一瞬見せて、直ぐに元の微笑みを取り戻した。 ああ、要はもうとっくに『そちら側』に落ちているのだ。 心の奥底にほんの少し残されていた親愛は、その瞬間に消え失せた。 憎しみを込めて要を見つめる真宮に、要は怖い顔をしないでと笑う。 あの男に似た口ぶりに苛立ちが込み上げてくるのを感じていれば、ふとその背後に人の気配を感じた。 日野を素早く地面に横たわらせ、真宮は盾になるように前に立つ。 要の後ろに視線をずらせば、いつものようにゆったりとした足取りで現れた男に真宮が唾を飲み込んだ。 「随分盛り上がってるね」 「神崎……」  真の黒幕の登場に場がぴりりと緊迫感を増す。 事前に分かっていたとしても、敵として対峙したときの神崎は独特の圧があった。 その圧に負けじと真宮もまた神崎に向き合い敵対心を剥き出しにすると、神崎はおもむろに拳銃を取り出し一発だけ弾を込め弾倉を回す。 次は何を企んでいるのか。 怒りを胸に真宮が神崎を睨みつけると、当の神崎は楽しげに笑っていた。 「ロシアンルーレット、一度やってみたかったんだ」  拳銃には弾が一発だけ仕込んである。 引き当てた方が負け、単純なデスゲームだと拳銃を差し出す神崎に真宮は拒否の姿勢を示した。 そんな遊びに付き合ってこちらになんの得がある。 真宮の言葉に含みのある笑みを見せる神崎はそうだなあと呑気な声で呟くと、胸元から小型のリモコンを取り出した。 「君たちが勝てば解毒剤と爆弾の解除コードと共に起動装置をあげる。これが爆弾の起動装置だ」 「……何故こんなことをする」 「こちらの方が楽しそうだって、この子が言うものだから」  ね、と視線を向けられた要は小さく微笑む。 この二人はこの状況でも優位に立つつもりでいるらしい。 その余裕の笑みに怒鳴り散らしたくなる気持ちを抑え、真宮は静かに耳を済ませた。 パトカーのサイレンは聞こえない。 自分達と共に向かっていた刑事達はどこかで足止めを食らっているのだろう。 助けはまだ見込めないと顔を険しくする真宮に、追い打ちをかけるように神崎は提案を続ける。 「ああ、それと。一発撃つごとに君達が聞きたいことを教えてあげよう。私は取り調べでは黙秘を貫くつもりだからね」 「……」 「さあ、どうする?」  君が決めるのだと選択を迫るように投げられた拳銃は真宮の目の前に落ちた。 またとない機会だということは理解している。 勿論……それに伴うリスクも。 だが選ぶべき答えは一つだと真宮は大きく深呼吸して銃を手に取る。 そして静かに自身のこめかみに銃口を突き付ければ、後ろから日野が息も絶え絶えに叫んだ。 「真宮……っさん、止めて……っ俺がやります……」 「駄目だ、お前はそこで見ていろ」   必ず助けるから。 続けられた言葉に日野はまだ何か言いたげだったが、真宮の決意が固いことを察したのだろう。 やがて口を閉ざすと真宮の背中を見つめ小さく頷く。 神崎へと視線を向けると、神崎はゆっくりと唇を動かし始めた。

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