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第6話-3
「三村、状況は?」
『落ち着きました、大分体張りましたけどね』
聞いてくださいよおなんて、三村は場にそぐわない間延びした声を上げる。
語られた事の顛末に近くのパソコンを引き寄せると、斎藤は画面に三村の動画を映し出す。
確かにこれは随分と体を張った大芝居だ。
いい演技だと笑えば、三村は電話越しでも分かるほど大きな溜息をついていた。
「つまり俺はお前の大芝居を引き継げばいいわけだ」
『はい。そうしないと俺、嘘つきとしてネットの玩具にされそうなんで。本当によろしくお願いしますよ!』
「にしてもお前、水道管の不備ってなあ」
『嘘でも誰も迷惑かからないじゃないっすか。機転利かせたんすよ、我ながら』
それは偉い斎藤がわざとらしく褒め言葉をかければくれぐれもよろしくと念を押され、三村は早々に通話を切った。
全く信用が無い、これも日頃の行いのせいだろうが。
それにしても若い刑事達は知らぬ間に随分と頼もしくなったものだ。
これで首謀者の追跡、市民の安全はひとまず心配は要らない。
後は自分の仕事だと携帯を胸ポケットに仕舞い込むと、隣にいた同期の刑事が苛立った様子で舌打ちをした。
「……お手上げだ、どこも首を縦に振らない」
大きな溜息と共に同僚刑事は、ずらりと並んだ最後の一文の上に横線を引く。
全国の警察署の名が連ねられた紙束を横目に斎藤は乱暴に頭を搔いた。
先程からA班の刑事で手分けして各警察署に協力を要請しているのだが、神崎の手が回っているせいか地方の警察署でさえ首を縦に振る者は未だいない。
爆弾は全国に散らばっている。
一つでも爆発すれば物理的なダメージだけではなく、市民の心に大きな傷と恐怖を植え付けることになってしまうだろう。
そうすればきっともう取り返しが付かない。
四十七都道府県が一丸となって協力しなければこの大事件は収束しないのにと、解決の糸口を探して試行錯誤していると内線電話が鳴る。
ああ、こんなタイミングで鳴る電話など絶対に良いものではない。
大きく肩を落としながら、斎藤は嫌々受話器を取り耳に当てた。
「もしもし?」
『こんばんは、どうですか調子は?』
予感が的中し痛むこめかみを抑える。
今、一番聞きたくない声だ。
思わず漏れそうになる溜息を抑え、斎藤は電話口で楽しげな神崎の名前を呼んだ。
「誰かさんのせいで俺達は嫌われ者だ」
『以前からじゃないですか?』
「失礼なやつだな」
電話越しの挑発に全てお前のせいではないかと言葉を続けたくなる唇を閉ざし、斎藤は無言を貫く。
斎藤の態度が面白くないのか、次第に小さくなっていく笑い声と共に訪れる沈黙。
懐かしいだなんて心の中で呟きながら、先にその沈黙を破ったのは斎藤だった。
「俺はな、本当は感動の再会を期待したんだよ……“金森” 」
「……」
電話越しにでも神崎が反応したのが分かり、少しだけ嬉しくなる。
今その名を呼ぶのは自分だけ、神崎にとっては捨てた名前だ。
でも自分は一日だって忘れたことはない。
新しい名を得て顔を変え別人として振舞おうと、仕草や癖、そんな些細なことで人間を見分けることなど刑事には容易い。
ましてやそれが……かつて共に仕事をし殉職をしたはずの相棒ならば、尚更。
「……さよなら、斎藤先輩」
淡々とした声音で告げられた別れの言葉と共に、通話は切れて斎藤は受話器を下ろす。
神崎という男が何を考えているのかは分からない。
……だからこそ理由を聞かねば。
斎藤が強く拳を握ると資料室の扉が叩かれる。
そして息を切らしたSSBCの警察官が、斎藤を見つけると慌ただしく駆け寄ってきた。
「お待たせしました。あの声明文を作成したIPアドレスと例のメールアドレスも、全部特定しましたよ」
「でかした、見せてくれ」
渡された報告書に目を通してみれば、やはりと斎藤は口角を上げる。
過去に爆破予告や密会の日時を送ってきたメールアドレス。
そして声明文を作成しネットに上げたIPアドレス。
……その全ては『戸倉要』が仕組んだこと。
自分の仮説が正しければ、この戸倉という男の動き次第で事件がどのように集結するのかが変わる。
だがこの男は真宮が追っている、心配は要らないだろう。
自分達にできるのは、いかに神崎の行動を制限できるかだ。
同じ班の刑事達は諦めず警察署への協力要請の電話を鳴らし続けていた。
恐らく全国殆どの刑事達が自分達と同じ志を持ちつつも身動きが取れないのだろう。
権力に屈せず共に戦って欲しいと切に伝えるのにはどうしたらと唸れば、斎藤は開かれたままのPSIMのデータベースに目を止める。
「なあこのデータベース……構築はクラウド型だったよな」
「はい、そうですよ」
「全国の警視庁でどこかデータ共有はしてるか?」
「うーん……基本的に各事件は事件発生地点の都道府県の警察署での取扱いになるので……」
どうだったかと唸りながらもキーボードを打つ後輩の後ろでじっと画面を見つめる。
もしかすればこの状況を打開できる可能性があるかもしれない。
どうか希望が残っていますようにと願えば、あっと短い声と共に後輩の手が止まる。
画面にはPSIMの情報を纏めた全国共有フォルダが表示されていた。
「……なあ、もう一つ頼まれごとをしてくれ」
後輩に顔を寄せ声を潜めれば、斎藤の要望に後輩は首を傾げた。
一体何をするつもりだと眉を寄せる後輩に斎藤はぐるりと捜査室を見回す。
交渉して駄目なら、あとは良心に訴えるしかない。
結局人間は感情に訴えかける方が効くのだと語る斎藤の言葉に、首を傾げる後輩の肩を斎藤が叩いた。
「まあ俺の言う通りにしてろ……それに、きっともう少ししたら役者が揃う」
「え?それってどういう……」
斎藤がそう呟いたときだった。
複数の足音が資料室に近付いてきたと思うと、勢いよく扉が開く。
そこにいたのは神崎の取り巻きをしていた警察官達だった。
ありがたいことに、警視から警視監まで上層部が揃い踏みでやって来たらしい。
役者が揃ったと笑う斎藤は、一歩前に出て前に立ちはだかるように上層部と対峙した。
「やめなさい斎藤警部、これは上司命令だ」
「無理ですね、俺達馬鹿じゃないんで」
皆が手を止め、一触即発の空気に誰もが息を潜めている。
立場も人数もこちらには勝ち目が無い。
だが斎藤の立ち振る舞いに焦りが全く見えないことに、警視監は苛立ちを覚えているようだった。
だからといって、何かを仕掛けようと思う頭が無いのは有難いことだ。
意味の無いそんな押し問答を繰り返し時間を稼いでいれば、できたと後ろから声が聞こえる。
その言葉に斎藤は小さくほくそ笑むと、前を向いたままパソコンのエンターキーを押した。
「俺達は市民を守るためにいるんだ、何故犯罪者に屈しないといけないんですかね」
「はは、年の割には青臭いことを言うね」
君らしくもないと嘲笑を含んだ声を漏らし、警視監は一歩斎藤との距離を詰めた。
どうやら簡単に引き下がる気はないらしく、見下すような視線を斎藤へ投げかける。
その顔には余裕めいた薄い笑みが浮かんでいた。
「爆弾ははったり、騒ぐことはない」
「本当ですからね、騒ぎもしますよ」
「そんなわけないだろう?聞いてるよ、これは捜査のストレスに耐えかねた刑事のクーデターだと。神崎くんの頼みでわざわざ私達が止めに来たんだ…彼も気を揉んでいた」
「そうですか……で、いくら貰ったんです?」
馬鹿にしたように斎藤を笑う警視監に否定の言葉は無い。
金が貰えれば真実など関係の無い男達には、いくら追及しても無駄だろう。
いくら神崎が真犯人とは知らないとはいえ、疑うことさえしないなどおめでたい平和思考だ。
ふつふつと湧いてきた怒りを胸に、視線を鋭くした斎藤は警視監にゆっくりと近付く。
そして警視監の憎らしい顔に、突然斎藤の拳がめり込んだ。
「あっ……!おい、馬鹿野郎!」
その場にいた全ての人間が何が起こったのか即座に理解できず、ただ床に倒れ込む警視監を見つめていた。
いい気味だと握りしめた拳はそのままに、お返しと言わんばかりに斎藤が警視監を見下すような視線を向ける。
一身に視線を集めている警視監も何が起こったのか分からず呆然とする中、いち早く反応し飛び出したのは斎藤の同期の刑事だった。
未だ拳を握ったままの斎藤の腕を掴み何をやってるのかと焦りを見せる同期に、斎藤は悪びれた様子も見せず警視監を睨み続けながら口を開く。
「命を軽く見る警察官なんて、もう警察官を名乗る資格はない。現実を見ろ」
本当にでたらめか、神崎は信じられるか。
ただ見たくない真実から目を逸らしているだけではないか。
斎藤の言葉に誰もが言葉に詰まり、目を逸らして苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
資料室の中に流れるのは重苦しい空気。
それを破ったのは外線のコール音で、側にいた刑事が怖々と受話器を取る。
だが短い会話の後刑事は顔を上げ、興奮した様子で斎藤に向き直った。
「大阪府警からです!……こちらに、協力をしたいと!」
その言葉に驚きと喜びの声が上がったのも束の間、各所で電話が鳴り始めた。
突然好転したこの状況に警視監達は困惑した様子で斎藤を睨みつける。
何をしたのかと問いただすような視線に答えるように、斎藤はパソコンを指差した。
「警視庁管理のPSIMのデーターベースは全国の警察署で見ることが出来る。そこに至急と題を打って……」
パソコンのカメラを指差せば、警視監が慌てて自身の携帯でデータベースを開く。
そこでは『至急』と書かれたファイルがあり、この資料室のライブ映像が映っていた。
「青臭い言葉で燻ってたやつらも動き始めた。警察もまだ捨てたもんじゃないな」
では自分はそろそろ。
壁にかけられた時計を確認し斎藤は笑みを見せると資料室から出ていく。
後ろからは絶えず警視監達の声が聞こえていたが、生憎時間切れだ。
このままだと三村が晒し者になり兼ねないと襟を正してネクタイを取り出す。
久しぶりに巻いたネクタイは随分と窮屈だが仕方がない。
「さて、と……」
既に準備を終えた会場は扉越しでも分かるほど多くの人の気配と、なんとも言えぬ空気を感じた。
今度は先手を打たれる前にこちらから仕掛けてやると、斎藤は表情を引き締め分厚い扉を開く。
「おい、来たぞ……!!」
向けられるのは目が眩むほどのフラッシュと無数のカメラ。
用意された特等席に腰を下ろせば責め立てるような会見が始まる。
矢継ぎ早に質問が飛び交い、斎藤をあの手この手で貶めようとする質問の嵐の中で、斎藤はただ真っ直ぐに前を向き続けていた。
「……では、あの声明文は偽物だと?」
「悪質な悪戯であり誠に遺憾です。現在特殊捜査班を筆頭に首謀者を特定、ただちに拘束するため追跡中です」
「ですが、その前に首謀者が行動を起こす可能性はありますよね?」
「その前に拘束するのが私達の仕事です」
着崩していたスーツは皺一つなく、ネクタイを締め、不格好な長い髪も全て纏めた斎藤は、まるでいつもと違っていた。
清潔感溢れるその姿と長年の経験から培った冷静沈着な姿は、我ながら警察官の鏡といえるはず。
初めは懐疑的だった記者達も、真摯な斎藤の姿に少しずつ見方が変わっていくのを肌で感じる。
『最後は頼むぞ』
心の中で大切な部下に声援を送りながら、斎藤はカメラが一つ残らず止められるまで仲間達を守り続けるのだった。
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