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epilogue
フロントガラスの先には、一時間前と変わらぬ景色が見えていた。
窓枠に頬杖をつき、サイドボードに無造作に置かれていたファイルを手に取ると真宮はページを開く。
今回の被疑者は警察内で前から捜査対象としていた三十代の男。
特殊詐欺グループの一員であり、金銭トラブルからの口論の末に友人を階段から突き落とした傷害の容疑で指名手配されている。
被害者は全身打撲により一時的に重体となったが、現在は緩解。
被疑者は過去にも詐欺の疑いで書類送検されていたが、逃亡中だったため未だ逮捕には至っていなかった男だ。
よく似た男がいると通報を受けて張り込みをしているが、目の前の建物には人一人出入りがなく膠着状態が続いている。
根比べになるのだろうと最後のページを捲ると隣から長い指先が伸びてきて、瞬く間にファイルは真宮の手から奪い取られてしまう。
「おい」
反射的に顔を上げれば、目の前には楽しげに微笑む日野がいた。
眉根を寄せ、真宮がこれから口にするはずだった苦言を封じ込めるように日野は真宮の唇を塞ぐ。
それを拒むことなく受け入れれば、日野が宙ぶらりんになっていた真宮の手を取る。
絡められた指に、真宮はされるがまま身を委ねた。
「この人、当分あの建物から出てきませんよ」
「……どうして分かる?」
頬に軽い口付けを落とす日野に真宮は問いかける。
日野がリクライニングレバーに添えられた手を引くと椅子は二人分の体重を掛けてゆっくりと倒れ、真宮の上に覆い被さるように日野がこちらを見下ろした。
空いた手で撫でられた頬、そのままその手は顎に添えられるが真宮は顔を背ける。
まだ答えを聞いていないと呟けば、つれない態度の真宮に日野は口を開いた。
「毎週金曜日は各グループのリーダー達が定期連絡をしているようであと二時間は出てきません」
「なら、今行けば全員捕まえられるんじゃないか?」
「この時間は用心棒として十代を中心とした闇バイトを沢山雇っているみたいですよ。この時代に金属バットなんて持たせちゃって。その子たちが帰る二時間後に周辺を固めてもらうよう三村さん達に頼んでます」
日野はファイルの後部座席へ放り投げる。
『ならどうするんだ?』
真宮の再度の問いかけに日野は自信ありげに呟いた。
「闇バイト達は警察官がある程度いれば全員逃さず捕まえられる。被疑者が一人だけなら、俺達二人で勝てるでしょう?」
「……まあ、合格かな」
随分と冷静に物を考えられるようになったのは日々の教育の賜物だろう。
あと二時間。
時計を確認し真宮は服に差し込まれた手を拒否することなく受け入れる。
久しぶりに触れられた体。
日野に熱を含んだ視線を向ければ、二人の唇は惹かれ合う。
ゆっくりと近づく唇が触れ合うその瞬間、ジ、とノイズが聞こえた後に無線からは声が聞こえてきた。
『被疑者に動きあり、裏口から出て被疑者は車へと乗り込みました。待機している刑事は至急追跡をお願いします』
その言葉に二人の体は勢いよく起き上がり、視線を前へと向ける。
駐車場に停められていた一台の車から聞こえたエンジン音。
走り出すその車を捉えると、スーツを整え真宮はシートベルトを付けた。
「目論見は外れたな」
「く……っ」
有能な刑事を名乗るにはまだ早い。
真宮が口角を上げれば、日野は名残惜しそうに体勢を整えるとハンドルを掴む。
その少し拗ねたような子供のような表情が愛おしくて思わず緩くなる口元を隠さぬまま、真宮はサイドレバーに掛けた日野の手の甲をそっと撫でる。
自然と向けられる視線。
真宮もまた日野に視線を向けたまま指先を日野へと伸ばしネクタイを掴むと、強く自分の方へと引き寄せた。
「今日中にあいつを逮捕出来れば、夜は好きにしていいぞ」
「え!?」
期待するように瞳を輝かせる日野の顎を掴む。
そのまま手首を返して顔の向きを変えれば、日野の顔は正面へと向けられた。
褒美をどう想像するかは自由だが、まずはしっかりと仕事を終えたからだ。
見失うぞと煽れば、日野は勇ましく笑ってサイドレバーを引く。
思い切り踏み込んだ右足。
飛び出すように走り出した車に大きく体を揺らされながら、真宮もまた笑顔を見せ前を向くのだった。
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