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25 やっぱりこの世は狂っている(完)
「世界を元に戻す? ああ、全然やるやる。オッケー」
パイプを燻らせながらフランクに親指を立てるローバに、言葉をなくした。
「……え……いいんですか?」
俺は左腕にラグナ、右腕にオルフェウスをコアラのようにしがみつかせた状態で問うた。
なんでこうなってるかと言えば、ローバの元を訪れた俺たちを見つけたラグナが俺から離れなくなってしまったからである。よっぽど心配をかけたようだ。
……いや、なんでお前まだローバのところにいるんだよ。せっかく魔法を解いてやったのに。
それを見たオルフェウスが瞬時に襲い掛かろうとしラグナも応戦しようとしたので、必死になだめすかしてこの状況だ。
大岡裁きに処された気分。いや、絵面はどちらかといえば捕まった宇宙人だ。
「殿下の頼みとあらばねェ。私も魔女の端くれ。魔族の掟に逆らうなんて、そんなそんな」
「……何を企んでいる?」
ローバは、オルフェウスがじろりとにらみつけても平然としている。
「しいて言うなら、許可をくださいな」
「許可?」
「弟子を育てることにしたんですよォ。殿下の公認なら、いろいろ補助が出るんで助かります」
「弟子って……あっ、ラグナ、お前まさか!」
ラグナを見ると、ふいっと顔をそらされた。
また性懲りもなくローバと取引したな!?
「くく、ほぅら、すぐバレた。お姫さまは勘がいいからどうせバレるって言ったろう」
「うるせぇな……」
「何を願ったんだ!?」
ラグナは貝のように口を閉じる。だが代わりに別の貝がパカッと開く。
「世界を戻してくれってさ。あんたの役に立ちたいんだよ、健気だねえ」
「魔女ッ!!」
「ラグナ、お前……」
「違う違う! ちゃんと俺にもメリットがあるんだって」
ラグナは一瞬叱られた犬のように項垂れたが、上げた顔には固い決心が浮かんでいた。
「魔女の弟子になったら強くなれるだろ。俺は誰にも負けないぐらい強くなりたいの。そうすりゃ守れるだろ」
ラグナは俺というよりも、俺の横に視線を向けている。
「やー助かるよ。ここんとこ研究が山積みで家が全然片付いてないんだ。坊やにはまず2階の掃除からしてもらおうかね」
「雑用じゃねえか」
「弟子ってのはまず下積みから始めるものさね。何、数年もすれば坊やも立派な魔法使いさ。この私が仕込むんだからねェ……こうしてまた一人、魔法のとりこになる存在が増える。ヒッヒッヒ」
テンプレみたいな笑い方をされると、とんでもなく邪悪に見えてくるな……。
「さ、役者はお揃いだね。全員、この円の中に入りな。体の時間遡行は止められないが、記憶だけは持って戻れるようにしてやろう」
ローバは地面に描いた円の中に何かを放り込んだ。ガシャン! 派手な音を立てて飛び散るキラキラしたガラス片……。
「……んん? 巫女の手鏡じゃん!?」
「ああ、私の家に落として行っただろう? ちょっとだけ女神の力が残ってたから有効活用させてもらうよ」
「いや、壊し……」
「もう壊れていたようなもんだろう。何だい、これにお前さんたちの記憶を乗せて転写するんだからね。つべこべ言わず、さっさと1人1個欠片を拾って中に立ちな!」
「え、えええ……」
ちらっとオルフェウスを見上げたが、別に気にしていないようすだった。アンタがいいならいいんですけども……。
完全にとどめを刺されたガラス片たちが輝く中、俺たち3人は足場に気をつけながら円の中へ。欠片を拾って立ったのを確認すると、ローバは部屋から全ての元凶となったボタンを持ってきた。
「戻るのはボタンを押す直前だ。夢から覚めるように意識が戻るはずさ。それじゃ、目を閉じな」
「……アイク」
真っ暗な視界でローバの呪文に耳を澄ませている中、頭上からオルフェウスの声が聞こえた。
「戻ったら、まずは私のところにおいで」
「ん? 分かりました」
特に何も考えずに返事する。
頭を撫でられた感触。
——次の瞬間、手の重みは薄れ、ローバの声も聞こえなくなって、五感の感覚すべてが緩く解けていった。
* * *
気づくと、俺はいつものベッドで寝ていた。
慣れた寝心地。毎朝この硬い感触で目が覚める。
2・3回まばたきをして、はっきりと記憶が蘇った。
飛び起きた俺の手から、コロンとガラス片が落ちた。
戻ってきた……のか?
ドタドタと慌ただしく1階に降りると、両親が優雅に朝食を楽しんでいる。
漂うコーヒーの香り。焼けたトーストにジャムを塗っていた母が俺に気づいて、にっこりと声をかけてくる。
「おはよう、あーちゃん」
「……おはよ。母さん、フェイスラインのメイキングに行ってきたのいつだっけ?」
「昨日の話よ? ……あら、もしかしてついにメイキングを始めてみたくなっちゃった?」
「それなら私たちの行きつけの店を紹介しよう。お母さんをいつも最高に綺麗にしてくれる店だよ」
「やぁだ! お父さんには敵わないわよ」
母が父にちゅっとキスを落とす。
いつもの光景だ。そう、「いつもの」光景。
「あーちゃんがいつでも好きな人ができてもいいように準備しないとね!」
「あー……でも、あの人見た目は気にしないから」
「え」
急がないと間に合わない。時計を見て、俺は声を上げた。
「もう行かないと」
「ちょっと、あーちゃん!?」
「行ってきます!」
両親が何か言っていた気がするが、帰ってから聞けばいい。
外に出れば、麗しき人々が街を闊歩している。
通勤、通学、散歩……顔を出して堂々とそれぞれの朝を過ごしている。
右に美形、左に美形。ああ、鳥に餌をやっているおじさん(推定)までアイドルのよう!
「……っしゃあっ!」
往来で拳を突き上げる不審者を、みな警戒して避けていった。
「おはようございます」
「おざーす」
いつも通り怠惰な門番に挨拶して門を潜る。
約束通り、すぐに王子を探すが見つからない。
早く行かないと朝礼に間に合わなくなる。
困ったな……と思いながら中庭に出たところで、突然誰かに腕を引っ張られた。
声を上げる前に、「しー」と唇の前にまっすぐ指を立てられる。
「オルフェウスさま」
「おはよう。間に合ってよかった」
今日もばっちり麗しくていらっしゃる。
オルフェウスは息を切らしながら、その唇を俺の唇へ……。
「へぁっ!? そそ、外で何してっ」
「いいから黙って」
ムードもへったくれもない。犬に噛まれるようなキスに、呼吸を乱される。
と同時に、全身が火照り体の芯から熱くなる。見れば自分の手足がキラキラと光っていた。
「ん!? んんっ」
体の奥に流し込まれる、何か妙なもの。液体でも固体でもない。実態がないのに、確かに食道や胃を通っていくのを感じる。
それは腹の底まで来ると、血管を通って全身に散らばっていった。
「……はは。よかった、成功した」
最後にちゅっとリップ音を立てて唇が離れていった。
「何ですか、これ」
「ああ、人間にも分かるんだ? アイクに魔法をかけたんだよ。時間が巻き戻ったことで、君がかけてくれた感覚共有とやらがなくなったみたいでね」
女神の魔法は強制キャンセルになっていたのか。
そういや、ローバが体は時間遡行できないとか言ってたっけ。
「じゃあ、前のをかけ直したんですね」
「ほぼそうだね」
「ほぼ」
やだ、笑顔怖い。
9割と10割の間にあるものを聞くべきか否か。
だがオルフェウスは悩む猶予を与えてくれなかった。
「まず、快楽の共有は消した。あんなのがあったら、いつまでたってもアイクとできないでしょ」
「……それは何というか、ごめんなさい」
「それから、君の位置情報の追跡と」
「ん?」
「異常な心拍数や体温の上昇も検知するようにした」
「おうおうおう」
俺、未来式小型電子チップでも埋め込まれてる感じ?
それGPSとか健康管理ガジェットって言うんですよ。
「しかも、オルフェウスさまに一方的に知られるんなら、共有じゃなくない?」
「君が知りたいなら追加するよ」
「……別にいいです」
オルフェウスの寝る時間とかトイレに行く回数とか知りたくないわ。
「あのですね、こういうのは相手にちゃんと了承を取って」
「それ、君が言う? 女神に言って無断で私に魔法を仕掛けた君が?」
「ウッ……」
自分の首が絞まっただけだった。
ダメだ、口で勝てる気がしない。
やはりこの世界にクーリング・オフが必要だと思います、女神さま!
「バイタルチェックするなんて、もう介護ですよ、介護」
「それもいいな。アイクの全部を私が管理できるってことだろう?」
「う、うう……何でも開き直って言えば良いってもんじゃないですからね!? もう朝礼に遅れるから先行きますっ」
「ちょっと待って」
「まだ何か……」
言葉を遮って一瞬だけ触れる、柔らかい感触。
離れた唇から、オルフェウスの息がかかった。
満足そうな笑みが眼前に広がる。
「足りなかったから。じゃ、また夜にね」
こちらが無言の石像と化している中、オルフェウスは何事もなかったかのように背を向けた。
去っていく姿を見送ることしかできず、背中はじわじわと熱くなっていく。
ひ、開き直ればいいってもんじゃねえ!
「……という感じですかね」
「いったい私は何を聞かされてるんです?」
女神のふわふわワールドにて、枝豆を貪る。
ああ、やっぱりいいな、前世の食べ物。
「ビールはないんですか」と尋ねたら、今日はそんな気分じゃないからと断られた。
代わりに出された黒烏龍茶。禁酒の思い出が蘇り、カテキンなのにほろ苦い。
「惚気話は犬も食わないって言いますでしょう」
「言いませんよ。犬に何食わせてるんですか」
「え……日本のことわざムズカシイネ」
「唐突なカタコト……」
言い方のせいで、女神が初来日した観光客に見えてくる。
「女神さまって妙なところで日本にお詳しいですよね」
「これでも、あなたを呼ぶために日本の文化を勉強したんですよ! 数十年かかりました」
ああ〜たまにノリが古いのはそういう……。
「そんなに前から決まってたんですか?」
「上司が勝手に決めたんですもん……ま、今になってみれば大正解だったみたいですね。あなたは使者として立派に世界の危機を救ってくださいました」
「結果論ですけどね」
俺は自分がやりたいようにしかやっていない。
何なら、途中で1回世界を危機に追い込んじゃったし……。
今はオルフェウスも世界の存続に協力してくれてて、国は危ういながらも何とかオールを漕いでいる。
なおラグナはローバにこき使われているようで、よく愚痴をこぼしてくる。世話焼きの親みたいな小言の中に、たまに「惑星を爆発しました」のようなトンデモ事件が混ざっているので気が抜けない。
女神は笑った。
「使者は皆さんそんな感じなんですよ。上司の千里眼は外れないんです」
「……ちなみに、俺との約束は忘れてないですよね?」
女神の笑顔は固まった。
「女神さま。今日、何のために集まったかお忘れですか?」
「……」
「ちなみに、さっきのことわざの正解は『夫婦喧嘩は犬も食わない』ですのよ、お・く・さ・ま。ワンワン」
「……えーと、ビール飲みます?」
「誤魔化されませんよ。でもビールは頂きます」
「むむ……」
観念したかのように、中ジョッキが出てくる。いぇーい、恒例の飲み会だ!
乾杯して冷えた泡を喉に通す。パチパチと炭酸が弾けるさわやかな感触。これこれ〜!
女神もグッと勢いをつけてジョッキを傾けた。鼻の下に泡ひげを作っている。
「ッは〜〜〜、ちゃんと約束通り魔王に連絡取りましたよ! これで満足ですかっ」
「ワンワン。全然足りないワン」
「うざ」
女神がうざいとか言わないで。
彼女は赤い頬をさらに染めて、ごにょごにょと語り出す。
「……魔王も謝ってくれましたし……何が悪いか全然分かってない顔でしたけど! まあ追々教育していこうと思います。この世界は壊さないって誓ってくれましたし、すごい必死にいろいろ言ってくるし、だから……1年に1回くらいなら会ってやらんこともない……」
織姫と彦星か?
竹か笹でも飾ろうかな。続けていたら、いつかこの世界にも七夕が爆誕するかも。
何はともあれ、これで世界の問題も無事解決だ。
「すっきりしました。ありがとうございます」
「……こちらこそ」
「これで女神さまの悩み事も、万事解決ですね!」
「それなんですが」
女神は、どんよりと目を曇らせる。え、何?
机の上から1枚の紙を引っ張り出してきた。
何々……「次元干渉魔法の違法生成阻止について」?
「ローバさんが、やらかしそうです。止めてください」
「え、何で俺!」
「あなたにも原因の一端があるんですからっ。あなたの魂を解析したローバさんが別次元の世界の存在に気づきかけてるんです。世界の危機……というより地球の危機です」
「うそぉ天才じゃん……っていうか女神さま、俺をこき使う気満々じゃない!? 俺、『何もせず生きてたらいい』係だったはずですよね!」
「乗りかかった船!」
「沈みかかってんだよっ」
「ということで、今日はここから対策会議です。はい、飲み会おしまい」
「あ゛ー! 俺のビールゥ!」
ジョッキごと泡となって消えたビールの代わりに、黒烏龍茶が戻ってきた。苦い。苦いよ、女神さま。
せっかく平和になったのに、まだ腰を落ち着けることはできないらしい。
俺は、狂ったこの世界で健康に100歳まで生きるべく、今日も汗と涙を流して働くのであった。
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