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第4話 深野卓也
④深野卓也
その夜、卓也はアプルス本社近くの居酒屋のカウンターで広瀬を待っていた。
あの緊張の面会後、ロビーに降りてきた卓也はそのまま迷わず受付カウンターに寄り広瀬宛にここで待つと伝言を残した。
もしかしたら社交辞令だっただけかもしれないが一緒に飲もうという広瀬からの誘いは単純に嬉しかったのだ。
あんな風に楽しそうな笑顔で人から誘われたのが久しぶりで、学生時代、初めて友達と遊びに行く約束をした時のような気分で
あ、俺ワクワクしてんのか
とビールを傾けながら卓也は一人笑った。
男相手に変な気分だが、もう何年も仕事漬けで新しい友達なんて出来なかったし
そもそもそういったプライベートなことに気が向くような時間がなかった。
まあ、急な誘いだったからもし今夜来なくてもまた改めて誘ってみようか、
そう思い何杯目かのビールを飲み干し焼酎に切り替えようかと店員を呼び止めようとした時、入り口から息を切らせた広瀬が入ってきた。
「深野さん、すいません、遅くなりました!!」
店中に響くような大声で言いこちらに駆け寄ってくる広瀬を見て思わず笑いがこぼれる。
「いえいえ、勝手に指定したのは俺ですから。しかももう飲んじゃってます」
そう笑って空いたジョッキを持ち上げて見せると広瀬は一瞬だけ卓也の想像していたリアクションとは違う表情になり、そしてすぐに卓也が想像していた通りの満面の笑みを返してきた。
「いいですね〜、飲みましょう飲みましょう!」
明るく生ビールを頼み、メニューを嬉しそうに眺めている広瀬を横目に卓也は少しだけ考えていた。
今日のロビーでの表情といい、今の一瞬の表情といい、誰かに似てるんだよな…
それにしても横顔だけでもコロコロ表情を変えるのが十分面白くてつい笑ってしまう。
乾杯後は思っていた以上に会話が弾んだ。
広瀬の最初の一杯目までは今日のお礼を伝えつつ仕事の話をしていたが
すぐにお互いの母校や学生時代の話になり
焼酎をグラス単位で注文するのが億劫でボトルセットを頼む頃には
広瀬が卓也の1つ年下だったと分かり一気に親近感が湧いた。
酒が進むにつれ口調もどんどん砕けていき
焼酎のボトルが空く頃には2人とも、少なくとも卓也はすっかり良い気分になっていた。
「あの時、俺がエラーしちゃったから行けなかったんだよ、甲子園」
学生時代、野球部でキャプテンをしていたと言ってから
広瀬が熱心に質問をくれるのが心地良くつい普段は喋らないようなことまで話している。
「あれが人生最初の挫折だったなあ、あれはキツかったなあ」
酔った勢いとは言え初めて飲む、
しかも取引先の相手にこんなこと言ってる自分にストップをかけないとと思う理性もあるにはあるが、横で真っ直ぐこちらを見て頷く広瀬を前に言葉は理性を越えていく。
「だからですか?」
突然、思いつめた口調で広瀬が聞いてきた。
「え?なにが?」
「だからあんなに頑張れるんですか?仕事」
いきなり仕事の話に戻り返事に戸惑っていると広瀬は慌てたように
「あ、すいません、いきなり。。でも気になってて、、なんでいつもあんなに向かっていけるんだろうって。もしかしたらその挫折がバネになってるのかなって思って。。」
少しだけ俯き加減で話す広瀬はさっきまでとは違う表情で、また卓也はその掴みきれない表情を見てどこか懐かしいようなくすぐったいような気持ちになる。
もしかしたら何か落ち込んでいるのか?
「そういえば前にも同じようなこと聞いてきたよ広瀬くん。
確か…ああ、そうだ、会議が終わった後だ、でもなんて答えたんだっけか俺…
いや、それはどうでもいいか、とにかくそれは関係ないよ。
あのエラーは確かに今でも夢に見るし、あの挫折もバネにはなってるけど
単純に楽しいからだよ仕事が。」
体ごとこちらを向いて真剣に聞いてる広瀬が何に悩んでるかは分からないが
自分で言うのも恥ずかしいような青臭い言葉を伝えることで少しでも
広瀬を励ませられるならちゃんと伝えようと思った。
「自分達が作るものでどこかの誰かの生活が少しでも良くなれば
それってすごいじゃん。誰かが喜んでくれるってすごいよ。
だから…ってこれじゃあ俺、一生懸命やってます!って自分で言ってるみたいだな、
格好わる!!」
励まそうと思ってみたものの元来あまり口達者な方ではないので
酔いも手伝いどんどん何を喋ってるかよく分からなくなってしまった。
「でも、だから、辛いこともあるかもしれないけどさ、頑張ろう一緒に」
照れを無理やり焼酎の一気飲みで隠し横を見ると広瀬が笑顔で言ってきた。
「明日、池上部長補佐から正式に例の件、ゴーサイン出ます。待っててくださいね」
そう言うと広瀬もその笑顔のまま目の前の焼酎を一気に飲み干した。
その笑顔を見た時ようやく卓也は分かった。
そうだ、笑ってるのに少しだけ悲しそうなんだ。
あいつと一緒なんだ。
例の件のゴーサインという言葉よりその広瀬の笑顔に
卓也は最後の酔いが回った。
第5話へ。
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