20 / 53

第20話 初めての家出

 「ん…………」  今は何時だろう。  確か眠ったのは朝になってからだったはず。  随分眠ったような気がするし……ってお仕事があるのに!!  ようやく頭がハッキリとしてきて、ベッドから勢いよく起き上がった。  「すみません、クロード様! お仕事に……」  ベッドの横を見ると、そこにはご主人様の姿はなかった。  さすがにもう起きてしまったのだろう。  まだ日が高い時間とは言え、お昼は過ぎているに違いない。  レイラ様やアーヴァン様に怒られてしまう。  ベッドの上で一糸まとわぬ姿だった事に気付き、ひとまず衣服を着る事にした。  でも――――  「体中、また凄い痕…………」  ご主人様が付けた痕が全身の至るところに付いている。  昨夜も散々ぐずぐずにされ、一晩中求められた。  思い出しただけでも体が発火しそう……幸せで堪らない。  ご主人様はいつも後ろをよくほぐしてくれるので、まったく痛みはなかった。  挿入れる前に指でしてくれるのは、俺の為……?  そう思うとまた嬉しくて、ベッドの上で蹲る。  クロード様……クロード様……クロード様——。  彼の事を考えただけで、またすぐにご主人様がほしくなってしまうのだから、淫乱だと思われたらどうしよう。  ひとまず顔が見たいから、衣服を着て探しに行こう。  床に散らばった服をかき集めて着終わったら、クロード様の寝室を後にした。  首まで痕があるのでしっかりと着込んでよかった。  こんなのを晒して廊下を歩くなんて出来ないから。  さっそく侍女の一人を見かけたので、クロード様の行方を聞いてみる。  「あの、ご主人様はどこにいますか?」  「あらリック! 体調はもう大丈夫?」  先輩のプリメラ様が俺の体を気遣ってくれる。  でも体調は大丈夫って……まさかもう皆知っているの?!  「え、いや、あの……」  「もう、驚いたんだから。 あなたがお腹が痛くてまだ寝てるって聞いて……」  あ、なるほど……そういう事になってるんだ。  すっかり勘違いした俺は恥ずかしさを隠しながら、元気をアピールした。  「もう大丈夫です! ご心配ありがとうございます」  「旦那様なら執務室にいらっしゃると思うわ。 レイラ様とアーヴァン様もご一緒だと思うけど」  「ありがとうございます……!!」  皆そこにいるんだ。  俺は善は急げと執務室へと急いだ。  でもすっかり浮かれていて、忘れていたのだ。  幸せには限りがあるという事を。  いつまでも続く幸せなどない……一度人生が終わっている俺は、痛いほど痛感していたはずなのに。  意気揚々とご主人様の執務室の前に着いた俺は、ドアノブに手をかけた。  聴覚が人一倍良い俺の耳に、中の会話がクリアに聞こえてくる。  『旦那様、リックには負担が大きいのですよ!』  『………………』  『彼は孤児ですし、後々傷付くのは彼です』  『……分かってるよ』  『分かっておりません! 連日こんな事をなさるなんて……』  俺はドアの前で立ち尽くしてしまう。  レイラ様がとても怒っている。  そして一番聞きたくない話をしているのが伝わってくる。  でも……気になって聞きたくないのに聞いてしまう。  『公爵令嬢の件もありますのに……旦那様とあの子は結ばれる事が出来ないのです』  『……そんな事は分かっている』  ご主人様の言葉に凍り付いてしまう。  クロード様も分かっているんだ……そうだよね。  俺だってそれくらい弁えているし、結ばれる事は絶対にないと思っている。  でもいざご主人様がそう話しているのを聞くと、物凄くショックを受けてしまう。    『はぁ……旦那様はリックを連れて来るべきではありませんでした』  この声はアーヴァン様の……だんだんと皆がそう思っているような気持ちになっていく。  俺がご主人様に迷惑をかけてしまっている。  でも俺はここにいたい。  皆が大好きだし、何よりクロード様が大好きだから。  結ばれる事が出来なくてもそれでもいいんだ、誰に否定されてもご主人様が必要としてくれれば、ここにいてもいいって思える。  だから……否定して――――  『…………そうかもね』  俺の願いは空しく、クロード様はアーヴァン様の言葉を認めた。  すぐに踵を返し、その場を後にする。  なんで……どうして否定してくれないの?  俺はクロード様に連れて来られて、とても幸せだった。  皆もよくしてくれて……素敵な思い出ばかり頭を巡っていく。  でもいつの間にか、ここの人達にとって俺の存在は迷惑をかけるだけで、都合の悪い存在になってしまったのかもしれない。  胸が苦しい。  息が出来ない。  「はっ……はぁ……」  廊下で立ち止まり、少し深呼吸する。  こんな有様で……どうやって皆の顔を見て生活すればいいんだろう。  レイラ様やアーヴァン様に会っても、クロード様に会っても……泣いてしまいそう。    一人になりたい。    そんな事を考えたのはクロード様に拾われる前、貧民街に住んでいた時以来だった。  ここに連れて来られて、皆が良くしてくれたから忘れていた……俺はずっと独りだったじゃないか。  いつの間にか周りに人がいるのが当たり前になって、皆に甘え過ぎていたんだ。  俺は急いで自室に戻り、少しの荷物を布袋に入れ、邸から出ていく事を決めた。    いわゆる家出ってヤツだ。  でも家出をした事でとんでもない状況になっていくとは、思ってもいなかったのである。

ともだちにシェアしよう!