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第21話 酒場で驚きの出会い
門前には使用人が立っているので、そこは通れない。
どうしようと考えた時、ちょうど物資を乗せた荷馬車が来る時間だと気付いた。
それが来ていればコッソリ荷台に乗って邸から出られる。
誰かに見つからないように、足音を潜めながら食料貯蔵庫へと向かう事にした。
「ごめんなさい、クロード様。 邸の皆様」
自室に一言、「ごめんなさい。 少し一人になりたいので邸を出ます」とだけ書いた手紙を置いてきた。
家出とはいえ、戻るかどうかは分からない。
俺がいなくなってホッとする人の方が多いのかもしれないし……嫌な考えばかり頭をかすめていく。
本来ならお世話になった人達一人一人に挨拶をして出ていくのが筋だと分かっているけれど——。
「その方がいい」「早く出て行ったら?」
面と向かってこんな風に言われたら……想像しただけであまりに辛くて挨拶は出来そうになかった。
クロード様に否定された事で、思考が何もかも後ろ向きなものになっていく——。
とにかく今は邸を出る事を考えなきゃ!
そして俺の勘は当たり、食料貯蔵庫には物資を運びにきた大きめの荷馬車が来ていたので、それに乗り込んでバレる事なく侯爵家を出ていく事が出来たのだった。
「また逆戻りの生活か……」
独り言を呟き、視線を落とす。
こんなにあっさり邸を出る事が出来たんだな。
でも今までは居心地が良すぎて出ていくなんて考えた事もなかった。
それがどれほど幸せな事だったか——今になって思い知る。
もう色々と考えていると心が深い闇の中に沈んでいきそうだったので、とにかくひざを抱えて王都に着くのを待った。
荷馬車で3時間ほど揺られているとやがて王都ジェレードが見えてきて、街中へ入ってきたところでバレる前にこっそり飛び降りた。
どうやら御者は少しの揺れでは気付いていないようだ。
俺を乗せていた荷馬車はそのまま目的地へと進んでいくのを眺める。
久しぶりの王都だ。
ここから貧民街は王都の外れなのでなかなか遠いから、どこか宿屋に泊ろう。
でもその前に——俺が向かったのは酒場だった。
「なんれ否定してくれないんれすかっ!!」
ドンッ!!
俺はお酒の入ったジョッキをテーブルに叩き付けながら、愚痴が止まらない。
なかなか胸のモヤモヤが晴れないのでお酒を飲んでスッキリ寝てしまおうと考えたのだ。
いわゆるヤケ酒とも言う。
俺だってもう成人しているから子供じゃないし、お酒だって飲める年齢なんだから……!
「兄ちゃん、いい飲みっぷりじゃねぇか! 気に入った! 飯でも奢ってやるよ」
「いいの?!」
飲んだくれて愚痴る俺の周りには見物人が沢山いる。
その中の一人が向かいに座り、気前よく食べ物を提供してくれると言うのであやかる事にしたのだった。
その人はオーランと名乗り、どこもかしこも毛むくじゃらで、ニコニコしている。
王都にもいい人がいるもんだな~。
「黒髪のお兄さん、まだ飲むのかい? 大丈夫?」
声をかけてきたのは酒場の女将さんで、目の前にジョッキが並ぶ俺を心配してくれているらしい。
みんな優しい……侯爵家のみんなも優しかったなぁ……。
クロード様に拾われた俺は一生懸命働いて恩を返そうとしていたので、お給金などはもらうつもりはなかったけれど、レイラ様が「働きに対する対価はきちんと貰うべき」と仰って、毎月銀貨を何枚かいただいていた。
ここではその銀貨でお酒を頼んでいたのだ……レイラ様……アーヴァン様……ご主人様——。
どうして俺は大好きな人達を困らせてしまう存在なんだろう。
「ぐ……うぅっ……」
なんだか悲しみが増してきて、涙が溢れてくる。
「おいおい、大丈夫か?」
「お兄さん、飲みすぎだよ~!」
毛むくじゃらのオーランは次々と食べ物を並べてくれて、女将さんがハンカチで俺の鼻を拭いてくれる。
「あじがどう(ありがとう)……おれなんて、もう放っておいてくらさい。 優しくされる価値ないれすから……」
「しょうがないお兄さんだね」
女将さんは呆れたような言葉を言いつつ、涙が止まらない俺の背中をさすってくれていた。
そこへ体格のいい旅人風の男の人が突如隣りにドカッと座ってくるので、驚きのあまり思わずジッと見つめてしまう。
「こんなに可愛い子を放っておいて、お前のご主人様は迎えに来ないのか?」
なんか聞き覚えのある声……聴覚が良いから間違えるはずがない。
でも銀髪だし髪型も違うしこんなところにいるはずがないという考えが、その可能性を打ち消してしまう。
「まさか……そんなわけ……」
そこへ女将さんが嬉しそうな声をあげる。
「おや、エルじゃないか! 今日は来ないと思ってたよ!」
「ちょっと立て込んでてな。 遅くなったが来てみたら……面白いのが見られた」
隣の人物は女将さんとも親しくて、周りの見物人とも楽しそうに話している。
え……本当に同一人物じゃないの?
だってこの人は——。
「で……むがっ」
「シ——ッ」
殿下と口にしようとした瞬間、手で口を塞がれてしまう。
この行動自体が本物だと物語っているようなものでは……本当に?
我が国のエルンシュカ王太子殿下?!!
あまりにびっくりして、一気に頭が冷えていく……だって王太子殿下がこんなところにいるはずがないもの。
しかも周りの人々とも仲良さげだなんて。
「え、や、どう……え?!」
「はははっ、相変わらず面白いヤツだな!」
「だって!」
「おや、エルの知り合い?」
「ああ、俺の友人の家族だ」
「なーんだ。 じゃあ送ってあげなよ」
女将さんは酔っ払いの身元が分かり、ホッとしたような表情をしている。
正体がバレないようになのか言葉遣いも変えて”俺”って言ってる……今は友人の家族って事にしておいた方がいいかもしれない。
「というわけだ、リック。 送っていこう」
「…………いいえ、帰りません」
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
優しく問いかけられて堪らない気持ちになり、事の経緯を全て殿下にぶちまけたのだった。
殿下に話していくと改めて哀しみから怒りに変わっていき、盛大に愚痴ってしまう。
「ご主人様が拾ってくれて、本当に嬉しかったのです……俺は幸せだった。 なのに……今更後悔するなんてっ! 今は顔を見たくありませんっ」
「ははっ、まだ話し足りないようだな。 俺も飲もうか」
恐れ多くも王太子殿下と乾杯をし、果実酒をあおった。
「エルさんはいつもこうやってここへ来ているのですか?」
「そうだな、20日に一回程度だが……酒場は色んな人間が来ていて、貴重な話を聞く事が出来る。 成人してから通うようになった」
当然お忍びなので護衛も少数で来ているらしい。
ここにはいないけれど、酒場の前に立っているのだとか。
「どうしてそのような事をしているのか聞いても……?」
お酒の力も借りて殿下の意図を聞いてみると、野性的な風貌からは想像もつかないほど優しい表情で語り始める。
「俺にはこの世の何よりも大切な人がいる。 ちょっと特殊な人で……その人が生きやすい国にしたいという気持ちがあってな。 それは俺にしか出来ない事だから……こうして皆の声に耳を傾け、まずは良い国を造りたいと思っているのだ」
「エルさん……」
ここにいる人達を見ているだけでは分からないけれど、何となく我が国は良い国だなと思えるから、殿下や陛下の尽力のおかげなのだと実感する。
それに王太子殿下を見ていると、本当にそのお方を大事に想っているのが伝わってきて、胸がじんわりと温かくなった。
俺もそう……クロード様の為なら自分の全てで何でもしてあげたいと思う。
「俺にとってのご主人様と同じですね」
「そうだな」
「俺たち同志ですね」
素面では言えないような言葉も今なら言えてしまう。
お酒ってすごい。
殿下はそんな俺を見てまた笑いながら、驚くべき提案をしてくれたのだった。
「お前も今は家に帰りにくいのなら、少しの間私のところで仕事をしてみるか?」
「え……いや……無理です、あの場所で働くなんてっ!」
「まぁそんなに身構えるな。 私の秘書として仕事を手伝ってくれればいい」
「エルさんの……」
それなら出来るのだろうか……?
一通りの教養と護衛としての武術、剣術ならみっちりと習っているので、護衛兼秘書といった形でいいのだろうか。
「フッ。 そこまで悩むとは真面目だな。 お前を見ているとあの人を思い出す……だから放っておけないのもあるのだが」
きっと殿下の言う「あの人」とは彼の想い人なのだろう。
あまりにも愛おしそうな表情をなさるので、殿下とその方には幸せになってほしいなぁ。
どういう身分の方かは分からないけれど、俺が殿下のそばでお勤めすれば彼らのお力になる事が出来るだろうか。
俺とクロード様は身分が違い過ぎて結ばれる事は叶わないから……せめて殿下の想いが通じて幸せになってほしいと願ってしまう。
「俺、働きに行きます。 いつまでいられるか分かりませんが、エルさんとその方のお力になりたいです!」
「そうか、決まりだな」
「はい!」
「それに……お前のご主人様にも驚かせてひと泡吹かせてやろう。 心にもない事を言うヤツにはお仕置きが必要だ」
「…………ははっ! そうですね!」
侯爵家を出る時は絶望で消えてしまいたかったけれど、今のひと言で色んな気持ちが吹き飛んでいった。
クロード様が何を思ってアーヴァン様の言葉を否定しなかったのかは分からない。
あれが彼の本心だったのかどうなのか……今は聞く勇気はないけれど、王宮で勤めている内に聞けるようになればいいな。
そんな事を思いながら、俺と殿下は酒場を後にしたのだった。
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