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第四章 いつも通りの中にある①

気温は三十四度。 いつもよりも過ごしやすい気温だが、それでも暑いものは暑い。 本日の空の主は灰色の雲に隠され、湿度と温風がじっとりと体を包む。 三十分前に家を出て、それからタオルはずっと湿っている。 新陳代謝のいい男子高校生を舐めるな。食欲と汗は多分、人生で一番多い時期だ。 「太陽」 人通りの多い、駅の入り口の変なモニュメントの横でスマホをいじりながら立っている太陽に呼びかける。 顔を上げ、主人を見つけた犬のようにパァ、と顔を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。 「遅かったな!」 「お前が早いの。見て。まだ約束の五分前」 腕時計を見せれば、へへ、と照れくさそうに笑いを漏らす。 「ほら、ユキと待ち合わせって初めてに等しいじゃん? だから、ちょっと楽しみでさ」 「けど、暑くない? 今度から待ってるときは涼しいところにいていいから」 「うん。ま、もう待合せしなくていいけどな~。最初っからユキと行動したほうが、一緒にいれる時間も長いし」 「もう満足したわけ?」 「ん? うん。一回でいいな」 項目を埋めて満足したのか、それともやってみてそこまで楽しくなかったのか太陽がそう言って、歩きだす。 駅前のファミレスはまだ十時だというのに、少しだけ賑わっていて、滞在できて三時間だなと思った。 軽食と、お昼ご飯を食べて、課題は軽く触れるだけがいいだろう。 「多いなぁ~。ま、食べるのがメインだけど」 「多いから? それとも、もともと?」 「もともと! だって、ファミレスで課題なんて出来る訳ないじゃん! 迷惑だし、誘惑が多い」 常識があって何よりだが、こうも「出来る訳ないじゃん」と言いきられると、呆れてしまう。 席に通され、タッチパネルから軽食とドリンクバーを頼む。 各々、好きに飲み物を注ぎ、席に戻ると、太陽が一枚のプリントを取り出した。 「世界史の課題どうする?」 「どうするって?」 冷えたウーロン茶が胃に沁みる。 熱のこもった体を冷房が冷やし、心地が良いが直ぐに寒くなるだろうと思うと、昼は温かいものを食べようか、そんなことを考えた。 「このプリント丸々、好きな偉人についてのレポートだぞ。おれ無理。好きな偉人とかいない。だって、覚えてないもん! 日本史とればよかった! 世界史はカタカナばっかで覚えらんねぇよ!」 「……自分で考えないで、俺がいるからって授業選ぶからじゃん」 「だってさ、日本史も世界史も歴史で同じだと思ったし、地理も分かんねぇし、一緒じゃん。全部分かんないんだったら、ユキを選べばよくない?」 「はぁ……。覚えらんないっていっても、太陽にだって好きな偉人くらいいるだろ? ナポレオンとか、カエサルとか、英雄って呼ばれるような人が出てくる授業は楽しそうじゃん」 「あ~、そう言えば……。そういう話は好き。けど、名前は覚えられない」 「俺は、ソクラテスにしようかな」 「誰それ」 「哲学者」 二人がそんな話をしていると、頼んだポテトと唐揚げの単品が運ばれてきた。 太陽はプリントをしまい、お絞りで手を拭いてポテトをつまむ。 「あ~、塩分が身体に沁みるぅ~」 「ほんとだ。やっぱり、汗って塩分なんだなぁ……。てか、何で唐揚げの単品? 昼に唐揚げ定食食べればよくない?」 「なんか、美味そうに見えたから。それに、ユキは唐揚げ好きだろ? おやつでもいいじゃん。いつも、これもいいなぁって言いながら結局唐揚げ食べるし、おやつで食べてたら、そっち選べるのかなって」 太陽なりの気遣いだったらしい。 「はい」 そう言って、太陽が幸弘の口元まで唐揚げを運んでくる。 「自分で食べれるけど」 「はい、あ~ん」 面白がっている。 幸弘は大きくため息を吐いて、仕方なしに一口サイズでもない唐揚げを口におさめた。 「流石、好物は食いつきが違う!」 「……、むぐ……、」 大きすぎてあまり咀嚼ができない。 対面の席で楽しそうに笑う太陽が次の唐揚げを食べさせようと準備を始めたので、いらないと手で制す。 「……じぶんで、たべる」 口元を抑えて、そう言えばケラケラと笑って、 「遠慮すんなよぉ」 と、次はポテトを差し出してくるから、幸弘はその手を掴んで、太陽の口元に返した。 「自分で食え」 ようやく口の中の物を飲み込み、ウーロン茶で流す。 苦しかった。 「ふはっ、ユキが疲れてる!」 「この大きさを一口は無理だし」 二人で唐揚げとポテトを交互につまみながら、話は先ほどの課題の話に戻った。 「てか、なんで哲学者?」 「哲学者が好きなんじゃなくて、ソクラテスが好き。無知の知って知らない?」 「知らない」 「知らないことを知ってると知っている。それは全部知ってるって思いこんでる人より賢いんだ」 「へぇ~」 太陽が興味なさげにポテトを食べ、幸弘を見る。 「だから、ユキは決めつけたりしないんだ」 「……?」 「だってさぁ、おれが青春ってなんだろうって騒いでた時もさ、こうだろって言わないし、きっとユキの中では青春の定義ってあったのに、おれに付き合ってくれただろ? それってさ、その……ソ、……なとかって人が知ったかぶりすんなよって言ってたからで、ユキがその言葉を覚えてたからなのかなって」 幸弘が太陽はバカだけどバカじゃないと思うのはこういう所だった。 普通なら、繋げて考えないようなところを繋げて、言葉を投げてくる。 しかも、それは的外れどころか、確信に近いようなところに刺さるのだ。 「賢いぞ。ほら」 幸弘がポテトを太陽の口元に差し出せば、不満です! とでも言いたげな表情で差し出されるポテトを食べる。 「……おれに合うの、ナポレオンとカ……なんだっけ……。なぁ、どっちだと思おう?」 「カエサル、な。……なら、どっちが好み? できると信じれば、もうその仕事は半分終わったも同然だ。ローマで二番になるより、村で一番になりたいものだ」 「え、……名言集か何か? う~ん、村で一番になりたい、かなぁ」 「なら、カエサル。はい、今日からお前の尊敬する偉人はカエサル」 もぐもぐ、と口を動かしながら嬉しそうに頷く太陽に幸弘はもう一本ポテトを差し出して、満足だ。 「この一枚を埋めるくらいカエサルのこと調べてファミレスは終わりだな」 「だなぁ~。昼飯食い終わったら、どうする? おれ、本屋行きたい!」 「何買うの?」 「ほら、この前買ったマンガあるじゃん?」 太陽が男同士を勉強しようと思って買ったBLマンガのことだ。 あの後、全くもって教材にはならないことが分かったはずなのに。 「以外と面白かったから、続き買お~って思って」 「面白かったか?」 「あぁ! だって、なんか別種の生き物見てる感じ?」 「……本当に面白かったのか?」 「え、面白くないか? なんで、女の子好きだったのに全く知らない同級生の男を好きになるんだろうって思ったら不思議だし、それに合わせて、女ったらしだった同級生が主人公に自分と付き合えば? っていうのも不思議だし」 「……面白いかぁ?」 「え、ユキにはどう見えたんだ?」 「男同士って言うネタを使った自己投影型のハーレム願望」 「……辛辣」 「けどさ、おれたちだって似たようなものじゃないのか? おれもお前も女子が好きだろ?」 太陽が苦笑しながら言う。 幸弘は一瞬、言葉に詰まって、 「……一緒にするな」 そう言うのが精一杯だった。 『恋人リスト達成日記 待ち合わせ』 待ち合わせしたいと言い出したのは太陽なのに、一回でいいらしい。 なんでそんなに俺欠乏症なのか意味が分からない。 ずっと一緒にいるのに。 本当だったら、俺のこと好きなのかも? くらい思ってもいいのかもしれないけど、期待はしてないんだ。 だって、太陽だから。 二歳のころから一緒で、学校とかの時間を合わせたらきっと親よりも関わってるし。 だから、あんまり期待してない。 これを読んでる太陽はきっと、俺のことそういう好きなんだと思うけど、怒らないでな。 あと、二度とBLマンガと俺らを一緒にするなよ。 あれは、創作。ファンタジー。 幸弘

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