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第四章 いつも通りの中にある②

薄暗い館内はひんやりとしており、上着を持ってこなかったことが悔やまれる。 ゆらゆらと壁に反射する青い水槽の光とのんびりと泳ぐ魚に眠気が目元をじんわりと覆う。 「なぁ、ユキ」 「んあ?」 急に声を掛けられ、思わず変な声が漏れた。 「わはっ、眠いのか? でも分かるなぁ。暗いし、綺麗だし、魚はのんびりだし、眠くなるよなぁ」 「ここなら朝からずっといてもいい」 「ユキは水族館好きだもんな。おれは魚見るのも好きだけど、お土産売り場のところで、キーホルダーとかぬいぐるみとか見るのが好きだな。水族館のお土産って、キラキラしてるし」 よく母親に連れてきてもらっていた二人は、小さなころからたまにここに来ていたが、帰りに「これ買って!」とぬいぐるみを抱きしめて泣く太陽は珍しくなかった。 「でも、今なら分かる……。お土産コーナーにある、それなりに大きなぬいぐるみってたっかいよな!」 「しかも、太陽の部屋汚いし」 「ぐぬぬぬぬ……」 変な声を漏らす太陽がようやく見つけたベンチに腰掛ける。 眼前には大きな水槽があり、中にはエイや不思議なデカい魚や、サメ、小魚などが泳いでいる。 「……なぁ、これってデートみたい?」 「……いや、まぁ……ごめん。いつも通り」 「だよなぁ……。分かる。デートと言ったら、ユキの好きなところで、水族館だと思ったんだけど、やっぱさ、青春探しと一緒で、ユキとするとユキなんだよな」 太陽の隣に腰を下ろし、持っていたお茶を飲む。 幸弘だって太陽の言いたいことは分かるのだ。 「ユキにとって、青春ってなんだった? 青春したいってユキは思わなかった?」 「……青春って、今くらいの時期の楽しいことを指す言葉だと思ってて、けどさ、それを青春だっていうのはきっと、もっと大人になってからなんだろうなって」 太陽が自分のバッグから飲み物を取り出して、考えるような表情で口をつける。 「太陽に青春したいって言われた時、これは青春か? って聞かれた時、俺は大人になった俺を想像するんだ」 「大人になったユキ?」 「そー。その時の自分が、あの頃は楽しかったな、戻りたいなって思うのか、どうなのか。きっと、楽しかったとか戻りたいって思えば、それは青春してたってことなんじゃないかなって」 「……おれ、青春ずっとしてたってこと?」 「どうだろう。これはあくまで俺の感覚だから、違うのかもしれないし。……大人になった太陽は今に戻りたいと思うのか?」 「う〜ん、戻りたいというより、……いや、戻りたいかもなぁ。だって、今だっておれはユキと出会った日に戻って、もっと毎日大事にしたいもん」 その言葉に、高校を卒業したあとのことが暗に含まれているのだと思うと、幸弘は視線を下げた。 「けど、きっとおれにとって戻りたいは青春というより、後悔なんだろうなぁ」 静かな館内に微かに聞こえる親子連れの賑やかな声。 けれど、二人の周囲に人はない。 ちらりと太陽に視線を戻せば、困ったように笑っている。 「なんか、あれだな。たまにおれが真剣なこと言うと空気が死ぬな」 空気を変えるようにやめやめ、とおどける太陽は立ち上がり、水槽に近寄った。 すぐそこには、エイが優雅に泳いでいる。 幸弘は太陽の隣に並び、エイを見上げた。 「小さい頃さ、ユキ、エイ見て――」 「俺は別にお前に楽しいことだけ求めてない。俺だけに弱音吐いてくれるのいつも嬉しいよ」 「……へへ、ユキはやっぱ、優しいや」 そこからは、本当に「デート」と言うよりもいつも通りで、館内を一周し、二周し、休憩エリアで寒かったはずなのにアイスを食べて、二人で震えて、帰りにお土産コーナーでやっぱり悩んで。 毎年のことだった。 結局、太陽はウツボのぬいぐるみを買い、帰りに幸弘に押し付けてきた。 自分の部屋には置けないから、持っててと。 今度、泊まりに行く時に使うから、と。 まず、部屋を片付ければいいという発想に至らないのが不思議だ。 受験勉強前に片付けに呼ばれるんだろうな。 そんなことを思った。 『恋人リスト達成日記 水族館』 太陽が、高校卒業後のことを匂わせるのは初めてだった。 ずっと一緒にいるって泣いてた太陽が、高校卒業後のことをどう思ってるのかわからないし、それに縋ってるのは俺のほうなんだけど。 けど、寂しいと思ってるんだって分かって、少し安心した。 どうしたら、恋人とか抜きにしても一緒にいられるんだろう。 大学を一緒にする、なんていうことじゃなくて、将来の選択肢を潰さずに、どうすれば一緒にいられるんだろう。 幸弘

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