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第四章 いつも通りの中にある③

街路樹がしなり、鈍色の雲が流れていくスピードはいつもよりもだいぶ早い。 夏の風物詩である台風が迫ってきていた。 雨が降るのも時間の問題だが、幸弘の中では電車が止まるのも時間の問題だと、そちらの方に気を取られて、せっかくのオープンキャンパスに身が入らない。 そんな幸弘の隣で、瞳を輝かせて構内を探索している太陽。 先日見学した大学よりも大きく、新しい建物はおしゃれで、心なしか通っている学生までもがおしゃれに見えてくる。 そもそも、ここは何だろうか。 よく新作がどうのとか言われているコーヒーの大型チェーン店の様な内装で、あちらこちらでノートパソコンを広げた学生が何かをしている。 「おしゃれだなぁ~。学内カフェってこんな感じなんだ。すっげぇ」 太陽がパンフレットを見ながら、見学者でいつもより賑わっているだろうカフェ内を見渡す。 「やっぱ、地方の大学と地方は地方でも栄えてるところにある大学は違うなぁ」 「そもそも、建て替えがあったとしてもあそこは年季の入った大学だからな」 「建て替えた時に、こんな風にしたらよかったのにな。そしたら、入学生増えるんじゃないか?」 「これ以上増えても、定員だろ」 そんな話をしながら、カフェを出てその隣に在る、これまたガラス張りの洗練された空間に入る。 「ここなに?」 パンフレットを持っている太陽に問えば、 「学生ラウンジだって。なんか、あっちのカフェとこっちのラウンジがここの大学の目玉みたいだ。空コマで使われたり、自習したり、昼寝してもいいらしい。飲食可って書いてあるから、弁当持ってきたりする人はこっちで食べるんじゃないか?」 「食堂もあったのに?」 「あっちも綺麗だったよなぁ。学食自体も美味しかったし」 前回と同様、説明やらなんやら座っている間は死にそうな顔をしていたくせに、食事の時間は顔を輝かせて「美味しい、美味しい」と食べていた。 「ただ、量が少なかったよなぁ。ちょっと高いし」 「生活費ってお前持ちなの?」 「ユキと一緒。ほら、学費どうするか問題を母ちゃんたちが話してたことあったろ? 多分、小学生くらいの頃」 「あった、あった。その頃に、俺言われたもんな。学費は出す。そのほかは、自分で頑張れって」 「学費出してくれるのはありがたいんだけど、おれらが部活とかしてたらどうしてたんだろうなぁ。部活してないからバイトできるわけで……。で、そのバイト代から一人暮らしの初期費用とかが出ていくじゃん?」 「中学の頃に、一人暮らしはこのくらいかかりますが、お前はどうする? って聞かれたしな……。どうするって、なにってなった」 「……おれは部活も続かなかったし、たまに将棋教室に顔出すくらいしか続かないじゃん? ユキは何で部活しなかったの? 受験とかに有利なのに」 ラウンジの空いているソファに腰を下ろし、ひとまず休憩する。 カフェでコーヒーでも買ってみたらよかったかもしれない。 「おれが何も続かないから、ユキはおれに合わせてくれたのかな、なんて……」 太陽が申し訳なさそうにそんなことを言いだし、幸弘は呆けるしかない。 そんなことを考えているなんて思いもしなかったのだ。 「……お前は運動神経がいいけど、俺は普通だろ?」 「そうかな? ユキだって運動できると思うけど」 「いや、お前ほどはできないよ。しかも、スポーツの楽しさって分かんないんだよなぁ。太陽とするキャッチボールは楽しいし、二人でするサッカーも楽しい。授業でするテニスも楽しいと思うけど、別に毎日グラウンドを走って、筋トレして、先輩後輩の中で揉まれて、顧問に怒られてって考えるだけで嫌だし。そこまでの熱量を部活に出せない」 だからこそ、部活を頑張っている同級生は尊敬するのだ。 太陽は飽き性だが、幸弘は自分がしたいと思えるもの以外に熱量が向かないタイプだ。 「きっと、お前が部活をしてたって、俺は部活に入らないし、今と同じでバイトしてる。……少しでも一人暮らしの生活レベルを上げたいし」 バイトしてなかったらどうしてたんだろう。 太陽のその問いの答えは、選べると思うな、だ。 幸弘の母が、少しでも引っ越し初日から自分の好きな環境を持ちたければ、頑張って貯金するしかないのよ、と言っていた。 足りない分は出す。それは親としてする。 けど、そこにお前の意思や欲しいが乗ると思うな、だそうだ。 「ずっと気になってたんだ。ユキって何で部活しないんだろうって。おれがなんも続かないから遠慮してんのかなって。……一緒にいたいって、おれ泣くし」 「別に……。別にさ、そうだとしても太陽が気に病むことじゃないだろ? 仮にそうでも、俺が太陽といたいから部活をしなかっただけだし、いいんだよ」 「え、おれといたかったから部活しなかったのか?」 「仮にって言ったろうが」 変なところを切り取るな。 ガラス張りのラウンジはきっと、天気がいい日はとてもきれいなのだろう。 澄んだ青に、白くて大きな入道雲。 秋には紅葉が見れるのかもしれないし、向こう側には桜の樹が見える。 一年を通して、ここは季節を楽しめる場所なのかもしれない。 ただ、今日は強風で今にも折れてしまいそうなほどしなる樹と揺れる電線が恐ろしい。早く見学を切り上げて帰宅したほうがよさそうだ。 「あ、ユキ」 「ん?」 「電車止まったっぽい」 「え、マジで?」 家まで新幹線で二時間の距離。 電車が止まったら、帰るすべはない。 「ホテルって、親の同意書がないと止まれないんだっけ?」 太陽とそんなことを話していると、やはりラウンジ内が一気に騒がしくなる。 同じように県外から来た人や、通学手段が電車の学生もいるのだ。 「う~ん……。ちょっと、ホテルに電話して聞いてみよう。埋まってるかもしれないし、早めがいいよな」 太陽と手分けして、駅から近いホテルや、少し離れてはいるが、行けなくはないホテルを当たる。 やはり、天気も相まって、親の同意のない高校生を泊めてくれるホテルはなかなかなかった。 そうして、ようやく、無理だと思って後回しにしていた駅チカのホテルがチェックイン時に親と連絡が取れるなら、と予約が取れた。 二人はすぐさま親に連絡を取り、スマホの前でスタンバイしといてとお願いした。 大学内はあらかた回り、最後に学内カフェとラウンジを見に来ただけだったので、もう用は済んだ。 「早く行こう。……太陽はもう見たいのない? 気になるところとか、相談しておきたいこととか」 「ん? さっき、いっぱい聞いたし、見たし、もう満足」 いつの間に聞いたんだろう。幸弘がお手洗いに行っている間だろうか。 雨が降らない内に、と足早に大学を後にする。 湿気を含んだ生ぬるい風が頬を叩くような勢いで吹いていく。 吹き飛ばされると楽し気な太陽を横目に、幸弘は無意識に息を吐いた。 知らない場所、知らない街、知らない風景なのに、幸弘にはここに楽し気に通う太陽の姿が嫌というほど想像できてしまった。 そして、その隣に自分はいなかった。

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