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第六章 恋って②

災難というものは続くもので、幸弘は太陽から「好きになるから、口説け」と言われたことで幸せを使い切ってしまったのかもしれないと、最近の不幸に頭を抱えるしかできない。 八月に入り、暑さは最高潮だ。 アスファルトに零してしまったお茶は一瞬で干上がるし、健康な男子高校生である幸弘は外に出て数分で汗だくになる。 バイトのない日は毎朝、太陽の家に行き、朝からシャワーを借りるのが当たり前になっている。 そんな幸弘を襲う不幸は、太陽の不機嫌である。 恋人になった太陽はすぐに不機嫌になる。 そして、幸弘はすぐに地雷を踏む。 恋人としての相性は最悪なんじゃないだろうかと思うほどだった。 けれど、それでも毎日太陽と過ごすのは、不機嫌の中にも幸弘にとって幸せがあるからだ。 太陽の不機嫌は、正当なものもあるが、理不尽も多い。 けれど、察してとは言わないし、一から十まで教えてくれるし、何より触れられる。 手をつなげるし、抱きしめることができる。 きっと、それは太陽が機嫌が良くても許される行為だが、幸弘には理由なくすることがまだ難しかった。 だが、これは予想外だ。 幸弘のせいではないし、誰の悪意でもない。 むしろ、善意で、だからこそ、太陽は終始幸弘を無視しながらニコニコと対応していた。 事の発端は、ようやく八月のバイト代が入り、ちょっと贅沢にファミレスでも行こうか、と街を歩いていた時だった。 これはデートだな、と笑う太陽は機嫌が良く、ユキとするとユキなんだ、と言っていた頃が懐かしいほどにちゃんと恋人になりかけていた。 もちろん、精神的なことだ。 キスもそれ以上も、まだ何もしていない。 けれど、もう幼馴染みで親友だけではなかった。 幸弘だって、今日をデートだと思っていた。 けれど、運を使い果たした幸弘は上田に会ってしまった。 彼女とデート中の上田とばったり出くわした二人は、近くで見ると思った以上に美少女だった上田の彼女に驚きつつ、普通の対応をしていた。 太陽だって、距離感を誤らず、会話を盛り上げることも、自分から話題を振ることもなく、当たり障りなく会話していた。 そこに、彼女の悪気のない、善意百パーセントの「友達呼ぶね」が入ったのだ。 今から二人でファミレスに行く、と話していたからか暇という判定を受けてしまった。 美少女の提案を断れないのは太陽だけではない。幸弘もだ。 上田に助けを求めようとさりげなく、断りを入れても、二人の意図は全く伝わらず、感謝しよろな、とでも言いたげだった。 新学期、上田は許さない。 そんなこんなで、合コンのような状態になっていたというわけだ。 無事に二時間のミッションを終えて、帰路につき太陽はベッドの上で丸まっている。 ちなみに、今日は土曜日のため太陽母が休みでリビングにいるのだが、帰ってきた太陽を見て、「あんた、何不貞腐れてんの? ユキくんとケンカした? もぉ~、それなんていうか知ってる? フキハラっていうらしいよ? 会社の若い子が言ってたわぁ〜」と言ったのも幸弘の不幸の元凶だったりする。 太陽母はご飯は美味しいし、いい人ではあるのだが、年頃男子に対するデリカシーはない。 「太陽……」 だんまりな太陽に幸弘は、どうしていいのか分からない。 自分が機嫌を損ねたのなら、必死に弁明して謝って機嫌を直すしかない。 太陽からもそうしろ、と言われているし、幸弘も納得している。 けれど、今日のはどうすればよかったのだろう。 最近、太陽に言われたのだが幸弘は恋愛においての他人の感情回路に疎すぎるらしい。 なぜ、自分のことをこんなに理解してるのに、地雷ばかり踏むのか、と怒られた。 だが、分からないのだ。 理解したいのに、太陽が分からない。 幸弘は困り果てて、ミノムシになった太陽を転がして、その頭を自分の膝のうえに乗せた。 もぞもぞと動いて、腰に巻きついてきたのを見るに、今日の不機嫌も幸弘への拒絶ではないようだ。 ほっと息をついて、未だに汗で少しだけ湿っている髪を撫でる。 「太陽、ごめん。何が嫌だったのか教えて。俺も嫌だったんだけど、俺の嫌とお前の嫌って同じなのか分かんないし……」 長い沈黙のあと、太陽が幸弘の腹に顔を押しつけて小さく口を開く。 「デートだったじゃん」 「……俺もそう思ってたよ、ちゃんと」 「マジで、上田に天誅下れ」 「それはそう」 「上田の彼女は悪くない……。上田の彼女の友達もいい子だった」 「うん」 「だからってわけじゃないけど、ちゃんとしないとって思って……。いつも通り、盛り上げたけどさ……ユキはおれが女の子と話すの嫌じゃないのか? ああいうの嫌って思わないのか? 平気そうな顔して飯食ってたけど」 完全なる八つ当たりである。 けれど、自分にも幸弘を大事にさせろと怒っていた太陽を思い出し、ようやく今回の太陽の怒りや苛立ちを理解した。 「普通の顔は、まぁ……そう。俺が何年、お前が彼女できて浮かれてんの見て、良かったなって言ってきてると思ってる?」 「……っ」 少しだけ、責めるような言い方になってしまったのは許してほしい。 ただ、今回嫌だったのは理由は違えど太陽と同じなのだ。 太陽の不機嫌な理由が太陽自身に向いていたとしても、追撃してしまうのは仕方がない。 幸弘だって、まだ高校三年で、彼女がいても振られて半年しか続かない恋愛マスターとはほど遠いところにいるのだから。 「……俺は今日のお前を見てて、嫌な気持ちになってない。すげぇなって思ってた。この状況は嫌だろうに、そんな顔も態度もせずに場を盛り上げて、わざわざ来てくれた子を嫌な気持ちにさせなかった。そういうところが、太陽だなって思うし、……好きだなって思うよ」 「……好きか?」 「うん……。お前って、うるさいし、すぐ不機嫌になるし、めんどうだけど」 「悪口じゃん! え、好きなんだよな!?」 「悪口じゃない。事実。……でもさ、そういうの全部、俺の前だけじゃん。彼女とかの前で、そんなんじゃなかったじゃん。いつも、ちょっとだけ格好つけてたじゃん」 「……まぁ」 下腹部を力強く締めつけられて苦しい。 けれど、この遠慮のなさも、どうにもならないことを、噛んだり、力を込めたり、身体的に伝えるのも全部――。 「俺にだけ、だから嬉しい」 「……っ、ばかじゃん」 「だから、気にしなくていいんじゃない?」 「無理だよ……。おれ、……好きになるって言った。なのにさ、好きな人の前で、ほかの子を異性として扱って……それってどうなの? クソじゃん」 いくら、幸弘が気にしてないと言っても太陽は自分が許せないらしい。 デートを壊されたことより、太陽は自分の対応に、幸弘よりも場を壊さないことを優先した自分にショックを受けている。 「俺がいいって言ってるからいいんじゃない? あの状況をお前が作ったんなら、クソだなって思うし、俺だっておこ……っていいよな?」 「なんでそこで弱気になるんだ……。怒っていいんだよ。怒れよ」 ぶすくれた太陽が幸弘の顔を見上げてくる。 そうして、のろのろと上体を起こし、幸弘に背を向けてゴロンとベッドに倒れこんだ。その背は寂し気だ。 「……ユキがまったくといっていいほど、おれへの扱いが変わんないから、……なんかイライラするんだ。おれは早くユキのこと好きになりたいのに……、おれだけ焦ってる」 枕に頭を預け、壁に向かってぼそぼそと文句を言う。 そこに拒絶の色が見えなかったため、太陽の傍に寄って、手を繋いでみれば、強い力で握ってくる。 本当にめんどくさいやつだな、そう思って笑ってしまった。 「……なに、おれ怒ってるんだけど」 「いや、……だってさ、離れたから嫌なのかなって思ったのに、力強いなって」 「……ユキのバーカ、アホ」 口ではそんな文句を言っているのに、繋いだ手は抱き込まれてしまう。 「何でそんなに焦るんだよ。別に、ゆっくりでいいじゃん」 「ユキって本当におれのこと好きなのか? 早く好きになってほしくないわけ?」 「……好きになってほしいけどさ、それって急ぐことじゃないし、早く好きになれって言われても、お前が困るだろ」 「……困るけど、ずっと一緒にいたいから、早く好きになりたいのに」 普通は逆じゃないのかな、と思いつつ、そっぽを向いた太陽をこちらへ向かせて引っ張る。 全く体に力の入っていない太陽を起こし、抱きしめてみる。 昔からしてきた行為だ。大泣きする太陽を慰めるため、帰らないでとぐずる太陽に言い聞かせるため、すべて幼馴染として、親友としてのものだ。 けれど、今は違う。 同じ抱擁でも、その意味も触れる熱量も、何もかもが新しい。 「お前が俺のこと好きにならなくても、俺はもう彼女も作っちゃだめだし、不純な関係だけもダメだし、そういうお店も使っちゃダメってお前が言ったんじゃん。それってさ、俺の人生にはずっとお前がいるってことじゃん。ずっと一緒で、一緒にいれるように色々考えていこうってことだろ?」 「……言ったけどさぁ、あの時は勢いっていうか」 きっと、あまりにも自分勝手なことを言ったとあとから理解したのだろう。 ゴニョゴニョと言い訳がましく何かを言っているが、幸弘はそれでいいと思って受け入れたのだから、今さら撤回など許さない。 「そんなに急がなくてもいいよ。もう、お前抜きで人生考えたりしないからさ……。なぁ……それでいいんだろ?」 思った以上に情けない声が出て、恥ずかしくなって太陽の首筋に顔を埋めた。 そんな幸弘に太陽は不満げに、 「いいってば。そうしてくんないと、おれ泣くからって。おれのユキ欠乏症を悪化させたいのか?」 脅しのような言葉に笑ってしまう。 「けど、それ抜きにしたってさ、ユキの好きとおれの好きが釣り合い取れなくて、不公平だろ? だから、ちゃんとそこを埋めたいんだ。おれはさ……、ユキが好きだよ。まだ、そういう意味じゃないと思うけど、だから……早く好きになりたい。ユキにそういう好きをあげたいと思ったんだ」 「荒治療でもいいのか?」 「……?」 好きになりたくてもがく太陽は見ていて可哀想だった。 けれど、それだけじゃなくて、幸弘がそこまで言ってくれるなら、もういいじゃないか、と思ってしまったのだ。 ゆっくりとか、今のままで満足とか、それは幸弘だけの価値観だ。 太陽の気持ちの問題なら、本人の意思が一番大事だろう。 だから、幸弘は確認する。 「好きってさ、きっと思い込みでいけると思うんだよな」 「経験則?」 「まぁ、そう。……付き合って、身体距離が近くて、相手が可愛くて、自分のこと好きって言ってくれる。そうするとさ、好きだなって思うんだ。俺は単純だし。……太陽も単純でバカだから通用するんじゃないかなって」 「おい! 悪口だぞ! 何を言い出すんだろうって思ったら!」 幸弘の腕の中で暴れ始めた太陽を離して、幸弘は唾をのんで、距離を詰めた。 「ユ――」 唇に体温すら残らない触れ合いは一瞬で、太陽は何をされたのかさえ理解していないかのように呆けている。 幸弘だけが、恥ずかしくて、心臓が破裂するんじゃないかと思うほどに動いている。 壁にかかる時計の秒針がいやに響いて、どれくらい時間が経ったのか。本当はそんなに経っていないのかもしれない。 太陽がおずおずと幸弘の指先に自身の指を絡めて、肩に額を置いてくる。 いつも喧しい太陽の静かなそんな反応に、幸弘は頭を抱えたくなったが、太陽の耳も項も真っ赤に染まっているのが見えて、泣きたくなった。 「……好きとキスはイコールだから、毎日してくれたらすぐ好きになれそう」 太陽がそんなことを言う。 その声には覇気がなくて、むず痒い空気が二人の間に流れるだけだ。 「毎日は無理……。緊張で死にそう」 「ユキが可愛くて……死にそうなのはおれ」 「可愛いはいやだけど……。頑張ったんだから、カッコいいと言えよ」 「……もう、誰にも、そんな『カッコいい』ところ見せないでな」 冷房の稼働音と外から聞こえる蝉の声が部屋に響く。 太陽母の足音が扉の向こうから聞こえてくるまで二人は黙ったまま抱き締め合っていた。 幸弘はようやく、太陽との気持ちの温度差に遠慮しなくていいのだと噛みしめる。 だからといって、急に恋人らしく振舞えるわけでもない。 だが、許された気分になった。 『恋人達成リスト キス』 この項目が埋まるのはだいぶ先だと思ったけど、夏休み中に埋まった。 残るは、最後のやばいやつだけだけど、流石に太陽もすぐすぐしようなんて言い出さないとは思うけど、どうなんだろう。 バカだから言いだすかもしれない。 けど、きっとどっちしたいとかそういうことは何も考えてないんだろうと思う。 俺は抱きたい方なんだけど、ちゃんとそういうこと考えてるのかな。 これを読んでる太陽はどう? 幸弘

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