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第七章 僕のこれから、君のこれから①

夏休みも終わりに近づくなか、幸弘と太陽は課題に追われていた。 冷房の効く部屋から追い出され、先日の外泊や二度の県外のオープンキャンパスで傷んだ財布にはお互いに千円しか入れていない。 最終的に行きついたのは、小さな鳥居のある神社だった。 そこは昔から二人が時折訪れる場所で、人がいるところは全く見たことがないのに、いつでも綺麗に整備されている神社だ。 「てかさ、この猛暑日に家から追い出すって酷くね? 何大掃除って。今日しないとダメなの? おれの部屋におれがいたってよくない?」 年がら年中、汚部屋の住人が何かを言っている。 今日に限って、幸弘の家は母の友人が遊びに来ており、出ていけと追い出され、太陽は太陽で大掃除するからと課題と共に家から叩き出された。 二人は茹って正常な判断ができない頭で考えた。 オープンキャンパスの予定はあと一回。 それも、他県にあるため、お金が必要だ。 次のバイト代が出るのは、ほぼ一カ月先。 しかも、課題のためにファミレスやファストフード店に入るのは気が引けた。 カフェでの仕事の善悪が議論されている世の中だ。課題だって同じなのだ。 「しかもさ、朝から追い出さなくたっていいじゃんな。……絶対、昨日の夜にアイス食ったこと怒ってる……。三百円のアイスでおれ、死ぬんだ……」 「……お前が悪いよ」 二人は神社の隅にある東屋で一リットルの水筒に入れたスポーツドリンクを大事に飲みながら、課題をする。 割と計画的に進めていたおかげで、最終日に泣く羽目にはならないが、それでも今日、やっておかねば後々響くだろう。 木々が生い茂り、静かなこの場所は太陽の嘆きがうるさいだけで課題をするには最適だった。 二人のTシャツは汗で色が変わってしまっているが、それでもここは涼しい。 穏やかに流れる風は湿気ではなく、ひんやりとした冷気が混じっているからだろうか。 流石、神社である。 「腹減ったぁ~。なぁ、昼飯食いに行こうよ。近くの定食屋、まだランチは千円以内で食えたろ? 一番安いの食べて、残りで飲み物買って、またここに戻ってこよ」 そうはいっても、時計を見るとまだ十一時前である。 神社を出て、定食屋につくころには開店してはいるだろうが、早めの昼食は早めの空腹をもたらすものだ。 「後三十分は課題……。え、終わった?」 「終わった! すごくね?」 「え、ほんとに? 残りは?」 「……小論文」 「あ~」 それは幸弘も残っていた。 進学希望者なら、志望する学部受験対策。 就職希望者なら、希望する職種の志望動機等の対策だった。 けれど、幸弘も太陽も未だに志望する学部が定まっていない。 頻出テーマについて調べたりはするが、そもそもが決まっていないため書き出すこともテーマを定めることもできなかった。 「少しは何か決まった?」 来週には星稜のオープンキャンパスが控えている。 急かすつもりはないが、一応は太陽に問う。 「……やっぱ、経済学部か、情報学部かなって」 「なんで? 俺が言ったから?」 幸弘のややキツめの声に太陽が困ったように笑った。 「それもあるけど、三割くらい。……一応さ、考えたんだよな。で、将来どんな仕事をするのかなって思った時に、おれって口を動かす仕事してるイメージしか湧かなくて、そうなったら、今のおれが思いつく仕事が営業で……。けど、今時はプログラミングとか、SNSマーケティングとかが強いじゃん?」 意外と考えていたらしい太陽にほっとする。 やはり、太陽はバカじゃない。幸弘に影響されたって、その中で自分できちんと歩いて行けるのだ。 「まぁ、その二択かな。ユキは? どっちか決まった?」 「……情報学部だな。俺はどっちかっていうと、理系だし……、それに」 幸弘が言い淀めば、太陽がキョトンとしたような表情でこちらを覗き込んでくる。 言っても引かれないとは分かってはいるのだが、これはあまりにも太陽中心の人生設計過ぎて、自分で自分が恥ずかしい。 「おれには言えって言うのに」 不平等だ、と唇を尖らせる太陽に、幸弘がシャーペンを転がしながら言う。 「……ITなら、在宅で仕事ができるかなって」 「……? ユキ、家で仕事したかったのか?」 「在宅なら、お前がどこで仕事だろうが、何の仕事してようが……一緒にいられるだろ」 所詮、社会に出たことのない高校生の戯言だ。 実際の在宅勤務がどういうものかも知らない。どういう仕組みで回っているのかもわからない。 けれど、二人でいるためにどうすればいいのか、色々調べて幸弘が出した結論がこれだ。 「……なんか言えよ」 だんまりと幸弘を見つめる太陽に耐え切れずに、そんな言葉が漏れる。 「……へ、へへ。……は、……えっと……」 ずっと一緒、を具体的にした案を出す幸弘に目を丸くした太陽は徐々に口元を緩ませて、にやけないように頑張っていたようだが、無駄である。 口元を抑えて、顔を伏せる太陽。 けれど、暑さとは違う理由で耳が赤いのがこちらからは丸見えだ。 「……うれしくて……、ちょっと、むり……。ユキ……、ありがとう」 「まだ、何も具体的になってないのに……」 「ダメだよ。縁起が悪いこと言おうとするな……。大丈夫だろ……。南央も明瞭も星稜も全部、合格圏内なんだからさ……。怠けなければ受かるって」 「塾通ったほうがいいのかな……」 「大丈夫だって……。母ちゃんがまた大量の参考書を買い漁って来るだろうから……」 高校受験の時もそうだった。 今通っている高校に行くためには学力が足りなかった太陽を塾に通わせるのではなく、太陽の参考書を買い与えた。 幸弘はなぜなのかとこっそりと聞いた。 すると、返ってきたのは厳しくも正しい言葉だった。 「どうせ、ユキくんと同じところに行きたい以外の動機はないの。そんな不純な動機で、将来決めるんなら、これくらいでいいのよ。それに、ユキくんが理由なら、無理でも頑張るでしょ」 太陽は幸弘が理由なら頑張れる。 今回もそうであってほしいと願う一方、肝心の幸弘だって学力が足りるのか分からない。必死に勉強しなければ。 ふぅ~、と大きく息を吐いて、若干赤みの残った顔の太陽が顔をあげる。 「大学さ、今のところ第一志望はどこ?」 「……南央もいいなって思うけど、やっぱり明瞭、星稜。今度のオープンキャンパスで第一が分かるかなって感じ。経済学部にするか、情報学部にするかも」 「そっか……。明瞭かぁ~。おれ、あんまりって感じだったんだよなぁ……。間を取って、星稜を第一にしよ~」 ふざけた調子で太陽が言う。 けれど、それは冗談だ跳ねのけるような提案ではない。 星稜は南央には及ばないが、新しい設備や建物、学食やラウンジなどの太陽の憧れているものもある。 希望の学部は揃っているし、前に太陽に話したように環境もいい。 家賃相場、スーパーや駅などの立地、生活動線などを考えると明瞭よりもいいのかもしれない。 「……まぁ、なんにしろ、次のオープンキャンパス次第だな」 「次は台風こないといいな。今度、電車止まって泊りになったら財布が死ぬ!」 「あの日も行くか本気で迷ったしな」 幸弘はシャーペンを持ち直し、プリントを最後まで埋めていく。 これが終われば、太陽と同じく、小論文だけになる。 つまり、昼からは自由である。 「あ、そうだ」 手を動かしながら、幸弘は報告のテンションで太陽に聞かせる。 「明後日、泊まりに来る?」 「行く」 反射的に答えたであろう太陽にふっと笑いが漏れた。 「母ちゃんと父ちゃんがデートでどっか行くんだと」 「仲良すぎるな!」 「いつものことじゃん」 年一である両親の外泊デート。 それはユキが中学に入ってからの恒例行事だ。 その日は太陽の家に泊まったり、悪いことはしません、という誓約書を書いて大人のいない幸弘の家に太陽が泊まりに来たりと二人にとっても楽しい日だ。 二人が高校に入ってからは、そんなに心配することもないと、問答無用で幸弘の家で二人きりである。 「え、てかさ、明後日って夏祭りじゃん。屋台の飯食って、ユキんちで泊まり? 帰らなくていいのか? え、やった」 お祭りの後は寂しいから帰りたくない、と泣いていたことを思い出し、それも未だに続いているんだと、苦笑する。 「明後日、楽しみだなぁ~」 ようやくすべてが埋まったプリントをリュックにしまいながら、時計を見る。 少しだけ早いが、お昼にしてもいいだろう。 課題も終わったし、午後は家に帰ってもいいかもしれない。 ここにいてもいいが、ここでは昼寝が出来ないのだ。 「ユキ、眠いのか?」 「……ここがさ、板間ならいいのにな」 「神社の境内でなにするつもりなの……。流石に神様も怒っちゃうよ」 「いつも、お賽銭入れてからここにいるからいいだろ? 神さまだよ? 心が広いに決まってんじゃん」 「昼寝は許されないだろ」 「いつもより多く入れたら許してくれるかな」 そんなことを言い合いながら、立ち上がり、最後の挨拶だ。 賽銭箱に財布の中の五円玉を投げ入れ、二礼二拍手一礼をする。 最初もするが、幸弘と太陽は滞在の意味も込めて、いつも帰りにもやっているのだ。 「あ、早く行かないと混むんじゃないか? あそこ美味いけど、並ぶと外でしか待てないからやなんだよ。早く行こ」 「引っ張んなって! こける!」 静かな境内に太陽と幸弘の声が響く。 たまにはこういう、昔に戻ったような過ごし方もいいものだ、そう思った。

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