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プロローグ

ターゲットの部屋を確認。 無駄に敷地が広いせいで、余計な体力を使わされたことに多少イラつきながらも、木の上からカーテンの閉まっている部屋の様子を伺う。 「……寝てるのか」   カーテンの隙間から光は漏れていない。 「お坊ちゃんのねんねの時間は早ぇな」   まぁ、その方が都合がいい。 部屋の窓に向かって設置されている防犯カメラの映像は、組織がハッキング済み。 オレの姿が映らない、ダミー映像が繰り返し流されているはずだ。 オレは音を立てないようにターゲットの部屋のバルコニーに飛び降りると、窓に近づいて中の様子を伺おうとした。 「……ん?」   軽く窓に触れると、キィッという小さな音を鳴らしながら窓が開いた。 おいおい、不用心だろ。 殺し屋らしからぬセリフがこぼれて、なにを言ってるんだと小さくため息をつく。 警戒をしながらも窓を開けて部屋の中に入ると、ほんのり甘さと深みのある上品なムスクの香りが広がっていた。 お金持ちの家って感じの香りだな。 知らねえけど。 部屋の中にはキングサイズのベッドと壁一面の鏡、さらにデカいソファーとローテーブルが配置よく並んでいた。 部屋の奥には、もうひとつの扉。 隣にも部屋があるようだ。   ここは寝室か? 寝室だけで、オレの家の何倍あるんだよ。   部屋をひとつ見ただけでも、格差社会という言葉を突きつけられている気がして、無性にイラついた。 思わず舌打ちしそうになるのを堪えて、オレはゆっくりベッドに近づいていく。 ベッドの真ん中にある膨らみ。 「……」 妙だな。   この膨らみは、想像していたよりも小さい。 たしか、親父の話では、この部屋の主の身長は百七十五センチ前後。 この膨らみだと、せいぜい百五十五センチ。   膝を曲げて寝ているのか?   肩から下げているホルスターから愛用の九ミリ拳銃、グロック19を取り出すと、革の手袋から革同士が擦れる鈍い摩擦音が聞こえた。 「……」   布団に手をかけながら、拳銃を膨らみに向けて構える。心の中でスリーカウントをする。 三。 二。 一。 「……ッ!」   布団をめくって中に隠れているてあろうターゲットに向かって拳銃を構える。 「……なっ!?」   いない——!   布団の中にいたのは、丸まったシーツだった。   どこにいる?   オレがベッドから飛び降りようとすると「ああ、こっちにいたのか。いらっしゃい」という、ある意味この部屋にピッタリな落ち着きのある声が聞こえてきた。 「!」   振り返ると、オレの黒いスーツとは真逆の白いシャツとパンツを身につけた、品のいい男が扉を開けて笑顔を浮かべて立っていた。 「こっちの部屋から入ったんだね。二択を間違えたか」   目の前に拳銃を持ったいかにもヤバいヤツ——つまりオレがいるにも関わらず、自分の世界に入っている男に、オレは思わず「……おい」と声をかける。 「ん?」   いや、ん? じゃねえよ。 「こんにちは、待ってたよ」 「……」   微笑みながらそう言ってのけた男の様子を伺う。 待ってた? 情報がどこかから漏れたのか? 「時間は大丈夫? 君のためにお茶を用意したから、よかったらこっちの部屋に……」   そう言って隣の部屋に戻ろうとする男のもとに一瞬で移動すると、男の両手をつかんで扉に押しつける。 「っ!」 「……お前がここの部屋の主か?」 「僕の顔を知らずに来たの?」 「……殺す前に余計な情報を入れない主義でな」   初めまして、さようならの相手だ。 殺す直前に、顔写真を確認するだけで余計な情報は不要だ。 「……やさしいんだね」 「……は?」   なにを言ってるんだ、コイツは? 「余計な情報を入れないのは、入れると相手に感情移入をしてしまうからでしょう?」 「ッ!」   つかんでいた手に力を入れると「……ッ」と男が顔を歪める。 「……お前、九条凪だな」 「……確認してごらんよ」 「……」   手を離してポケットにしまっている写真を取り出す。 写真には、目の前の男が写っていた。 目の前にいる男は、正真正銘、オレのターゲットの九条凪だ。 九条はつかまれていた手首をさすりながら「紅茶は嫌いかな?」と質問してくる。 「なに?」 「だから、紅茶は嫌い?」   そう言いながら九条は隣の部屋に視線を送る。 九条の視線の先を辿ると、隣の部屋のテーブルに紅茶のセットが置かれているのが見えた。 「よければ僕が淹れた」 「なにを勘違いしているのかは知らないが、お前は今日、ここでオレに殺されるんだ」   九条の話を遮って、オレはもう一度、ヤツの肩付近に拳銃を構えた。 だが、九条は怯むどころかオレの構えている拳銃を右手でつかむ。 「な!?」 「……そこじゃあ、人は殺せないよ?」 「!」   九条は、拳銃をつかんだまま頭に移動させる。 そして、自分で自分の眉間に銃口を突きつけると「ここを、狙わないと」と言って笑った。 「……っ」   なんでこの状況で笑っているんだ? 「……どうしたの?」 「っ」 「撃たないの?」   首を傾げながら、オレの目を真っ直ぐに見てくる。 「な、なんなんだよ……」 「え?」   こんなヤツ、今まで見たことがない。 オレが殺してきたヤツらはみんな、最後はみっともなくオレに縋りついてきていた。 殺さないで、助けてくれ、金ならある——こんなセリフを死ぬほど聞いた。 ボディガードをつけて反撃をしてこようとするヤツもいた。 だけど、目の前にいるコイツの態度はなんなんだ? まるで、殺されてもいいとでも言っているようだ。 「……」 「どうしたの? 僕を、殺しにきてくれたんでしょう?」   そう言って笑ったコイツの顔を見て、オレは初めて人が怖いと思った。

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