1 / 2
プロローグ
ターゲットの部屋を確認。
無駄に敷地が広いせいで、余計な体力を使わされたことに多少イラつきながらも、木の上からカーテンの閉まっている部屋の様子を伺う。
「……寝てるのか」
カーテンの隙間から光は漏れていない。
「お坊ちゃんのねんねの時間は早ぇな」
まぁ、その方が都合がいい。
部屋の窓に向かって設置されている防犯カメラの映像は、組織がハッキング済み。
オレの姿が映らない、ダミー映像が繰り返し流されているはずだ。
オレは音を立てないようにターゲットの部屋のバルコニーに飛び降りると、窓に近づいて中の様子を伺おうとした。
「……ん?」
軽く窓に触れると、キィッという小さな音を鳴らしながら窓が開いた。
おいおい、不用心だろ。
殺し屋らしからぬセリフがこぼれて、なにを言ってるんだと小さくため息をつく。
警戒をしながらも窓を開けて部屋の中に入ると、ほんのり甘さと深みのある上品なムスクの香りが広がっていた。
お金持ちの家って感じの香りだな。
知らねえけど。
部屋の中にはキングサイズのベッドと壁一面の鏡、さらにデカいソファーとローテーブルが配置よく並んでいた。
部屋の奥には、もうひとつの扉。
隣にも部屋があるようだ。
ここは寝室か?
寝室だけで、オレの家の何倍あるんだよ。
部屋をひとつ見ただけでも、格差社会という言葉を突きつけられている気がして、無性にイラついた。
思わず舌打ちしそうになるのを堪えて、オレはゆっくりベッドに近づいていく。
ベッドの真ん中にある膨らみ。
「……」
妙だな。
この膨らみは、想像していたよりも小さい。
たしか、親父の話では、この部屋の主の身長は百七十五センチ前後。
この膨らみだと、せいぜい百五十五センチ。
膝を曲げて寝ているのか?
肩から下げているホルスターから愛用の九ミリ拳銃、グロック19を取り出すと、革の手袋から革同士が擦れる鈍い摩擦音が聞こえた。
「……」
布団に手をかけながら、拳銃を膨らみに向けて構える。心の中でスリーカウントをする。
三。
二。
一。
「……ッ!」
布団をめくって中に隠れているてあろうターゲットに向かって拳銃を構える。
「……なっ!?」
いない——!
布団の中にいたのは、丸まったシーツだった。
どこにいる?
オレがベッドから飛び降りようとすると「ああ、こっちにいたのか。いらっしゃい」という、ある意味この部屋にピッタリな落ち着きのある声が聞こえてきた。
「!」
振り返ると、オレの黒いスーツとは真逆の白いシャツとパンツを身につけた、品のいい男が扉を開けて笑顔を浮かべて立っていた。
「こっちの部屋から入ったんだね。二択を間違えたか」
目の前に拳銃を持ったいかにもヤバいヤツ——つまりオレがいるにも関わらず、自分の世界に入っている男に、オレは思わず「……おい」と声をかける。
「ん?」
いや、ん? じゃねえよ。
「こんにちは、待ってたよ」
「……」
微笑みながらそう言ってのけた男の様子を伺う。
待ってた?
情報がどこかから漏れたのか?
「時間は大丈夫? 君のためにお茶を用意したから、よかったらこっちの部屋に……」
そう言って隣の部屋に戻ろうとする男のもとに一瞬で移動すると、男の両手をつかんで扉に押しつける。
「っ!」
「……お前がここの部屋の主か?」
「僕の顔を知らずに来たの?」
「……殺す前に余計な情報を入れない主義でな」
初めまして、さようならの相手だ。
殺す直前に、顔写真を確認するだけで余計な情報は不要だ。
「……やさしいんだね」
「……は?」
なにを言ってるんだ、コイツは?
「余計な情報を入れないのは、入れると相手に感情移入をしてしまうからでしょう?」
「ッ!」
つかんでいた手に力を入れると「……ッ」と男が顔を歪める。
「……お前、九条凪だな」
「……確認してごらんよ」
「……」
手を離してポケットにしまっている写真を取り出す。
写真には、目の前の男が写っていた。
目の前にいる男は、正真正銘、オレのターゲットの九条凪だ。
九条はつかまれていた手首をさすりながら「紅茶は嫌いかな?」と質問してくる。
「なに?」
「だから、紅茶は嫌い?」
そう言いながら九条は隣の部屋に視線を送る。
九条の視線の先を辿ると、隣の部屋のテーブルに紅茶のセットが置かれているのが見えた。
「よければ僕が淹れた」
「なにを勘違いしているのかは知らないが、お前は今日、ここでオレに殺されるんだ」
九条の話を遮って、オレはもう一度、ヤツの肩付近に拳銃を構えた。
だが、九条は怯むどころかオレの構えている拳銃を右手でつかむ。
「な!?」
「……そこじゃあ、人は殺せないよ?」
「!」
九条は、拳銃をつかんだまま頭に移動させる。
そして、自分で自分の眉間に銃口を突きつけると「ここを、狙わないと」と言って笑った。
「……っ」
なんでこの状況で笑っているんだ?
「……どうしたの?」
「っ」
「撃たないの?」
首を傾げながら、オレの目を真っ直ぐに見てくる。
「な、なんなんだよ……」
「え?」
こんなヤツ、今まで見たことがない。
オレが殺してきたヤツらはみんな、最後はみっともなくオレに縋りついてきていた。
殺さないで、助けてくれ、金ならある——こんなセリフを死ぬほど聞いた。
ボディガードをつけて反撃をしてこようとするヤツもいた。
だけど、目の前にいるコイツの態度はなんなんだ?
まるで、殺されてもいいとでも言っているようだ。
「……」
「どうしたの? 僕を、殺しにきてくれたんでしょう?」
そう言って笑ったコイツの顔を見て、オレは初めて人が怖いと思った。
ともだちにシェアしよう!

