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エピローグ
「本日は本社での定例会議のあと、九条ロジスティクス株式会社の朝田様との打ち合わせが入っております。夜は来月オープン予定の新店舗での試食会があります」
「ありがとうございます」
「……そして本日付けで……新しい……ボディガードを……」
「相馬さん、顔がすごいことになっていますよ」
「……クッ……申し訳ございません。私の、本能が……あの者の存在を……否定しておりまして」
心底納得していないという顔を浮かべている相馬に「お前な……いい加減にしろよ」とオレは舌打ちをした。
「こんにちは、朔君」
「さっきからずっといる」
上質な皮のイスに座って笑顔を見せる凪と、眉間に皺を寄せて悔しそうな顔を見せる相馬。
正反対の二人にあきれながら、オレは凪のデスクの前まで移動する。
「今日からよろしくね」
「ああ」
凪が親父に正式な依頼をしたことで、今日から九条凪の専用ボディガードとして働くことになった。
所属は《何でも屋・鴉》のままだ。
だが、日本だけじゃなく海外を含めて忙しく飛び回っている凪のボディガードを引き受けることで、鴉の仕事をする時間はなくなるだろう。
親父も、ソレを分かった上で、この仕事を引き受けた。
多分、オレを裏稼業の世界から足を洗わせたいんだろうな。
「それじゃあ、朔君は具体的な仕事内容を相馬さんから教えてもらってね」
「ああ」
「……かしこまりました、だ」
凪は立ち上がると「僕は定例会議に出席するから、その間に仲良くなっていてね」とオレ達に言い残して部屋から出ていった。
「……」
「……」
「一人で行かせていいのか?」
「久世さんがいる」
相馬はため息をつくと「本当は、今でも反対だ」とオレのことを見る。
「……だが」
「……」
「……凪様の、本当の笑顔を取り戻してくれたのは……認めたくはないがお前だ」
そう言うと相馬は悔しそうに顔を歪める。
「……あの笑顔をもう一度見ることができるとは思わなかった」
「だったらもっと普通に感謝しろよ」
「それができれば苦労はしない」
オレだって、素直に感激されないとは思っているからいいけどな。
「……何年仕えてるんだよ」
「生まれたときからだ」
「……」
そんなにかよ。
コイツの凪に対する忠誠心は、長く一緒にいるからだとは思っていたが、まさか生まれた時からだとは思わなかった。
「相馬家は代々九条家に仕えている。私は凪様と六歳差だが、凪様が生まれたときからそばにいて、ずっと成長を見守ってきた」
相馬はそう言うと軽く拳を握った。
「……凪様の苦労を、ずっとそばで見てきたんだ。誰よりも……」
「相馬……」
「……」
本当の家族のように思っていたのだろう。
相馬の気持ちが痛いほど伝わってくる。
大事に守ってきた凪を、オレみたいなヤツに取られることに納得できないんだろうな。
別にオレはそれでもいい。
だけど。
「お前が、オレを信じられないのは分かる」
「……」
「……だけど、凪のことは信じられるだろ」
「っ!」
オレの言葉に、相馬は驚きの表情を見せる。
「凪が選んだ……それだけだ」
「……」
相馬は少しずつ表情を変えていく。
が、なんなんだその表情は。
なんとも形容し難い顔をしながら黙ったまま、オレから視線をそらす。
そして、なにか言いたげな顔をしたあと、力が抜けたように「……ハッ」と笑う。
「お前に、そんなことを言われるとはな……」
「不服か?」
「ああ……本当にな」
相馬はそう言うと、オレと正面から向き合うように体を動かした。
「凪様が選んだんだ……そばにいることは許そう」
「お前は誰目線なんだよ」
「……兄目線だな」
めんどくせえ兄貴だな。
「……凪様を泣かせるようなことをしたときは」
そう言いながら相馬はオレに拳を向けた。
「私がお前を再起不能にしてやる」
「……ハッ」
先ほどの相馬と同じように笑い返すと「怖い兄貴だな」と、向けられた拳に自分の拳を押し当てた。
相馬になんとか認められたあと、凪のボディガードとしての心得を死ぬほど復唱させられてブン殴ってやろうかと思った。
さらに仕事の一連の流れを聞かされていると、定例会議が終わった凪が戻ってきた。
「お疲れ様」
「凪様、お疲れ様でした」
「ケンカしていないみたいでよかったよ」
そう言いながら、凪は朝田との打ち合わせの準備を始めた。
「凪様の……選んだ人物ですから」
「フフフッ、ありがとうございます」
凪はオレを見ながら「認めてもらえたようだね」と微笑んだ。
「再起不能にさせられるかもしれねえけどな」
「え?」
オレの言葉を聞いて、なんとなく察したのか「本当に過保護だなぁ」と苦笑した。
荷物を持った凪は「それじゃあ行こうか」とオレを呼ぶ。
「ああ」
「やはり私も一緒に……」
「大丈夫だよ。相馬さんは、昨日の続きをお願いします」
「分かりました……」
オレ達は地下の駐車場に向かうためのエレベーターに乗る。
「……まさか、本当に僕のボディガードになってくれるとは思わなかったよ」
「なんでだよ」
「僕のボディガードは日本で三番目くらいに忙しくて危険な仕事だと思うし」
どんな仕事だよ。
「オレにピッタリじゃねえか」
「君はサディストに見えて、意外とマゾヒストなのかな?」
そう言って笑う凪の腰を抱いて耳元に口を寄せる。
「オレがどっちなのかは、お前の体が一番よく知ってるだろ」
「……もう」
顔をほんのり赤く染めながら「分かったから少し離れて」と凪がオレの体を押す。
「へいへい」
凪は軽く咳払いをすると「改めて、今日からよろしくね」と左手を出した。
差し出された綺麗な左手を見つめる。
「朔君?」
「……」
もう、一人で傷つかないように。
傷ついた分は、オレが一緒に背負っていく。
「お前を、守る」
一緒に生きると決めたその手を、オレは静かに握り返した。
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