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悪魔の飼い方、英雄の殺し方

ある昼下がりのこと。その日はとても暗雲が立ち込めていて、日の光ひとつ射さない暗い日だった。 ミズガルズ・ミッテルドルフは、今日も小遣い稼ぎのために汗水流して荷物をせっせと運んでいた。本日の荷物は中々流通していない羽毛布団。依頼主は明らかに金持ちだ、これは報酬も弾むことだろう、とミズガルズは浮き足だっていた。 そんなとき。きゃぁああ! と大きな悲鳴が聞こえた。ふと目線を上げれば、暴走した馬が引く馬車が道を爆走していた。御者は見る限りすっかり気絶してしまっていて、今にも振り落とされそうだ。恐ろしー、なんてミズガルズは呟き、それよか荷物だ、とこの道を避けるべく振り返った。 しかしその刹那、ふらりと横を通り抜けていった人物に目を取られた。異様な雰囲気を発していたのだ。ふらふらと歩くその人物は、そのまま暴走する馬の進行方向まで進んでいく。 さぁー、とミズガルズは血の気が引いた。 「ちょっ……姉ちゃんあぶねぇ!!」 己が大事なものを背負っていたことも忘れ、ミズガルズは駆け出した。そしてふらふらと暴走馬の目の前に飛び出した人物を抱えて勢いのまま馬を避ける。 ごろんごろんごろん、とふたりして地べたを転がり、泥にまみれた。頭は打たなかったものの、身体中を地面に叩きつけられたミズガルズはいってぇ……と呟きながら顔を上げた。普段かけているメガネはどこかへ弾き飛ばされてしまっていた。それからハッとして腕の中に抱えた人物を見下ろす。 深めに被ったキャスケット。フリルの付いた灰色のシャツ。黒いカーディガンと手袋は銀の髪に良く映えていた。 「姉ちゃん、無事か? スマートに助けらんなくて悪かったな……だけど、アンタもちゃんと周り見ねぇと死ぬぞ?」 軽く顔を覗き込みながら言えば、ホクロのある口許はゆっくり笑みの形に歪んだ。 「おやおや……すまないね、夢うつつだったよ。ありがとう坊や」 直後聞こえてきたのは、それはそれは低くダンディな声だった。 「っ!? アンタ男なのか!?」 「おやなんだい、男だったら助けなかったのに、ってかい?」 「ンなわけあるか!! 無事でよかった……」 「くふ、優しい子だね」 ふざけたことを言う人物に、ミズガルズは両肩を掴んで大きな声を出す。それは軽く笑い飛ばした男は、まっすぐミズガルズの目を見た。旧い血のように朱い、昏い瞳だった。彼はミズガルズのものと思しき眼鏡を拾い上げ、手渡すと言った。 「改めて感謝を言うよ、坊や。見たとこ運び屋のようだけれども……荷物は無事かい?」 その言葉にミズガルズはぱち、と目を瞬かせ。思い出したように大声を上げた。 「あー!! よ、汚れてる……」 「おやおや……すまないことをしたねェ。代わりにはならないと思うが、何か困ったことがあればここへおいで。拙はシェリー。しがない薬屋だが、坊やの役に立つこともあるだろう」 「なんだこれ、地図……? ってあれ、いない……」 ミズガルズが振り返ったときには、シェリーと名乗った人物は既にその場におらず。ミズガルズは狐に抓まれたかのような気持ちで、依頼人の元へ謝罪に行くこととなったのだった。 「くふ、くふふ……この拙が人間に助けられるとは。それに見たとこあれは祓魔の類じゃあないかい? くふ……これはこれは、愉しくなりそうだねェ」 シェリー・トイフェルは、実に愉快そうに笑った。 ◇◆◇ ミズガルズは、見習い祓魔師である。悪を断ち、魔を祓い、妖を滅する。とある祓魔師に命を助けられ、ほぼ強引に師事してから早数年。しかし未だに見習いの看板を背負っていた。彼の師匠曰く、二十年は修業してようやく一人前、なのだそうだ。 ちぇっ、とミズガルズは内心舌を打ちながら今日も森へと修行へ向かった。 そして目にしたのは、からくり人形のようにたくさんのロープで周りの木に吊るされた人物――シェリーだった。 「アンタ……シェリーだっけ」 「おや坊や、また会ったねェ」 「一応聞くけどさ……何してんの?」 「見ての通りさ」 「見て分かんねぇから聞いてんだよ」 やれやれ、とシェリーはまるでミズガルズがおかしいかのように溜息を吐いた。 「いやァ、ちと薬草を取りに来たらどうやら獣か何かの罠にかかってしまったようでねェ」 「それでそんな宙吊りにされてんのか……いや、ここまでくると逆に器用だろ」 まったく、と呆れながらもお人好しなミズガルズは放っておけない。ロープを解いてやろうと近くの木に近付いた。 「おや、助けてくれるのかい。坊やは優しいねェ」 「これ見てほっとけるやつの方がおかしいだろ……あとオレはミズガルズ。ミズガルズ・ミッテルドルフな。歳だってもう二十一だぜ?」 「そうかい坊や」 「はぁ……」 にこにこと微笑みながら坊や呼びをやめないシェリーにミズガルズは溜息を吐いて諦め、ロープの結び目を解くことに専念した。 すべてのロープを解き終わった頃には三十分ほど経っていただろうか。普段使わない頭を使った所為ですっかり疲れてしまったミズガルズは、どっかと地面に座り込んだ。 「おやおや、すまないねェ」 「逆にアンタはなんであんな長時間宙吊りにされといて平気なんだよ……」 「せっかくだし、お礼をさせとくれ。拙の家はここから近いから」 まるで話を聞いていないシェリーは、微笑みを崩すことなく言った。もう考える脳すら残っていなかったミズガルズは、はいはいとシェリーについていったのだった。 「ようこそ、我が家へ。あぁ、うちに人が来るのはいつぶりだろうねェ。今茶を淹れるよ、適当に座っておくれ」 「おう……」 大量の薬草や薬の瓶が所狭しと置かれた部屋を物珍し気にきょろきょろと見渡すミズガルズは、ソファひとつない部屋のどこに座れってんだ、と思いながら床に胡坐を掻いた。 「壁に折り畳みの机が立てかけてあるだろう? それを出してくれるかい」 「おいおい、オレは客人じゃねぇのかよ」 「働かざる者食うべからず! ……って言っても、最近の若い子には通じないのかねェ」 「ンだそれ、余所の国の言葉か?」 「ううん予想に違わぬ反応。拙は悲しい……」 二言三言と交わしている間に茶が入ったのか、カップを両手に持ちシェリーはキッチンから出てきた。 「熱いから気を付けるんだよ」 「だからオレはガキじゃねぇっつーの! アチッ」 「ほら見たことか……」 くふくふと笑いながらシェリーもまたカップを口に運ぶ。それから他愛のないことを話し、十分休憩しただろうというあたりでミズガルズは立ち上がった。 「ありがとな、シェリー。そろそろ行くわ」 「おやまァ、もう外は暗いよ。大丈夫なのかい」 「あぁ、言ってなかったっけ。オレ、祓魔師なんだわ。ま、まだ見習いだけどね。だからまぁ、暗くなってからが本番っつーか?」 「おやおや……そうかい、じゃあ頑張っておいで」 見送りの際、シェリーはいくつかの薬瓶をミズガルズに持たせた。困ったら使うんだよ、そう言って。 森の中を荒らすものがいないか巡回しながら、ミズガルズは思った。 「……声だけ除けば構いたがりのババアみてーな人だよなぁ」 声、顔と態度に見合って無さすぎだろ。と。 ◇◆◇ バサ、バサと。シェリーは空を舞っていた。漆黒の翼は内側だけが瞳と同じく朱く、暗闇に紛れ込んでいた。 シェリー・トイフェルは悪魔である。元は魔王に仕えていた上級魔族であったが、魔王がやられぽっくり逝ってしまってから、魔界を出て人間界で暮らしていた。人間に扮して過ごす生活は、争いばかり経験してきたシェリーにとってはとても新鮮で楽しいものだった。元々血に飢えるような性格でもなく、争いを楽しいと思うようなタイプでもなかったため、人間として馴染むのは早かった。森の中に住居を構え、薬草を摘んではちょっとの魔力を込めて薬を作り、そして売り。 まぁつまり、自身が悪魔であることも忘れるほど人間としての日々を楽しんでいた。 そんななか、祓魔師(見習い)の青年と出会った。 青年は言葉こそ荒いものの、根は優しく良い教育を受けてきたのだろうということはすぐにわかった。シェリーが悪魔であることを知らず、まるで近所の友達のように話しかけ、接してくる彼に、シェリーは。 悪戯心が擽られた。 ――この子を、否、この子で遊びたい。 抑え込んで忘れて暮らしていた悪魔としての一面が、再び顔を出し始めたのだ。あぁ、愉悦を味わいたい。人を困らせて愉しみたい。あの青年が、ボロボロになる様を見たい。 シェリーは争いを好む性格ではない。ただ、当然根っからの悪魔である。 人が苦しむ様。人が悲しんでいる姿。戦いに敗れ、傷だらけになっている姿。そういったものにどうしようもなく愉悦を覚え、興奮するタチであった。 それは、人間のふりを数十年間やったとて、消えるようなものではなかった。 なので、まぁ。そんな悪魔が遊びがいのある相手を見つけてしまうと、こうなる。 「クッソ、どんだけ湧いてくんだよこいつら……!」 現在シェリーの目下では、開いてしまった魔界とのゲートから溢れ出る魔物たちとミズガルズが戦っていた。シェリーが張った結界により誰かと連絡を取ることも、勿論応援を呼ぶことも出来ず。ミズガルズは必死で武器を手に魔物たちと交戦していた。 空中に座り足を組んで下を眺めているシェリーは、ミズガルズに傷が出来る度くふくふと笑った。 「そォら頑張れ、早くゲートを閉じねばいくら倒しても無意味だよ? くふ、なんて言っても、ゲートが開いてることすら気付いていないのかい? 坊やは」 勿論声など届かない。ミズガルズが苦戦しつつも順調に魔物を倒していく様子に、シェリーはふむ、と呟いた。 「もう少し血みどろになってくれんとつまらんな……そうだなァ、こうしようか」 シェリーはくいと指を引き、糸でも手繰るかのように引き寄せた。 ミズガルズのおよそ三倍はあろうかと言うほどの巨体を持つ、鬼を。 ぐぉおお、と鬼の咆哮が響く。さぁ、と一気に顔色が変わったミズガルズを見て、シェリーはくふ、と堪えることなく笑いを零す。これで拙好みの展開になりそうだ、と。 「っそだろ、なんでS級の魔物が出てくる……!?」 ミズガルズは狼狽えながらも式神の札を使い攻撃する。しかし強大な鬼に対してはそんなもの風が吹いたのと同義。腕をぶぉんと振るい、ミズガルズは吹き飛ばされた。 「がっ……!」 よろけ、頭から血を流しながらもゆっくりとミズガルズは立ち上がる。はーっ、はー、と荒い息を零しながら、手で印を結んだ。 「オレが、ここで食い止めねぇと……っ!」 街に被害が及ぶ。それだけは避けなければ。そう思ってミズガルズは単身、魔物に突っ込んだ。 そこからは酷かった。未熟なミズガルズが魔界のゲートの門番たる鬼に敵うわけもなく、襤褸雑巾のように扱われ鬼の思うがまま。シェリーにとってはそれはそれは垂涎物であった。 「は、ぁ、ぐ……っくそ、なんで、師匠と……連絡が、とれねぇ……っ」 全身から血を流し、ふらふらであるというのに、まだ立ち上がることをやめない。シェリーは手を叩いて喜んだ。あぁ、なんて英雄な立ち振る舞いだろう。なんて素敵なのだろう。今この瞬間、彼の命は最も輝いている。両手を頬に宛て恍惚とした表情で悦に浸っていたシェリーは、鬼の咆哮でハッと我に返った。 下では、鬼がミズガルズの足を持ち吊り下げ、今にも喰わんとしているところだった。 「おっと」 そこまでは許していないぞ、とムッとしたシェリーは、飛び降りながら重力を込めて鬼の後頭部にドロップキックをかました。 「ぐ、ぉ」 「もう十分だ。帰れ」 しゅん、と頭を下げた鬼は、ミズガルズをそっと地面に置くと、とぼとぼとゲートの向こう側へと歩いていった。シェリーは鬼がゲートを通ったのを確認したのち、丁寧にゲートを縫い合わせた。それから息も絶え絶えなミズガルズに声を掛ける。 「坊や、無事かい?」 「ア、ンタ……」 「まったく、せっかく薬瓶を持たせてやったのに使わなかったのかい?」 「なにもんだ……」 「こら。話を聞きなさい。ほら、口開けて」 シェリーは無理矢理ミズガルズの口に薬瓶を突っ込む。全快とまではいかないものの、ある程度傷が治ったのを見てシェリーはほっとする。死なれては困るのだ。もっと愉しませてくれないと。 「とりあえず、拙の家に行くしかないかねェ」 シェリーは人間の姿に戻ると、よっこいしょ、と声を上げてミズガルズを背負い、森を出た。そしてひとつしかないベッドを譲り、いくつか手当を済ませるとくぁ、とあくびを零し、眠りについた。 そして目が覚めた時には、ミズガルズの顔が目の前にあった。 ◇◆◇ 「おやおや……もう動いて大丈夫なのかい? それともこれはアレかな、熱烈なお誘いかい?」 「テメェ……一体なにもんだ……」 ミズガルズは殺意のたっぷり籠った目でシェリーを見下ろした。硬い床の上に押し倒されたシェリーは、やれやれ、と肩を竦めた。 「押し倒されるよりは押し倒す方が好きなんだけどねェ」 「ふざけてんじゃねぇぞ……オレが手に持ってるものが見えねぇのか」 「くふ、そんなちんけなナイフで拙を殺せるつもりでいるのかい?」 キッチンからとってきたのだろう、ミズガルズの手には果物ナイフが握られていた。至って真剣な瞳でシェリーを睨み付けるミズガルズは、チッとひとつ舌を打った。 「殺すつもりなんかねぇよ。どうせてめぇは悪魔だろ。悪魔にこんなもんが効くとは微塵も思っちゃいねぇよ」 「おやおや……そこまでわかっていてどうして拙を押し倒したんだい? やっぱりお誘いかい? くふふ、それなら喜んで受けるけれども」 「ンなわけあるか気持ちわりぃ。こうでもしねぇとてめぇはのらりくらりと躱して会話しようとしねぇだろ」 「くふ、まるでもう拙のことを知っているかのような口ぶりだねェ」 ミズガルズはこれでもかと顔を顰める。嫌になったのか、パッと上体を起こした。 「おや、もうお終いかい? 寂しいねェ」 「うるせぇ。ってか、もっとしらばっくれると思ったんだが……認めるんだな、悪魔ってこと」 「おや……もしかしてカマかけだったのかい? こりゃ参った」 全然参ってなさそうにしながらも参っただなんて口にするシェリーに、ミズガルズはイラつきながらも口を開く。 「第一に、オレを助けに来たタイミングが良すぎた。意識は朦朧としてたからあんまり覚えてねぇけど、あのS級の魔物を追っ払ったのもお前だろ? それにお前、あんとき見た目まんま悪魔だったし」 「おや、こりゃ大変。てっきり何も覚えていないかと思ったのだけれどねェ。あんだけ死にかけになっておいてそこまで記憶がはっきりしてるのかい」 「残念だったな、師匠のしごきで死にそうな目にはアホほどあってんだわ」 「おォ、可哀想に」 完璧な棒読みで告げたシェリーにもう一度舌を打ったミズガルズは、はぁ……と今度は溜息を吐いた。 「何がしてぇんだよ、お前……ぜんっぜん掴めねぇ。オレを助けたのか? 悪魔なのに?」 「ふむ……そうだねェ、助けたと言うと語弊があるかもしれないね。拙はただ、坊やがもっと苦しむ様を見たかっただけだよ」 「……は?」 「拙は悪魔だからねェ。人が苦しむ様、足掻く様、傷付く様が大好物なのさ。栄養と言ってもいい。それをルージー、きみは拙に与えてくれそうだから。だからずっと、拙の近くで苦しんでおくれ」 「……はぁ!?」 語尾に音符でも付いていそうなシェリーの言葉に、ミズガルズは絶叫する。そんなことの為にオレは大変な目にあわせられたのかと。 「……やっぱり、悪魔ってのは心底意味が分かんねぇもんなんだな。師匠の言ってた意味が分かったぜ」 「おやおや、悲しいねェ。拙はきみと仲良くしたいと思っているんだよ?」 「願い下げだ。てめぇなんていつか祓ってやるからな」 「くふ、それは楽しみだ。あァ、一応言っておくと、拙はいつでも気が向いたら坊やの住んでいる街を火の海にしたっていいんだ」 にっこりと笑って言うシェリーの所為で、ぴり、とミズガルズの纏う空気に緊張が走る。 「……師匠とかには頼るなって言いてぇのか」 「おや、察しが良いじゃあないか」 「安心しやがれ、てめぇはオレが絶対に責任もって祓う。他の奴なんかにやらせるかよ」 ぎっと強く睨み付けて宣言するミズガルズに、睨み付けられたシェリーは。 恍惚とした表情を浮かべた。 「は、?」 「くふ、くふふふ! あァ、やはりきみは最高だね、ミズガルズ! あァ、あァ! ぜひそうしてくれたまえ、きみが拙を殺しに来ることを実に楽しみにしているよ!」 「きっっっっっしょ……」 ミズガルズの心底からの言葉が出た。 そうして、シェリー・トイフェルとミズガルズ・ミッテルドルフの日々が始まった。 ◇◆◇ 「おやおや……」 シェリーはひとり呟く。突然来た夕立の所為で干していた薬草がずぶぬれになってしまったのだ。これじゃあもう使い物にならない、とシェリーは溜息を吐く。テンサゲである。 「せっかくだし庭に埋めておこうかねェ……あわよくば芽が生えてくることを願って」 そんなことはあるわけがないと思いつつも、そうでもしないと萎えた心は立ち直れそうにない。シェリーはスコップ片手に立ち上がった。そしてぐーっと伸びをして、首を左に傾ける。 直後、鋭い痛みが右頬に走り、シェリーは目を見開いた。 「おやまァ、随分と気配を殺すのが上手くなったねェ」 「ほぼノーダメかよ、きしょ」 「いやいや、痛かったよ」 「もう治ってるじゃねぇか」 「それは勿論」 くふ、と笑うシェリーはぬかるんだ地面を踏みしめ、庭の木の上にいるミズガルズに近付く。薬草とスコップは地面に置き、降りといで、と微笑んだ。 「ケッ……ンだよ、手伝えってか?」 「雨の中ずっとそこにいたんだろう? 濡れ鼠じゃあないかい。乾かしたげるから」 「はいはい、ったく、マジでババアみてぇだな」 「せめてジジイにしてくれるかい」 シェリーがバサ、と翼を広げ、指をひとつ振ればミズガルズは温風に包まれた。ふわ、と髪から服まで綺麗に乾いたミズガルズを見てシェリーは満足気に笑う。 「つーか、お前っていくつなの?」 「歳かい? さぁ……? 五代前の魔王様の時代には存在してたと思うけどねェ、如何せん記憶が朧気で」 「いやわかんねぇよ魔界基準で言われても」 当然のようにシェリーの家に足を踏み入れながらミズガルズは言う。やっぱり悪魔ってのはイカれてんだな、なんて思いながら。 「くふ」 「あ? 何だよ気色わりぃ」 「いやね、野良犬を手懐けたような気分だと思ってねェ」 「ハァ?」 既に勝手知ったるシェリーの家で茶を淹れているミズガルズは、何言ってんだこいつ、とばかりに首を傾げた。シェリーは積み上げていた本たちを適当に避け、机を出す。そこにミズガルズが持ってきたお茶とお菓子を置けば、簡素なお茶会の完成だ。 「良いのかい? こんなに悪魔の家で寛いじゃって、師匠とやらに怒られたりはしないのかい」 「基本放任主義なんだわあのひと。んで、標的を討つためにはまずそれを知れ、ってのがオレの信条。だから良いんだよ」 「くふ、拙のことを知ろうとしてくれているだなんて、嬉しいねェ」 「その通りっちゃあその通りなんだがお前が言うとなんかきしょいな……」 「おやまァ悲しい」 ミズガルズの適温に淹れられたぬるいお茶を啜りながら、シェリーは考える。そして、ニヤリと笑った。 「ならもっと、坊やのことも拙に教えてくれないかい? 仲良くなろうじゃあないか」 「仲良くなんざなる気はねぇよ」 「おやおや……それなら拙だって自分のことは教えないよ?」 「構わねぇよ、勝手に知るから」 「ううん寂しい。今どきの子はみんなこんな感じなのかい?」 唇を尖らせてミズガルズをつつき、邪魔そうにあしらわれてはシェリーは眉根を下げる。しかしミズガルズは気にした様子もなく、クッキーを摘まみながら言った。 「お前って結構寂しがりだよな」 「……そうかい?」 シェリーは目を見開く。そんな自覚は微塵も無かった。つもりもなかった。しかし、寂しがり、と形容されて、驚くほど己の中にすっと馴染んだことに気が付き。ぱちり、と瞬きをした。 「まァ確かに……? 拙の欲求を満たすためには誰かがいないと成り立たないからねェ。言われてみれば、ひとりでいたことはほとんどなかったかもしれないね」 「無自覚なのかよ。構いたがりもその一種だろ? って、なんでオレの方がお前のこと分かってんだよ」 「くふふ、嬉しいねェ」 「チッ」 本当に言葉の通り嬉しそうに笑うシェリーに、なんだか居心地が悪くなったミズガルズはそっぽを向く。そしてお茶を口に含んだ。 「坊やはどうなんだい? 寂しがりじゃあないのかい?」 「オレ? オレは別に。親も兄弟もいねぇし、今繋がりある人間っつったら師匠くらいのもんだしよ。それが当たり前で、通常だったから。考えたこともねぇな」 「ほほう。捨て子か何かかい?」 「失礼だなお前。そういうの普通踏み込まねぇもんじゃねぇの?」 「拙は悪魔だからねェ」 「言い訳にすんな」 ミズガルズはやれやれ、と溜息を吐くも、言葉ほど気にしている様子もなく。ただ一応言っただけのような態度に、シェリーはにこにこと笑って次の言葉を待った。 「オレはどっかの貴族様の愛人の子なんだとよ。父親に関しては顔も名前も知らねぇし、母親は正妻の座欲しさに悪魔に魂売ったとかなんとか。物心ついたときにはじいちゃんと暮らしてたけど、じいちゃんも気付いたらいなくなってた。師匠曰く母親の所為で悪魔に喰われたとか。そっから無理矢理師匠んとこ転がり込んで、死にそうな修行ばっかやらされてるって感じ。楽しい話でもねぇだろ」 さらっと語られたミズガルズの生い立ちに、シェリーは目を見開いた。同情からではない。憐憫からでもない。純粋な、驚きから。 そしてシェリーはそっと口を開く。 「ルージー、きみ、ファミリーネームはなんと言ったっけかねェ」 「あ? ミッテルドルフだよ」 「それは母親由来かい?」 「たりめーだろ」 「おやまァ……」 口許に手を当て、心底驚いた表情で瞬きを繰り返すシェリーに、ミズガルズは首を傾げた。そんなに驚くことか? と。 「あァいや、うーんとね、なんと言ったらいいものかな」 「ンだよ」 「ウン、えっとねェ」 「言いたいことあるなら正直に言えよ」 ミズガルズにじとっと睨み付けられ、シェリーは少し逡巡したのち、うん、と頷き言った。 「ヒーディの魂は美味しくなかったねェ」 「――は?」 今度はミズガルズが固まる番だった。ヒーディ。それは、ミズガルズの記憶が間違っていなければ、彼の母親の名だ。 それを今、シェリーは。なんと言った? 「あァでも、ユストゥスの骨はまだ地下にあったはず……ちょうどよかった、持って帰ってくれるかい? 棚を圧迫していて、」 「てめぇどういうことだ……!!」 シェリーの言葉を遮るようにミズガルズは声を荒げ、胸ぐらを掴んだ。シェリーはそれに動じることなく、うん? と首を傾げた。 「お袋も、じいちゃんも、てめぇが殺したって、言いてぇのかよ……!?」 「言いたいも何も、事実そうなのだけれど……くふ、運命的だと思わないかい? ルージー、拙ときみはどうやらずっと前から因縁があったようだ!」 「っ、ざけん、な……!」 ミズガルズは絞り出すように言葉を吐き、シェリーを突き飛ばした。シェリーはそれくらい屁でもない癖して、少しよろけて見せた。おやおや、なんて芝居がかった声が、ミズガルズの神経を逆なでしてやまなかった。そして喉奥から絞り出すように言った。 「じいちゃんの、骨だけは返せ……」 「はいはい、取ってくるから少し待っていておくれ」 苦しそうな、くしゃりと歪んだ表情で吐き出すミズガルズにシェリーはいつも通りの軽い様子で返し、地下へと下りて行った。ミズガルズは、脱力したようにへなへなとその場にへたり込むことしかできなかった。 「ンだよ、それ……」 ミズガルズは遺骨を受け取るとすぐに帰り、シェリーはひとり取り残された。食べかけのお菓子が、いやに寂しさを放っていた。そこでようやく、シェリーはミズガルズの言葉の意味を理解した。 「なるほど、確かに拙は寂しがりかもしれないねェ」 ひょいとクッキーを口に放り込んですっかり冷めたお茶で流し込んでから、窓の外を眺めた。 「『儂の命ならくれてやるから、孫にだけは手を出さないでくれ』……くふ、くふふ! あァ可哀想に、悪魔になんて祈るから! これじゃあまるで拙が悪者みたいじゃあないか!」 言葉とは裏腹に実に愉しそうな声を出すシェリーに声を掛ける者は、いなかった。 ◇◆◇ それから、三日経っても、五日経っても。ミズガルズは、シェリーの元には現れなかった。シェリーはいつもよりも熱いお茶を飲みながら、伸びてきた髪を弄った。 「……薬草でも摘みに行こうかねェ」 ふぅ、と息を吐いてから立ち上がり、伸びをする。あァ、こんなにも日々はつまらなかっただろうか。なんて思いながら。そうして出た家の外は、土砂降りの大雨で。シェリーはおやまァ……と呟いた。今の今まで全く外のことを気にしていなかったのだ、雨が降っているということすら知らなかった。これじゃあ薬草を摘むどころじゃないな、そう思いながらもなんだか家に戻る気にもなれず、一歩外へ踏み出した。 その瞬間、タァン! となにかがシェリーの頭を貫いた。シェリーは横向きに吹っ飛び、地面へ倒れる。遠くの木から、静かにミズガルズが下り立った。 「おい、まさかまだ死んじゃいねぇだろ。立てよ」 そして近付くと、倒れてからびくともしないシェリーを蹴っ飛ばし言う。シェリーの身体は泥を纏ってごろごろと地面を転がり、家の柱にぶつかって止まった。それでも何も言わないシェリーに、まさか、と恐る恐る顔を覗き込んだミズガルズは、直後ばちりと見開かれたシェリーの瞳にびくりと身を引いた。 「く、くふ、くふふ……! あァ、やっぱり、こうじゃなくっちゃ! 最高だよルージー、くふ、くふふふ!」 「きしょいから立ち上がってくんね?」 「こりゃ失礼」 転がったままびくともせずに笑い声だけを洩らすシェリーに、ミズガルズは本気で引きながら言う。その言葉にシェリーはよっこいしょ、と声を上げて起き上がった。 頭部に減り込んでいた銃弾はぬぬ……と弾力を以て弾き出され、ころんと地面に落ちた。 「きっしょいな……」 「くふ、もっと本気で殺しにおいで」 「言われなくてもそのつもりだよ」 ミズガルズはシェリーの言葉通り、ナイフを片手に構え地面を蹴った。シェリーは避けることなくそれを迎え撃ち、素手で剣戟をさばいていく。ミズガルズの動きはこれまでよりもずっと洗練されていて、純粋な迷い無き殺意が滲んでいた。 シェリーはそれが嬉しくて嬉しくて、くふくふと笑いながらミズガルズの相手をする。ナイフは硬化させた腕で受け止め、拳はさらりと受け流し、決して攻撃には転じない。ただ受けるだけ。 ミズガルズがナイフを振るいながらも、左手で何か印を結んでいることには気が付いていたが、あえて邪魔することはしない。その方が面白そうだから。 「クソ、全部手で防ぎやがって……一歩くらい動けよ」 「くふ、坊やとは踏んできた場数が違うからねェ」 チッと舌を打ちながらも諦めることなく攻撃を続けるミズガルズは、ついに印を結び終わったのか、ひとつ何か呪文を唱えると左手を振るった。 「くらえ」 ミズガルズが放ったそれを、シェリーは右手で弾き返――そうとして、気が付いた。放たれたものと同時に振り下ろされるナイフ。どちらか一方を対処すればどちらか一方を受けねばならない、そんな状況に追い込まれていることに。くふ、とシェリーはひとつ笑いを零す。嗤わずにはいられなかった。こんな最高な状況があるか、と。 結果、シェリーはどちらにも対処することなく受けた。右腕はパァンと破裂し弾け飛び、左の掌にはナイフが深く突き刺さり。シェリーはバランスを崩し、遂に一歩後退った。 ミズガルズはそれに満足することもひるむこともなく、その長い脚を振るい思いっきりシェリーを蹴飛ばした。両手が使えない状況で蹴飛ばされ、無抵抗に地面をバウンドするシェリーがふと顔を上げたときには、目の前にミズガルズの顔があった。 ミズガルズはシェリーの上に馬乗りになり、首の真横に仗のようなものを突き立てた。 「くふ……それは師匠とやらに貰ったのかい?」 「あぁ。流石のお前でもやべぇだろ、これは」 「そうだねェ、坊やにそれを振るう勇気があるのならば、だけれどね」 危機に陥っても尚、シェリーは余裕そうな表情を崩さない。反比例するようにミズガルズの表情は苦しそうだった。 「ないわけ……ねぇだろ。お前を殺す。そんで、じいちゃんとお袋の敵を討つんだ」 「くふ、そうだねェ、そうするだけの理由が坊やにはある。……じゃあどうして、そんなにも泣きそうな顔をしているんだい?」 シェリーはくふくふと、それはそれは悪魔らしく笑う。悪魔の囁きとはよく言ったもので、ミズガルズは実際シェリーの言葉に揺らいでいた。 「してねぇよ、別に」 「そうかい? 手が震えているのが伝わってくるよ」 「うるせぇ」 「拙に話してごらん? ルージー、きみにはその立派な口があるのだから」 ぐ、とミズガルズが唇を噛む。その表情は苦しそうであり、悲しそうだった。ミズガルズは震える手でもう一度仗を握り直す。 「……それは、お前を殺してからでも遅くない」 「おやおや。拙に言いたいことがありそうな顔だけれどね。本当にいいのかい?」 「うっさい、黙れ」 「くふ」 ぎっ、と強く睨み付けるも、シェリーは特に効いた様子もなく。逆に優しげな瞳で、ミズガルズの言葉を待っていた。 「……なんでだ」 「と、いうと?」 「お前、最初から分かってただろ。全部」 「全部は分かっていなかったよ? 流石に、拙が契約した人間の血筋とまでは知らなんだ」 「……だとしても。オレがひとりなのも、テメェみたいなのを求めてるってことも。分かった上でやってただろ」 ミズガルズは苦しそうに吐き出す。仗を持つ手は爪が白くなるまで握りこまれ、大きく見開かれた瞳は今にも弾けそうだった。 「うぅん、それは否定しないかな。だって面白そうだったからねェ」 「ざけんなよ!? オレは、オレが、……クソ!」 「くふ。可哀想なルージー、情が芽生えてしまったんだね」 「うるせぇ……全部てめぇの所為だ」 シェリーの言葉に、ミズガルズは吼える。しかしシェリーには逆効果だった。シェリーはそれはそれは美しく歪んだ笑みを浮かべた。 「くふ、最高なことを言ってくれるね! そうだよ、ルージー、きみの人生は全て拙がめちゃくちゃにしたんだ! くふ、くふふ!」 「クソ、殺してやる、殺してやりてぇのに……!」 ミズガルズの葛藤が滲み出た言葉を聞きながら、シェリーはナイフが突き刺さった左手を彼の背中に回した。ミズガルズの身体から力が抜け、からん、と仗が地面を転がった。 「さァ、もう中へ入ろう。風邪を引くよ」 どん、と強くシェリーの胸が叩かれる。一度。二度。何度でも。大雨の中、ミズガルズのやるせない咆哮がシェリーの耳にこびりついた。 ◇◆◇ 「……で、なんでお前もう腕再生してんだよ」 「くふ、この程度おちゃのこさいさいだよ」 「ンだそれ、相変わらず聞いたことねぇ言葉使うよなぁ」 「グッ……今日一番のダメージな気がするよ」 ミズガルズはベッドに腰掛け、シェリーの淹れた熱いお茶をふうふうと冷ます。髪や服こそ、シェリーが乾かしていたものの、身体はすっかり冷えきっていた。 「ぶぇっくしょいっ」 「まったくもう、大雨の中ずっと外にいるから……」 「てめぇの所為だろ。暖房でもつけろよ」 「随分と態度のでかい客だねェ」 ずび、と鼻をすするミズガルズに、シェリーは肩を竦める。それからふと思い付いたかのように拳を手のひらに打ち付け、言った。 「そうだ、何よりもさっさと暖まれる最も原始的で画期的な方法があった」 「あ? ンだそれ」 「くふ」 シェリーは意味ありげに笑うと、ミズガルズの手からコップを奪い取り、机の上に置く。それから不思議そうに首を傾げているミズガルズの肩を軽く押しベッドに沈めると、その顔を見下ろした。 「……あ?」 「くふふ、いちばん手っ取り早いだろう?」 「っまて、まてまてまて、正気か⁉」 「くふ、くふふふ……拙はいつだって正気だよ」 ミズガルズは本気で慌てる。身体を起こしシェリーの下から逃げようとするも、肩に置かれた指一本で阻まれ。さぁ、と血の気が引いた。 「まて、おちつけ、怒りなら別の形でぶつけてくれ、そういうのは違うと思う、あの、」 「くふ! 安心しておくれ、ちっとも怒ってないかいないよ。初めっからねェ、カワイイなァと思っていたのさ」 「何ひとつ安心できない!! 大丈夫だから、オレもう寒くねぇから! っだから、ぎゃっ!?」 服の下に滑り込んだシェリーの薄い手に、ミズガルズは声を上げた。その色気のなさすらカワイイと思ってしまっているシェリーは、愉しそうに笑った。 「くふふ、だァいじょうぶ、怖いことはしないよ。力を抜いて身を委ねてごらん?」 「ヒェ……」 これ以上暴れても無意味だということにようやく気が付いたミズガルズは、怒られたあとの小型犬のような瞳でシェリーを見上げることしか出来なかった。 「っ……ふ、んん……ん〜〜!!」 「うん? あァ、ちゃんと呼吸をしないと死んでしまうよ、ルージー。きみは人間なんだから」 「はっ、は、はぁ、なら……いつまでもキス、してんじゃねぇ、っよ」 すっかり息を切らして見上げるミズガルズに、きょとん、とシェリーは首を傾げた。その直後判明した事実に、シェリーはこれでもかと顔を綻ばせた。 「おやおや……キスしながらでも呼吸は出来るだろう?」 「知らねぇよ!」 「まさかとは思っていたけどルージー、ハジメテかい?」 「…………うっせぇ」 「おやおや! くふ、くふふ! 嬉しいねェ」 言葉の通り嬉しそうに言うシェリーは、ミズガルズの髪紐を解き後頭部を撫で上げた。 「優しくするから安心しとくれ」 「優しくしたいと思うなら今すぐやめ、っんぅ」 文句を言おうとした口は再び塞がれ、ミズガルズはギュッと両目を瞑る。シェリーは幾度も角度を変えて唇を啄み、悪魔特有の長い舌でミズガルズの固く閉ざされた口を割り開いた。 「っ!?」 奥で縮こまっていたミズガルズの舌を掬い上げ、しっかと絡ませては擦り上げる。まるで丁寧に愛撫するかのような動きに、ミズガルズは身を捩らせた。 その間にミズガルズの服のボタンは既にすべて外されていて、シェリーはするりと腹を擽った。 「っ、ぷは、はふ、まて、くすぐった、あひゃ、」 「くふ……擽ったいだけかい?」 「くすぐってぇって、っは、はひゃ、っひ!?」 手袋越しに綺麗に割れあがった筋肉たちを撫でられ、ミズガルズはひたすら声を上げる。逃げようにもがっちりと強い力で固定されてしまっている身体は捩ることくらいしか出来ず、びくびくとベッドの上を跳ねた。 「ちょ、も、ほんとに、くすぐってぇ……っ!? まて、」 「くふ、ここは擽ったいだけじゃないだろう?」 シェリーはミズガルズの身体中を擽っていたと思えば、予告なく突然にツンと主張した突起を弾いた。それからキュッと摘んだりカリカリと引っ掻いたりすれば、面白いぐらいにミズガルズの身体は跳ねる。 「ぅひっ、まっ、まて、それ、まてってば……!」 「くふふ、カワイイねェ」 シェリーは手を止めることなくミズガルズを責め立て、びくりびくりと身をよじるミズガルズを実に愉しそうに見下ろす。 少しすればミズガルズは顔を真っ赤にして必死に肩で息をしていた。 「っふー、ふー、はふ、ひ、はーっ、」 「くふ、大丈夫かい?」 「だれの、せいだと……おもってやがる、この、ゆえつやろう」 「おや、まだまだ元気そうで安心したよ」 シェリーはミズガルズの返答を聞いてにっこりと笑い、そっとミズガルズの股間を撫で上げた。 「っ!?」 「くふ、こんなに主張して……若いねェ」 「……こんだけされりゃあ、誰でも勃つだろ」 「おやおや、そんな寂しいことを言わないでおくれ。触ってあげるから」 「っ!? 頼んでね、っえ!」 すぐに一枚二枚の布を取っ払ったシェリーは、ミズガルズのモノをゆるりと掴んで握った。 先っぽから溢れる透明な汁をたっぷりと纏わせて、ぐりぐりと鈴口を弄る。先程までの比じゃないほど身体を跳ねさせ暴れるミズガルズは、甘ったるい声を漏らした。 「ひぁっ、まて、やだ、それやだっ!」 「くふ、くふふ……きもちいい、の間違いだろう? 何が嫌なんだい」 「って、てぶくろ、んぁっ、しげき、っひ、つよい、から……っ!」 じたじたと暴れながらも快楽に襲われるミズガルズは、随分と年相応に見えた。シェリーはごくりと生唾を飲み込み、もっともっと虐めてやりたい気持ちをグッと抑え込む。 「おや……でもねェ、この手袋は爪隠しでもあるから、手袋を外したらルージーが怪我をしてしまうよ」 「あっ、ぁひ、う、やっ、やだ、いく、いく……っ!」 「おや聞いてない」 シェリーが喋りながらも手を止めずにいれば、ミズガルズはびゅる、と震えて達した。 「はーっ、はー、はー……」 「くふ、きもちよかったかい?」 ニマニマと笑って見下ろすシェリーを、ミズガルズはギッと睨み付ける。 「てめぇ、まじで、あくま……!」 「うん、悪魔だよ」 シェリーはミズガルズの抗議をろくに聞くことなく腹の上に出された白濁を掬い取り、ミズガルズの後孔に指を滑らせる。 「っ!? ま、まて、まさか……」 「おや、知らなかったのかい? 男同士は此処を使うんだよ」 「違ぇよ! オレが下なのかよ!?」 強く睨み付けて言うミズガルズに、シェリーはきょとんと数秒固まってから吹き出した。 「くふっ、くふ、くふふふふ……まさか、上になれる気でいたのかい? くふ、あー面白い、ルージー、きみは本当に最高だねェ」 「おい待て話を、っひ!」 ミズガルズが身体を起こすよりも先に、シェリーはミズガルズの中へと指を差し入れる。びくりと身体を震わせたミズガルズを構うことなく、シェリーはつぷつぷと指を出し入れし、いい所を探る。 「っクソ、ありえねぇ……!」 「くふ、まさかきみが拙に挿れるつもりだったとはねェ」 「誰がてめぇに挿れられると思うんだよ! っふ、だいたい、どう考えてもてめぇが挿れられる側の顔だろ……っひぁ!?」 「くふ、みィつけた」 ぎゃんぎゃんと騒ぐミズガルズを一切気にすることなくぐちゅぐちゅと後ろを弄っていたシェリーは、ついにミズガルズの一番感じるところを探り当てた。 「っまて、そこはやだ……っ!」 「うん、ここ気持ちいいねェ」 「ちが……っひあ!! やっ、やだやだ、ひぃっ」 じわ、と瞳を滲ませながらミズガルズはどうにか逃げようと足をじたばたさせる。しかしその程度でシェリーが構うはずもなく、責め立てる手は止まらない。 「アッ、ひ、やだ、やだこれ、へんになる……っ!」 「前も一緒に触ってあげようか」 「っ!? まて、まって、や、むり、イく……っ!」 ぶんぶんと顔を振って意思を示すも、シェリーには何処吹く風。ミズガルズは身体を大きく仰け反らせてまた達した。 「くふ……カワイイねェ、ルージーは」 「はー、はーっ……」 空中のどこかを見つめる虚ろな目で身体を震わせ、ミズガルズは嵐のような快楽を消化する。シェリーはそれを見ながらようやく服を脱ぎ、引き締まった、しかしどこか人間離れした白い肌を露わにした。 ミズガルズがようやく我に返る頃には既に遅く、シェリーはその長い両脚の間に割り込み、容赦なく自身の熱を窄みへと押し当てた。 「っ、ま、まて……! マジで言ってる、のかよ……!?」 「くふ、ここまで来て冗談に出来るとでも?」 抵抗をものともせず、シェリーはミズガルズを割り開いた。ゆっくりと、しかし圧倒的な質量が自身を割って進入してくる感覚に、ミズガルズの顔から一気に血の気が引いた。異物が中を押し広げていく感覚と恐怖に、ミズガルズはシーツを必死に掴んで体を強張らせる。 「いた、い……っ! ぬ、抜け、バカ悪魔……!!」 「力を抜いてごらん、ルージー。痛くはないだろう?」 シェリーは困ったように眉を下げながらも、進める腰を止めない。ミズガルズの逃げ場を無くすように、大きな漆黒の翼がベッドを覆うようにバサリと広がった。内側の朱色が、薄暗い部屋の中で不気味に、そして妖艶に翻る。 「ひ、あ、ぐぅ……っ!」 奥まで完全に貫かれた瞬間、ミズガルズは声を失い、のけ反った。 確実な質量が容赦なく中を蹂躙し、先ほど指で触られた場所を容赦なく抉るように突き上げ始める。 「あっ、ひ、やあっ! おま、それ、だめ、っひあ!!」 「くふふ! いい声だねェ、ルージー。もっと拙に声を聴かせておくれ」 耳許で囁くように言われ、ミズガルズはぶんぶんと首を横に振る。しかし脳を揺らすような快楽に全身を貫かれ、頭も、身体も、言葉も、何もかもが言うことを聞かない。 そして同時に湧き上がってくる、祓魔師としてのプライドも、家族の仇だという怒りも、全てがドロドロに溶かされていくような敗北感。 「クソ、っ、なんで、お前なんか、に……っ」 悔しさと、あまりの快感の強さに、ミズガルズの目からボロボロと涙が溢れ出た。 真っ赤になった目元、涙で濡れた頬、そして自分を睨みつけようとしながらも快楽に蕩けていく瞳――それを見たシェリーは、背筋がゾクゾクとするほどの恍惚感に包まれた。 「あァ、あァ! 最高だよ、ルージー! なんて拙好みの表情をしてくれるんだい!」 悪魔の本性を剥き出しにしたシェリーの動きは、さらに激しさを増していく。大雨の音にかき消されるように、ベッドが軋む音と、青年祓魔師の甘い悲鳴が、夜が明けるまで部屋の中に響き続けたのだった。 「でめ゙ぇ゙ま゙じでい゙づがぶっごろ゙じでや゙る゙」 「あァ可哀想にルージー、声がガラガラじゃあないかい。水をお飲み」 「だれのせいだとおもってやがる! っげほ、」 くふふ、というシェリーの笑い声と枯れた声に、ミズガルズは復讐を誓ったのだった。

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