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悪魔の逝き方、英雄の生き方
――朝。鳥のさえずりで目が覚めたシェリーは、眼前に迫るミズガルズの顔に、デジャブだな……と思うなどした。
「寝込みを襲う作戦かい? 失敗しているようだけれど」
「うっせぇな」
ミズガルズはシェリーの上に馬乗りになり、枕の真横に拳を叩きつけた。いつものナイフは持っていないようで、シェリーはおや、と首を傾げる。
「真面目な話だ、シェリー。茶化さずに聞け」
「くふ、それは難しいかもねェ」
「そう言うのをやめろっつってんだよ」
シェリーがふざけつつ腰に這わそうとした手は叩き落とされる。ミズガルズは茶褐色の瞳を逸らさずシェリーに向け、ぎゅ、と強くこぶしを握り締めた。そうして出てきた言葉は、シェリーにとって想定外のものだった。
「……ひとつだけ、聞かせてくれ」
「なんだい?」
「じいちゃんとお袋を殺したのは、本当にお前なのか?」
ぱち、とシェリーは瞬きをひとつ、ふたつ。そしてふっとおかしそうに笑うと、首を傾げて見せた。
「……どうして今更そんなことを?」
しかしミズガルズは怯むことなく、まっすぐシェリーの目を見て言った。
「前々から疑問には思ってたんだ。わざわざ殺した相手の骨を後生大事に取っておくか?」
「……」
「お前がそういう趣味ならわかる。でもお前は師匠の骨は回収しなかった。なら、なんでじいちゃんだけ?」
「そうだねェ」
シェリーは肯定とも否定とも取れないような相槌を打つ。ミズガルズは、その答えに満足することなく詰問を続けた。
「それに、お前はあのとき言った。『ミッテルドルフ家にこれ以上手を出さないという契約の元』ってな。それが本当なら、お前がお袋とじいちゃんを殺せるわけがない。そうだろ?」
ギッと強く睨み付け核心に迫った気でいるミズガルズに、シェリーはいつも通りの笑いを零した。
「くふ……名推理でもした気分かい? 残念だったねェ、ヒーディの魂を奪ったのは本当だよ。二重契約と言ってね、新しく交わした契約の方が古い契約よりも重要視されるんだ。いわば更新制さ。だから、ヒーディは契約を交わして拙に魂を売った」
「なら、じいちゃんは?」
「……嫌なところを突くねェ」
ミズガルズは改めて突き付けられた真実に怯むことなく、更にシェリーを詰めた。シェリーは困ったように眉根を寄せる。勘弁してくれ、とでも言いたげな仕草だった。しかしミズガルズは許さない。
「答えろ、シェリー」
「逆に聞くけども、それを知ったところで何か変わるのかい? 拙はきみの親族の仇で、なんなら師匠の仇でもある。ユストゥスをひとり殺したか殺してないかだけで、きみの覚悟は揺らぐのかな」
言い訳するときほど饒舌になる、とはよく言ったもので。シェリーはぺらぺらと口を回しへらりと笑った。
「……変わるわけねぇだろ。てめぇはオレが殺す、それは変わらねぇ。ただ、オレは真実を知りたいだけだ」
「くふ、真実なんてものに価値があるのかい?」
「少なくともそうやってお前が必死に言い逃れしている理由は知れる。……それに、じいちゃんの死に際ぐらい、知りてぇよ」
ぐっと喉の奥から絞り出すような声に、シェリーはうゥん、と声を上げる。そして降参、とばかりに溜息を吐くと、小さく呟いた。
「……ユストゥスは、とてもいい友人だったよ」
「――友人?」
予想だにしていなかった言葉に、ミズガルズは鸚鵡返しする。シェリーは少しだけ悲しそうに、そして寂しそうに言葉を続けた。
「きみらしく言うのなら〝寂しがり屋〟な拙のところに、足が悪いというのに毎日通って、くだらないお喋りをしてくれてねェ。彼の話題はほとんどきみのことばかりだったよ、ルージー」
「……」
「自分がもうすぐだということを悟ると、きみに寂しい思いをさせることだけをずっと気にしていたよ。看取らせるなんて残酷なことはしたくないから、なんて言って最期は拙の家で息を引き取った。拙は死に目にも立ち会えない方が辛いんじゃないかい? と言ったんだけどね、聞かなかったよ」
「……そうか」
急にしんみりとし出した空気に、シェリーはだから嫌だったんだ、とばかりに再び溜息を吐いた。
「あァ、やだやだ。こんな人情味溢れた話は性に合わないねェ。そんなことより、もっと楽しいことをしないかい?」
「あ? っておい、なんで勃ってんだよ」
「くふ、カワイイ子にこうして迫られてるんだ、反応しない方が無礼だと思わないかい?」
「ンなわけあるか。っまて、触るな!」
喋りながらもシェリーは器用にする、とミズガルズの服の中に手を差し入れ、後孔に指を這わせた。昨晩までシェリーのモノを咥えていたそこはまだ柔らかく、簡単に指を受け入れた。
「っひ……ん、やめ、そこ……っ」
「くふふ、そうは言いながらも触られると途端に抵抗できなくなるんだから、本当にきみはカワイイねェ、ルージー」
「ひぁ! やっ、おすな……っだ、だめ、やらねぇって……!」
ミズガルズはとっくに姿勢を保てなくなり、へた、とシェリーの胸板に体重を預けていた。少し弱点を押されただけでびくびくと身体を震わせ、荒い息と共に目を蕩けさせる。シェリーはそれを良いことに指を増やし、二本で挟み込むように弱点を刺激した。
「~~っ、やめ、やだ、あっ、んぅ……」
「おや、軽くイッたかい? 今日は敏感だねェ」
「きのっ、やったばっかだから……っ! まて、てぇ、とめ……っひ!」
ぶんぶんとかぶりを振り、涙目で懇願するミズガルズにシェリーはごくりと生唾を飲み込む。
「今日は随分と素直だねェ。くふ、アダルヘルムやユストゥスが今のきみを見たらどう思うかな」
「っ……しね、クソあくま……っひぁ!!」
「くふふ! ここはもう挿れて欲しそうだよ? くぱくぱと寂しそうにしていて、カワイくて仕方がないねェ」
「ン、なわけ……ぃんっ、ゆび、ふやすな……っ!!」
ぐちゅぐちゅと音を立ててミズガルズの秘所を責め立てるシェリーは、我慢が利かなくなったのかぐるんと体勢を変え、ミズガルズを組み敷いた。そして片手で髪を掻き上げると己のモノを宛がった。
「……挿れるよ」
「まっ、ぅあぁぁあっ!?」
「は……昨日もしたというのにキツいねェ」
「あひゅっ、んぁ、っひ、ぃう……っうごく、な!」
「それは流石に無理があると思うなァ」
執拗に奥を責め立てるように腰を振るシェリーに、ミズガルズは喘ぎながらも必死に抵抗する。時折がくがくと身体を震わせては達し、それでも止めてもらえない過ぎる快楽の波に涙を流しながら喘ぐことしか出来ない。
「ひぐ、ぅあ、っも……むり、むりぃ……っ!」
「ん、もうちょっとだから、頑張ってくれるかい?」
「っひ、ぃあ、むぃらって……!」
「よしよし、気持ちいいねェ」
まるで話を聞いていないシェリーに段々と意識が飛び飛びになってきたミズガルズは、強く腰を掴まれ最奥に吐精される感覚に、大きく絶頂した。
「っく、ふ……」
声を堪えるように息を吐き出したシェリーは、ゆるゆると出したものを擦り付けるように動かしてから、ゆっくりと引き抜いた。
「大丈夫かい? ルージー」
「だい、じょうぶに……みえる、かよ」
「くふふ! 悪態を吐く元気があるならまだ大丈夫そうだねェ」
「クソ、やろうが……」
シェリーはベッドに突っ伏すミズガルズの頭を優しく撫で、くふくふと愉しそうに笑う。
あァこんなにも愉しい日々が、これからもずっと続けばいいのに。
なんてシェリーが思ったその刹那、ドォン……という轟音と共に大きく家が揺れた。何事かと勢いよく顔を上げたミズガルズは、腰の痛みに悲鳴を上げてすぐにダウンした。
「くふ」
「何笑ってんだこのクソ悪魔」
「いや、ね。くふふ、拙が様子を見てくるから、きみはゆっくり休んでいると良いよ」
「へぇへぇ」
ミズガルズの適当な返事を背に、シェリーは服を整え家の外に出た。当たりを見渡せば、衝撃波か何かがぶつかったかのような大きな窪みが地面に出来ていて。はて、と首を傾げた瞬間、感じ取った殺気にシェリーは空へ跳び上がった。
シェリーがいた場所は大きく抉れ、パラパラと雑草が散る。それを見降ろし、シェリーは攻撃の元を探した。気配のする場所へ向かって大きく羽ばたけば、隠れ蓑になっていた木々たちが薙ぎ払われ妙齢の女性が姿を現した。
「くふ……何者かな」
「チッ……見つかったか」
「その髪色から見るに、アダルヘルムの親族かな」
「えぇ、パパの敵を討ちに来ただけよ」
「くふふ、知るのが早いねェ」
シェリーは大層愉快そうに笑い、そっと地面に降り立つ。女性はシェリーを強く睨み付けると、杖を構えその先端に魔力を集中させた。すぐに放たれる衝撃波をシェリーは防御壁を張って防ぎ、ふむ、と呟いた。
「祓魔ではなく魔法の類かい? これは珍しい」
「普段はパパとは方向性が違いすぎて会ってすらいなかったけれど……殺されたのなら話は別。仇を討つくらいの情は持ち合わせてるわ」
「くふふ! 美しい愛情だねェ。でも、魔法じゃあ拙は殺せないよ? むしろ相性がいいと言ってもいい」
余裕の笑みを以て魔法使いを見遣るシェリーは、彼女が懐から出したものに目を見開いた。
「コレがあっても、そう言えるのかしら」
それは、聖剣の類。確かに、魔法使いならば教会とは繋がりがあるだろう。ナイフのような形をしたそれは、悪魔を殺すために作られたものだった。シェリーはそれを見ても、まだ笑う。
「くふ……くふふ! あァ、それなら久しぶりに本気を出さないといけないかもしれないねェ」
「あら、こっちは真面目にあなたと対峙するつもりなんてないわよ」
「おや。それはどういう?」
そう言うと、魔法使いは不敵に笑んだ。言葉は帰って来ず、ただまた同じように衝撃波が飛ばされる。シェリーはそれを防ぎ、また放たれ、防ぎ、の一辺倒。何のつもりだ、とシェリーが顔を顰めた瞬間、家の扉が開いた。
「シェリー? 何やってんだ」
「おや、ルージー。立てるようになったのかい」
「誰の所為だと思ってやがる愉悦野郎」
後ろを振り返って呑気に話し始めたシェリーを見逃すほど、魔法使いは優しくなかった。
ひゅ、と何かが風を切る音が鳴る。女は、ニヤリと笑った。
聖剣はまっすぐ飛ぶ。ミズガルズに向かって。それにシェリーが気付いたときには、遅かった。
「っミズガルズ!!」
「え、」
シェリーはミズガルズを突き飛ばし、剣を胸に受ける。ごぽ、と口から血が吐き出された。
「あは、あはははは! ざまあみなさい、この悪魔!!」
「く、ふ……」
満足気に高笑いする女に対して、シェリーは笑いながら何かを呟く。そして強く手を握り締めた。
「あはは、は、ぁ?」
「……あまり、悪魔をなめちゃあいけないよ」
魔法使いは膝を衝き、ぐるんと白目を剥く。悪魔に心臓を握られた女は、すぐに絶命した。だからと言って、シェリーに刺さった聖剣が消えるわけではない。
「っおい、シェリー、?」
「くふ……油断してしまったねェ」
「おい、嘘だろ、ふざけんな!! なんでオレを庇った!!」
目の前で刺され倒れたシェリーに対し、ミズガルズは怒鳴る。膝を衝いてシェリーを抱え上げ、浅い息で動揺する。
「くふふ……なんでって、そりゃあ、ユストゥスと、約束……したからねェ」
「っざけんなよ!?」
ミズガルズの膝の上で息も絶え絶えな様子のシェリーは、大層嬉しそうに笑った。
「くふ、これできみは正真正銘ひとりぼっちだねェ。君がこの先どうやって生きていくのか、見届けられないのが残念で仕方がないよ、ルージー」
無理しているのだろう、突然饒舌になったシェリーに、ミズガルズは何を言うべきなのか分からずにギリ、と歯を食いしばる。
「……ざけんな!! てめぇ、てめぇ……!!」
「くふ……仇が死ぬってのに全然嬉しくなさそうじゃあないか……こふっ、どうしたんだい?」
びちゃ、とシェリーが吐き出した血が地面を濡らす。
「てめぇは……てめぇは、オレが殺すはずだったんだ……!!」
「なら、最期にそのナイフで拙を刺してごらん。拙もあれにやられたと思うよりはきみに殺されたと思う方がよっぽど本望さ」
シェリーは震える手でミズガルズの懐を指す。ミズガルズは少し逡巡してからその手を握り、バキ、と指を反対方向に曲げた。
「……テメェの思う通りになんてしてやるもんか。勝手に野垂れ死ね」
シェリーは目を見開く。それから、寂しそうに笑った。
「くふ……最期まで辛辣だねェ……なら、サヨナラだ、ルージー。くふふ! 精々拙のいない世界を元気にお過ごし。身体は大切にするんだよ」
そう言うとシェリーの身体はサラサラと砂のように解け、風に舞っていった。
ミズガルズは小さくクソ、と呟き、虚空を掴んだ。
こうして、シェリー・トイフェルとミズガルズ・ミッテルドルフの日々は終焉を迎えた。実に、呆気なく。
その後はと言えば、ミズガルズは祓魔師をやめて旅に出たり、薬屋がひとつ減って困る人がひとりふたり出たり、森の中の魔物が少しだけ増えたり。その程度。
ほんの少しの、些細な傷跡を残しながら、それを埋めるように、誤魔化すように、忘れるように世界は回っていく。
数年が経った頃には、何事もなかったかのように。
ただ、ひとりの青年の心に明確な傷だけを残して。
世界は、今日も平和に回る。
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