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悪魔の嘲り方、英雄の哭き方
「お前、最近妙に悪魔の匂いを纏わせてるな」
ミズガルズの師匠の、その言葉が始まりだった。ミズガルズはぎくりと身体を不自然に強張らせる。ミズガルズは嘘が苦手だった。そして隠し事も同じく苦手だった。だから、ミズガルズは正直に言うことにした。
「……最近、因縁のある悪魔を見つけて。そいつとよく戦ってる」
「……そうか。一応聞くが、絆されちゃあいねぇよな?」
「ったりめーだろ! 悪魔は殺す、それに反することはねぇ」
ミズガルズの言葉に、師匠は疑り深い視線を向けたものの、まぁそれならいい、と引き下がった。ミズガルズは若干の居心地の悪さから部屋を出ようとして、師匠に呼び止められた。
「気を付けろ、ミズガルズ。お前はまだ半人前なんだから」
そう言いつつも頑張れ、と強く背中を叩く師匠に、ミズガルズは今日こそ、と森へ向かったのだった。
「シェリー、いるか」
「おや、今日は早いねェ。ちゃんと朝ご飯は食べたかい」
「食べたわ。ここのモン壊されたくなきゃ表出ろ」
「おやおや……今日はいつもに増して殺気立ってるねェ、どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。今日でオレとお前の因縁を終わらせる」
覚悟の決まった瞳で睨み付けられたシェリーは、くふ、と笑いを零すと分かったよ、と靴を履いて外に出た。薬草などを育てているシェリーの庭は広い。今度は魔界に飛ばされないように結界でも貼ろうか、と微笑みかけるシェリーは、まるで今から殺し合いをする雰囲気ではなかった。
「あァでもその前に、そこに隠れている人に出て来てもらう必要があるかもしれないねェ」
「あん? 誰かいんのか」
「気付いてないのかい? ルージー、きみ、探知の術をかけられているよ」
「えっ!? ってことは、師匠!?」
ミズガルズが驚いたように振り返れば、草むらの奥から少し日に焼けた、目許に大きな傷のある白髪交じりの秘色髪の男が出てきた。男は着物の袖から手を出し、無精髭を擦りながら軽くシェリーを見遣った。それからミズガルズの方を向いて口を開く。
「悪いが、お前はお人好しすぎる。お前のことだからきっとのらりくらりと躱されて祓えていないのだろうと思ったが……とんでもないのを引いたな、ミズガルズ。逆によくこれまで生きていたと褒めるべきか?」
「師匠、こいつはオレにやらせてくれ。家族の仇なんだ」
「お前ではまだ敵う相手じゃない。大人しくしていろ――と、言いたいところだが。仇ならしょうがない、武器を持て」
パッとミズガルズが顔を上げる。師匠はニヒルに笑うと、師弟共闘だ、とどこからか取り出した仗をシェリーに突き付けた。シェリーはそれにぱちくり、と瞬きをしてから、くふ、と大層愉快そうに笑った。
「それなら拙も少しだけやる気を出そうか」
そしていつも着けている黒い手袋をするりと外し、その長い爪と翼を顕にした。初めて目にする黒布のその下に、ミズガルズは覚悟を決め地面を蹴った。真正面からシェリーと向かい合い、ナイフを振るう。シェリーはそれに応戦し、次から次へと襲い来る刃をはじき返しながら笑う。
「くふ、きみは相変わらず真っ向以外から来るという選択肢がないんだねェ」
「――その通りだ」
いつの間にか背後に移動していたミズガルズの師匠は、ぐるんと仗を振るい薙ぐようにシェリーの横っ面に叩きつけた。
「っ……」
「いいか、ミズガルズ。お前のその善性は大したものだが、何も真面目に戦う必要はないんだ。悪魔は人間じゃあない。知性を持った厄介なけだものだ」
くるんと仗を回して地面につけると、師匠はミズガルズを見ることなく地面を転がっていったシェリーに視線を向けた。
「くふ……危ない危ない、顔が焼け爛れるところだったよ」
直前に手で防いだのだろう、シェリーの左手は鉄板に押し付けたかのように煙を上げながらぐちゃぐちゃになっていた。
初めてシェリーがまともにダメージをくらっているのを見たミズガルズは、まだ情を捨てきれていなかった己と内心で決別する。これを殺す、今、この手で。そう決意した。きゅっと表情が引き締まったミズガルズを横目で見て、師匠は満足気に頷く。
「くふふ、戦いの仕方をやっと思い出せそうだよ。きみ、名前はなんと言うんだい?」
「アダルヘルム・ハルトマン。貴様を殺す男の名だ、唱えながら死にゆけ」
「うん、良い名前だ。拙も名乗っておこうかな。シェリー・トイフェル。しがない上級悪魔さ。きみを殺した暁には墓を建ててあげよう」
「ははっ」
「くふ」
二人はお互いの煽り言葉に乾いた笑いを零すと、同時に地面を蹴った。鋭く突かれる仗を首の一振りで避け、長い爪が頬を掠る。後ろから現れたミズガルズのナイフによって髪の一房が吹き飛び、シェリーの顔に傷が走った。シェリーはアダルヘルムの懐に入り込むと鳩尾に拳を叩き込み、背後のミズガルズの手首を掴むと大きくぶん投げた。投げられたミズガルズの身体がアダルヘルムに重なり、二人まとめて吹き飛ぶ。
「くふふ、その程度かい? 大したことないねェ」
パンパンと埃を払うように手を叩き笑うシェリーに、ぴき、と青筋を立てたアダルヘルムはミズガルズを退けて立ち上がる。
「立て、ミズガルズ。あれを殺すぞ」
相当煽り耐性が低いのだろう、アダルヘルムはぴくぴくと口角を引き攣らせながら仗を強く握り締めた。ミズガルズは若干引きながら立ち上がり、もう一度ナイフを構えた。
「たまにはこちらから行こうか」
そう言うとシェリーは長い爪で飾られた指先をくいと下に下げた。それに連動するようにアダルヘルムはがく、と膝を衝く。唐突に身体が重くなった感覚に、アダルヘルムは対抗しようと身体を震わせる。ばさ、とシェリーの翼がはためけば、風の刃が彼を切り付けた。
無視されている間に背後に回ったミズガルズがナイフを振るえば、透明な壁のようなものに阻まれる。勢いよくぶつかったせいで大きく後ろへ転げたミズガルズはクソ、と悪態を吐いた。
「くふふ……そォら、避けてごらん」
「ぐっ……!」
そう言いながらシェリーは指先に炎を展開し投げつける。アダルヘルムは仗を手放し身体の重さに抗いながら地面を転がり、何とか炎の塊を避ける。雑草が燃え盛り、すぐに炭へと変わった。
武器を手放してしまったことに慌てて仗へと手を伸ばすアダルヘルムの目と鼻の先で、シェリーは一歩でそこへ行くと立ちはだかった。
「こんな物騒なものは壊してしまおうねェ」
「まっ、」
そして革靴の踵で強くそれを踏み、バキ、という音と共に仗は折れた。折れてしまえばかかっていた祓魔の術も消える。シェリーは枯れ枝のようになったそれを拾い上げ、鋭利に尖った先端をアダルヘルムの左肩に突き刺した。
「がっ、ぐ……」
「くふふ! 痛いねェ」
そしてぐりぐりと傷口を抉るように動かしていれば、パァン! という音と共にシェリーは吹き飛んだ。
「師匠!!」
いつぞやの銃を手にしたミズガルズが駆け寄り、アダルヘルムに寄り添う。彼はシェリーが吹き飛んだことによりなくなった重力の枷に気が付き、ゆっくりと立ち上がった。
そして何やらミズガルズに耳打ちすると、右手で印を組んだ。
「くふ……それは効かないと前学んだはずだろう? ルージー」
「効かなくてもてめぇを吹っ飛ばすことは出来る」
「くふふ! 確かにそうかもねェ。そんなにアダルヘルムが大事かい」
「たりめーだろ」
「なら、うんと惨く殺してあげないとねェ」
アダルヘルムを庇うように立ち、ナイフを構えるミズガルズにシェリーは向かい合う。
「退いておくれ、ルージー。拙はきみには手を出せないんだ、知ってるだろう?」
「はいそうですかって退くやつがいるかってんだ」
「くふふ! なら少し戯れようか」
その言葉を皮切りに、ミズガルズはシェリーに斬り掛かる。キン、と音がして爪とナイフが交わり、簡単にはじき返される。ミズガルズは懲りずに何度でもナイフを振るい、シェリーを殺そうと試みる。
「くふ、時間稼ぎかい? そうしていればアダルヘルムが何かしてくれるのかな」
「あぁ、そうだよ。師匠ならお前を殺せる」
「それでいいのかい? きみが自分の手で殺すんじゃなかったのかな」
「俺はとどめをさせりゃあそれで良い」
「くふ! 随分と謙虚になったねェ」
十分は経っただろうか、ミズガルズにとっては必死な、シェリーにとっては戯れに過ぎない攻防が続いた頃、アダルヘルムが声を上げた。
「ミズガルズ! 下がれ!」
「おや」
キィン、と耳を劈くような音が鳴り、シェリーの足下に紋章が現れる。
「くふふ、どれどれ」
しかしシェリーはまったく危機感を覚えることなく、しゃがみ込んでその紋章を眺め始めた。アダルヘルムはそれを使うのに相当力を使ったのだろう、肩で息をしながらミズガルズに支えられた。
「これで、おしまいだ、クソ悪魔」
アダルヘルムは勝ち誇った笑みでシェリーを見遣る。ところが、シェリーはにこにこと呑気に語り始めた。
「少し前にねェ、きみたちの術とやらを研究していた時期があったのさ」
そう言いながらシェリーは地面から目を離さない。
「だからなんだ」
「最近の祓魔師は腕が落ちたねェ」
「なんだと?」
アダルヘルムの目が細められる。
「この程度、拙にも仕組みがわかるよ」
「そう言うのは解呪してから言え」
「くふふ! 例えばね、ここ」
シェリーは地面の一部を指差すと、反対の手で手首を切り裂き血を垂らした。そして血の滴る指で、紋章を書き換える。
「たったこれだけで――術者に跳ね返る」
「っ、が、は……!?」
ミズガルズに支えられていたアダルヘルムは大きく血を吐き、その場に崩れ落ちた。
「師匠!?」
信じられない、という顔でミズガルズはアダルヘルムを呼ぶ。アダルヘルム自身も何が起きたのか分からないような顔でシェリーを見上げた。
「自分は完璧だと思っている者こそ、強さとは程遠いものだよ」
「バカな……!!」
一言喋る度にごぼ、と血が喉奥からせり上がる。それを吐き出し、アダルヘルムは強くシェリーを睨み付けた。
「……はは、まだ修行が足りなかったか」
「くふふ! 諦めが早いねェ、っと」
懲りずに襲い掛かるナイフを片手で見もせずに防ぎ、シェリーはアダルヘルムを見下ろす。
「さて、言い残すことはあるかい?」
「まて!! シェリー!!」
ミズガルズは心底慌てたように二人の間に割って入り、アダルヘルムの前に両手を広げて立ちはだかった。
「っ頼む、シェリー、師匠だけは……!!」
しかし悪魔はそれを心底愉快そうに見遣るだけ。
「ダメだろう? 悪魔相手に懇願なんてしちゃあ。きみは曲がりなりにも祓魔師なんだから」
「知ったこっちゃねぇ、この人を助けられるなら祓魔師なんてやめてやる。……頼む、命の恩人なんだ」
「くふふ! ルージー、勘違いしちゃいけない。拙はね、決して心優しき悪魔なんかじゃあないんだよ」
ミズガルズが絶望の表情を浮かべる。それを心の底から嬉しそうに嗤ったシェリーは、右手を上げる。最期に、アダルヘルムは小さく呟いた。
「ミズガルズ……つよく、いきろ」
パチン、と悪魔が指を鳴らした。ぼん、と爆発音が生じ、肉体は激しく燃え盛る。ミズガルズはうそだ、うそだと呟きながらそれを鎮火しようと試みるも、すぐに諦め、膝を衝いて呆然とその光景を眺めた。
「くふ……くふふ! なァルージー、どんな気持ちだい?」
「……だまってろ」
「くふふふ! いやだよ、こっちを向いてその顔を見せておくれ」
「さわんな」
言葉に覇気がないミズガルズの頤を掬い、シェリーは無理矢理目線を合わせる。きらきらと燃える炎を反射する瞳は全ての感情を削ぎ落した褐色をしていて。シェリーは大層機嫌よく笑った。
「くふ、くふふ! あァ、良い顔だよルージー!」
「はなせ」
ぐい、とミズガルズはシェリーの手を振り解くと、ギリ、と歯噛みした。
そんなミズガルズをひょいと抱え上げたシェリーは、そのまま家へと向かった。
「っおい、何しやがる」
「すまないねェ、きみを見てたら、勃ってしまって」
「っはぁ!? 離せこのド変態、ざけんな!! 一人で処理しろ、っはなせ!!」
「おや、アダルヘルムの目の前でしたいかい?」
「っ……てめぇ、どんだけオレたちを侮辱したら気が済むんだ」
「侮辱しているつもりはないよ? ただきみを凌辱したいだけさ」
喋りながらもずんずんと足を進めていたシェリーはすぐにベッドへと辿り着き、ミズガルズの身体を放り投げた。
「くふ、命の恩人の仇に犯されるきみは、どんな表情をしてくれるのかな」
「てめぇ……本当に、趣味わりぃよ」
「くふふ! 誉め言葉かな」
◇◆◇
パン、パンと肉のぶつかり合う音が部屋に響く。それに合わせるように断続的な喘ぎ声が響き、官能的な吐息が漏れた。
「はっ、んぁ、あぐ、も、いいかげっんに……しろ!」
「カワイイねェルージー、そう言いながらもここは拙のモノを締め付けて離さないよ」
「っひ! はら、おすな……! あっ、てめ、まじで、ころす……!」
「くふふ! それなら喉元を噛み千切るくらいの意気は見せてごらん? あァ、善がっているうちは無理か」
「し……っね!!」
ビュン、と拳が飛ぶも、シェリーは簡単にそれを受け止める。ミズガルズは既にぼろぼろと涙を零していた。それは、悔しさからか、悼む心からか、快楽からか。
シェリーは嬉々としてミズガルズを虐めることをやめない。ミズガルズの涙が枯れ果てようと、声が嗄れようと。体力がなくなろうと、精が出なくなろうと。悪魔の夜はまだまだ長い。
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