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第15話

◇  ◇  ◇  ペイッと空き缶のように放られて、股間を大っぴらにした状態で着地させられる。毎度のことといい、悪意を感じる送迎だ。しかし今はそれにツッコんでいる暇はない。  目的地は入院等。全速力で病院の入口へと掛け込み、指定された部屋まで走り続ける。 「……優吾っ! 婆ちゃんはっ!?」 「大丈夫、なんか入浴中に足滑らせて、腰打ったらしい」 「はぁはぁっ……ハアッ? もしかして骨折とか……?」 「いや、クッション性のバスマット敷いてたから、吉乃さんの美尻も無事だって」 「なんだよ、驚かせやがって!」  電話を掛けても繋がらず、慌てて駆けてきたというのに、どういうことなのか。当の本人は病室の奥で世間話をし、陽気な声で笑っていた。もちろん元気であるに越したことはないのだが、これでは話が違う。  利央は唖然とし状態で棒立ちになり、目の前でくつろぐ優吾を見下ろした。 「……お前、まさかワザとか?」 「あはっ、なんのこと?」 「信っっっっじらんねえッ! もう戻るからな!」  にやっと口角が吊り上げられたことから、推測が確信へと置き換わる。中村さんの激しい運転で、胃が荒れ狂う中、最悪のケースまで考えて、駆け付けたというのに。こちらの気持ちが踏み躙られたようで、怒りが込み上げた。  ぐいっと滲んだ目元を拭い、利央は肩からずり落ちていたジャケットを羽織り直す。憤怒を抑え込んだまま踵を返すと、すかさず手を掴まれた。 「待って、利央。……この前のあいつ、まだ会ってるの?」 「毎週末仕事入ってるんだから、当たり前だろ」 「それって……もしかして、家庭教師のバイトのこと言ってる?」 「……どうだっていいだろ」  答えを濁したはずが、結果的に肯定と見なされたのだろう。優吾は席を立ち、近い距離で利央へと詰め寄った。 「……噛まれたって言ってたのも、あいつ?」 「お前に関係ない」 「もう会わないで、その仕事も辞めて」 「しつこいぞ。前にも言っただろ、お前は俺の親かなんかかって? 干渉しすぎだ」 「俺といるのが、そんなにつまらない?」  普段の柔らかな物言いとは違った、棘のある声。苛立ちを覚えているのは相手も同じなのか。捻り上げられた手首には痕がつき、背が壁へと叩き付けられた。 「俺のこと嫌いになった?」 「……そんなこと言ってない。お前は大切な友人だよ。家族になっても、ならなくても、それはずっと変わらない」 「でも俺を置いてくんだろ? あいつに会いに行くために」  はっと冷たく吐き捨てられた言葉は、確かな意図を持って胸を抉る。手首を締め付ける力が弱まり、空気が混ざり始めた体温は生温い。緩やかに離れていく指先の感覚。それは遠い日の幻聴を呼び寄せた。 ――置いてかないで  震えた瞳が右下に下がり、靴擦れで赤らんだ小さな足元を映し出す。臙脂色の浴衣に黄金色の帯。簪は大きめ鈴を携え、歩くたびに愛らしい音を立てていた。  瞬きをする度に、その情景は色を引き連れてくる。白く小さな手が現れれば身が強張り、首に糸が巻かれるように息が絞られた。 「あ……ぁ……っ、い、やだ」 『なんで陽葵が行ったらだめなの?』 「だ、めだ……っ、来るな……っ」 『陽葵も一緒に行きたい』  ガクガクと、震える膝を這い上ってきた手が、服の袖を引く。幾度となく夢にみた光景。同じ台詞。白い手は下ろし立ての下駄を手渡し、かくれんぼをしようと誘ってくるのだ。  手に持っていた巾着袋、お気に入りのクマのぬいぐるみ。いくらそれらを探し出しても、彼女の身体は見つからない。 「……利央、どうした? 大丈夫?」 「……ご、ごめっ」 「え、なに……? 今、なんて言って……?」 「ご、めん……っ、ごめんっ……ひ、陽葵……っ」  どこか様子のおかしい状態に、やっと気が付いたのか。優吾は利央の顔を覗き込み、肩を揺する。薄く開かれた手に触れると、利央は途端に大きく背を屈めて、激しく嘔吐し始めた。 「うぐっ……ぐえっ、ぇ……ッ! んぐっ……っ!」 「利央っ!? ……ちょっ、だ、誰か! ナースさん呼んでください!」 「……どうされました?」 「わかりません、突然吐き出して……っ!」 「伊波さん、ご自分のお名前言えますか? ここがどこかわかります?」  掛けられる言葉が、分厚い水の膜を介した向こう側から聞こえてくる。聞こえるはずのない雨音が鼓膜を叩き、視界が晴れない。間もなくして肌の感覚が鈍くなり、利央は波に飲み込まれるように、意識を手放した。

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