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第31話

◇  ◇  ◇  その後、雪の身体は解体され、フォロワー限定の特設会場で売り捌かれた。損傷が少なかったため、売れ行きは好調。中でも高値がついたのは、彼の脳を分解し、再生して作られたパルウムだ。ドラマティックな演出のお陰で、入札が加熱し、どこぞの富豪が落札したらしい。  皮肉にも、その目的はまた金稼ぎ。落札者は雪を自身のペットに与え、視聴率を稼ぐ駒として使っている。死んだ後も商品にされ続けるという、地獄のようなシステムだ。  その大元である運営会社はというと、過激なパフォーマンスで億バズし、大手を振って、このクソ企画の継続を決めたと聞いた。  どれもこれも又聞きの噂話、不明確な情報ばかり。それもそのはず、生き残った敗者は雪のファンから大批判を食らい、早々に飼い主に見捨てられていた。金を産まないどころか、汚名を被ったペットの世話など、好んで行う者などいない。  幸か不幸か。要なしとみなされた少年は処分されず。代わりにたった一人、一つの折り鶴と共に、人間界へと放流された。  あの日、雪の参加証として、白い箱に入っていたもの。それは、指輪でも髪飾りでもなく、昔、彼のために織ってやった折り鶴だった。  きっかけはネットで見かけた動画。ぺらぺらの紙から、物が生み出される光景に驚いたのだろう。鼻息荒く目を輝かせた雪に蹴り起こされ、早朝五時からせっせと紙を折ることとなる。  折っては開いて、また折っての、ノンストップ三時間。見様見真似で折るも、苦戦を強いられ、やっとのことで作り上げたものだった。 ――なんでこんなもの……  大型スポンサーが付く彼のこと、いくらでも選択肢があっただろうに。煌びやかな装飾品で飾り立てられた彼が、最後に選んだものは、なんの価値もない友人からの贈り物。 「……雪、お前が言ってたことは正しかったよ……心臓を失うより、もっと、ずっと痛い」  彼を失ったあの日から、胸の奥の深い位置で、鈍い痛みを抱えている。鋭い刃物で皮膚を引き裂き、肉を抉られるよりも重く、深い痛みだ。しかし胸を抑えたとして、痛みの生まれてくる場所が、どこなのかわからない。  彼がいない、彼に会えない、彼の声を聞くことすら許されない。その絶望と孤独感が喉を焼き、込み上げる胃酸が全身へ広がっていく。  何度も嘔吐し、喉が枯れるほど声を上げた。それでもこの痛みは引かず、皮膚を掻き毟ったところで、やっとこの鈍痛がもっと、内臓の奥深くから来ているものなのだと、気が付いた。  腹に重たい石を詰め込まれたような気分が続き、毎朝、クソみたいな悪夢で目覚める。自分の弱さと不甲斐なさ。そのせいで彼を死なせてしまったという事実。何度も何度も同じ夢を反復し、後悔を重ねたとて、何も変わらない。舞い戻るのは、いつだってあの照度の落ちた、舞台の上だった。  鮮やかな赤い葉が視界を掠める中、彼の腕を引き、今度こそ助けたと安堵する。多幸感に包まれたまま目が覚めて、汗だくになった手に残されたものは絶望のみ。  彼を失ったことが理解できず、悪い冗談なんじゃないか、なんて。愚かな脳みそは、いつだって都合のいい妄想に囚われた。現実から目を背け続け、痛みから目を逸らして、息をするのが億劫になる。その段階になると、決まって彼が耳元で囁くのだ。 ――じゃあな、洋介。次は勝てよ  こんな生きる価値もないクズ野郎に、勝ち抜けと言い捨てる。這い蹲ってでも、生きてみろと。  Sっ気の強い友人は、死んでもキャラを崩さない。尻を蹴り上げ、背を叩き、「シャキッとしろよ、腑抜け野郎!」と、いつもと変わらない口調で、こちらを罵ってきた。 「……ほんと、どんな姿になっても勝気だよなあ、お前は」  洋介は、白い部屋の中。無数に並べられたディスプレイの一つの前で、朗らかに相好を崩す。  見据える先は、淡い色合いの髪に、褐色の肌を持ち合わせた青年の部屋。音声をオンにすると、途端にけたたましい怒鳴り声が聞こえ、思わず「ぷっ」と吹き出してしまう。 「違う、何度言えばわかるんだよ。『ほ』と『に』は別ものなんだって。あと文末には句点を付けろ」 「……ここ?」 「お前さ、わざとやってる? ニコチンだって言ってんだろ? カタカナになってないし、そこに丸付けたら、全く別の意味になんだけど」 「『ぽ』?」 「読んでみろよ」 「ぽこち……あっ!♡」 「喜んでんじゃねえよ、このエロガキめ……」  小さな小屋の中で、白い小動物は呆れ混じりに額を抑える。姿形が変わろうと、一目で彼だとわかる気の強さ。すうーっと画面の上に指を滑らせ、洋介はうっとりとした表情を浮かべた。 「――雪、すぐに迎えにいくよ……必ず迎えにいくから、待ってて」  吐き出された声に震えはなく、肋の奥で燃え広がるような強い意志が感じられる。地に足を付き、前を向く。しっかりと現実を見据えて。今度こそ大切なものを、手放さないですむようにと。欲を孕んだ瞳は密やかに瞳孔を開かせた。 ――ブブブッ  ふと、デスクの横で振動を感じ、洋介はスマホを拾い上げる。 「……おっ、利央まだ起きてたか〜」 「誰そいつ?」 「前に言ってた家庭教師の候補ですよ」 「うわっ……なんか子生意気な顔してんな。うちの馨くん預けるの心配。どうしよう、好きになられちゃったら」 「そろそろ子離れしないとダメですよ、中村さん」 「画像アプリにぶち込んで、解像度限界値まで爆上げしても重くないほど、可愛いのにな」 「その感覚は、いまいちわかりません」  ふんふんっと息を上げて、空冷ファンを鳴らせるAIは、最近のアップデートで溺愛モードが備わったらしい。洋介は薄ら笑いを浮かべながら、手元のスマホへと視線を落とす。 ――起きてるよ。そっちは? 元気にしてる? ――大丈夫、少し寒しいけど。ここ真っ白だから、余計にそう思うのかも。 ――もしかして雪? ――雪はここにいないよ  親しい友人からの返答は、どこか余所余所しく、他人行儀。普段とは異なる経路で連絡を取ったため、自分が誰だかわかっていないのだろう。 ――なんか用?  返答までに、間があるようになってきた。違和感、もしくは、動物的な勘で警戒心を抱いたか。  それはそれで面白いかと口角を上げ、卑劣な企みを含んだ指先は、新しいショーの幕開けを告げる。 ――お小遣い稼ぎしない? 日本語教えるだけの簡単な仕事 END 次ページはその後…のストーリーです→

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