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第8話 主人公、来たる
「アクア・マリステラです」
そう言って編入してきた『主人公』を、レンは穴が開くほど見つめた。
(アクアだ……)
黒髪に眼鏡。小柄で地味な少年。
しかし、レンは知っている。
眼鏡の奥には桃色の美しい瞳を隠した、とびきりの美少年だということを。
ごくり、と喉が鳴る。
とうとう来た。
(レンルートにしなきゃ……俺は、死ぬ)
本来なら、他の攻略対象を全部通った上じゃないと、現れないレンの裏ルート。
今回は、一発目……つまり、他ルートに行くことを許さずに、裏ルートに引き込むしかない。
ゲームなら不可能だ。
だけど、今回は違う。
(俺が、直接引き込む……!)
その日の昼休み。
レンは、カフェテリアへ向かった。
カフェテリアへ顔を出すと、とたんに生徒たちがざわめきだす。
「暴れ鮫だ……!」
「ひぃ……。なんでここに?」
「いつも、カフェテリアなんて来ないのに……」
レンは赤い目をぎらつかせてカフェテリアを見回した。
(いた……!)
隅の方で昼食をとろうとしているアクアを見つける。
レンはまっすぐにアクアのもとへ大股で歩いて行った。周囲の生徒たちがモーセの海割りのように道を開けていく。
(爽やかに……怖がらせないように……「やあ」って、笑顔で……)
「よお」
口からは「やあ」とは別の言葉が出た。アクアがぴくりとこっちを振り返る。
レンは一生懸命に笑ってみせる。
凶悪に吊り上がった口から、自慢の白いギザ歯がのぞく。赤い目がギンッと鋭く光った。
周囲の生徒たちから悲鳴が上がった。
「編入生、終わったな……」
「あの子、何したの……?」
レンは必死に涙目になりそうなのをこらえた。
(なっ、なんでだぁー……!?)
自分では愛想良くしたつもりだ。
やあ、と言おうとした。爽やかに笑おうとした。なのになぜか凶悪になる。
悪役令息のフィルターなのか、それともレンがただ不器用なのか。
見下ろすアクアは、怯えた小動物みたいに小さく震えていた。
「ど、どなたですか……?」
完全に怖がっている。
レンは、さらに頑張った。
(自己紹介だ。落ち着け……。笑え。俺は、レン・ホワイトファングだ。君と友達になりたいんだ)
「てめえ、つら貸せや」
さらに凶悪になる顔。鋭さが増す眼光。光るギザ歯。
アクアがびくりと大きく震えた。
(お、終わったーーー!!)
脳内で『断罪』の文字と『好感度マイナス』の記号がぐるぐると回る。
「おい、暴れ鮫。良い加減にしろ」
その時。凛とした声が聞こえた。
はっとしてそちらを見ると、生徒会会長──アルシオン・オーシウェールが立っている。
シロナガスクジラゆえんの長身。レンも身長は百八十センチある。しかし、アルシオンはレンを見下ろすほどの大きな体躯だ。オルキウスよりも大きい。
豊かな金髪がさらりと揺れる。
(げっ……王道攻略対象まで来た……!)
最悪だ。
絶望しかけて、はたと気がつく。
(あれ……? これ、シナリオ通りじゃ……?)
ゲーム導入のシナリオと全く同じ展開をしている。この後、アルシオンは……。
「ホホジロザメのレン。貴様、また問題を起こしているのか」
そう言って、忌々しそうに睨みつけられる。
「あはは。暴れ鮫くん、またやってるね」
後ろでは会計が楽しそうに笑い声を上げる。
「大丈夫ですか?」
庶務がアクアに優しく話しかける。
全部、知っている。
レンは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「ああん? なんだよ、会長サマ。やんのか?」
考えていたのとは正反対の言葉が出た。
しかも両手まで反射的に硬化し、雷が弾ける。
(ちょ、待て……! なんでだよ!)
止めようとするのに、十八年間染みついた仕草が先に出る。
まるでシナリオに体を引っ張られているようだった。
「はあ……これだから、暴れ鮫は。相手になるか?」
アルシオンがため息を吐いて、そっと目を閉じる。目を開けると、その目が紫色に光り輝いていた。王族の瞳だ。
ゲームのシナリオ通り。
レンは続く展開も知っていた。
この後、レンはアルシオンの威嚇に乗ろうとするが、学園長がやってきて騒ぎをおさめられる。
そして、「次に会ったら覚えとけよ」と憎々しげに吐き捨ててカフェテリアを出ていくのだ。
(い、いやだ……!)
アルシオンを睨みつけて、口を開きかけた時。
「何してるんだ、レン」
聞き慣れた、低い声がした。
振り返る。
「オル……」
そこには、オルキウスがいた。
黒と白の髪。薄く微笑んだ口元。金色の目。
急に息がしやすくなって、体から力が抜ける。
「オルキウス様……!」
「なんで暴れ鮫なんかに話しかけて……?」
今度は困惑の声が周囲から上がる。
オルキウスはレンとアルシオンの間に立った。
「何かあったのか?」
柔らかく微笑みながらアルシオンに問うオルキウスを、レンは泣きたい気持ちで見つめた。
「暴れ鮫が、編入生に絡んでいたんだ」
「……へえ。そうなのか、レン?」
オルキウスがレンを見る。レンはぶんぶんと首を振った。
「ち、ちげえよ!」
「だそうだ」
オルキウスはアルシオンに笑いかける。それでもアルシオンは納得がいっていない様子だった。
「では、なぜ編入生に話しかけていた?」
ゲームとは違う会話。
レンは驚きながらも、必死に言葉を紡いだ。
「お、脅してた訳じゃねえよ。その、友達に……なりたかっただけだ」
その瞬間、オルキウスの金の目が鋭く光った気がした。
「友達?」
ぴくりと眉を上げたオルキウスは、低くつぶやいた。
「お、おう……」
レンはオルキウスに驚きながらも、小さく頷く。
オルキウスは黙り込んでレンを見つめていた。
「あ、あの……」
その時。後ろで見ていたアクアが声を上げた。
「そういうことでしたら、あんまり彼を責めないであげてください」
そう言ってアルシオンたちに向かうアクアは、見た目とは裏腹に肝が据わっている。
レンは一連の流れを信じられない思いで見ていた。
オルキウスが登場してから、ゲームの本筋とは変わっている。
(どういうことだ……?)
オルキウスは、金の目でじっとレンを見つめていた。
(あれ……?)
その時、オルキウスを見て、レンはふと思い出した。
(オルって、ゲームにいたっけ……?)
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