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第47話 真エンド

 清水(しみず) 海斗(かいと)は、幼い頃から繰り返し見る不思議な夢があった。  そこでは海斗は別の人間として生きていた。そこに暮らす人々はただの人間ではなく、今で言うところの獣人だった。しかも、ニッチな海洋獣人だ。  海斗はそこでさまざまな人たちと出会い、苦難を乗り越えて、そして大切な人たちに囲まれながら、寿命で安らかに死んだ。  幼い頃は夢との区別がつかず、両親を困らせてしまっていたが、大人になった今ではもうそんなことはない。  夢は夢。  そう心の中で仕切りを作ることができている。 「あ、清水さん。次の企画の相談なんですけど、良いですか?」 「次の企画ですか? もちろんです」  オフィスの机の上に資料が広げられる。  その資料を見て、ぴくり、と指先が動いた。 「これって……」 「BLゲームなんですけど。清水さんにシナリオとキャラクター案のチーフを務めてもらいたくて」  海斗はその資料を握りしめながら、じっと固まる。 「……清水さん?」 「あ! ああ、いえ。もちろん。僕なんかで良ければ」  海斗の握っていた資料には、『海の生き物の擬人化』とテーマが記載されていた。 「――あのう、清水さん。キャラの相談なんですけど……」  それから一ヶ月後。  スタッフの一人が海斗を訪ねてきた。 「なんでしょう」 「主人公、やっぱりこの子が良いと思うんですけど……」 「え?」  渡された資料には、キャラクターの原案があった。 「いやあ、でもその子は脇役ですよ?」 「いやいやいや。人魚種で、光属性の力を秘めていて、しかも平民なんですよね? それで王族に目をつけられて王立学園に編入して生徒会にも入って……どう考えても主人公じゃないですか」 「はあ……」  海斗はぽりぽりと頭を掻く。  (いやでもそれは気まずいよ……) 「でも……」 「それに、今のこの主人公。ちょっと……ヒールすぎると言うか……どちらかと言うと悪役の方が輝くって言うか……」 「いやでも世界を救うんですよ?」 「う、うーん……」  海斗は思わず首を振った。 「この子は最強でかっこよくて、スーパーヒーローなんです」 「いやあ……それだと感情移入しにくいと思うんですよねぇ」 「……」  憮然とした表情のまま喋らなくなってしまった海斗に、スタッフは困ったように「うーん」と腕を組む。  自分の夢をアイデアに落とし込んだシナリオとキャラクター案は、スタッフ達に大好評だった。  特に、「作り込みすごい」「本当にその世界があるみたい」とリアリティを評価されていた。  しかし、キャラクターの配置だけが微妙な反応だった。 「どうしましょうねえ。……あっ!」  腕を組んでいたスタッフがその時、妙案を思いついたかのように声を出した。 「それなら、隠しルートとして、この子を攻略対象にするのはどうでしょう? 悪役令息だと思ってたら、実は主人公と救世主になるエンドです!」  海斗は目を丸くした。    悪役令息だと思っていたら、救世主。  なんだか、とても気持ちがいいくらい納得できる。 「良いですね」  思わず頷いていた。その反応にスタッフはほっとしたように笑顔になる。 「それじゃあ、その方向でいきましょう。他の攻略対象たちももういじる必要ありませんかね?」 「うーん。……あ」  海斗は少し考え込んで、ふと思い出した。 「あの、この王道キャラなんですけど……」  資料をめくって、該当ページを見せる。 「……ちょっとこの人は、あの子との絡みが魅力というか……それ以外であんまり想像つかないというか……。なので、ちょっと設定を考え直させてくれませんか」 「うーん。あ、ならこのサメの子とライバル設定は?」 「……それはちょっと違うような」 「……はあ」  いかにも、「めんどうくさいな、この人」と思っていそうなスタッフ。  しかし、これだけは譲れない。  というか、想像がまるでできない。 「シャチの人は、サメの子にしか興味ないし……。うーん」    シャチの人が、主人公――アクアと恋……?  (絶対ない)  海斗は苦笑した。    ◆    数ヶ月後。  山田優太は、姉から一本のゲームソフトを手渡された。 「……何これ」 「BLゲー。神ゲーだから、やって」 「え? やだよ。俺BL興味ないし」  パッケージもろくに見ないままふいと顔を逸らし、スマホで見ていた動画に目を戻す。  そこにはシャチが体当たりしてマンボウを戯れで爆発させる映像があった。  (はあ……理不尽なくらい強いのに可愛いとか最高) 「優太。断るのはまだ早いわ」 「いやだから……」 「海洋生物がモチーフよ」 「やる」  優太はパッケージを受け取った。  そこには、確かに青系統の色みで統一された世界観が広がっている。  攻略対象は――。  (シロナガスクジラ、イルカ、ラッコ、他にもいろいろいる……けど)  一番欲しい海洋生物がいない。 「いやいやまさか。王道でしょ。いないなんてことないでしょ。サメがいるんだもん」  ゲームを起動する。  ゲーム画面にタイトルロゴが大きく映し出される。  『蒼海のロイヤルガーデン』。  そして、ゲームを一通りプレイした優太は叫んだ。 「シャチいないじゃん!!!」  咽び泣く優太の前で、真エンドを迎えた悪役令息のレンが笑っていた。  ◆ 「――アクア?」  はっと目を覚ました。  ふと気がつくと、目の前には赤い目。そして、頬にある大きな傷。 「もう授業終わったぞ?」  そう言う口からは白いギザ歯が見える。  アクアはぼんやりと辺りを見回した。 「お前が居眠りなんて珍しいな」  そう言うレンに、ぱちぱちと瞬きをする。 「僕……寝てた?」 「おう」  今まで授業中に寝てたことなどないのに。  アクアはごしごしと目を擦る。 「なんか夢でも見てたんか?」 「あ、ああ……」  確かに、自分は夢を見ていた気がする。  どんな夢だったか――。 「レン」  その時。  教室のドアに誰かが立っていた。 「お、オルキウス様だ……!」 「王子スマイル……!」  とたんに教室中がざわめく。  爽やかに笑いながらアクアたちに歩いてくるこの男は、実は全然爽やかでないことをアクアはひそかに知っている。 「楽しそうだね」  そう言って笑うオルキウスは、その金の瞳の奥でアクアを鋭く見据える。  (相変わらず僕に対しての視線が怖い)  アクアは笑い返しながら、内心ひやりとする。 「オル!」  レンはぱっと目を輝かせた。嬉しそうにオルキウスに近寄る。  その瞬間、オルキウスの目の奥にあった剣呑な光が消えて、ふっと和らぐ。    この二人が学園内で堂々と一緒にいるようになったのは、いつからだったか。  気がつけば、二人が並んで歩く姿はすっかり学園の日常になっていた。  卒業を間近に控えた今では、世界を救った伝説の二人として、知らない者の方が少ない。 「今日は海底公園、行くんだよね?」  オルキウスがにこにこと笑顔でレンの手を取る。二人の手に揃いの指輪が光った。  レンはわずかに頬を赤らめながら頷いた。 「おう!」 「じゃあ行こうか」 「おう。アクア、またな!」  レンはオルキウスに手を引かれながら、アクアを振り返る。  手を振りながら、アクアはふと思った。  (やっぱり、この二人はこうでなくちゃ)  嬉しそうに二人で並んで歩いていく姿を見て、アクアは眩しく目を細めた。  ◆ 「相変わらずきれーだなあ」    レンの阿呆みたいなつぶやきが、海底に敷いたカラフルなレジャーシートにぽつりと落ちた。   「そうだな」    そう言うオルキウスは、大きな体をなんとかレジャーシートに納めて座っている。そうだな、と言うものの、その声はさほど感動している様子はない。    この深海公園は、すっかり二人にとって定番の場所になっている。  レンはオルキウスと静かに絶景を眺めながら、ぼんやりと思った。  (ここも……そういやゲームには出てこなかったな)  『蒼ロイ』とは、もうすっかり筋書きが違っている。原作とは程遠く、やはりこれはゲームの世界ではないのだと改めて実感した。  レンは隣に座るオルキウスをちらりと見た。  黒と白の髪。金の目。男らしく整った顔立ち。  きゅん、と胸を疼かせて、目を伏せる。  ぐっと拳を握って、レンは一呼吸ついた後に口を開いた。 「あ、あのさ……オル。へ、変なこと言って良いか?」 「いつも変なこと言ってるだろう」 「ああ。確かに……じゃなくて! なんだよ! ちげえよ!」 「なんだ?」  笑いながらレンを見る顔に、きゅっと唇を噛む。  そろりと視線を迷わせて、それから金の瞳を見つめた。 「俺さ……もう一つの人生の記憶があるって言ったら、どう思う?」 「信じる」  その言葉に、レンは目を見開いた。 「え? し、信じるのか?」  (てか早! 即答かよ)  自分の方が信じられない気持ちになりながらオルキウスを見つめていると、ふっと目を細められた。 「俺は嘘をついたらわかると言っただろう」 「あ……確かに」  レンは頷いて、それから気が抜けて笑った。 「オルには、なんでもお見通しだもんな」  そう言って、レンはぽつぽつと静かに山田優太のことを語り始めた。  オルキウスはさして驚く様子もなく、時折相槌を打ちながら静かに聴いている。  シャチが好きなんだ、という箇所にだけうっすらと微笑む。 「それで……トラックにはねられて、死んだ。で……その記憶を思い出したのが、十八の誕生日」 「……そうだったのか」  オルキウスはそこで目を伏せた。 「死んだ記憶があるというのは……辛いものじゃないのか」 「うん? いや……。一瞬だったし、そんなに覚えてねえよ。……ただ、父さんと母さん、姉ちゃんには、悪いことしたな」  ふと、前世の家族のことを思い出してうつむく。  とんだ親不孝をしてしまった。  少しばかり感傷に浸っていると、オルキウスにそっと背中を撫でられる。  レンは薄く笑った。オルキウスのこういうところが、本当に好きだ。 「ありがとうって言いたいけど……。生きてないと……そもそも、伝えるとかそういうのも、できないもんな」  そう言って初めて、ふとジョウや兄たちのことを思い出す。  自分はきちんと言葉にして彼らに向き合ったことがあっただろうか。  レンはふとそんなことを思った。 「そうだな」  オルキウスが頷く。  レンはオルキウスをじっと見つめた。 「オル」 「ん?」 「好きだ」  金の瞳が見開かれた。 「……急だな」 「伝えておこうと思って」  すると、オルキウスの顔が近づいてきて、そっと唇を重ねられる。 「……レン。好きだ」  囁かれた言葉に、レンは笑った。  二人でしばらく口付けを交わした。  きらきらと光る珊瑚礁や小魚たちの群れ。世界で一番美しい場所で、世界で一番愛しい人とキスをしている。  やがて唇をどちらからともなく離す。  オルキウスがふと思いついたように言った。 「レン。……うち、来るか?」 「へ?」  うち。  オルキウスの、うち。 「それって……ご、ご挨拶ってやつ?」 「……まあ、そうなるな」 「え……えええ!?」   その瞬間、真っ赤に顔を染めたレンの悲鳴が深海公園に響いた。 end

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