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第46話 シャチの恋 終
それからオルキウスは、元老院の動向を探った。
誰がレンの処刑を推し進めようとしているのか。誰が処刑派で、誰が擁護派なのか。
改めて勢力を洗い直し、それぞれ順に接触を図る。
そうしていると、必然的に学園を抜けることが増える。
つまり、レンと会う頻度が減ってしまう。
「オル!」
ただその分、たまに学園でレンと顔を合わせると、レンはことさら嬉しそうに笑った。
オルキウスに会えなくなって寂しがっているようだった。
王宮でアルシオンに会うと、「あいつ、毎日お前のことを聞いてくるぞ」と苦々しそうに告げられた。
しょんぼりとしている姿を思い出して、寂しい思いをさせて悪いと思うのと同時に、それだけ自分を気にかけているのかと嬉しくなった。
自分も、レンに会えないと寂しい。
だからこそ、レンを守りたい。
そのために必要なことは、全てやるつもりだった。
――それから間もなく。
海底神殿の調査が決まった。
はじめはノワールヴル家だけの調査の予定だったが、勅命により、レンとアクアも同行することになった。王海の牙たちは同行しない。
海底神殿には重要な情報が眠っている可能性が高く、外部には極力知られたくない。そう元老院が判断したため、向かうのは必要最低限の人員だけとなった。
海底神殿には古代種の覚醒に関わる何かが眠るとされていた。
元老院の狙いはアクアの覚醒。しかし、オルキウスにはもう一つの命令が下っていた。
オルキウスは懐に忍ばせているものをそっと取り出す。
そこには黒鉄色に鈍く光る手錠があった。ノワールヴル家の紋章が刻まれている。
拘束した者の魔力を吸収し、無力化してしまうアイテム。
もしレンが古代種で覚醒しそうになってしまったら、オルキウスがレンをこの手錠で拘束して力を奪う。
そう命じられている。
けれども、使うつもりは毛頭なかった。
都合よくレンを駒として使う元老院に、腹が立った。
そして――その考え方は、以前までの自分と同じだとふと気がついて、なんともいえない気持ちになった。
神殿に足を踏み入れた時、レンが自分たちには聞こえない声を聞いた。
(やはりか……)
アクアだけでなく、レンも聞こえるはずのない声を聞いた。
その瞬間、オルキウスは確信した。
元老院はもうレンを放ってはおかないだろう。
――その後、女神像が海底神殿の地下広間に出現した。
レンは女神像を見ても驚かなかった。
オルキウスは女神像を見ているレンをじっと見つめる。
以前からそうだった。レンは時折、〝こうなることを知っている〟かのような反応を見せる。
その理由は、今も分からない。
アクアが女神像に近づいても、特に何かが起こったわけではない。
絆を携えてまた来い。そう言う女神像にレンはわずかに落胆したようにため息を吐き、天井を見上げた。
そこで、初めて驚いたように目を見開いた。
「な、なんか天井に描かれてんぞ!」
そう言って見てみれば、そこには巨大な天井画があった。
人魚と、おそらくリヴァイアサンが描かれている。そして、リヴァイアサンの背後には巨大なサメがいた。
――始祖種のサメだろう。
「これは……!」
私兵たちの間に動揺が走る。
私兵たちは、ぽかんと天井画を見つめるレンと天井画を見比べ、恐ろしいものを見るような目をしていた。
嫌な予感がした。
数日後。
オルキウスの予感は当たり、天井画の内容が学園中へ広まってレンの悪評と結びつけられているとの報告が入った。
ノワールヴル家の者は任務について知り得た情報は口外しない。そうなれば、噂の出どころはおのずと絞られる。
オルキウスは静かな怒りを湛 えながら、臨時で開かれた海洋評議会に足を運んだ。
巨大な円卓には、ユートランティア王国の国王、宰相、元老院の議員たち、各国の代表者、そしてノワールヴル家当主代理であるイヴァが着席している。
普段なら雑談の一つでも交わされる場だ。
しかし、この日は違った。
「……では、始めよう」
国王の一言で場が静まり返る。
円卓中央に海底神殿で記録された魔法映像が映し出された。
女神像と、巨大な天井画。リヴァイアサンの背後に描かれた巨大な鮫が映る。
重苦しい沈黙のあと、一人の元老院議員が口を開いた。
「……始祖種ですな」
「古文書の記述と一致しております」
別の議員が低く続ける。
「レン・ホワイトファングは女神の声を聞いています。そして、その特徴は天井画に描かれた始祖種とも符合します」
徐々にその場にはさざなみのように声が広がっていく。
「危険だ」
「放置する理由がない」
「今ならまだ間に合いますぞ」
処刑派の声が次々と上がる。
オルキウスは黙って聞いていた。
「……ですが」
その時、宰相が静かに口を開いた。
「彼は新ダンジョン攻略で、多大なる功績を残し、部隊をほとんど無傷で帰還させました」
すると、国王も深く頷く。
「そうだ。レン・ホワイトファングは我が国の最高戦力でもある。現時点で国家へ反旗を翻した事実はない」
「だからこそ危険なのです」
処刑派の元老院議員が机を叩いた。
「力ある者は、牙を剥いてからでは遅い」
「神託の『破壊』ですぞ」
「アクア・マリステラは覚醒しなかった。ならば、レン・ホワイトファングが覚醒するのではないか?」
「第二のリヴァイアサンになればどうするおつもりで? 手綱をつけられない猛獣は殺すべきでしょう」
円卓の空気が張り詰める。
国王は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……ノワールヴルはどう見る」
その問いに、イヴァは肩を竦めた。
「調査責任者は息子ですので」
途端に全員の視線がオルキウスへ集まる。
オルキウスは静かに立ち上がった。
「レン・ホワイトファングは、現時点で国家へ敵意を抱いていません」
「……保証できるのか」
「できます」
オルキウスは即答した。そして、そっと金の目で処刑派の議員たちを見回す。
「この金眼が何を意味するかは、皆様もご存知のはずです。……少なくとも現時点で、彼に王国への敵意や謀反の意思はありません。確かに、以前は手がつけられず、毎日問題を起こすような問題児でした。しかし……」
オルキウスはそこで一度言葉を区切って目を閉じた。
レンのまっすぐな赤い目を思い出す。
生徒会でみんなの輪に入りながら、不器用にも懸命に取り組む姿。
ダンジョンでみんなを守ろうとする大きな背中。
オルキウスは目を開く。そして、はっきりと告げた。
「彼は変わりました。仲間を思いやり、誇り高いその精神は、必ず王国の剣となるでしょう」
すると、再び円卓には沈黙が降りた。
しばらくして、ぽつりと議員がつぶやく。
「……しかし、破壊の子だぞ」
「今は謀反の気配がなくとも、今後気が変わらないとは言えまい」
オルキウスは老人たちを真っ直ぐ見据えた。
「では、私が彼を管理いたしましょう」
場が静まり返った。イヴァが隣でわずかに目を見開く。
「……どういうことだ」
議員が息を飲む。
オルキウスははっきりと言い切った。
「レン・ホワイトファングは――生涯、責任を持って私が監督します」
誰も口を開けない。オルキウスは続けた。
「彼が王国へ牙を向けたなら……その時はこの私が止めます」
その言葉に、円卓がにわかにざわめいた。
「抑え込めるのか?」
「特記戦力だぞ」
オルキウスは右手に魔力を集中させた。揺らめく影をまとわせながら、懐から魔力拘束具の手錠を取り出す。
「私の闇魔法と封印具で拘束します」
オルキウスの金の瞳が鋭く光る。
元老院たちのざわめきが鎮まった。
「……そなたの闇魔法なら、拘束は可能か」
「だが、責任はどうする」
「すべて私が負います」
間髪入れずに言うと、誰かが息を呑む。
「……ほう」
国王がおもしろそうに目をすがめた。
「それは次期当主としてか?」
国王の言葉に、オルキウスはイヴァをちらりと見る。イヴァは肩をすくめる。
オルキウスは頷いた。
「……ノワールヴル家の名において」
沈黙が降りる。
やがて、イヴァがくすりと笑った。
「ここまで言っています」
穏やかな笑みのまま続ける。
「それでも信用できませんか?」
元老院は押し黙った。
ノワールヴル家が責任を負う。
それは王国にとって軽い言葉ではない。ノワールヴル家は裏で王国を支え、暗部を担っている。ノワールヴル家がいなければ、各国との繋がりも、国家間の力関係も大きく変わる。
それは国王を含め、この場にいる全員が承知していた。
各国の代表者たちがユートランティア国王をじっと見つめ、出方を伺う。
国王はしばらく黙った後、静かに円卓を見渡した。
「……異論は」
誰も答えなかった。
オルキウスは口角を上げて、処刑派の議員たちを見つめた。
「では、そういうことで。以後、私の許可なく〝小細工〟はおやめください。もう必要ございませんので」
ぎろりと金の瞳を向けられた議員たちは息を飲んで黙り込んだ。
国王はゆっくりとうなずく。
「では、レン・ホワイトファングは引き続きノワールヴル家の監督下に置く」
こうして、議事は幕を閉じた。
評議会を出ると、潮風が頬を撫でた。
「珍しいね」
隣を歩くイヴァが笑う。
「そこまで肩入れするなんて」
「……利用価値がありますから」
「そう」
イヴァはそれ以上何も言わなかった。
その笑みだけで、すべて見透かされていることが分かった。
「……変なところで似るなあ」
「え?」
「お疲れ様でした。イヴァ様、若様」
ぼそりとイヴァが何かつぶやいたような気がしたが、ちょうど車の前に控えていた運転手の言葉にかき消されてうまく聞こえなかった。
運転手がドアを開け、イヴァが乗り込む。続けて乗り込み、オルキウスはふう、と一息ついた。
――もしもの時は、レンを拘束する。
議会の場ではああ言ったが、そうする気はさらさらない。
レンを陥れようとした元老院たちには吐き気がするし、別にこの国に特別な思い入れがあるわけでもない。
もしレンに何かがあった時は、二人で逃亡してしまえば良い。どのみち王国が壊滅するとなればノワールヴル家はユートランティアから速やかに撤退する予定だ。各国にいくつも拠点はある。
それで、二人で慎ましく暮らしたい。
オルキウスは目を閉じて、レンとの暮らしを想像した。
「お前はレンをつがいにしたいのかい」
不意に、イヴァが窓の方を眺めながら口を開いた。ブラインドが降りていない窓からは内海がきらきらと輝いて見える。
オルキウスは黙った。
「はは。沈黙は肯定と同義だよ」
「……母上」
「好きにしたら良いんじゃない?」
その言葉に、オルキウスは眉を顰めた。イヴァは鼻歌を歌っている。
「今度うちに連れておいでよ」
「……まあ、そのうちに」
イヴァが何を考えているのか全くわからない。血統主義のこの男が、なぜレンとの仲に好意的なのか。
しかし、今は考えても詮無いことだ。どうせイヴァは理由を訊いても答える気はないだろう。
(うちに、か……)
オルキウスは顔を赤くしてパニックになるサメ獣人の顔を思い浮かべて、ふっと笑みを浮かべた。
――もうすぐ。
もうすぐで、レンをくだらない政治のしがらみから解放してやれる。
ちらりと窓を見ると、そこにはきらきらと陽の光を受けて輝く海がある。
もうすぐ、リヴァイアサンが本格始動するだろう。
来たる災厄が何をもたらそうと、レンを手放すつもりはなかった。
オルキウスは革張りの座席に深く腰掛け、レンとの次のピクニックに思いを馳せながら、そっと金の瞳を閉じた。
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