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ep.01 入学式の、美少年

 県立楠原高校は、町を横断する一級河川沿いにある。  校舎の裏手、駅と逆側へ川を遡ると周辺には畑や水田が広がり、風向きによっては土の匂いが教室まで届く。  周りは戸建ての並ぶ、開拓五十年ほどの新興住宅地で、高校もその頃に創立された。進学実績は県内で中の上あたり、部活はどれもそこそこで、制服は一昨年に新調されたばかりのブレザーだ。近隣の中学から、無理のない距離を選んだ生徒たちが集まってくる。  四月――入学式の体育館は、朝から扉が全部開け放たれていた。  新入生の一人、牧野春希(まきの・はるき)は後方の列に座っている。  中学生から身長が伸び始め、現在は百七十五センチ。  スタイリングやカラーとは無縁の、伸ばしっぱなしの黒髪、眉にかかる前髪。  中肉で、黒縁の伊達眼鏡とその奥でいつも眠そうな瞳が、地味さに拍車をかけている。  平均より少し高めの身長ではあるものの、スタイルの良さで目立つほどでもなく、朴念仁(ぼくねんじん)な印象を与える材料に過ぎなかった。  要するに、目立つところが何ひとつない男子高校生なのだ。 「――すごい可愛い男子がいる」  斜め前方、女子生徒たちの列が、静かにざわめいた。 「え、どこ」 「透明感えぐいの」  誰かが指さすと、周辺の首も連鎖して同じ方向を向く。 「誰?」 「どいつ?」  そのうち男子までが噂話に混ざり始めた。 「……?」  波に流されるように、春希も同じ方向へ目をやった。  三列ほど前、通路の側に細身の体がある。  容姿ははっきりと見えないが、小顔で、顎と首から肩周りにかけてのラインが華奢、背中も真っ直ぐ。骨格が綺麗であることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。  春希が座る角度から見える頬は、中華まんのように丸くて白い。  ついでに髪質も柔らかそうだ。  式辞が始まっても、新入生たちの視線は、謎の美少年(推定)を中心に、落ち着かなかった。 (入学式の時点で、一軍入り確定ってわけか)  観察を諦めて、春希は前を向いた。  式次第の終盤になると、在校生による部活動紹介に入る。 「部活、どうすんの? 背ぇ高いし、運動部?」 「え」  偶然、右隣に座った男子生徒が春希に声をかけてきた。  知らないやつだ。  人懐っこい目で、春希の眼鏡の中を覗き込んでくる。 「え、と。水泳部、かな」 「へ〜! 長いの?」 「小学生の時に始めたスイミングスクールから、なんとなく」 「お、すげーじゃん。オレは中学んときはサッカーやってたんだけど、高校はバスケにしよっかなー」  すると、さらに右隣から「俺もバスケ」と声がかかる。  それきりバスケ部志望の二人で話が盛り上がり、以降、春希と言葉を交わすことはなかった。 *  式が終わり、担任の後について体育館を出る。  渡り廊下を抜けて、三階にある一年生の教室に向かうべく、階段へ差し掛かった。  列の前方に、例の男子がいた。  背は春希より少し低い。  それなのに、後ろから見て腰の位置が高く、膝から下が長い。  全体に細く、頭と顔が小ぶりな分、頭身の多さも一目瞭然だった。  前を歩く女子たちが、二歩に一度、後ろを気にしていた。  背の高い男子たちやギャルっぽい雰囲気の女子生徒たちなどの、いわゆる「一軍」候補のような面々が次々と集まってきて、美少年(たぶん)を中心に、人の輪が大きくなっていく。  教室に着く前から着々と、ヒエラルキーによるグループが形成されつつあった。  教室につくと、最初のホームルームだ。  担任教師の自己紹介から、生徒一人ずつの自己紹介。  この一本勝負で、高校三年間の立ち位置が決まるといっても過言ではない。  トップバッターの宿命を背負った相沢君が、出身中学、趣味、入る予定の部活動を言って、それが二人目以降のテンプレートになる。  テンプレートを外してスベるお調子者と、ウケて人気者枠確定の子、容姿の良さで一軍確定の子と、一人ずつラベルが貼られていく。  そして、発言する前から注目されている子もいる。  例の、美少年君(ほぼ確)だ。 「次は――遠野君」 「は、はい……」  担任の呼びかけで、細い体が立ち上がる。 「顔がみんなに見えるように、ちょっとだけ斜めを向いてくれるかな」  言われるがまま、「遠野君」は春希の席側へ体を傾けた。  ざわり、と教室がざわめいて、すぐ静かになる。 (一軍を超越したやつがいた)  遠野が立ち上がっただけで空気が変わったのを、春希は感じた。  手足が長く、もやしのように細い体に、白く小さな顔が乗っている。  (こぼ)れそうな黒目の目尻がわずかに切れ上がって、瞳の色は光を通すと薄い。目の下から口元までは頬の丸みが残っていて幼く、不満顔の赤ちゃんのような唇には、色つきリップクリームのような血色が乗っている。  野生の山猫のような冷たさと、赤ん坊のような甘さが同じ顔の上で釣り合わずにいて、量産型のAIのような美形とも違う独特の雰囲気を持っていた。 「遠野(とおの)……(ゆき)、です」  細い体そのままの、か細い声だった。  少し厚みのある下ろした前髪に見え隠れする、黒目がちの瞳が落ち着きなく左右に揺れる。 「趣味、は特に……。帰宅部志望、です……」  何の面白みもない自己紹介にもかかわらず、小さな笑いが起きた。  一軍たちが率先して笑って、「俺もー、一緒に帰ろうぜっ」と合いの手を入れて、「悪い遊び教えんなよー」とまた別方向からツッコミが入って、笑いが起きる。 「……」  勝手に盛り上がる教室の真ん中で、「遠野君」は細い肩をびくつかせて苦笑いし、恐る恐る着席した。 (思ったより、隠キャだった)  春希が遠野君に抱いた印象は、それだった。  何なら自分と同じ匂いを感じる。  制服の着方に遊びがなく、スタイリングやお洒落にも手を染めていない中学男子のような野暮ったさが残っている。  それでも――遠野雪は、人の目を惹きつけた。 *  初めてのホームルームが終わると、初日は解散となる。  担任の数学教師が教室から出ていった途端、 「はーい、ちょっとみんな残ってー!」  と、女子生徒の明るい声が響いた。 「クラスのメッセージグループ作ったから、みんな入ってねー!」  スマホを片手に立ち上がった女子生徒が、教室前方へ移動する。  自分のスマホにQRコードを表示させて、クラスメイトたちの席を巡回し、順番に読み取らせていく。 「あー、遠野君、ちょっと待って!」  席を離れようとしていた遠野を、別の女子が呼び止めた。  薄茶の巻き髪が、ぴょこんと弾む。 「遠野君もグループ入ってよ〜」  QRコードを差し出されて、遠野は目を伏せる。 「あ……ごめん、僕、持ってなくて……」 「スマホ、無いの?」  まさかの回答だったようで、女子生徒は固まる。 「そういうこともあるよな!」  背の高い男子が、間に入るように明るい声を出した。 「私も高校に受かってからだったから、親が厳しいと、よくあるかも」  別の女子からもフォローが入る。 「おけおけ! スマホ持つようになったら、よかったら入ってね〜」  画面を掲げ直して、女子は次の席へ回っていった。 「ってことは、遠野君、SNSとかやってないよね」  また別の女子が、遠野に近づく。  入れ替わり立ち替わり、誰かしらに声を掛けられる。 「うん……やってない……」  もったいなーい、と遠野の周囲で声が揃った。 「遠野くんならフォロワー増えそうじゃん。上級生にけっこう凄い人たちがいるみたいだけど、負けないって!」 「加工いらないよね」  ここぞとばかりに女子たちは遠野を包囲して、帰ろうとする退路を塞ぐ。  集まっているのは主に一軍候補生たちで、そうでないおとなしめの生徒たちは、島の外で様子をうかがっている。  春希も当然、外側の傍観者(ぼうかんしゃ)だ。  付き合いで入るグループのQRコードが回ってくるまで、ただ待っているだけ。 (一軍は一軍で、大変そうだな)  春希の目には、人に囲まれて居心地が悪そうな青白い横顔しか見えない。  同情の後に、胸の奥で小さな苛立ちが(くすぶ)った。 「ねね、遠野君、写真一緒にとっていい?」  問いかけながらすでに、キャラクターをぶら下げたスマホが遠野の眼前に掲げられた。 「え……あの、僕……」  困惑する声は、重なるシャッター音に潰されていく。  私もオレも、と一軍たちが次々と集まり、QRコードを配っていた女子もそこに加わっていた。肩を組まれ、強引に真ん中へ配置されて、遠野は明らかにオロオロと視線を揺らしている。 「ごめん」  気がついたら、春希は声が出ていた。  思いがけない位置から上がった声に、クラス中の目が振り向いた。  自己紹介後の拍手もまばらだった、誰の印象にも残っていなかったであろう「メガネくん」が、スマホを持った手を頭上に掲げているのだ。 「ちょっと、親と待ち合わせしてて。行かなきゃいけないから、先にQRコードもらってもいい?」  鞄を背負い上げながら、春希はスマホを手にQRコード配布係の女子へ歩み寄った。  春希を皮切りに、外側で待っているしかできなかった他の生徒たちも「ごめん、おれも」「私も」と続く。 「あー、了解! ごめんごめん〜!」  QRコード配布係の女子が離れたことで、写真撮影の列が崩れた。  春希がQRコードを読み取っている間に、背を低くして逃げるように教室を出ていく遠野の後ろ姿が見えた。

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