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第1話
オフショルダーから見える肩を震わせて、両手で顔を覆い、テーブルを挟んで真向いに座っている女性が泣いている。
ふくよかな胸の上には細い鎖骨が浮いていて、そこに栗毛色の髪の毛がかかっている。
最近、こういう身なりをした女性が増えたな。もう七月だからか。今年も暑いのかな。
花岡亮は、そんなことをぼんやり考えて、話しを切り出す。
さっきと同じ冷静な声で。
「正直に話して欲しいと言ったので……」
「わかってます、わかってるけど……」
亮の言葉を遮るように、さっきまで泣いていた女性は、顔を上げて睨みつけてきた。
困ったな。
こういうことには慣れている亮だが、今日は、泣いている女性の周りに四人の女性が居て、全員が亮を睨んでいた。
髪の毛の長さや色が違うくらいで、流行っている洋服に、流行っている化粧の仕方、皆同じように見える。
みんな、二十歳くらいだろうか。若くて美人なんだけど、睨むその目も全員二重で同じアイライン。
テレビに出ているアイドルの顔が同じように見えると言っていたマスターに「うそー信じられない」と言っていた自分がまさに、今その状況下におかれている。
泣いていた女性以外の女が言う。
「ほんとに当たってるんですか? その占い……まさこと彼はすごく仲がいいのに……わ、別れるなんて……」
最後の言葉は歯切れ悪く、その「まさこ」に気を使うように訴えてくる。
別の女も「そうよ。信じられないわ」と言い、他の三人も相槌をうっている。
みんな、同じような顔で、同じように亮に苦言を呈してくる。
女の友情というのは、恐ろしいものだな。
敵には、全員で襲いかかってくる。容赦がない。
「まさこさんと彼氏の生年月日、血液型で出た相性です。あと、あなたの手相にも出ています……今は良くても、別れると出ています。あなたには、もっと素敵な人が現れます」
と、後半は適当に言う。そうでも言わないと、この客は納得がいかないだろう。
後半の適当な言葉に「もっといい人が……それはいつ頃ですか? もう出会ってるとか?」と前のめりで聞いてくる。
「それは、今の彼氏と別れてからですね」
と彼女の目をじっと見て答えた。
亮の真剣な表情に、顔を赤らめて、「わかりました」と小さくつぶやき、ありがとうございました。と飲み物メニューを見て、追加の注文をした。
亮は、色気のある男だ。切れ長の目は冷たい印象をもたれるが、笑うと糸目になる愛嬌が、老若男女、虜にしてしまう。
ムーンリバーというバーで、雇われ店長をしている亮は、バーテンダーをしながら占いをしている。
さっきまでのやりとりは、占いが当たると評判の店にきた女性たちとその占いをしている亮のやり取りの一部である。
主に、生年月日で基本的な運命をみて、手相で現在と未来を予測する。
しかし、亮には、なんとなく見える、感じるという第六感みたいなものがある。
いつの間にか身に付いたもので、自分でもなんでなのかよくわからない。
しかし、それが当たると評判をよんで、店はバーなのだが、占い目当てでやってくる客は多い。
さっきまで泣いていたまさこは、付き合っている彼氏と結婚できるかということを聞いてきた。
長い付き合いで、そろそろと思っているが、相手がその気になっていないようだと不安になってきたのだ。
生年月日の相性は良くなかった。でも、一番の問題はそこじゃない。
生年月日の相性が悪くても親友であったり、恋人だったり、結婚したりしている人たちは沢山いる。親と子で、その相性がすこぶる悪い場合もある。それでもその関係が終わるということはめったにない。
手相は、現在の考えや行動が現れる。未来を予測することもできる。
相手への不信感や、他の人が気になるとか、他に夢がある。とか……。
それらをふまえて、亮の第六感は、まさこと彼氏が別れると判断した。
未来が見えるわけではない。なんとなく脳に「ふたりは別れる」という言葉が出てくるだけだ。
理由は、わからない。
「結婚したとしても、別れると思います」
と答えて、まさこを泣かせ、女性陣から睨まれるはめになった。
ムーンリバーは、そんなに大きい店ではない。カウンター席とテーブル席があり、占いはテーブル席でやることが多い。占いだけの客はお断り。なにか一品オーダーしてくださいというお願いをしている。
「まさこには、もっといい人が見つかるわよ。あんなのとさっさと別れちゃいなさいよ」
女友達に励まされて、笑顔を見せるまさこ。
追加ドリンクのモスコミュールを持っていくと、女集団が、次は私と目で訴えてくる。
恋愛や仕事、お金の相談を受けて、その集団の占いは終わった。
占いで見て欲しいという人のほとんどが、既に自分の中で答えをもっている。
それでも不安になったり、背中を押してもらうために、当たると言われるものの真意を確かめにくるのだろう。
亮は、カウンター席に座っている男女のカップルに声をかけた。
彼らは常連で、占い目当てにきている客ではない。
「ひさしぶりじゃないですか? 仕事忙しいですか?」
「ああ、実は体調崩していて、しばらく酒は控えてたんだよ」
彼氏が小さくため息をつく。その様子を見ながら彼女が言う。
「花岡さんのおかげでしょ。早めに受診してよかったじゃない」
一ヶ月前に来た時、彼氏の体調不良で倒れる姿が浮かんで、それを告げたのだ。
どんな病なのかは分からなかったけど、病院へ行ったほうがいいと話した。
彼氏は、半信半疑だった。当然だ。そんな曖昧なものを信じろというほうがおかしい。
亮からの助言後、少し体調の悪い時が続いたが、寝ていれば治ると病院へは行かなかった。
しかし、本格的に体調が悪くなり、亮の言っていたことを思い出して病院を受診した。
血糖値が高い。糖尿病になる恐れがあると告げられ、しばらく食事制限やアルコール摂取を控えていたらしい。
この二人は、グルメでもあり、アルコールも沢山飲む。
「贅沢してきたからかなー。ツケが回ったのかね」
笑いながら言う彼氏は、占いのような不確かなものは好きじゃないようだ。
よく、統計学だろう。と話してくる。
ま、その通りだし、それでいいと思う。
むしろ、占いにはまってしまう人の方が怖かったりする。
時々、いるのだ、そういう客が……。
当たってなかったと文句を言われたこともある。だからなんだ。
そんな、毎日の運勢を知りたければ、朝の情報番組を見ろって。
俺だって、それを見て、洋服の色を決めたりしてるわ。
とにかく、俺は勘が特別するどいから、ここでバーテンダー兼占い屋として働いている。
亮が、ムーンリバーで働くことになったのは、この店のマスターの病気に気付いたことがきっかけだった。
八年前、俺は大学生の時に客としてこのバーに通っていた。
アパートから近くて、少し良い酒を飲みたいなという時に、たまに訪れいていた。
バーは、アットホームな雰囲気もあるけれど、客同士のほどよい距離感は心地よかった。
ある時、マスターの小田桐とその妻、梓と常連客が健康診断の話しをしていた。
「大事よね、健康診断。でも、マスターは、検診とかやりたがらないのよ。五十過ぎてるしさ、大腸も、胃も全部診てもらうほうがいいじゃない……」
そう梓が話している相手は、小田桐と同じくらいのまだまだ働き盛りの年齢の常連だ。
「梓ちゃんの言う通りだわマスター、ちゃんと受けたほうがいいぞ。俺だって再検査って言われてよ。腸にポリープがあるっていうからさ。ドキドキしたぜ」
常連は、声に出して笑いながら、ウイスキーロックを呷る。
「そういう話しを聞くのが怖いんだよ……逝くときはあっさり逝きたいもんだぜ。で? その再検査したのかい?」
小田桐は、常連のチェイサーを継ぎ足しながら、続きを促す。
「おお、ちゃんと受けたわ。うちは娘が看護師だから、うるさいしな。ま、何も問題なかった。でも、誰か背中押してくれる人がいないと躊躇っちゃうよな。俺は嫁の言う事はきかないけど、娘の言う事はきくよ……これ、旨いな」
と、お通しのポテトサラダをもぐもぐ食べる。
その姿を見て、「娘か……」とマスターが小さく呟いた。
小田桐夫婦には子供がいない。
自由気ままに生きているし、あっさり店じまいでもしちゃおうかなと冗談めいて話しているが、店に来る客との交流が好きで、また若い客が娘や息子のようにも思えて中々店じまいできないとも言っている。
亮にとっても、小田桐夫婦は、親のような温かさを感じていた。
常連が、帰っていった後、思い切って話してみた。
「マスター、今度の健康診断、ちゃんと受けたほうがいい。もし再検査になっても大丈夫だから……そ、その……早い方がいい、です」
亮がこのバーに通い始めて、まだ一年と経っていない。
急に、そんなことを話すこの若者を、呆気にとられたような顔で見つめる小田桐夫婦。
ただ、訝しげな様子はなく、ただただ驚いているようだった。
「花岡くん、だっけ……なんで、そう思うの?」
純粋な興味を携えた目で問われる。
「あ、いや、えっと……」
かなり怪しい発言だったはずなのに、小田桐夫婦は、真剣にこちらの回答を待っている。
二人の真剣な目に、覚悟を決めることにした。
幸い、他に客はいない。
「変なこと言ってすみません。俺……見えるというか、感じるんです。その……第六感みたいなやつ。マスターは、胃が悪いかもしれない」
なんの病気だとかは、わからないんです、ごめんなさい。そう謝りながら言うと、小田桐は、俺の手を握ってありがとうと頭を下げてくれた。
言いづらいことだったかもしれないのに、話してくれて嬉しい。と、目尻の皺が深くなるくらい微笑みをくれた。
亮の言う通り、マスターは胃にポリープがあり、それを切除して大事には至らなかった。
その後、小田桐が退院し、アルバイトをしないかと進められ、大学に通いながらムーンリバーでアルバイトをしていた。
仕事が楽しくなっていて、バーテンダーになるための技能的なことを学んだ。
自分の子供のように可愛がってくれる小田桐夫婦からいずれバーを継いで欲しいと言われ、卒業後、就職はムーンリバーにして、二十五歳でバーを譲りうけた。
その頃には、占い目当ての客も増えていたし、一時はメディアから取材依頼がくることもあったが、それは断った。店も小さく、アットホームな雰囲気を好む常連客もいたからだ。
それに、小田桐夫婦の為にも、変な露出はしたくなかった。
――自分の親が困ったように、彼らを困らせたくなかったからだ。
小田桐夫婦は、六十歳を迎えて、亮に店を任せ、時々旅へ出掛けている。
店をやっていると行きたくても中々行けなかったからと言って、秘境温泉とか地方の祭りとか、沢山出掛けて、土産話しを持ってきてくれる。
「亮も、恋人と行けばいいさ。いいぞ、楽しいぞ。店は休んでもいいんだからな」
そんなことを言ってくれるのは、ありがたいが、一緒に行く恋人なんていない。
今年三十歳を迎える、現在恋人はいない。
正式にいえば、いない。
というのも、俺には、もう1つ特殊な能力みたいなものがあって、それを目当てに寄ってくる人と付き合っている。
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