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第2話

 バーを閉めて、付き合っている人の家に向かう。  駅前でタクシーに乗り、豊洲の高級マンションが立ち並ぶ街に降り立つ。  マンションの二十一階にある部屋を合鍵を使って開ける。  部屋は、明るかった。帰ってきているみたいだ。 「おかえり」  さっき、バーで占っていた子たちのように美人で若い女は、化粧っけのない顔、上下スウェット姿で、テレビを見ている。 「見て、私が出てる! 本当にレギュラーになれたんだわ……」  亮を見ることもなく、テレビを凝視している。  汐里というタレント名で活躍している、この女は、俺が今付き合っている人だ。  テレビ画面に写っている自分を見ながら、頬を紅潮させている。 「ありがとう。目的は達成したから、別れましょう」  画面にむいたまま、彼女がぽつりと話す。  テレビを見たままの汐里を見る。  まだ二十歳前半の年齢だろうが、肌にはハリがなく疲れている顔をしている。よほど亮の方が若く見える。  一年前出会った汐里は、雑誌に少しでている程度のモデルだった。  占いが当たるという噂を聞きつけて、バーではなく、人から人へ紹介されるような形で会った。  彼女は、売れるのかどうか聞いてきた。  俺は正直に答える――モデルとして活躍できると。  しかし、汐里の野心は、違うところにあったようだ。  ――モデルではなく、タレントとしてテレビ番組のレギュラーをもてるくらいに活躍したい。  汐里のような美人で若いタレントは山ほどいる。テレビ業界に入りこむチャンスが欲しいのだという。  亮は、芸能界に詳しいわけではない。むしろ疎い。  当然のことばがら、モデルという仕事柄、業界に詳しいのは、汐里の方だ。  業界関係者と知り合いになったからといって、そうそうチャンスが転がってくるわけではないらしい。  汐里が聞きつけた噂は、占いが当たるというものではない。  ――彼と付き合うと良い運気がめぐってくる。  というものだった。  そうして、付き合い始めてすぐに、モデルの実態というテレビ番組の出演者として抜擢された。モデルをしながらテレビタレントとして活躍している人が前に出て喋る中、汐里は数人のモデルの中で、何も言葉を発せず終わった。  その後もバラエティー番組の出演オファーがきたり、誰かの代役だったりとテレビへの露出が増えていった。  最初こそ、何も喋れずにいた汐里だったが、慣れるにつれて、彼女もちまえの明るさや言葉巧みさが評価されていった。  汐里がつまずいたときも、有頂天になったときも隣で慰め励ましていただけだ。  付き合うといっても、相手が嫌なことはしない。身体を重ねることを拒否した汐里とは添い寝はしてもセックスはしなかった。  ただ彼女に寄り添っていただけ。  時に勘づいてアドバイスをしたこともあったが、それは、頑張っている人への応援みたいなものだった。  彼女が忙しくなるにつれて、中々会う機会も減っていた。  そろそろ別れの時期だろうな。と思っていたら、今日そうだった。 「夢をかなえたのは、アナタの力ですよ、俺は……なにもしていない。では」  合鍵をテーブルに置いて帰ろうとすると、テレビから視線を向けた汐里は姿勢を正して頭を下げた。  七月の夜空は、湿り気があって、暑い。  空を仰ぐと、高いビル群が自分に覆いかぶさってくるような感覚がして気持ち悪い。  一仕事終わった……というのも違う感じがする。  ただ、この「別れ」というものはいつも虚しくなる。  俺って何なんだろう……。  昔から、俺の付き合う人や友達の運気がよくなっていったのは、たんなる偶然だと思っていた。  {あげまん}なんていう言葉があるが、俺はその男バージョン――{あげちん}のようだ。  大学生の頃、ムーンリバーでバイトを始めた頃に、付き合った男がいた。  俺は、バイセクシャルで、女を好きになるのと同じくらいタイプの男もいた。  同じ大学で、学部違い。俺は経済学部、彼は文学部だった。  友達の飲み会で知り合った彼のことを俺は本気で好きになった。  頬骨が張った顔は、男らしくて、がっちりとした身体は、羨ましさを通り越してカッコよかった。  大垣に一目ぼれだった。どタイプだった。  俺の積極的なアプローチで、大垣とはすぐに仲良くなったし、恋人関係にもなった。  男と付き合うのは初めてで、彼もそうだった。  薄暗いホテルの部屋で、お互い初めてだというからだを暴き合った。  近くに寄った顔を見つめながら、うっとりする。  尻はひりひりしているけれど、その行為の恥ずかしさは、そりゃ、あるけれど……そんなことはどうでもいいかなと思えるくらい幸せだった。  二人で薄いシーツに包まりながら、いろんな話しをした。  ――勘がいいなら、占いでもしてみたら。  自分で気持ち悪いと思っていた第六感を彼は、羨ましいと話してくれた。  大垣からのアドバイスで、四柱推命占い、手相、タロットカードを独学で習得した。 「恋人とずっと付き合っていられますか?」と言う大垣を占う。  恋人……つまり俺のことだ。  その時にわかったのだが、自分のことは、まったく見えてこないのだ。  いつも心や頭によぎるようなものが見えない。絵や言葉が出てこない。まるで自分が存在していないようだ。  大垣のことは、よくわかるのに。落とし物注意とか、風邪をひくかもとか、誰かと恋におちる……とか……。  大学卒業後、彼は商社へ就職し、俺はムーンリバーでバーテンダーとして働いた。  会う機会が減ってしまったが、付き合いは続いていた。  二ヶ月ぶりに会った彼は、スーツが良く似合う社会人になっていた。そして、他に恋人ができたようだった。  しかし、大垣から別れの言葉はなかった。俺たちは身体を重ねることもなく、ただ飲みに行くだけの友達になっていた。本音を隠したままの付き合いは、ひどく心が荒んだ。  ある時、彼の本音を聞くことになる。  大学の仲間で飲んだ時だ。俺は仕事があるから行けなかった。  大垣はだいぶ酔っぱらったみたいで、友達から迎えにくるように連絡がきた。  その頃は、まだマスターも店に出ていたから、片付けをマスターに任せて、迎えに行った。  でも、そこにいたのは、大垣と新しい恋人だった。  大学の友達が言う。 「なんだよ。花岡、呼んじゃったよ。お前ら仲良かったからさ、付き合ってるんじゃないの?」  恋人にもたれかかりながら、首をふる。 「亮とは付き合ってない。ただあいつといると、俺の運気があがるんだよ……それだけの付き合いだ」  ――なにそれ? 運気って? なに、それだけ……それだけってなんだよ……。  ふたりが夜の街へ消えていくのを見送りながら、震える手を強く握りしめた。  次会った時、大垣に別れを告げた。  彼は理由も聞かず、わかったとだけ言った。大学の仲間で会う時も彼はいない。  噂では、転勤で地方に住んでいるらしい。  七月のむし暑さは、こんな嫌な過去まで思い出させる。  あれ以来、本気で好きになることが怖くなった。それでも自分の{あげちん}としても能力は健在のようで、どんな付き合いでもその人の運気を上げているらしい。  でも、運気なんて上がり続けるわけがない。{あげちん}と言われようが、下がるときはある。上がりっぱなしの人生なんてないのだ。  それを人のせいにしていく奴等も沢山いた。  汐里のように与えられたチャンスを自分の力で活かしていく人もいる。  でも、用が済んだら「別れましょ」なのだ。  なんだか虚しくなる。  占いを始めて八年くらい経っただろうか……それで知り合った人は、沢山いる。  芸能関係、企業の偉い人、スポーツ業界。  運勢を見るだけ。必要な時はアドバイス的なものをしたこともある。  知り合って、友達のようになって、恋人のようになった人もいる。  でも、皆、本当の友達でもないし、恋人でもない。  俺ってなんなんだろう……。  占いか……俺の第六感は、失くし物を探すのが一番得意なんだよな。  電車はもう動いていない。  タクシーをつかまえるのを止めて、家まで歩いて帰る。  二時間くらいかかるな……歩くのは好きだ。何も考えなくていい時間。何も見えない時間。  汗が、額を流れてくる。全身がびしょびしょだ。  部屋戻ったら、シャワー浴びて、ビール飲もう。冷蔵庫にあったっけ……。  ムーンリバーがある繫華街に差し掛かる。時間は午前一時になっていた。ほとんどの居酒屋やバーは閉まっている中、ホストクラブやキャバクラ、明け方ちかくまでやっている店などネオンのきらめきが集中している通りにコンビニエンスストア、酒屋、花屋と並んでいる。  ムーンリバーの近くに住んでいた頃は、ここのコンビニエンスストアは、よく通っていた。  暑いから、一休みしていくか……。  夜の街にとっては、欠かせない酒屋、花屋は、まだ店内の明かりがついていた。  亮が、コンビニに入ろうとした時に、花屋から出てきた男と目が合った。  デカいな。と思った第一印象だったが、それよりも恰好の方がひどくて、不審な目でみてしまう。  前髪が目にかかって、全体的に長めというかボサボサ。ネルシャルは、色あせていて、ジーパンの裾を折り曲げているのは片方だけで、もう片方の裾は靴に踏まれて擦り切れている。でも、履いているスニーカーは新品のように綺麗だった。  亮のあとに入店したその男から、良い匂いがする。  花の香か……。 「ちーちゃん、いらっしゃい。まだ帰れないのか?」  コンビニの主人から、声をかけられたちーちゃんは、「そろそろ帰ります」と小さく言う。 「おや、めずらしい。花岡くんか!」  よく通る声を出して接客するものだから、びくりとする。  コンビニの主人は、五十歳くらいだろうか。体躯の良い体から出るエネルギーに圧倒される。  客は、そのちーちゃんと、俺しか居なかったから、俺も遠くから「お疲れ様です」と返した。  スポーツドリンクを取って、レジに出す。 「暑いよなー。水分ちゃんと取らないとな。俺もこの前、熱中症になりかけたんだよ。ほら、太極拳やってるだろう……」  コンビニの主人は、太極拳のポーズをとりながら、危なかったんだよ、とお喋りが止まらない。  気を付けてくださいよ。と言って会計を済ませた。花の香がすぐに後ろでする。  商品を受け取り、ちーちゃんと呼ばれていた男に場所をゆずる。  レジに商品を置くちーちゃんは、主人の話しを聞きながら、うんうんと頷いて、会計が済んだのに中々帰ろうとしない。  話しが終わるのを待っているようで、タイミングを見て、荷物をとったり、向きを変えたり、一歩進んでみたりしている。  中々、その不器用さが面白くて、遠くから見て笑ってしまった。  思わず出た笑い声に、主人はポカンとしながらも気にせず喋り続けるし、ちーちゃんは、恥ずかしそうに下を向いた。 「ご主人、お喋りばかりしていると、奥さんにチクられますよ」  品出しをしている従業員をちらりと見ながら言うと、「やべっ」と舌を出して、なにやら帳面をつけはじめた。  主人の話しが止んだところで、亮はちーちゃんに目配せし、コンビニを出た。  すぐ後ろから、花の香が付いてくる。 「あ、あの、ありがとうございました」 ちーちゃんは、小さな声で礼を述べると小走りで帰って行った。  花の匂いが残っている。  程よい疲労もあるけれど、なんだか今日はよく眠れそうな気がした。

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