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第23話 終話 茅洋&亮

 茅洋は、日本へ帰る前に、シワンのショーで作ったアレンジメントを亮にプレゼントした。 「え? これ、持ってきてよかったのか?」 「だって、花岡さんに渡す花だから、あそこに置いといても意味ないです」  微笑みながら言う茅洋に、呆れたような目を向けた亮へ、兄とスタッフには了承を得たと伝えた。  本当は、了承を得ていなかったが、持って帰ったという事後報告はした。  ショーが終わり、片付ける時に、一緒に自分の荷物の中へしまったのだ。 「でも、これ飛行機内に持ち込めないんじゃないか? 植物とかって厳しいだろう」  亮は、大事そうにアレンジメントを抱えて、悩んでいる。  茅洋は、亮へ渡したいという気持ちだけで、その後のことは考えていなかった。  韓国の空港に着いた時だった。到着ロビーから出てきた男女のカップルが揉めている。  女性が、お迎えが遅いという類のことを男性に文句を言っているみたいだった。 「花岡さん、この花をあの人にあげてもいいですか?」  亮も察したのだろう。いいよ。と頷いてくれた。 『すみません、このアレンジメント、アナタのですよね? さっきから探していらしたみたいで。間違えてうちの連れが持ってきてしまったようなんですよ。もしかして、そのせいで、お迎え時間に間に合いませんでしたか?』  茅洋は、韓国語で男性に語りかけ、ちらりと女性を見る。  ぽかんとした女性の顔にわざとアレンジメントを近づけて、その隙にさっき急いで書いた{機内に持ち込めないので、受け取って欲しい}というメモをこっそり男性に渡した。  少し無理があったかな。と思ったが、ここは押し通すしかない。にっこりと微笑み、相手の出方を待つ。  何か間違いであったなら、亮を連れて逃げる準備もしておく。 『ああ、そうなんだ。これをキミに渡したかったのに、どこかに置き忘れてしまって、探してたんだ』  なんとか理解してくれた男性が、たどたどしく女性に言う。  花を受け取った女性は、にこりと微笑み、男性と自分にも礼を述べてくれた。  では。と言って、亮をひっぱって、出国ロビーへ向かった。  搭乗手続きを終えて、カフェで一息つこうと席につき、茅洋は、ため息をこぼした。  明らかに怪しいことをしてしまったけど、あのカップルは大丈夫だろうか? もしかしたら、今頃、あの花は、男性の顔めがけて飛んでいってぐちゃぐちゃになっているかもしれない。 「……大丈夫だよ。嘘だとバレているだろうけど、あの花は大事にもらってくれたよ」  心許ない茅洋の表情を察して、亮が優しく言う。 「なにか、見えてましたか?」  こんな質問をしたのは、初めてのことだ。  亮の能力のことを自分から聞くことはあまりしたことがない。以前、「花岡さん、占ってくれますか? 俺は花岡さんとずっと一緒にいられますか?」という質問をした以来だ。  その時の答えを僕は知らない。  亮は、そんな茅洋を見てふふっと微笑する。 「ああ、見えたよ。俺、すごいから」 「……花岡さん、俺とずっと一緒にいてくれますか?」  茅洋を見つめる亮の目が大きく見開いた。なにかを初めて見た時のような熱心な視線をよこして、すぐに目を伏せた。  口元は、うっすらと微笑みを保ったまま、うんと頷いた。    答えはなんだろうと思う。本当に見えていることはなんだろう……。  それを知ってしまうのが怖い。知りたいと思う気持ちと、そんなものは意味がないと思う気持ち。  亮から、「あげちん」という言葉を聞いたとき、この人は身や心を削って、必要とされている人に寄り添ってきたのではないかと感じた。  もう、そんなことしなくていいから、俺だけを見ていてと言いたかった。  でもそれは自分勝手な言い分なのだ。  亮は、与えている。色んな人に、見えることに。心血を注いでいる。  ******  今日もムーンリバーは、いつも通り、常連客がカウンターを占領し賑やかだ。  小田桐はカウンター内に入り常連客と他愛もない会話で盛り上がっている。  梓は、キッチンで仕込みを終えて、帰って行った。  亮は、テーブル席へのサーブを終えて、カウンターに戻ってきたところだ。 「今日は、占い客は来るのか?」 「一組3名様で予約はいってます」  時間は9時からだから、まだだいぶ余裕はある。 「あの居酒屋行ったか? 韓国居酒屋ハンナだったか」  情報通の床屋の主人が、話題の中心だ。 「あそこでも、占い始めたらしいぜ。女性占い師で、よく当たるとかで、辛辣な回答が面白いとかで、取材されてたよ」 「そういえば、お客さんが話してたな。だいぶはっきりとモノ言うタイプの人だったとか」  今度は、コンビニの主人が言う。 「取材か……ってことは、占いの客が減るかもしれないけど大丈夫かい?」  深澤が、亮に気を遣って聞いてくれる。 「大丈夫です。一時的な人気って、俺の時もありましたから。本当に困っている人は、そういう場所には行かないですよ。それに、この店は、占いでもっているわけじゃなくて、マスターの人柄でもっている店でしょ?」  それを聞いた小田桐は、背筋を伸ばし、偉そうに咳払いし、こくりとうなずいた。 「……なんだそりゃ、偉そうだな……」  常連達から、茶々が入り、小田桐は目を眇めて、「俺の店だからな」と言った。 「なんだよ、亮の店だろ? 渡したんじゃなかったのか?」  深澤に言われ、「まだ、俺の店だ」と「まだ」を強調して言う。  韓国から帰ってきて、小田桐に言われたのは、ムーンリバーに執着しなくてもいいという言葉だった。いつか閉めても、店を継いでくれてもいい。亮が好きな場所で好きな人と好きなことができればいいから。  ——今は、このままがいい。が、おれの希望だ。  でもこれから先は、どうなるかわからない。 「……花岡さん、俺とずっと一緒にいてくれますか?」  茅洋の質問に見えたものは、だいぶ歳をとった茅洋と自分の姿だった。  二人して、同じエプロンをつけて、花屋の店先にいる。  自分たちの店でも持つのだろうか。場所まではわからなかった。  単なる俺の望なのかもしれない。  見えたことは、未来なのだから、変わることはある。  先のことなんて、本当にわからないのだ。  今をどうにかしたい。悩んでる。探している。そんな言葉を聞く為にムーンリバーを開ける。  俺を頼ってくれる人がいて、それに答えることができるから。  9時になり、予約のお客さんがやってきた。 「……あ、前にいらっしゃったお客様ですね?」  七月の始め、彼氏と別れることになるという占い結果を告げ、泣かせてしまった、まさことその友達だ。 「はい。あれから、別れまして、また新しい恋をしているので、ぜひ見てください」  半年くらいしか経っていないのに、もう相手を見つけたのか。  まさこの顔は、きらきらと輝いていて、とても楽しそうだ。良い恋をしている。といいたいところだが、まだ恋人にもなっていなさそうだ。 「彼と恋人になって長続きしそうですか? 結婚までいくかしら?」 「……本当のことを言いますね。……恋人にはなると思います。でも、長く続くかは、二人次第です。相性はいいと思いますよ。付き合い始めて、次の段階に進んだら、また来てください」  見えるといってもこの程度なのだ。  まさこと並ぶ彼氏の存在は見えても、そこから先はわからない。  直近で大きな出来事に合うというものも見えてこないから、まさこは平穏無事で過ごせそうだ。 「ほら言ったじゃない。花岡さんの方が、いい占い師でしょ?」  まさこが、友達に話し、彼女たちも頷いている。 「確かに、あの居酒屋の占い師は、付き合ってもいないのに別れたほうがいいとか言ってたよね……」  と、やいやい文句を言い合っている。  ものはいいようだ。生年月日で見る占いでは、その人の本質がわかる。別れた方がいいと言ったのは、彼氏が、浪費癖があるという性質がでてきているからだろう。痛い目を見る前に別れた方がいいという意味があったのかもしれない。  どちらにしろ、まさこがその彼氏を好きで、付き合いたいと望んでいるのならば、それは願いが叶うということだ。  他の友達のことも占って、今日は店じまいとなった。  常連達は、賑やかなまま帰って行った。  小田桐は、一緒に片付けをし、「掃き掃除は任せたよ」と言って先に帰って行った。  俺は、掃除をして、迎えにきてくれる茅洋を待つ。  そろそろ来る。  手には、俺の為に作った花を持っている。  ドアが開くよりも早く、イスから立ちあがり、入ってきた恋人を迎えた。    完

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