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第18話

後日談 第七話  子どもたちが退出した後。  ジョナサンとリチャードはハインリヒと向き合った。アーサーも同席している。 「術後の経過は?」 「それは・・・、こちらが言うべきことでは?」 確かに、手術の規模はジョナサンのほうがはるかに甚大だった。アルファ精機能摘出手術は、大手術というほどのものではない。  「愚弟が、申し訳ありませんでした」 「それはもういいよ」 げっそりした顔で謝られるのは、謝罪を受ける側としてもげっそりしてしまう。  その後は、ハインリヒの研究についてなど、ぽつぽつと話した。  帰国したらもう、会うこともないだろう、運命のつがい。  今は双方、遮断剤も抑制剤も服用していないけれど、身体の状態が状態なので、ヒートやラットにもならないので、こうして相対していても大丈夫だ。  ハインリヒの研究はたしかにすごいものだった。魔力が主たるエネルギーであるこの世界で、ハインリヒの研究が実用化された結果、圧縮魔力内燃機関の駆動効率が一・三倍になったのだ。なるほど、天才と呼ばれるだけのことはある。 「現在は、内燃機関自体の大きさが課題です。小型化できれば、もっと小さな船舶や地上での長距離移動にも転用できるのではないかと思うのですが・・・」 圧縮魔力の安全性を追求した結果として、内燃機関は巨大だ。現在、搭載できるのは、排水量五千トン以上の軍艦のみで、中型や小型の船には搭載できない。大きさではさして変わらない旅客船も、パワーやスピードよりも安全を優先して圧縮ではない魔力の内燃機関で動いている。地上での移動手段に転用するなど、夢物語である。 「なるほどね~。それじゃあ飛行機に搭載して空を飛ぶなんて夢のまた夢だ」 この世界には、空を飛ぶという概念自体が無い。しかしジョナサンは前世ではパイロットだったので、ハインリヒの研究が成功して内燃機関がもっと小型化したら、いずれは飛行機が作れるのではないかと思った。しかしそれは、ジョナサンが生きているうちに実現するのは無理そうだ。  ハインリヒはキツネにつままれたような顔をしている。 「空を、飛ぶ・・・?」 あ、やべ、と思った時には遅かった。うっかり口を滑らせたジョナサンをリチャードやアーサーが睨むけれど、出してしまった言葉は無かったことにはできない。 「えー・・・、あー・・・、だからよお、ドラマでは天使、・・・ってことにしてごまかしたけど、前世では戦闘機乗りだったんだよ」 「え?」 ここではない、別の世界。オメガバースではない世界。 「リチャードと俺はアルファとオメガじゃなかった。天使なんかでもない、ただの男同士で、 かけがえのない僚機だったんだ」 僚機であり、僚友で、そして恋人だった。状況があまりにも過酷で、添い遂げることができなかった。運命、なんて信じようもなかった。  今世は戦争など無い、平和な世の中だけれど、第二の性なんて不可思議でややこしいものがあったり、空を飛ぶという発想自体が無かったり、前世とはまったく違う世界なのだ。そんな世界で、いろいろと苦労してきた半生だったけれど、今はもう、苦労や艱難辛苦は遠い過去のものになった。だったら、前世のような血塗られた空ではなくてこの平和な空を飛ぶことができたらいいのにと、思ったのだ。  しかしそれは、口にしてはいけなかったらしい。  ハインリヒは、瞬きもせずにジョナサンを見ている。運命のつがいであるジョナサンではなくて、ちがう世界で空を飛んでいたことについてうっかり口を滑らせてしまったジョナサンに、知的好奇心が一点集中している。  しかし、興奮し過ぎたようだ。 「うわっ! ちょっと!」 アーサーが奇声を上げる。ジョナサンをガン見しているハインリヒの顔を、鮮血が伝ったからだ。 「え、鼻血出すようなヤヴァイこと、俺、言った?」 目をまん丸にしているジョナサンを置き去りに、アーサーはハインリヒの鼻血を拭い、リチャードは看護師を呼ぶ。看護師に足早に押されて去っていく車椅子を見送って、ジョナサンは茫然とつぶやいた。 「運命のつがいを前にしても自制してたくせに、飛行機の話で興奮して鼻血出したわけ・・・?」 空を飛ぶとか飛行機とか、この世界に存在しない科学技術についての情報に驚いて興奮して、鼻血を出したのか。 「そんなにびっくりするようなことか?」 「当たりまえだ。特に帝国は科学技術や魔工業が発展してから、非科学的なことを軽んじる傾向が強くなってきているんだ。前世とか転生とか、科学的に証明できないことは主流科学では超常現象で、軽んじられているんだ」 その超常現象であるはずの前世が、自分達の世界よりもはるかに進んだ科学技術の世界だってことに驚いたのだろう、と、アーサーは言う。空を飛ぶとか飛行機とか、ジョナサンはハインリヒの前で、もっとも言ってはいけないことを口にしてしまったらしい。  運命のつがいに覚える抗い難い魅力。本能が求めるそれを、ジョナサンは単なる性的なグラヴィティにすぎないと切って棄てた。 「幸か不幸か、キュヒラーくんは童貞で、しかも内向的な、とてもメランコリックな性格みたいだからな。目が合った瞬間、飛びかかってくるような獰猛なアルファじゃなくてよかった」 「それは、我が君に対する皮肉でしょうか」 帝国海軍士官でありキュヒラー兄弟の従兄であるベールマーが、ため息交じりに問う。現皇帝が、運命のつがいである第二妃と出会った時、目前の重要な公務を放り出し、第二妃を抱え上げて寝室に駆け込んで出て来なくなったことは、帝国では語り草となっている。ダブル・アルファで最大にして最強の国家の皇帝で、運命のつがいまで得た現皇帝は、しかし最愛の運命のつがいを、正妃にはできなかった。  「皮肉なんかじゃないよ。現実」 実際、ジョナサンはハインリヒのそういう性格がありがたかった。アルファの本能を暴走させない、しかし研究に没頭する時は別人になって、何日も寝ないで集中するらしいので、アルファとしての能力が研究に全振りされているタイプなのだろう。食欲や性欲よりも知識探求欲が優先される。歴史上、偉業を成し遂げて名を残したアルファには、そうした傾向が散見される。 「それと、ジョナサンが童貞でも処女でもなかったことが、大きいんじゃないかな」 「おい!」 「いきなりなにを言い出すんだ?!」 不躾極まりないことを言い出したアーサーに、その場の全員の視線が集まる。 「いや、それは当たってるよ」 当の本人があっさりと肯定する。 「運命なんて信じようもない、信じる間も無い半生だったからな。犯され過ぎて、性認識がぶっ壊れてるんだ。運命のつがいに会ったからって舞い上がってほいほい股を開くほど純情可憐じゃねえよ」 「言い方!」 リチャードが鋭く嗜めるが、ジョナサンは意に介さない。  アーサーがさらに言う。 「実際、・・・医師が驚いていたよ。ジョニーにしてもキュヒラー氏にしても、運命のつがいに巡り会えたオメガとアルファの典型とはかけ離れていたからね」 バース専門科、という、ヘーゼルダイン王国には存在しない医療の第一人者と、アーサーは情報交換した。ジョナサンの来歴を聞いて絶句し、医師のくせに泣きすぎて看護師に呆れられていたたいへんな人情家のバース専門医は、ジョナサンとハインリヒの症例になみなみならぬ興味を示し、できることならしばらくかかりっきりで観察記録を取らせてほしいとまで言い出して、ジョナサンに呆れられ、ハインリヒにも嫌がられていた。しかしそれはつまり、ジョナサンとハインリヒの例が稀少だということなのだろう。 「そうは言うけど、運命のつがい自体がめちゃくちゃめずらしいんだろ? ジョニーとキュヒラー氏だけがめずらしいって言われたって、説得力が無いよ」 「そうだな」  恋愛感情は微塵も無い。しかしジョナサンは、ハインリヒをイイ奴でよかったと思った。あんなイイ奴が運命のつがいだったなんて、もう、前世の罪業は浄化されたと、思っていいのだろうか。つがってやれないのは、申し訳ないけれど。 ノートを五、六冊ばかり買ってきてくれ、筆記具も頼む、と言われて、ギルバートは戸惑いながら買い求めに出た。無事に入手して病室にもどってみると、ジョナサンは上体を起こして、まだ傷の癒えていない右手を動かそうとしていた。 「母上、傷口が開きます」 「大丈夫だ、書ければいい」 ノートを広げ、筆記具を握るけれど、まだ力が入らず、とてもではないが書き物などできない。口述筆記を申し出たが、母は頑なに首を振った。 「お前じゃダメなんだ」 そう言ってミミズののたくったような字で懸命になにやら書き記している。覗き込んでみるけれど、おおよそ読めたものではない。 「それはなんですか?」 「ハインリヒにくれてやるんだよ」 「キュヒラー氏に、ですか?」 単なる手紙ではないのはあきらかだ。ノート五、六冊なんて、手紙の量ではない。そもそもノートに書く時点で、手紙ではないし、もうすぐ帰国するのに、そんなに書いている時間があるだろうか。  ほどほどになさってください、と言い置いて辞去したけれど、おそらく延々と書き続けていたのだろう。翌日、ギルバートが訪れてみると、案の定、ジョナサンは発熱していて、アーサーに説教されていた。 「まだ傷口が完全に閉じてはいないんだぞ。出発するまでに少しでも体調を整えておけ」 「出発はいつだ?」 「潮の状況とか、俺はわからんから正確なところは不明だが、来週には、と言っていたぞ」 「マジか」 じゃあ急がなければ、とノートを広げるジョナサンに、いったい何をそんなに急いで書こうとしているんだ、と問いながら覗き込んで、アーサーは固まった。 「お前・・・、これ・・・」 「手が空いているなら手伝え。航空力学基礎論はなんとかするから、ジェットエンジンの仕組みを頼む」 「待て、いきなりジェットエンジンじゃなくてレシプロの・・・、じゃなくて!」 アーサーは顔面を紅潮させて叫んだ。 「これ、まさかキュヒラー氏にくれてやるのか?!」 「ああ」 ジョナサンは書く手を止めず、顔も上げずに言う。 「俺のためにあいつの人生をダメにしちまうわけにはいかないからな。天才なんだろ? この世界の飛行機の父になれって、言ってやろうと思ってな」 「正気か?」 「拒否はしたけど、運命のつがいだからな。つがってやることができない俺が奴にしてやれることがあるとすれば、これしかない」  空を飛ぶ、という概念が無いこの世界の人間に、違う世界の、飛行機の知識を与える。ジョナサンはとんでもない置き土産をハインリヒにくれてやろうとしていた。 「もしも飛行機が作れたら、テストパイロットになってやるって言ってやるさ」 カールの愚挙を償うために、ハインリヒはアルファとしての沽券を棄てた。自分が悪いわけではないのに、アルファとしての尊厳を投げ棄てた。そこまでしたハインリヒを放置して帰国してしまうのは、あまりにも後味が悪い、というジョナサンの気持ちは、わからなくはない。 「・・・待ってろ」 アーサーは出て行き、リチャードとロバートとデイヴィッドを連れて戻ってきた。 「五人で書けばなんとかなるだろ」 「逆にノートが足りないんじゃないか?」 帰り支度と平行して、前世の知識を慌ただしく書き出す。 「これ、そっくりくれてしまうのは惜しいな! 帰国したらもう一回書いてくれ。我が国でも開発しよう」 「無理だな。我が国の学力水準では、揚力すら理解できないだろう」 リチャードが冷静に言い返す。帝国総合大学とヘーゼルダイン王立大学では、学力の差は一目瞭然だ。それに圧縮魔力を動力源とする内燃機関や魔工業の技術など、ヘーゼルダイン王国が帝国に追いつくには二十年以上かかるだろう。 「それに、違う世界の知識を直接的に広めるのは、混乱を招くだろ」 「このノートをキュヒラー氏に与えるのはいいのか?」 「ハインリヒの奴が理解できるか、実現できるか、わからないじゃん」 ノートはすべてヘーゼルダイン王国の言葉で書いているのだし、前世での航空専門用語を、意味が通じるように説明した部分など、それらをすべて帝国の言葉に直すだけでも、べらぼうな時間がかかるだろう。  結局、十冊にもなったノートの束を渡されて、ハインリヒは目を白黒させた。 「これは・・・、なんです・・・?」 「飛行機の作り方」 「ひこうき・・・?」 航空力学の基礎の基礎、飛行機の翼は断面が特殊な形をしていて、上面が下面より湾曲しているから、上面を流れる空気は下面よりも速く流れるから、気圧の低下を引き起こすこと。翼の上面は低圧、下面は高圧となって、この圧力差によって翼は上向きに吸い上げられるような力(揚力)を得ること。揚力と重力、推力と抗力が釣り合っていれば、水平にまっすぐ飛ぶこと。複葉機やレシプロ機から音速戦闘機まで、飛行機の歴史、技術の進化。ただし、五人とも大急ぎで、分担を打ち合わせるでもなく思い出せるものを片っ端から列挙しただけなので、順不同。図解も、時間が無いからとフリーハンドで書きなぐってあるのだけれど、魔力ではない内燃機関とプロペラやジェットエンジンの図解に、ハインリヒの目は釘づけになった。 「これが、俺たちの前世だよ」 「え・・・?」 「アンタが求める科学的な証明じゃないかもしれないけど、前世の俺たちが生きた世界は、魔力なんて無かったし、オメガバースの世界でもなかった。戦争をしている国で、飛行機に乗って敵と戦わなければならない世界だった。いつ死ぬかもわからない最前線で、単なる男同士だったけど、俺とリチャードは来世を誓ったんだよ」 一緒にいられた時間が、あまりにも短かった。だからリチャードは来世を願わずにはいられなかったし、信じてなんかいなかったジョナサンも、リチャードを求めたから、細い糸がつながった。 「・・・」 だから今世は、リチャードと天寿をまっとうするまで一緒にいたいんだ、と言われて、ハインリヒは黙って俯くしかできない。 「代わりに、これをやるよ」 この世界ではない世界の、知識を。 「もしも、飛行機が作れたら、知らせてくれ。テストパイロットになってやるから」 そう言って微笑む天使を、ハインリヒは見つめた。その姿を目に焼き付けるために。  帰路、最新鋭の軍艦の中で。  「もしも、キュヒラーくんが女だったらさ・・・」 「ぶっふぉっ!」 ジョナサンが突拍子もないことを言い出すから、リチャードは思いっきり噎せてしまった。口の中にあったマフィンを、盛大に吹き出してしまった。 「きったねえなあ! もう!」 ぶふぉっ、ぶふぉっ、とあるまじき音を立てているリチャードに、ジョナサンはお手拭きとタオルを投げつけ、ロバートとアーサーは眉を顰める。 「リック! 品性を疑うぞ!」 「食べ物を粗末にするな」 非難の集中砲火の中、飛び散ったマフィンを片付け、呼吸を整えたリチャードは、しかし顔を真っ赤にして叫んだ。 「キュヒラー氏はどう見たって男だろ! なにをどうやったらあれが女だったらって話になるんだ?!」 「俺はもしも、って言ったぞ?」 「もしももへったくれもあるか!」 汚してしまった衣服を替えに行こうと立ち上がったリチャードに、ジョナサンは言う。 「もしもキュヒラーくんが女性だったら、俺は責任を取っていたよ」 「?!」 ジョナサンの発言に、リチャードの動きが止まる。 「責任・・・?」 「うん」 「それは・・・、運命のつがいとして添い遂げる決断をしただろう、ということか?」 「うん」 「・・・」 リチャードは胸の中に、また、あの苦さが広がるのを感じた。  ジョナサンは口調だけではなく顔も、ヨナタンの時の表情で言う。 「リック・・・、いやリヒャルトだってそうだったろ?」 「俺?」 「ツェツィーリアが女性だったから、結婚したし、万が一離婚するなら自分が有責になるよう に気をつけていた。離婚しない場合、ツェツィーリアが苦労しないように、最善の配慮をした」 「・・・」 俺だって、もしもハインリヒが女性だったら、きっとそうするよ、と言うジョナサンの言いたいことがわからない。知りたい気持ちと知りたくない気持ちが、リチャードの中で揺れる。  前世は、オメガバースの世界ではなかった。ツェツィーリアは運命のつがいでもなんでもないごく普通の女性で、親が決めた結婚相手だった。政略結婚で、だからもしも生家のために婚家の情報をリークするようなら離縁するし、けれど男尊女卑の世界だったアメルハウザー皇国では女性側有責で離婚などすればツェツィーリアは再婚できなくなってしまうから、離婚する場合はリヒャルトは自分が有責になるように、離婚しない場合はちゃんと妻として重んじる、そういう接し方をしていた。  そんな配偶者だったツェツィーリアと、ハインリヒを同列にならべる意味がわからない。  顔いっぱいに疑問を浮かべているリチャードを見て、ジョナサンは言う。 「だって運命のつがいってのは、神様が決めた政略結婚みたいなもんだろ?」 「はあ?」 「え・・・?」 神様が決めた政略結婚・・・? 「そりゃあ、また・・・、ぶっ飛んだ捉え方だな・・・」 そんな考え方、初めて聞いた。  「だからさ、キュヒラーくんが女だったら、俺は男として責任取らなきゃ、って思ったけど、いっちょ前の男なんだからさ、政略結婚が破綻したくらいで絶望してんじゃねえよ、って思うわけ」 前世では失意のどん底で病死し、今世は理不尽に虐げられる人生を歩んできたジョナサンからしてみれば、恋も知らない童貞の分際で、俺を幸せにしますなんて、臍で茶を沸かす話だ。寝言は寝て言え、と切って捨てる。今世、社会の底辺で過酷な環境で育ったジョナサンは高等教育を受けていないから、記憶がよみがえってから後は考え方や知識価値観が前世によるところが大きい。だから、アルファにとっての運命のつがいについても、さほど深刻なものだと思わないらしい。リチャードはさすがに、少しばかりハインリヒが気の毒になった。 「ジョニー、アルファは運命のつがいを得ることによってランクが上がるんだよ?」 わかってるか? とアーサーはジョナサンの顔を覗き込む。 「関係無いだろ? 俺はリックがアルファだろうがベータだろうがランクがなんだろうがそんなものはどうでもいい」 アルファだから、とか、ランクSだから、リチャードを好きになったわけじゃない。生まれる前、アルファでもオメガでもない別の人生で、既に好きだったのだ。  今世、添い遂げて幸せだったと笑って終えることができたなら、それでいい。 「今世もまた、理不尽に死んでリックと添い遂げられなくて後悔があったなら、来世こそ、って願うよ。でも一点の後悔も無く、リックと幸せな人生を最後まで過ごせたなら、次に生まれた世界で前世の記憶なんていらないし、リックに会いたいとも思わなくていい。別の誰かと違う恋をしても、何の問題も無い」 薄情な言い方かもしれないが、そうなのだろう。一点の後悔も無く、寿命の最後の最後まで、愛するひとと一緒に過ごして、幸せだったと笑い合って死ねたなら、後悔なんか無い。後悔が無ければ、来世なんて願わなくていい。  心残りがあったから、来世を願ったり、前世を憶えていたり思い出したりするのだから。 「来世を願わなくていいくらい、幸せにしてやる。前世の悲運なんか忘れさせてやる」 「うん」 幸せな人生を共に歩もう、後悔しないために。 EPILOGUE  ハインリヒ・キュヒラーがこの世界で最初の飛行機を完成させたのは、四十七年後。  ジョナサン・クロフォードはジョナサン・アディンセルとして天寿を全うして、リチャード・アディンセルと一緒に土に還っていて、テストパイロットを務めるという約束は叶わなかった。  ハインリヒ・キュヒラーは飛行機開発の父として帝国史に名を残したが子孫は残さず、生涯を飛行機開発と技術革新にささげて、人生を終えた。      終わり

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