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第12話「学びの間」

「不安だと思いますが、大丈夫。なにか美味しいものを食べて、ゆっくりしましょう」 「……!」 二人は、とても穏やかな人だった。 聞けば夫婦で、夫がウォンさん、妻がテラさん。リザベルさんとは遠縁らしいけど、普段は祭事のサポートをしているらしい。 ウェスタンド家の人数は、アリヴァー家の倍以上。本人達も把握するのが大変だと言うから、統率してるリザベルさんとそのお父様は改めてすごいと感じた。 「ところでユノ様、気付いた時からアリヴァー家の城に幽閉されていたと聞きましたが……」 「はい」 「医者はいましたか? 病院に連れて行かれたことは?」 「ええと……ありませんね」 二十歳になるまで城から一歩も出たことがない。そう言うと、二人は見るからに青くなった。 「休みましょう、と言いましたが……ユノ様、やはり先に医者に診てもらいましょう」 「え? いえ、怪我はしてないから大丈夫ですよ」 慌てた様子のテラさんに返すと、ウォンさんは静かに首を横に振った。 「貴方が置かれていた環境を考えると、まずは健康状態を調べた方がいい。痛いことはしませんから、すぐに城の医務室へ」 「そうなんですか……?」 今のところ健康だけど、彼らが深刻そうに告げるので大人しくついていく。 結果、確かに痛いことはなかった。でもすごく緊張した。 服を脱いで胸に金属を当てられたり、謎の記号が書かれた紙を見せられたり、口の中を見られてまた金属を突っ込まれたり。怖いし、精神的にくるものがあった。 「栄養不足が少々気になりますが……他は気になるところもない。必要な治療はありませんよ」 「「良かったぁ……」」 俺ではなく、ウォンさんとテラさんが胸を撫で下ろした。よく分からないけど、かなり心配させてたみたいで申し訳ない。 医師の年配の男性は、俺を一瞥して問いかけた。 「他に、具合が悪くなる時はありますか?」 「ええと……」 呪術を使うと、弱いものでも必ず体調を崩してしまう。 でもそれは絶対言っちゃいけないので、かぶりを振った。 「ありません」 「なら、今後は定期的に診断すれば大丈夫でしょう」 無事に診断は終わり、二人に連れられて医務室を出た。 正直グロッキーで、足元が少しふらつく。するとテラさんが心配そうに頭を下げた。 「お疲れ様です、ユノ様。今度こそ私達の部屋に行って休みましょう」 「ありがとうございます。って……」 私達の部屋? それはとういう……と尋ねる気力もなく、言われるままついていく。 王城は上層階に王族の住まいがあり、中層から下は貴族や認められた名家が住んでいるという。 ウェスタンド家は中でも位が高いらしく、与えられてるどの部屋も素晴らしいそうだ。 実際、ウォンさんとテラさんの部屋もとても広く、綺麗だった。 「さぁ、おかけください。お腹も空いてるでしょう、半端な時間ですが、なにか作りますね」 「わわ、お構いなく……!」 大きなダイニングテーブルに連れて行かれる。 想像通り、ここは彼ら夫婦の新居だ。そんなところに居座るのは気まずいというか、すごく申し訳ない。 でもここ以外に行く場所もないし……リザベルさん、早く戻らないかな。 そわそわしてると、目の前に紅茶が入ったカップが差し出された。見るとティーポットを持ったウォンさんが、にこっと微笑んだ。 「どうぞ。熱いから気をつけて」 「ありがとうございます。何から何まで……」 有り難く受け取り、一口飲む。果物の甘い香りがして、とても美味しかった。 「お世話になってばかりで、本当に申し訳ないです」 彼らと一緒にいることが気まずいのではなく、一緒にいると気を遣わせてしまうことが辛い。 だって彼らにとって大切なのはリザベルさんで、俺ではないから。 ……そう思っていると、ウォンさんは目の前の席に座り、瞼を伏せた。 「こんなのお世話のうちに入りませんよ。俺やテラはリザベル様のおかげで幸せに暮らしてる。だから彼を助けてくれて貴方は恩人と同じなんです」 「いや、助けたというより、俺もリザベルさんに助けられたようなもので」 「そうだとしても、ここまで一緒に寄り添ってくれたことに感謝します」 彼は優しく微笑んだ。キッチンに立っていたテラさんも「そうそう」と相槌を打つ。 「それにユノ様がご無事だったことも、喜ばないといけないことですわ。アリヴァー家は昔から非道な実験の為に人攫いをしていると聞きます。助け出したいけど、政府の後ろ盾があり迂闊に手を出すこともできない。王族ですら……」 「テラの言う通り。だから、リザベル様だけでなく貴方が無事に戻ってこられたことも嬉しいんです」 ……。 そんな風に言ってもらえるなんて、夢にも思わなかった。 嬉しいのに上手く返せない。俯き、誤魔化すように紅茶を飲んだ。 「記憶がないことは不安でしょうが、大丈夫ですよ。私達が傍にいる。居場所ならここで作ればいい」 「……ありがとうございます」 こんな優しい人達がいるなんて聞いてない。 リザベルさんに抗議したいぐらいだ。困って、妙に気恥ずかしくて……胸の中が温かった。 アリヴァー家の人間であることを隠している。 彼らを騙してることが心苦しい。手放しで喜べないのは、それが理由だろう。 「ところで、ユノ様は本当に綺麗な髪と瞳をしてますね」 不意に髪を触られ、ビクッとしてしまう。 それを見たウォンさんは、申し訳なさそうに両手を上げた。 「失礼しました。あまりに綺麗で、つい……」 「いえ! こちらこそすみません」 リザベルさんにはあんなところやこんなところを触られ過ぎて慣れたけど、まだまだ他の人には過剰反応してしまう。 「リザベルさんにも言われたんですけど。城の中にいて、日焼けすることがなかったからじゃないかと」 「なるほど」 とは言え、これは恐らく生まれながらの色。 黒髪が主なアリヴァー家で、突然変異としか思えない。 これこそ呪いなのではないか、と思ったほどだ。だから「綺麗」と褒められると変な感じがする。 毛先を指でつまんでため息をつくと、美味しそうな香りが漂ってきた。 「お待たせしました! ご飯にしましょう」 「わぁ。すごい……!」 テラさんが運んできたお皿には、焼きたてのパイがたくさん乗っていた。 「お芋のパイに樹の実のパイ、野菜のパイ、色々あるからたくさん食べてくださいね」 「テラの作るパイは美味しいですよ。ユノ様、どうぞ」 二人にすすめられ、手前にあったパイを頂く。熱々のさくさくで、頬が落ちそうなほど美味しかった。 「美味しい……! テラさん、お料理のお仕事もされてるんですか?」 「え? いいえ、独学ですよ」 「そうなんですか。すごい……」 ホテルで出された食事もお洒落で美味しかったけど、このパイは心に沁みる味だった。気付いたら無我夢中で食べており、慌てて手を止める。 「すみません。美味しくて……」 「あはは、いいんですよ。お腹空いてましたよね。サラダとスープもありますから」 お腹が満たされると心まで満たされるんだろうか。ホッとして、言う気がなかったことも口から零れていた。 「ありがとうございます。城から出るまで、こんな美味しいご飯を食べたことがありませんでした。城ではいつも冷めた栄養食だけで、手作り料理が存在するなんて知らなかったし」 「まぁ……」 たまにデザートで果物がつくことはあったけど、一ヶ月に一回程度。乳母が来てくれた時だけだ。だから、料理のレシピがあるというのも軽く衝撃だった。 俺が見てたのは呪術のレシピだしな……。 自分でも内心引いてると、テラさんは俺の隣に腰かけた。 「うん。やっぱり、記憶が戻るまでユノ様はここにいるべきですわ。……いえ」 ウォンさんと目を合わせ、ゆっくり頷く。 「記憶が戻っても。良ければリザベル様と一緒に、ここで暮らしましょう」 「……っ」 ああ。……本当に。 アリヴァー家の人間じゃなかったら、どれほど良かっただろう。 「ありがとうございます……」 二人の優しさに包まれ、頭を下げた。 「俺も……二人に恩返ししたいです。俺にできることがあれば、何でも言ってください」 「はは、気持ちだけで嬉しいですよ」 ウォンさんも微笑んでいたが、思わず首を横に振った。 「助けてもらうばかりじゃ嫌なんです。せっかく自由の身にしてもらえたので、これからは人の役に立ちたい」 両手を握り、強く誓う。 二人は不思議そうにしていたけど、やがてゆっくり頷いた。 「それじゃあ、困ったことがあったら相談させてもらいます」 「はい! あ、後敬語じゃなくて大丈夫ですよ。様も付けないで、呼び捨てにしてください」 「でも……良いんですか?」 「すみません。敬語だと、距離を感じるから」 そう告げると、彼らは快く了承してくれた。 「じゃ、ユノ。改めてよろしくね」 「よろしくお願いします!」 二人にお辞儀し、その後は楽しい時間を過ごした。 複数で笑いながら食事をしたのも、生まれて初めて。 そのことに感謝しながら……早くリザベルさんにこのことを話したいと思った。 ◇ 空が暗くなるまでウォンさんとテラさんと一緒に過ごした。 二人はこの国の情勢を分かりやすく教えてくれた。現王のことやウェスタンド家が取り仕切る行事や祭事、リザベルさんの仕事も。 「リザベル様の祝術の力は本当にすごい。今の王子も、彼の力を受けてから一度も病気に罹らないし」 「大きな災害や事件もなくて、平和そのものなのよね」 「へぇ……」 リザベルさんは思った以上にすごいようだ。 要は祈祷で、祈るだけなんだけど、彼が祝福した者には幸福が訪れる。そして厄除けにもなる。 そこにいるだけで周りが幸せになる。なんて素敵な存在なんだろう。 そんな風に求められるなら、俺もそうなりたい。 でもリザベルさんは疲れてる時もあるし、やっぱり程々が一番かもしれない。 「でもそれだけにリザベル様は狙われることが多くて……今後はより一層、気をつけて過ごすことになるだろうね」 「と言うと?」 「一人きりにはできないってことさ」 じゃあラルドさんのような秘書や側近、護衛に常に囲まれながら動くのか。 安全ならその方がいいけど、……それだと俺もあまり会えなくなりそうで、寂しいな。 気持ちが少し沈みそうになった時、ドアをノックする音が聞こえた。 「夜分に失礼、ラルドです。ユノ様をお迎えに来ました」 「あぁ、ラルドさん。遅くまでお疲れ様です」 「お疲れ様です。お二人とも、ユノ様を見てくださりありがとうございます」 ラルドさんはウォンさんとテラさんに礼を告げると、俺に向かって手を差し出した。 「さ、参りましょう」 「は、はい。……ウォンさん、テラさん、本当にありがとうございました」 振り返ると、テラさんはラタンの籠を渡してくれた。そこにはあのパイがたくさん入っていた。 「明日の朝ご飯にリザベル様と食べてね」 「ありがとうございます……!」 「全然っ。またね、ユノ」 手を振ってくれる二人にお辞儀し、部屋を出る。心なしか足が軽くて、来た時よりも視界が広くなっていた。 「ユノ様、少し肩の力を抜くことができました?」 昼より顔色が良いので、とラルドさんは微笑んだ。 「はい。お二人とも、俺なんかにすごく優しくて……」 「あはは。そんな謙遜しないでください。ユノ様は素直だから、きっと誰もが優しくなりますよ」 ラルドさんはそう言ってくれたけど、そんなことはない。 アリヴァー家にいた時の生活がそれを物語っている。俺も捻くれてたし、一族は皆あたりが強かった。 当たり前のことだし……優しくしてもらう価値もないんだ。 だからこそ、ここで彼らの想いを裏切るような真似はしたくない。 「そうだ……ラルドさんも、様付けはしないでください。俺はただの一般人なので」 「ありがとうございます。ですが私はリザベル様のお客様に敬意を払わないといけない立場なので。気を遣わないで大丈夫ですよ」 長い回廊を抜け、彼は足を止めた。 「まして、リザベル様の未来の奥さまとなる方なら」 「ちょっ」 忘れかけてた話で、思わず躓きそうになる。 「それは……リザベルさんが冗談で言ってることなので、本気にしないでください」 「おや。あの人は基本冗談なんて言いませんよ。だから私も驚いたのです」 ラルドさんは腕を組み、軽く首を傾げた。 「自分の立場が悪くなるような冗談は絶対言わない。穏やかですが、狡猾な方ですからね。貴方を娶るというのは本気でしょう」 娶るって……。 改めて聞くと軽く目眩がする。最終的に「俺は男なので……」と呟いた。 「ではユノ様は、リザベル様と添い遂げるつもりはないと?」 「いえ、その……自由の身になったばかりでいきなり結婚とか、話が急過ぎてついていけないんです」 「それもそうですね……。では、ゆっくり考えれば大丈夫ですよ」 ラルドさんの答えはとても淡白だった。 他人事には違いないが、上司が男色で複雑じゃないんだろうか。 「……俺とリザベルさんが一緒になって、ラルドさんは嫌じゃないですか?」 「はは、思慮深いですね。いや、心配症なのか……この国では同性婚が認められてるし、私は構いませんよ」 彼は可笑しそうに肩を揺らし、歩き出した。 「リザベル様が幸せになれるなら、何でもいい」 「……」 本当に大切な人だから……そんな風に言い切れるんだろうか。 俺には似たような存在がいない。上司も部下もいない。可愛い姪や甥はいたから彼らは幸せになってほしいと思うけど、とやかく言える立場でもないし。 はぁ。分からない。 思考の糸は絡まり、言葉も奪う。振り切るように頭を横に振り、ラルドさんの後を追った。 「ユノ!」 「リザベルさん」 連れられたのは、広い応接間。そこではリザベルさんが書き物をしていたけど、俺を見るやいなや立ち上がり、抱き締めてきた。 「はぁ……数時間会えないだけで胸が痛かったよ。ユノも私がいなくて寂しかった?」 「いえ、それほど」 「そうか、寂しくて仕方なかったんだね。次からは君も仕事に同行してもらうから安心して」 若干話が噛み合わないけど、いつものことだ。スルーしてラルドさんの方を見る。 「皆さん優しくて、不安も飛んでいきました」 「そう……良かった」 頬を撫でられる。ラルドさんの前でべたべたされると恥ずかしいのでさり気なく距離を取ると、彼は察したように咳払いした。 「では、リザベル様。私はこれで」 「あぁ、ありがとう。明日もよろしく頼むよ」 「はい。それでは失礼します。ユノ様もおやすみなさい」 俺もラルドさんにお辞儀し、ドアが閉まるのを見守った。 途端に二人きりとなり、ちょっと緊張する。待ち焦がれていたことでもあるのに。 「はぁ。戻って来ちゃったなぁ」 「貴方は戻らないと駄目でしょう」 未だ不満そうに俺を抱き締める彼の袖を引く。 呆れつつ、静かに息をついた。 「でも、安心しました」 「何が?」 「家を出たいと言っていたから、家族から酷い扱いをされてるんじゃないかと思ったんです。でも皆さん心から貴方のことを心配して、戻ってきたことを喜んでいた。……大切に想われてるんだとわかった」 俺には涙を流して喜んでくれるような人いないけど……彼にはそんな人がたくさんいて良かった。 大きな一族の嫡子ではあるけど、俺と彼は似て非なるもの。心配するのも烏滸がましかったのかもしれない。 近くのソファの背に寄りかかると、リザベルさんは頬をわずかに紅潮させた。 「……ありがと。確かに、君の言う通りだね。久しぶりに独りじゃないと気付いたよ」

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