11 / 21

第11話

俺は周りを不幸にする。 身内ですらそうだったんだから……血の繋がらない、赤の他人を幸せににすることなんてできない。 そう思って俯くと、両の頬を掌で挟まれ、顔を上げさせられた。 「あの……?」 「そんなこと、もう心配しなくていい。君を笑わせるのは私の役目なんだから」 ……っ! 分からない。本当に……何故、そこまで言ってくれるのか。 得体の知れない一族で生まれ育った俺にここまで関わろうとして……それどころか救いの手を伸ばしてくる。 「俺の何が良いんですか……こんな役立たずで、性格悪くて、何も持ってない奴。優しくする必要なんてないでしょ」 「ひねくれてるとは思うけど、それはこれまでの環境のせいだ。私は君の素直じゃないところも可愛いと思ってしまうし……傷だらけの心を治したいと思う」 彼は腰を上げ、俺を抱き起こした。 「君と笑って暮らしたい。責任ある立場に就いた以上贅沢な願いなのかもしれないけど……私が死ぬまで愛したいと思うのは、ユノ。君だけだ」 熱烈なプロポーズ。 それを聞き入れるには問題があり過ぎて……それに驚き過ぎて、言葉を失った。 何にせよ、誰かに求められたのは初めてのことだ。いつだって誰の視界にも入っていなかった。 そんな自分を、真っ直ぐ見つめてくれる人……。 「俺には……分かりません」 彼に抱かれながら、それでも逃げるように瞼を伏せた。 彼の好意に甘えてはいけない。……素直に喜んではいけないと思ったから。 「そこまで言ってくれる理由も、“愛情”が何なのかも分からない。そもそも呪われた一族だから……幸せになっていいのかも分からない」 分からない尽くしで申し訳ないけど、これが本音だ。 「普通を享受していいとは思えない。でも」 震える声を紡ぎ、瞼を開ける。目頭が熱くてやけに視界が潤んでいた。 「許されるなら……俺も、貴方と一緒にいたい。……です」 ゆっくり顔を上げ、目を合わせる。 リザベルさんは頷き、とても嬉しそうに俺にキスをした。 「ありがとう。……もう絶対に手放さない。覚悟してね、ユノ」 「覚悟って、ちょっと言い方怖いですよ」 「あはは! ごめんごめん。……それにいつもはこんな横暴じゃないんだ。強引なのも構いまくるのも、全部君が初」 彼は恥ずかしそうに微笑んだ。その顔を見たとき、……彼も彼なりに困惑してるのかな、と感じた。 「私は君に心奪われた。だから私も、君を攫おうと思う」 「もう……」 聞いてるこっちが恥ずかしくなる。 どうしたものかと頭を搔いてると、固定電話が鳴り響いた。 「ちょっと待っててね」 リザベルは翻り、電話を取った。 ふぅ。やけに熱いな。 謎の熱に浮かされ、手のひらで顔に風を送る。 少し待っていると、彼は笑顔で戻ってきた。 「ユノ。……今から人が来るけど、敵じゃないから驚かないでね」 「お客様ですか?」 「いや。……私がここにいることが早くもバレてしまった」 それって……。 口を開こうとした瞬間、ノックの音が聞こえた。リザベルさんが「はい」と言うやいなや、ドアが勢いよく開かれる。 部屋に入ってきたのは、茶髪の青年だった。若いが、リザベルさんよりは歳上に見える。 彼は安堵した様子だったが、すぐさま鋭い目つきに変わった。 「リザベル様! ご無事で何より……ですが、それなら早くお教えください! どれだけ捜し回ったと思ってるんですか!」 「すまないラルド。私も昨日ここに辿り着いたばかりで」 「支配人に聞きました。もう一週間以上この部屋に滞在してるそうですね」 「おっと……口止めしておいたのに、困るなぁ」 リザベルさんが眉を下げて言うと、ラルドと呼ばれた青年はさらに声を荒げた。 「困るな、はこちらの台詞ですよ! 陛下も大層心配されておりました。さぁ、早く帰りましょう!」 ラルドはずかずかと部屋の中央まで歩き、リザベルの腕を掴んだ。 ユノは話に入るつもりはなかったが、ここで初めて彼と目が合ってしまった。 「おや? リザベル様、こちらの方は?」 「あぁ。私の妻になるユノだ」 「は!?」 ラルドは青ざめ、後ろにふらついた。 「あ、初めまして……」 何か、世の中の人はリアクションが大きいんだなぁ……。 古城にいた時は大声を上げる者は少なかったので、温度差に新鮮味を感じる。ユノはどうでもいいことを考えながら、硬直するラルドを見返した。 それはそうと、リザベルさんはまた必要な説明をすっ飛ばしている。案の定、ラルドさんは頭が痛そうに俯いた。 「は、はは……リザベル様、これはだいぶお疲れですね。今までで一番趣味の悪い御冗談を仰って……」 「趣味の悪い? それは聞き捨てならないな。彼を侮辱するような発言は許さない」 「いえ、そちらの方を侮辱する気はありません。どちらかと言えばリザベル様、貴方に……」 彼は咳払いし、それから片手を翳した。 「ええと、……本気ですか? 本当に、こちらの方と婚約するつもりで?」 「あぁ。本当はもう少しお忍びを楽しもうと思ったんだけど、仕方ない。城に戻ったらすぐに彼と式を挙げる。ラルド、協力してくれ」 「わっ、私はともかく。長が男性を許すでしょうか……」 「跡継ぎのことかな? それは大丈夫さ。いざとなれば姉上の子が継げばいい」 リザベルさんが微笑むと、ラルドさんは「はぁ……」と狼狽えながら呟いた。 クリスタッドは同性婚が許されてると聞いたことがあるけど、まだまだ珍かなのだろう。 完全に外野として聞いていると、ラルドさんは俺の方に向き直り、一礼した。 「先ほどから失礼を働き申し訳ありません。私はリザベル様の秘書、ラルドと申します」 「ラルドさん……よろしくお願いします。俺はユノ・アリうっ」 名乗ってる途中だったのだが、リザベルさんに口を手で塞がれた。 「ラルド、心配かけてすまなかった。すぐに城へ戻るから、車の用意を頼む」 「は、はい。しばしお待ちください」 ラルドさんは慌てて部屋を出て行った。 リザベルさんは俺の口から手を離し、ため息をつく。 「ふぅ、ヒヤッとした。アリヴァーと名乗ったら駄目だよ、ユノ」 「あ、そうでした。すみません」 「いいんだ。後、白衣はやめよう。なるべく怪しまれないようにしないと」 彼がそう言うので、ずっと着ていた白衣は腕に持った。 「いいかい、これから先は役を徹底するんだ。君はアリヴァー家に攫われたショックで記憶喪失になった。……ということにする。家族も生まれ育った場所も分からない。何を訊かれても知らない、わからないで通すんだよ」 「なるほど。それは良案ですね」 初めからそういう設定を貫けば、ボロも出さずに済む。 アリヴァー家の人間であることがバレないように演技しないと。 というか、この流れだと本当に彼の婚約者として動くことになる。まだプロポーズの答えも返してないのに、大丈夫だろうか。 「リザベルさん。俺、本当についていっていいんですか? 貴方に迷惑をかけてしまうかも……」 今の時点でも迷惑をかけてるのに。そこまでしてもらう価値があるのか。 けど彼は、俺の心配など容易く掻き消してしまう。 「むしろ逆だよ。独りじゃ不安なことも、君がいれば大丈夫と思える」 ぎゅっと握った手を引かれる。 なんて心強いんだろう。……涙が出そうなほど。 ここまで言ってくれる彼の想いに応えたい。目元を袖で擦り、意を決して前へ踏み出した。 大きな車に乗って連れて行かれたのは、街のどこにいても見つけられる巨城だった。 これが、クリスタッドの神聖な王城……。 自分のような穢れた存在が入って大丈夫だろうか。とても不安だったけど、門を抜けて簡単に入ることができた。 結界で弾かれるとか、そういうことがなくて良かった……。 密かに安堵しながら、リザベルさんの後ろを歩く。すると天井が絵画で埋め尽くされた広間へ出た。 そこには既に大勢の人がいて、リザベルさんを見た途端に駆け寄ってきた。 「リザベル様!」 「リザベル様、ご無事で何よりです……!」 「心配かけてすまない、皆」 様子を見るに、彼らはウェスタンド家の人間のようだ。アリヴァー家に連れ去られたリザベルの安否を気遣って、涙を流す者までいた。 やっぱり大切に想われてるじゃないか。 彼の周りに優しい人達がちゃんといるとわかって、ホッとした。 「監視が油断した隙に逃げてきたんだ。怪我はないから大丈夫」 「そうだったんですね……お力になれず申し訳ございませんでした」 辛そうに頭を下げた初老の男性は、ユノを見て首を傾げた。 「リザベル様、そちらの方は?」 「あぁ、……こちらはユノ様です」 リザベルさんではなく、今度はラルドさんが前に出た。 そして少し気まずそうにリザベルさんに目配せする。 「あ……初めまして」 黙ってるのも悪いので、ひとまず深く一礼する。この後はどうしようと考えてると、リザベルさんに抱き寄せられた。 「ユノもアリヴァー家に捕らえられていたんだ。ショックで記憶を失ってるようだけど、私は彼のおかげで逃げ出すことができた。だから恩人なんだ」 「まぁ……! ユノ様、ありがとうございます!」 「お辛いと思いますが、もう大丈夫ですよ。ここには悪しき者は入れませんから」 「あ、ありがとうございます……」 急に囲まれ、今度はひとりひとりに頭を下げる。 だいぶ捏造してしまったけど、リザベルさんの為にも演技しないといけない。 気付いた時にはアリヴァー家に軟禁されていたことにして、その場を乗り切った。 「そうだ、リザベル様。お疲れのところ申し訳ないのですが、夕刻に落成式の予定が入ってます」 「分かった。……ユノ、悪いけど夜まで休んでてくれ。必ず迎えに行くから」 「え。あ、はい……お気をつけて」 今帰ってきたばかりなのに、リザベルさんはラルドさんや他の側近に連れられて行ってしまった。 ホテルで少し休んだとは言え、もう少し落ち着けたら良かったのに。あれでは家出したくなる気持ちも分かる。 でも、いきなり放置されるとは思わなかった。 どうしよう……と周りをきょろきょろ見渡してると、二人の若い男女がやってきた。 「ユノ様。リザベル様が戻られるまで、困ったことがあれば私達にお申し付けください」 「えっ。ありがとうございます」 去り際に話されていたのか、彼らは俺のお付きになると告げた。しかし何をしたら良いのか分からず、露骨に狼狽えてしまう。 「困ってること……強いて言うなら、何をしたら良いでしょうか」 人見知りなのも相まって小声で尋ねると、二人は顔を見合わせ、優しく微笑んだ。 「なにかしないといけない訳ではありません。まずは体と、心を休めてあげてください」

ともだちにシェアしよう!