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第10話
翌朝。ユノはキングサイズのベッドに伏し、苦しげに呻いた。
「ありゃ……ユノ、熱があるね」
「はあ……」
身体が怠い。熱いのに悪寒がする。
ここまで体調が悪化するのは、呪術の特訓をしていた時以来だ。
ちなみに原因は分かっている。そしてその元凶たる存在は、心配そうに俺の額に触れた。
「もしかして、ちょっと可愛がり過ぎちゃったのかな」
「あの……むしろそれ以外に何があるんですか?」
心底不思議に思い、真顔で返してしまった。
昨夜は夜が明けるまでめいっぱい喘がされた。
恥ずかしい秘密を知られていた上に、新たな痴態まで晒してしまった。これを最悪と言わず何と言おう。
挙句の果てには寂しいとか怖いとか、変な自白もさせられたし……あれはほとんど強制的に言わされたようなもんだ。
ため息しか出ない。正直今だって、この部屋から飛び出したいぐらいだ。
でも身体がしんどいのは事実だから、寝返りを打ってリザベルを見上げる。
彼は愛おしそうに目を細め、俺のはだけたガウンをしっかり被せた。
「無理させてごめんね。誰にも邪魔されず君を可愛がれると思ったら、ブレーキかけられなくなっちゃって」
「怖いです」
「あはは。大丈夫、直に慣れるよ」
慣れたくない。
青ざめながら俯いてると、彼は部屋を出て行った。
どうしたんだろう。不思議に思いながらシーツに埋もれていると、なにかを持って部屋に戻ってきた。
形からして薬だろうか。静かに見つめていると、彼が妙にニコニコしていることに気付く。
何か嫌な予感……。
訝しげな視線を送ると、リザベルはまた胡散臭い笑顔でベッドに乗り上げ、俺をうつ伏せにした。
「あの、リザベルさん……?」
「ユノ、お薬があるんだ。大丈夫、痛くはないから」
「え」
腰を引き寄せられ、ガウンを捲くられる。
薬はともかく、何故こんな体勢にさせられるのか分からない。混乱してると、まだヒリつく後ろの穴に指を充てがわれた。
「解熱剤だから安心して。お尻から入れるものだけど」
その瞬間、座薬を入れられるのだと理解した。
呪術を扱う者は必然的に医療薬学の知識も身につけないといけない為、彼がやろうとしてることが間違いではないと分かる。が、正しいかと訊かれたら答えはノーだ。
「それなら飲み薬で良いでしょう! 何で座薬なんですか!」
全力で抗議するも足を開かされ、優しく内腿を揉みほぐされる。気持ちいいと言うよりは変な感じで、枕に顔を沈めた。
「昨日の流れ的に、下から入れた方が上手くいくと思うんだ」
二十年生きていて、ここまで意味不明だと思ったことはない。
とにかく彼という変態を恨んだ。後は早く終わってくれ、という願いだけ。
「はい、終わり。我慢して偉いね」
「うぅ……」
よしよしと頭を撫でられたが、怒りのあまりその手を振り払う。脱がされた下着を履き、彼から距離をとった。
「警戒してるなぁ」
「当たり前でしょ!」
これで疑心暗鬼にならないと思ってる方がやばい。
真っ赤になりながらシーツをかぶり、再び横になった。
リザベルも隣にやってきた。そして膝を差し出し、腕枕をした。
「もう大丈夫。また少し眠りなさい」
「……寝てる間になにかしません?」
「病人に悪戯はしないよ。命懸けるさ」
そこまで言うなら……信じとこうか。
まるで恋人みたいに俺の頬を撫でる彼に、諦めの眼差しを向ける。
そういえば、俺と彼はどういう関係なんだろう。
身体だけだとしたら、尋常じゃなく爛れた関係だ。どんなに気持ち良くても駄目だと思う。
だから突っぱねないといけないのに……彼の腕の中は、怖いほど安心する。
「……」
目が合うのも気恥ずかしいから、視線を下に落とした。するとはだけた襟元から、彼の厚い胸板が目に入る。
これはこれで目に毒……っていうか、罪悪感があって嫌だな。
仕方ないから瞼を伏せ、寝たふりをすることにした。
「おやすみ。私の、可愛いユノ」
……。
もうツッコむこともやめた。
クールに流した方が良い。一々反応したら彼を喜ばせるだけだ。
でも、抱き締められるとこんなにも心地良い。
辛いほどの熱に包まれ、息をする。ほんの少し撫でられただけど、また夢の世界に足を踏み入れていた。
◇
物心ついた時には、真っ暗な城の中にいた。
母はいなかった。その理由を訊くことも憚られた。父の視線は冷たくて、まるで物を見るような目で俺を見ていたから。
当主の息子だからまだ譲歩されてる部分があるが、基本一族は出来損ないの俺に厳しい。とは言え教育係以外はなにか言うわけでも教えるわけでもなく、放任主義だった。
『旦那様。やはりユノ様に呪術を使わせるのは無理があるのでは……』
今からずっと昔。
乳母が、父に俺のことを話していた。でも幼かった俺にはその内容がいまいち分からなくて、ただ二人のやりとりに耳を欹てていた。
深刻そうだったし、何となく話に入ってはいけないと思ったんだ。
乳母は一族の中で唯一俺に優しかったし……そんな彼女が辛そうな顔をしていたから。せめて目立たず、主張はせず、大人しく過ごそうと決めた。
俺はここにいてはいけない。
薄々分かっていた。だって、あまりに何もできないから。
一般人にやらせた方がまだ上手くできたかもしれない。俺は呪いを扱うことが絶望的にできない。
父も今頃、俺がいなくなってせいせいしてるはずだ。
「……ん」
視界が徐々に開ける。
暗澹とした世界が色づき、見覚えのある景色を照らした。
リザベルさんと眠っていたベッドルーム。隣を見ると、彼の姿はなかった。
「……っ」
変な夢を見ていたようだ。独りということが猛烈に心細くなった。
「リザベルさん?」
ベッドから足を下ろし、他の部屋を覗いたものの彼は見つからない。言葉にならない焦燥に突き動かされ、ガウンのままテラスへ出た。
どこにもいない……。
今なら逃げられるかも。なんて考えることはなかった。リザベルがいないことに対する不安の方が大きくて、目の前が真っ暗になる。
俺はまだ、独りでなんて生きられそうにない……。
「待って……!」
高層階のテラスは見晴らしが良かった。手すりに手をかけ、下の方を覗く。
こんなに雄大で美しい景色も……自分が置かれた惨めな状況と比較する対象にしかならず、苦しかった。
城にいた時のように、前に傾きそうになる。下から吹き上げる強い風に身体が揺れたが、
「ユノ!」
後ろから抱き留められ、引き寄せられる。
振り向くと、額に汗を浮かべたリザベルかいた。
「危ないよ。落ちたら大変だ」
彼は俺を抱き寄せ、胸を撫で下ろした。
「目を離せないな。困ったお姫様だ」
「だって……貴方がいないから」
捜してたんです、と言うと彼は一瞬きょとんとした。好奇心で動き回ってたわけじゃないと知り、眉を下げる。
「私がいなくて不安だった? ……ごめんね」
「……」
違う。と言いたいけど、声を発することができなかった。
「何も言わずに出掛けてたのは良くなかったね。でも、私は君を独りにしたりしない。約束するから、泣かないで」
「泣いてません」
「そ? 目が赤いけど」
たまたまだ。彼から顔を背け、室内へ戻る。
せっかく逃げられたかもしれないのに、気付いたら自分の方が彼を求めている。一体どういうことだろう。
シャツに着替えてソファに座ると、リザベルさんは着ていたジャケットを脱いだ。
「ちょっと近くを偵察してたんだ。アリヴァー家の追手が彷徨いてないか」
……そうか。
自分だって危ないのに、独りで外の様子を見に行ってくれていたんだ。
改めて申し訳なくなり、頭を下げる。
「すみません。……全然お役に立てなくて」
「いいや? 君はいるだけで私の力になる」
と、彼は俺の隣に来て、ぎゅっと抱き締めた。
「本当に。叶うならあのまま三ヶ月ぐらい呪いにかけられて、君にお世話をしてほしかったな」
「…………」
無垢で誠実とされてるウェスタンド家の次期当主がコレというのも、ちょっと問題だな……。
ある程度のことは聞き流せるようになってきたけど、どうしても黙ってられないこともあるわけで。
「もうちょっとしたらまた、君が可愛い声で泣きながら私の上で腰を振る絶景が見られたのに」
「本当に申し訳ありません。どんなことでもするので、二度とそれを口にしないでもらえますか?」
羞恥心と自己嫌悪で気が触れそうだ。
真剣な顔で言うと、彼は無邪気な顔で笑った。
「謝る必要はないよ。むしろ感謝してるんだ。私は確かに男女問わずモテたけど、これまで誰かに夢中になったことはなかった。でも君は、そんな私を目覚めさせてくれた」
呪いから。……じゃないよな。
性癖という、目覚めさせちゃいけないやつを呼び起こしてしまった。これは確かに、俺の罪かもしれない。
「……あ。そういえば人の記憶を奪う呪術があったような」
「ちょっとちょっと、やめなさい。そもそも呪いはつかっちゃ駄目」
リザベルは慌てて片手を翳し、ユノの額を指でついた。
「君はもうただの男の子だ。アリヴァー家のひとりであることは隠し、新しい人生を歩むんだよ」
「新しい人生……」
「そう。私の妻として」
「あぁ……え?」
何か、理解に苦しむワードが聞こえた。
聞き間違いであってほしいと思ったけど、リザベルは床に膝をつき、俺の手の甲にキスをした。
「ユノ。ここで誓わせてくれ。私は君を永遠に愛する」
「あ……愛、って」
「求婚するということだよ。私と結婚してくれ」
感情の処理能力が限界を越えた。
信じられない要求を立て続けに聴いて、完全にフリーズする。
だって、色々おかしすぎる。俺は世間知らずだけど……そんな俺でも分かる。絶対、色んな手順をすっ飛ばしてるって。
百人いたら百人が猛反対するだろ、この求婚。
「何を……出会って一ヶ月ちょっとですよ? 実際に話したのは一週間だけ。貴方は俺のことを何も知らない」
正気じゃない。それか、舞い上がり過ぎてる。盲目になって、恋愛を美化し過ぎてる可能性がある。
まぁ俺も彼で自慰したり、助けを求めたりしたから強いことは言えないけど。それでもウンと言ってはいけない。
「黙認されてるけど、俺の一族は犯罪者集団です。そんな俺が貴方と一緒にいるわけには……」
「絶縁したことにすれば、そんなことを気にする必要はない。縁を切らずとも、私は君を妻に迎え入れるつもりだ。周りがどう思おうが関係ない」
「性急過ぎますよ……」
当事者同士で決めていいことではない。これは国の今後を揺るがす二つの家の問題だ。
まして、自分のせいで彼が責められたら。それこそ耐えられない。
「俺、外に出てやっとわかったんです。独りは怖いけど、人も怖い。あまりに人と関わってこなかったから……そんな俺が誰かと笑って過ごす未来が、とてもじゃないけど想像できない」
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