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第20話

連れて行かれたのは、壁一面が大窓になってる特徴的な応接間だった。 部屋にはマレードさん以外誰もいないけど、扉の外にはたくさんの警備隊がいる。 ラルドさんも入ることは許されず、こっちが心配になるほど狼狽していた。気の毒過ぎて申し訳ない。 ( 迷惑かけないようにって思ってたのに……やらかしちゃったな ) リザベルさんがいればまた話は違ったんだろうけど、彼は今出張中で連絡がとれない。 次から次へと問題を起こして。やっぱり、俺の存在自体災厄だ。ため息を飲み込み、目の前の男性に向き直る。 「疲れただろう。そこにお座り」 「あ……失礼します」 席につき、改めて一礼する。一旦でも助けてもらったのは事実だ。 そして祓いの力を持つ一族……初めて聞いたけど、何故か懐かしい感じがする。見た目が優しそうなおじいさんだから、という理由じゃない気がするけど。 「落ちた伝票を拾っただけなのに……」 「はは、それも立派な縁さ。現にこうして結びつかせてくれただろう?」 彼はひとしきり笑った後、ゆっくり腰かけた。 「そこら中の国を回ったんだよ。……そして、ようやく見つけた」 「……?」 何の話だ? 不思議に思っていると、彼はさっきのお守りをテーブルに置いた。 「かすかに呪力が残ってるが、もう誰が持っても何も起きないはず。君がこのお守りにかかった呪いを祓ったんだ」 「でも……俺はそんなことできません」 自分がかけた呪いの解き方は教わっていたけど、他人がかけた呪いの解き方なんて。 「無自覚みたいだが、君にはその力がある」 「どうして?」 マレードさんは前に屈み、祈るように両手を握る。 なにかを躊躇っているように見えた。 俺も……ひとつの憶測に辿り着いているのに、それを口にするのが怖くて、何も言えずにいる。 自分が何者なのか。それを知ることは、これまでの自分を否定することのような気がしてしまって。 「ユノ。君は本当は……」 マレードさんが徐に話し始めた瞬間。 俺達の間にある大窓が割れ、凄まじい黒煙が入ってきた。 「何……わっ!」 逃げる間もなく腕を掴まれ、誰かに引き寄せられる。マレードさんのことが心配だったが、どうすることもできなかった。 目隠しと手錠をかけられ、抱きかかえられる。あっという間に城外へ運び出されてしまった。 車に乗せられたのは分かるし、連れ去った相手も分かる。幸い口は自由だったので、勇気を出して問いかけた。 「どこに行くつもりですか」 「……貴方の家ですよ。我々は旦那様に頼まれ、貴方を助けに来たのです」 やはり、父の仕業か。 ため息がもれそうだった。座席の両隣とも誰かが座っているから、目が見えても逃げることは難しそうだ。 それに笑ってしまう。助けに来たなら、手錠をかける必要がどこにあるのか。 こちらの心中を察したのか、傍にいる男性は静かに告げた。 「……貴方の為ですよ。少しでも反抗したら殺せと言われてますから」 「……」 疑われてるのは間違いなさそうだ。 一族からしても、俺がリザベルさんを連れ去ったのか、それとも連れ去られたのか。推し量れずにいるんだろう。 本当に帰ってきてほしいなんて思ってない。心配してるのは、俺が一族の秘密を外に漏らさないか、ということだけ。 今はもう、クリスタッドにもアリヴァー家にも居場所がない。 そしてこれから口封じが待っている。古城に連れ戻されてから確信した。 カビ臭い地下牢に入れられ、天井から吊るされた錠に繋がれる。 これをつけられたのは初めてだ。拷問用だろうけど、子どもの頃は背が低くて届かなかったから。 というか、あの時はどうして牢に入れられたんだっけ。好奇心に負けて、外へ出ようとしたからだったか? 思い出せない。何も……。 現実逃避しようとしてるのか、どうでもいいことばかり考えてる。自分でもしようもないと思ったが、顔に冷水を浴びせられ、それらの思考は断ち切られた。 「よぉ。久しぶりだな、ユノ」 「レイス……」 現れたのはレイスだった。彼は大股でこちらまで来ると、俺の髪を掴んで上向かせた。 「生きてたんだな、お前。なのに家に帰らず、のうのうと王城で暮らしてたなんて……これは立派な裏切りだよな」 リザベルさんが反対してくれたおかげで政府はアリヴァー家に追加の措置は下してないはずだ。でも彼らにとっては音沙汰がないのも恐ろしかったのだろう。 レイスが見せる怒りも、裏を返せば恐怖から来てる。自分達が処罰されるかもしれないという不安に支配されてるはずだ。 「答えろ。お前がリザベルを連れて外へ逃げたのか?」 「あぁ。火事が起きたとき、何故かリザベルさんが目を覚まして……俺も一緒に城を出た」 声を落とし、視線も下げた。もう隠す気もない。 ここで全てを終わりにしても構わない。リザベルさんに言ったら怒られそうだけど。 嘘をつきたくない。だって、間違ったことをしたわけじゃないはずだから。 「俺は一族のお荷物だし、むしろここにいない方が皆嬉しいだろ?」 「この……」 わざと口端を上げて言うも、顔をはたかれた。レイスは怒りで震える拳を振り上げる。 「ああそうだよ。一族はもちろん、当主もお前が死のうと何とも思わない。ただリザベルに取り入ったなら人質の価値ぐらいは生まれるかと思って、わざわざ危険を冒して連れ戻してやったんだ」 レイスは側近から木棒を受け取り、俺の右脚に振り下ろす。 「ぐあ……っ!」 「火事のときを思い出したんだよ。お前が作った薬を飲ませようとした時、瓶が割れただろ。あれも実はお前がやったんじゃないかってさ」 痛みで意識が逸れそうになる。歯を食いしばり、何とか彼の話に集中した。 「お前、他にもなにか隠してるんじゃないか? あの火事を起こしたのも、実はお前なんじゃ」 ……え? 「違う。俺にはいつも監視がついてたんだから、そんなの無理に決まってるだろ」 「ふん。なら真の役立たずで間違いないのか」 レイスは忌々しいと言いたそうに舌打ちし、木棒を床に投げつけた。 「俺は当主からお前の処分を決める権利を与えられてるんだ。お前は一族の害にしかならない。この牢の中で、俺達を裏切ったことを死ぬまで悔やめ」 政府が攻め込んでくる前に、明日には全員ここから引き上げるつもりらしい。 ずっと遠くの国に逃げて、また森の奥にでも潜伏するつもりだろうか。 結局そうやって日陰で生きるしかない。彼らも充分惨めで、哀れだと思った。 って、今一番惨めなのは俺か。 レイス達が出て行き、地下は静まり返る。殴られた部分は痛んだが、少しだけホッとした。 以前の自分ならもっと取り乱したはず。けど今落ち着いていられるのは、ひとりじゃないと分かったから。 例え死ぬ時はひとりでも、俺は一族以外に大切な人達ができた。 昔とは違う。心はボロボロに崩れ落ちていたけど、大切な記憶だけは唯一形を残していた。 リザベルさんも言っていた。恥ずかしいことなんかじゃないって。 城から出たことがないこと、家族から見捨てられたこと……そんなの大した問題じゃない。少し足を伸ばせば、全然違う世界が自分を待ってるんだから。 手錠で傷ついた手首を見つめ、口端を引き結ぶ。 短い間だったけど、俺は幸せだった。 それでもやっぱり願ってしまうんだ。 「リザベルさん……」 最期に、もう一度だけ……会いたい。

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