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第1話

 この季節は夜明けが遠い。  今は何時だろう……ぼんやりと開いた春陽の目には、部屋の薄明かりしか見えず、カーテンの隙間から届く光で時間を判断するのは難しかった。  背中に感じる陽月の体温が心地よくて、逆に空気に触れる足先が寒い。もそもそと縮こまるように布団の中に収めると、それを身じろぎだと思ったのか、はる……? と陽月の静かな呼び声が届いた。  ゆっくりと体を回転させて陽月に向き合うと、抱き寄せてくれる腕の中に収まる。 「ここにいるよ……」  そう返せば、少しだけ、陽月の腕から力が抜ける。 「……おはよう」  陽月が言うので、 「おはよう」  と、春陽も答えた。 「何時?」 「わかんない。……暗いから、まだ夜かも」  陽月の手が枕元に伸びる。時間を確認してくれたのか、五時、と呟いた。 「いつもより一時間も早いね」 「二度寝する?」 「ううん。目が覚めちゃったから、起きてようかな」  そう答えながら甘えるように抱きつくと、陽月も甘やかすように頭を撫でてくれる。  この、まどろみの時間が好きだ。守られているようで、ここにいていいよ、と言われているようで。春陽の全部が許されているようで…………。  コンコン、とノックの音が響く。  はた、と目を開くと、陽月がベッドから立ち上がっていた。ゆっくりと春陽も起き上がる。  ふあぁ、とあくびを一つ。 「おはようございます、陽月様」 「おはよう」  そんないつもの二人のやり取りを聞きながら、眠い目を擦る。  ……俺、いつの間に二度寝してた……?  ※※※  こくっ、と深く首を垂れた衝撃で、陽月は眠りの底から目を覚ます。  外を見ると、随分と日が落ちた街並みに、店のネオンが明々とその存在を主張していた。  学校を出た時はここまで暗くなかった。日が沈むのも早い季節ではあるけれど、さすがに家に着くまでは明るさがあるはずだった。  一体どれだけ眠っていたのだろう……。  傍らに置いてあるくまのぬいぐるみを引き寄せると、「お目覚めですか?」と加谷の声がした。 「うん。……どのくらい寝てた?」 「三十分ほどでしょうか?」 「そっか……」  短く答えて、陽月はまた、窓の外に目をやった。  流れている景色は、どれも見慣れたもの。いつもの帰路にいるのだと分かる。  自分の起きるタイミングを見計らって、少しだけ遠回りをしてくれたのだろうか。 「ありがとう」 「いえ。今朝はお早かったのですか?」 「はるが五時に起きた」 「そうですか」 「それからまた、すぐに寝たけど」  朝の事を思い出して、陽月は少しだけ笑った。もう起きる、と言ったのに、優しくあやせば、春陽はもう一度夢の中に落ちていった。それがとても可愛くて……安心する。  春陽が無防備なのは良いことだ。信頼されている、と分かるから。  それを知ってか、加谷は 「陽月様も、ちゃんとお休みになって下さいね」  と言った。 「寝てるよ」と返せば、本当に? と、少しだけ疑いの声が返ってくる。……加谷は分かっているのだ。陽月の眠りが浅いことを。  自分が眠っている間に、また、春陽がいなくなってしまうのではないか……――そう、心のどこかで不安に思っている自分を……。 「隣にいるって……分かってるのにな」 「すぐに慣れなくても良いんですよ。少しずつ、解けていきますから」  ぽつりとこぼせば、陽月の弱さは否定されることなく受け入れられる。 「それに、春陽様のそばには……一応、碧生もいるので」 「一応、なんて。ひどいな」  くす、と陽月は笑った。謙遜なんてする必要ないのに。 「碧生のことは信用してるよ。はるのために、色々と気を遣ってくれてる」  陽月が弱音を吐いても、加谷だけは理解してくれる。同じように、自分たちのいないところでは、碧生が春陽を支えてくれているのだろう。  それがどれだけ心強いか……。 「俺から見れば、まだまだ足りないとこだらけですけどね」 「あははっ……。手厳しいなぁ、お兄ちゃんは」  軽く笑いながら、陽月はくまのぬいぐるみの頭を撫でる。春陽と遊園地へ行った時に買った、お揃いのそれ。  陽月の部屋に置いても良かった。けれど、春陽が自分の車に乗せていたから、なら、と陽月もそれに習った。  春陽の代わりと言ってはなんだが……少なくとも、陽月を優しい気持ちにさせてくれる、愛しいもの。  穏やかな時間に包まれながら、陽月はされるがまま、ゆったりと車の揺れに体を預けた。  ※※※  夕食後、陽太は「渡したい物がある」と、春陽と陽月を呼び止めた。  クリスマスプレゼントには些か早すぎる。なぁに? と聞く春陽の前に、陽太はリボンの掛かったジュエリーボックスを置いた。同じように、色違いのリボンの箱を、陽月の前にも。 「開けてみて」  少しだけ弾んだ陽太の声に、春陽はゆっくりとその箱を開き、「うわあっ……!」と、驚きと喜びが混じったような声を上げる。  そこにあったのは、今の春陽の瞳と同じくらいキラキラと輝く、一粒のダイヤのペンダントだった。 「三人お揃いね。気に入ってくれた?」  陽太も同じ箱を手にして笑う。 「うんっ!」  春陽は満面の笑みを浮かべて返事をする。  対して、陽月は少しだけ複雑そうに陽太を見た。「なに?」と、陽太は陽月に問う。 「……いや、何でもない……」  陽月は言葉を飲み込んで、ボックスの蓋を閉じた。 「……ひいはお揃い嫌なの?」  不思議そうに春陽が聞くと、陽月は「違うよ」と気を取り直したように笑顔を見せる。 「嬉しいよ、お揃い」 「えへへっ、だよねぇ! ひな、ありがとう」 「どういたしまして。忘れずに、ちゃんと毎日付けてね」 「うんっ!」  春陽は素直に返事をして、陽月は無言で頷いた。  部屋に戻り、春陽は早速それを身に着けようとする。 「付けましょうか?」  碧生がそう言ってくれたので、ありがとうとペンダントを手渡して、くるりと背を向ける。 「……なるほど」 「ん? なぁに?」 「あ、いいえ。何でも……」  丁寧な手付きで、春陽の正面にダイヤモンドがあしらわれる。程よい大きさのそれは、上品な輝きを纏って春陽を飾り付けた。 「きれい……」 「そうですね。さすが陽太様のお仕立てです」 「あ、でも……俺にはもったいないかな……?」  嬉しいのは確かだ。けれど、このプレゼントに見合う価値が自分にあるのだろうか……。少しだけ気落ちしそうになる春陽に、「お似合いですよ」と碧生は言葉をかける。 「毎日身に着けていれば、きっとすぐに春陽様に馴染みますよ」 「……そうかな?」 「そうですよ。毎日付けてもらえるように、陽太様がお選びになったんだと思います」  むしろ、忘れたら慌てるだろう。出掛けたはずなのに、“位置情報”が部屋のままならば。  陽月はきっと、即座に分かったのだ。だから安易に喜べなかったのだと、碧生は思う。彼は春陽と違って、管理の対象にはなりたくないのだから。  もちろん春陽は陽太の意図に気付いていない。きっと、その方が幸せだ。ならば、わざわざ碧生が水を差す事ではない。  家に帰ったら「あれ、取った?」って兄ちゃんに聞いてみよ……。  鏡を覗き込みながら上機嫌な春陽を見つめて、碧生は思った。

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