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第14話
三学期が始まる。
車から降りた春陽の吐いた息は、白いもやになって宙に溶けた。
「行ってきます」といつも通りに碧生に告げて、校舎へ向かう。
友達と「あけおめ!」と挨拶を交わして教室へ入ると、待っていたと言わんばかりに椎名が春陽を呼んだ。
「ねぇ、秋原、学校辞めたんだって」
「えっ、そうなの?」
「うん。今日、退職のプリント配られると思う。でね、あいつ今どこにいると思う?」
少しだけニヤニヤしながら、椎名は春陽に問う。
「どこ、って?」
「うちの店の隣」
声を潜めて椎名は言った。
「店の隣って……デリヘル?」
「しぃ〜、静かに」
人差し指を唇に当てて、椎名は言った。あっ、と春陽も両手で口を覆う。
「……この前、店行った時に見かけたんだよね。隣の店から出てくる秋原。あいつ私と目があって、悔しそうにしてたよ」
「で、でも……何で?」
「さぁ? ブランド物好きだったじゃん? それで金使いすぎたんじゃないの?」
「ああ、そっか……」
秋原は、春陽が金持ちから貢がれていると思っていて、髪飾りにも嫉妬をし、春陽を羨ましいと思っている節もあった。
高価そうな指輪をしていたこともあったし、お金の使い方を間違えたのかもしれない、と春陽は思った。金融会社から借りた金を返済出来ずに、歓楽街に身を置くことになる人間もいるというのは、春陽も見知っている。
そんな秋原を、「いい気味」と椎名は笑った。
「うちらをバカにしたバツが当たったんだよ」
春陽は苦笑しか返せなかった。もちろん、秋原の自業自得だろうし、可哀想とは思わないけれど……これから苦労するんだろうな、とは思ったから。
「おーい瀬野っち」
少し気落ちした春陽の肩を、遠藤が叩いてくる。
「わっ!? な、何?」
「これって瀬野ん家のこと?」
ネットニュースの記事を見せながら、遠藤は春陽の肩を組んできた。
なに……? と記事を覗き込んで、春陽はぎょっとする。
『大路家没落』と題されたそれには、以前から傾いていた経営が、主要取引先の離脱をきっかけに破綻した……との内容が書かれていた。
「……大路家の主な事業は、清水グループ及び西園寺グループが引き受け、瀬野グループも関与するとみられている。……はぁ……」
「はあって、お前ん家のことじゃねぇの?」
「お、俺んちの事……かなぁ?」
正直、春陽も寝耳に水である。もちろん、陽太たちが普段どんな仕事をしているかなんて春陽は知らないから、この“瀬野グループ”が、うちのことなのか、はっきりとは言えない。……十中八九、うちだとは思うけれど。
「ああ、それ、うちのことですよ」
ひょい、と春陽の横から顔を覗かせた人物に、春陽は驚きの声をあげた。
「碧くんっ!?」
「確か、引き受けたのはアパレル部門だったと思いますけれど。瀬野家がメインではないので、仕事が一つ増えたくらいでしょうか」
スラスラと説明する碧生に「へー、すげぇ」と遠藤は言った。が、春陽はそれどころではない。
「な、何で居るの?」
ここは校内だ。碧生がいるべき場所ではないのに……。
「教育委員会を通じて、瀬野家に学校側から要請があったんですよ。春陽様を預かることに不安があるから、護衛を付けてほしいと」
「は、はぁ……」
「なので、私が参りました」
首から下げた、“関係者”と書かれたネームプレートを見せて、碧生が微笑む。
「これからは、学校でもサポートさせて頂きますね。あ、ご安心下さい。春陽様のお邪魔にはならないように配慮いたしますので」
開いた口が塞がらない。もちろん、嫌と言うわけではなくて、単に驚いてしまって。護衛を付けるほど大層な立場ではないのに。
周りがざわつく。凄ぉい。かっけえ。さすが瀬野。……などという、感嘆の声が春陽の耳に届く。
キーンコーン……とチャイムが鳴った。
生徒たちが席につく。
碧生も春陽のそばを離れて、教室の後ろへ下がった。
春陽も、整理のつかない頭のまま着席する。
「ねぇ」
「な、何?」
「後で執事さん紹介して」
椎名が目を輝かせて言った。
教室のドアが開き、常田が姿を見せる。
「おはようございます」
「おはようございまーす」とクラス中から声が上がり、春陽も小さく声を出した。
「おはようございます」
それは、新しく変わってゆく春陽自身にかけた言葉のようにも聞こえた。
――『モーニング・コール』END
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