1 / 3

Prologue

血の匂いを、僕はもう憎んでいない。 むしろ懐かしいとさえ思う自分が、そら恐ろしくもある。 記憶することは、呪いに似ている。 一度目を通した書類の文字も、視界に入った地図の断片も、焼け落ちた祖国の紋章も、炎に消えた家族の叫びさえも、僕は一つとして忘れることができない。 だから誓ったのだ。 この帝国の誰よりも多くを知り、誰よりも深く潜り込み、いつか――この手で全てを終わらせると。 鎖に繋がれた奴隷の名を、彼は知らない。 かつて一国の王子であったことも、その瞳の奥に何を映しているのかも。 彼が僕に触れる手は、いつも二つの記憶を連れてくる。 折檻の夜、僕を傷つけた指先。 看病の夜、傷口に触れることさえ躊躇った指先。 いずれも震えていたその指先の、区別がつかなくなってしまった時点で、僕の運命は決まっていた。 氷のような眸をした皇子は、 いつか気づくことになる。 飼われていたのは、 果たしてどちらだったのかを。 これは、僕を支配しているつもりだった男が、気づけば僕に囚われて堕ちていった記録だ。 ――始まりは、ただの奴隷だった。少なくとも、彼はそう信じていた。

ともだちにシェアしよう!