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プロローグ|アラバスター

 僕の次の住居は、牢獄か死の国か、そのどちらかだと信じていた。 「辺境地区(グラスウォール)への追放……!?」  故に、新任宰相からの申し渡しを受けた時、不遜ながらも思わず声を荒げてしまった。  久方ぶりに張り上げた声で、喉の奥が震えひりつく。使わない器官は徐々に退化するものだ。このところ、些細な言葉すらも発する機会がなかった。  しかし僕は、ただの置物になり下がったわけではない。少なくとも、自分ではそう自覚している。  不躾にも立ち上がり距離を詰める僕に対し、少々たじろぐ姿勢を見せた宰相は、きまり悪そうに視線を伏せた。 「アラバスター様、お怒りはご尤もです。ですが、どうか平常心をお忘れなきよう――」 「私はいたって冷静です。スピネル宰相様にお尋ねしますが、その決定はカラカッタ陛下の御意思なのですか?」 「――陛下はこのような些事にお心を砕かれることはありません。すべて宰相である私の決断でございます」  成程、それで――。  それはそうだろうな、と、失笑気味に苦笑を零す。  確かに僕の進退など、国という大きな入れ物の混乱の中では些細な事だ。  半日前、国王であったはずの男が反乱軍に捕らえられた。  決して盤石ではなかった現政権はあっという間に解体し、まるで最初からそこにあったかのようにカラカッタ女王陛下率いる新政権が誕生した――と聞いている。  僕はこの一連の騒動を実際に目にしたわけではない。混乱の真っ只中にある宮廷で寝起きしているにも関わらず、だ。  僕がこの国で、この宮廷内で感知できる範囲は、視界を上げて見渡せるこの部屋の中だけだ。  スタトゥアリオ前陛下の投獄を知らされた時、僕は己に降りかかるだろう刑罰を思い、覚悟を決めた。  何故ならば僕は、スタトゥアリオの寵愛を受ける装飾石(ブローチ)だ。  何もせず、何も成さず、ただ囲われて国の財を消費するだけの飾り物。稀代の暗君のお気に入りのブローチ。  絵に描いたような傾城傾国の象徴だ。  ――やっと。  ――やっと、解放される。  そう思ったのだ。呪われた石持ち故に、自ら命を絶つこともできない。自由に発言することも、動き回ることすらもできない。ただ、日々の苦痛に耐えるだけの、無益な生活。  それが終わるのだと、歓喜さえ覚えたというのに。 「追放……グラスウォールに追放? ?」 「ええ、追放です」 「……宰相様の決定だ、と仰いましたね。それならば私は貴女に抗議します。私の身は、捕らえるかさもなくば、殺すべきだ」  再度詰め寄る僕に、年若い外見の宰相は精一杯と知れる態度で声を張る。 「アラバスター様、貴方は追放されるのです。できるだけ早急にご支度を。明日にはグラスウォールから迎えの船が到着します。これは国の決定です」  僕の抗議など、はなから聞くつもりなどはないのだろう。スピネル宰相は表情を硬く保ったまま言葉を連ねる。  一刻も早く、傾国のブローチなどとは縁を切りたいとでもいうように。 「アラバスター・フェルエナ様。貴方は明日より、グラスウォールにて余生を過ごし、(あけ)(くに)に貢献するよりよい民として過ごすのです」  それは僕にとって、唯一願っていた解放が遠のくだけの宣言であり、この苦痛がまだ続くのかと膝を折り絶望するに足りる程残酷な言葉だった。

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