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プロローグ|オプシディアン

 俺の今の上司は、痴れ者だのぼんくら領主だのとよく罵られがちだがしかし、かなり抜け目のない横着者だ。 「王都からの要人護送、ですか?」  故に、この命令もどうせ頭の痛い厄介事なのだろうと予測がついた。  辺境地区と呼ばれるこのグラスウォール領へと左遷――まあ要するに『石流し』される民人は少なくはない。とはいえ皆、自分の足か定期的に行き来する運搬船で川を下り、この地へとやって来る。  わざわざ出迎えに、それも今すぐ早急に発て、などという話は珍しい。というか、俺がグラスウォールで働き始めてから初めてのことだった。  怪訝な顔を隠さぬ俺に、いつも通り覇気のない表情のラリマー卿は淡々と言葉を連ねる。  この人が無能だと勘違いされる理由の大半はこの、なんとも言い難いやる気のない雰囲気のせいだろう。 「言っておくけどね、私の指示じゃないんだからね。これは正真正銘、王都新政権からのお達しだよ」 「ああ……ついに政権はカラカッタ王女の手に渡りましたか」 「先刻、慌てふためいた文が二、三通届いたよ。まぁね、きみくらい聡明だとね、そういう反応になるんだろうけどね、ほら世の中そうそう利発な民ばかりじゃないからねぇ、しばらく忙しなくなるだろうね」 「……石流しも多くなるでしょうね」 「ねー。本当にみんなね、ウチをごみ捨て場扱いするのをやめてほしいものだよ」 「しかし、迎えに来いと言うのは異例ではないでしょうか」 「それだけ面倒で繊細な人物だということだよ。きみも聞いたことあるでしょう、ほら……スタトゥアリオ陛下の装飾石(ブローチ)」 「あー……。あー……はい……」 「まあ、ね、そういう反応になるよね、うん。わかるよ、うん」  ほら、やはり面倒な案件だった。  ただし今回はラリマー卿が発端ではなく、王都が押し付けてきた厄介事らしい。これに関して、卿に文句を言うわけにはいかない。  スタトゥアリオ陛下――今はもう、『前陛下』と言うべきなのだろうか。彼は誰が見ても紛うことなき暗君だった。  決断力がなく、学もなく、かといって人間性が良いわけでもない。それならば口を出さず黙っていればいいものの、家臣の提案は聞かずに愚策ばかりを弄した。  あまりにも愚鈍すぎるかの王には、次第にとある噂が付きまとうようになる。  ――スタトゥアリオ陛下は、お気に入りの宮廷術師(コートメイジ)に心ばかりか理性さえも奪われているに違いない。  ――何も成さない王に贔屓にされ、何も成さずにただそこに在るだけの美しいだけの装飾石(ブローチ)に。  ……そう、要するにこの『傾国の美人術師』ことブローチこと、宮廷術師のアラバスター・フェルエナ殿を迎えに来い、そしてグラスウォールで面倒を見ろ、というのが、新政権からいの一番に届いた命令なのだろう。 「……真っ先に行う人事がそれでいいんでしょうか」  思わず眉間を押さえて唸る。俺の不敬すぎる発言を、ラリマー卿は咎めたりはしない。 「まあ、アッチの事情はコッチにはわからないからね。もしかしたら、本当にひどい人物で、一刻も早く王都から追放しないとまずいって状態なのかもしれないからね。ディアン、悪いけどね、ちょろっと行ってきてほしいんだよね」 「俺が、ですか? いえ、行くのは構いませんが――」 「柵の修理はアンバーに頼んでおけばいいよ。時期的にも夜獣(やじゅう)がふらつくこともない筈だし、武具の整備は先日やったばかりだからねぇ」 「はぁ。しかし、献上物の検品が……」 「いや実はね、この件がシリシャスシストにバレちゃってね?」 「…………………なぜ……」 「文を受けたのが彼だったの。それでまあ、お察しのとおりね、シリシャスシストが王都に行く気満々になっちゃってるわけ。というわけでディアン、きみはシリシャスと一緒にアラバスター殿を迎えに行ってほしいの」 「……俺はシリシャス隊長のお守りというわけですか」  成程、こちらがメインの『厄介事』だったか。  確かにあのぼんくら隊長のお目付け役となれば、年若いアンバーや他の隊員では難しいだろう。 「私としても、私兵隊の隊長及び副隊長を留守にさせるのは嫌なんだけどねー。でもシリシャスが……行くっていうから……」 「お察しします。どうせお気に入りの娼館にでも立ち寄るつもりなんでしょう。グラスウォールには娼館はありませんから」 「面倒かけてごめんねぇ」 「とんでもありません。ラリマー卿の御命令とあらば」 「ふふ。そんな事言って、ちょっと面倒くさいと思ってるくせに」 「思ってはいますが、御命令には従いますよ。それがこの場での俺の仕事ですから」  にっこりとは言わずともほのかに表情の力を抜くと、少し安心したかのようにラリマー卿の表情も綻んだ。  政権が変わったとなれば、確かに忙しなくなるだろう。辺境地の仕事も勿論増えるし、領主であるラリマー卿の仕事も準じて増えるに違いない。その心労、推して知るべしだ。  それに、王都から押し付けられる『客人』がどのような人物なのか、俺達は名前と風説程度しか知らない。 (……厄介な人物でなければいいが)  シリシャスはこと仕事に関してはぼんくらだが、決して会話ができないわけではない。俺は彼のお目付け役に徹し、ブローチ殿の相手はシリシャス隊長に任せよう、そうしよう――。  面倒事には、近寄るべきではない。  それがグラスウォールで暮らす俺の、ごく単純な信条だった。

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