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エピローグ◇アラバスター
さて、このところのグラスウォールでは、とある噂がまことしやかに囁かれているらしい。
それはなんと、
『有能術師殿は、堅物男に恋慕しているらしい』
という甚だ失礼な物だ。
失礼、というか、遺憾だ。僕はこれを当事者として真向から批判したい。
まず僕は有能かどうかというところから指摘したいところだが、客観的な意見を出せる者が皆無なのでこれについてはスルーすることにする。
僕は僕なんぞただ宝石術が若干得意なだけだぞと思っているが、グラスウォールきっての宝石術の担い手であるヴァーダイトも、その旦那のアンバーも、僕の侍女扱いにすっかり慣れてしまったトリンも、そして相変わらず仕事をしたくない本音が駄々洩れているラリマー卿も、僕とは絶妙な距離をとるシリシャスシストでさえも――皆揃って僕を指差し有能であると断言する。
仕方ないのでここでは有能術師というのを一つのあだ名である、ととらえることにする。
問題は『有能術師』である僕が、堅物男――オプシディアン・アレスにまるで片思いを拗らせているかのような言い草の方だ。
「とんだ勘違いだ! 僕と! 彼は! 正真正銘両想いだというのにどういうことだ!?」
勢いに任せてバシン、と机を叩いたものの、部屋の主である薬師は微塵も動揺を見せない。
くそ、こいつの動揺を誘える者など、新種の生物かラ・トス・トスくらいか……。
しれっとした顔で作業の手を止めぬまま、テラヘルツはいつものへらへらとした口調でおざなりに応じた。
「仕方ないよねぇーオプちあれじゃん? すっごいポーカーフェイスじゃん? なんてーの、アルカイックスマイル? アルカイックってなんだろね、後でラトトちに語源きーこう。――そういうサァ、何考えてるか全然わかんない感じでしょ。はたから見てればバスタんが一生懸命口説いてるようにしか見えないもん」
「部屋の中では睦言の連打だが……?」
「そういう風に見えないんだよね、一見ね、わからんでもないけどね、オプち絶対ムッツリじゃん?」
「……お前、わりと的確に他人の分析をしているところが少し怖いよな」
「ぼくはバスタんのその臆せず全部言っちゃうとこ、割と好きよ~。あとやっぱねぇ、身体のルールに抗ってるところ、すごくいい」
「身体のルール? ……ああ、魅了魔力や宝玉の色の事か?」
「そうそう。ぼくサァ、きらいなんだよねー身体のルール」
身体のルール。抗えない生まれ持っての特性。
それは僕にとっては白い宝玉と魅了の呪い、ディアンにとっては黒以外の髪と瞳の色だろう。
もう少し範囲を広げれば、宵を傷つける事の出来ない明の民、明に安らぎを与える体質の宵の民なども、その一端かもしれない。
「縛られるの、嫌でしょ? ぼくらは考えて行動できるのに、ルールが邪魔をするなんて腹が立つ」
「……お前らしい意見というか、独特な怒りポイントだが、まぁ、わからんでもない」
「だからルールガン無視で恋愛なんて感情にメロついてるバスタんとオプち、わりと好きだよ。特にあの規律大好きオプちがさ~バスタん好き好きすぎて命令違反待ったなしでガルついてるのとかサイコーに良いよね~~~もっともっとあたまおかしくなってほしい~って思う~~~」
「……まあ、僕がシリシャスシストと組むシフトになるとわかりやすく全力で阻止しようとするさまが可愛らしい、という感覚はわかるが、なんというか絶妙な応援のされ方をしているな……」
「否定されるよりよくない? 理由なんかどうあれさ、目に見えている行動が全てなんだから」
「なんだか丸め込まれているような気がしないでもないが……目に見えている行動がすべて、というのなら、やはり僕が片恋扱いされているのはディアンの行動のせいということでは?」
「ふふ、その話題粘るねぇ~別にそれはどっちでもよくない?」
「よくない。アレが僕にゾッコンだと民に知らしめないと変な虫がつく」
「うーん……え、いや、どうかなぁ……オプち確かに結構人気あるけど、恋人にしたいって感じの人気とちょっと違う気がするんだよな~~~」
「は? 何故だ? あれほどまでに理想の恋人はいないが?」
「ぼくに切れるの怖いからやめてー。あんまりうざ絡みすると追い出しちゃうよ~。恋愛の相談は本人たちで解決してよねー、ねえ、オプち?」
くるりとこちらを向いたテラヘルツは、僕の頭の上あたりを見て首を傾げた。
振り返る前に、頭の上から馴染み深い低い男の声が落ちてくる。二人きりだと驚くほど甘いのに、一歩でも部屋の外に出ると途端にトーンダウンする、真面目で堅すぎる男の声だ。
「テラヘルツ、お前午後からは回診の予定だっただろう……何故まだ宿舎内に居るんだ?」
「えー。行きたくないからだけど?」
「……あのな、そういう我儘を許せる環境ではなくなったんだ……頼むから協力してくれ」
「はいはい、わかってるってーばー。ちょっとバスタんに頼まれてた検査、先に片付けちゃおうって思っただけだよ」
「検査? ……どこか具合でも悪いんですか?」
唐突に声に甘さが増し、僕はついにやついてしまいそうになる。ディアンが他の民に対し毅然と接する態度は惚れ惚れする程格好いいと思うし、僕に対して急にあまったるくなる瞬間もまた、うん、これがかなりたまらない。
「いや別に、具合が悪いということではないんだ。ただ少し余裕が出来たから、前々から気になっていたことを相談しただけだ」
「気になっていたこと?」
「バスタんのー体質についてーだよー。お、結果出た。アッ、予想通り!」
「体質……?」
ディアンは更に首を傾げた様子だ。
僕がテラヘルツに頼んでいたものは、僕の『耐性』の強度についてだった。
「すごいね、うん、バスタんの予想通り、バスタんはいろんなものへの耐性が馬鹿高いね! これなら確かにあの殺人ネックレスつけてても死なないや」
「殺人……ネックレス……? まさかそれはあの、アラスタが王宮でつけていた毒気寄せの頸飾?」
「そうそう。あれサァ、ちょっと前にね、興味本位でつけてみたんだけど、ふふ、十も数えないうちに吐いちゃったんだよね。あんなんずっとしてたら流石にどんな明の民でも死ぬよ。ギリギリ耐えられたのは、元々バスタんがありとあらゆるものに対しての耐性があったからだ」
実際、ラリマー卿とトリンには僕の魅了は効かない。彼らは元々、宝石術に対する微妙な耐性を持っている。
「変だな~って思ってたんだよね~。耐性とかは体質だけど、魅了加護は宝石術の一種だもの。そんなの何でつけちゃったの? まがい物の子に? って思ってたんだけど、これアレだなぁーたぶん、このバチクソ強い耐性体質を誤魔化す為に、上から加護付けてばれないようにしたって感じ? じゃない?」
「誰が一体、そんなことを」
「え、わっかんないけど、バスタん王宮で生まれたんでしょ? そんで母体は宮廷術師だったんでしょ? じゃあみんながそうしたんじゃない?」
――みんなが、そうした。
テラヘルツの言う『みんな』とは、つまり、王宮の宝石術師達の事だろう。僕の母体である、母親も含めて。
「あー……つまり僕は、実験的に作られた個体、ということか」
「じゃない? 王都では結構前から宵の奴隷が飼われてたみたいだし、ってことは宵の人達が性質的にぼくらを屈服させやすいってことは知ってた筈だからねー。いざと言う時に、宵の民に対する耐性があれば、惑わされずに済む、みたいな?」
「ならば僕に似た体質の者が他にも?」
「うーん、いや、どうだろうねー……結局うまくいかなかったから、次の手段で石割りまくって民量産セール方式に変えたんじゃないの? ひとりふたり、有能な体質の民がいたところでさぁ、国の情勢なんてそうそう変わるもんじゃないもの」
それもそうか、と納得する。
しかしテラヘルツの予想が当たっていた場合、宵の民に惑わされないようにと耐性をつけられた僕は、まんまと宵の男に落とされたことになる。
「……ありがとう。結果が聞けて良かった。報酬は何が良い?」
「薬草採取手伝ってぇー」
「承った。ラリマー卿に掛け合って森の探索の日取りを決めておこう。……ディアン、僕はもう調剤室に用事は無いが、きみはテラヘルツを引っ張っていく係か?」
「ああ、いえ……たまたまこいつが見えたから声をかけただけです。テラヘルツ、回診サボるなよ。あとで様子を見に行くからな」
「まっじめ~~~オプちはもうちょい恋の病に骨抜きになってもよくなーい? ちゃんとバスタんのこと好きなのー?」
「愛している」
「ふふ、即答こわーい……でもいいねぇ、恋愛感情、もっともっと、決められたルールなんか無視しちゃえばいいよ」
楽しそうにふらふらと笑うテラヘルツを怪訝そうに見やったディアンを引っ張り、僕らは調剤室をあとにした。
ああ見えて、テラヘルツは仕事だけは真面目にこなす。放っておいても問題はない。
「……きみはこれから昼飯か?」
以前は隠れ家でこっそりと食事を摂っていたディアンだが、今は宿舎内に急遽作られた『食堂』に足を運ぶことが多い。
まだ少ないとはいえ、ジェット含む宵の民が集まり、我々とぎこちない交流を行っている場だった。
「いえ、俺はラリマー卿の代理で執務室に行く途中でした」
「あー……卿はまだ宵の国か。コンドライトと腹の探り合いをしているところだな」
「書類仕事もぜひ旅の共に持って行ってほしかったものです。まあ、そういうわけにはいかないのでしょうが、肩が凝って仕方がない」
「……手伝うか?」
「ありがたい申し出ですが、密室に貴方と二人で籠ると良からぬ気分になるので辞退いたします」
「いつも思うんだが、その声とその顔とその態度で、よくぞ睦言を連打できるな……?」
「恐縮です」
「褒めてないが?」
「これでも我慢している方です。アラスタは午後からは休暇ですか?」
「いや、ヴァーダイトと宝石術の特訓だ。あとは橋の設計について、ジェットに呼ばれている」
「相変わらずお忙しいですね……俺が構っていただく暇がないのでは?」
「夜はきみが独占しているだろ。……夜と言えば、きみの心配は杞憂に終わったからな、安心して僕に手を伸ばせ」
「……俺の心配?」
「宵の民の催淫の効果で僕がメロメロになっているんじゃないかと、勝手に心配していただろこのたわけ!」
「……あ。あー……はい。あの、そうですね……いやだって、あまりにも閨の中の貴方が、その、可愛らしくて淫らなものだから……」
「だから僕の意志に反してきみの種族の『魅了効果』に騙されていると? そんなわけあるか、いいか、僕はこと耐えることに関しては自信がある。今さっき、それがただのハッタリではないと証明されたしな。僕の気持ちは、何かにそそのかされたものじゃない。きみに、僕の魅了が効かないのと同じだ」
「…………肝に銘じておきます」
「それはそれとして、乳首でいかせようとしてくるのをやめろ」
「……どうして?」
「どうして!? しんどいからだが!?」
「多少苦しい方が快楽は増します。そういうものです。おそらくですがアラスタの乳首は苦痛を快楽に変えられるタイプです。やれます。もっと気持ちよくしてみせるので俺に挑戦の機会をください」
「……きみ、なんでエロいことに関してはちょっとバカなんだ……?」
「貴方に対しては、気取らず全てを晒してもいい、と思っているもので」
そんな風に甘くほほ笑まれてしまった僕はどうしたらいい。文句を飲み込み胸を高鳴らせるしかないだろう、馬鹿。いや乳首に関して僕は了承したつもりはないが! とにかく今、宿舎の廊下のど真ん中でする話題でもなかろう、という事だけはわかる!
身体のルールに従えば、僕たちは番うことはなかったかもしれない。
けれど馬鹿な僕と彼の感情は、きみがいい、とお互い手を取り合ってしまった。恋愛など、浮かれてなんぼだ。本来あるべき本能など、僕らの馬鹿な感情の前では無意味なものだ。
宵と明は、まだお互いを許したわけではないだろう。
これからきちんと交じり合うことができるのかもわからない。僕とディアンが命を終えるまでには無理かもしれない。まあ、そうだとしても、次の未来のきっかけくらいは提示できたと自負することにする。
この国の未来は、常に停滞し、開けることなどないと信じていた。
王宮に閉じ込められていた僕と同じく、ただそこに存在するだけでも苦痛であり、そして希望など抱いたところで無意味だ、と。
しかし今は、別の未来の可能性を掴んでいる。
さて、これがカイヤ妃の思い描いた未来かどうか、それは僕にはわからない。
わからないが、まあ、少なくとも彼女を絶望させるような『最悪』ではなかろうよ、と思うことにしていた。
明と宵のルール。
人間とヒューマノイドのルール。
願わくは、そんなものはぶち壊して、ただきみと僕の歩む道だけを見ていたい。恋に浮かれた愚かな僕は、心底そう思う。
なにせ有能術師 は、堅物男 と恋がしたいがために生きているのだ。
終
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