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〈第2部〉第15話②※

浴室のドア前に適当な服を置き部屋に戻るとしばらくしてシャワーの音が聞こえてきて、俺はふと現実に引き戻される。 ‥一体、どうしたらいいのだろう。 立ち尽くしたまま初めてのこの状況を必死に分析して‥とりあえず布団は敷いてみた。 中岡が出てきたらどんなテンションで話せばいい?つーか、俺なんかにホントにできるのか?冷静になってそんなことをぐるぐると考えるけれど結局答えは出ないままで、余計冷静さを失った気がする‥。 「なっちゃんシャワーと着替えありがと‥って、なんで正座?」 「わっ!‥え?」 突然話しかけられて本気で驚いてしまった。いつの間にか止まっていたシャワーの音にも気が付かず、さらに俺は、緊張のあまり布団のど真ん中で何故か正座していた。 「あ‥や、なんか‥どうしたらいいか分っかんなくて‥‥結果、この体勢に‥」 伏し目がちに口籠っていると中岡が近づいてくる気配を感じて、慌てて顔を上げる。と、ふわりと抱きしめられて再び驚いてしまう。 「え、なに‥」 「可愛すぎなんだけど」 「ちょ‥‥痛っ!」 そのまま後ろに倒されて、俺は思いっきり後頭部を打った。文句の一つでも言ってやろうと思ったものの、見上げた中岡の真剣な表情にドキリとして言葉を飲み込んだ。 「今日、なっちゃんを家に上げたら絶対我慢できないと思ったから帰してあげようと思ったのに‥なっちゃんがいけないんだからね」 「俺のせいかよ」 「‥ううん、なっちゃんのおかげ」 両手を取って指を絡めるとそのまま体重をかけられて、中岡の顔がぐっと近づいてくる。整った顔は男の俺から見てもやっぱりかっこいいなと思った。 「さっきの続き」 「‥‥ん」 絡めた指にきゅっと小さく力を込めると、中岡は唇に、頬に、首筋に、たくさんのキスをくれる。優しく触れて時々強く吸って。その度に漏れそうになる声を必死に抑えた。 不意に解いた右手がTシャツ越しに胸や腹を撫で、その手はやがてシャツの中に入ってきて執拗に胸を弄りだした。 「俺、胸ねえけど‥」 「男でも感じるんだって。気持ちいい?」 「‥‥‥くすぐってえ」 「あはは、そっかー残念」 そう言ってはにかんだ中岡は、今度は右手を俺の下半身へと伸ばす。 「っ‥」 「こっちは感じる?」 「うるっ‥せえ‥」 「ごめんごめん」 こんなところを誰かに触られるのなんてもちろん初めてで、スウェット越しに軽く扱かれているだけなのに全身の血液が全部そこに流れ込んでくるようで、気を緩めたらすぐにイってしまいそうだ。 「ねえ、俺のも触って」 そう言って俺の右手を掴んだ中岡は、そのまま自分の下半身にそっと押し当てる。触れた瞬間、あまりの衝撃に思わず素に戻った。 「‥は?デカっ!」 「‥‥‥ぷはっ。俺褒められてんだよね、それ。どうせならもっと可愛く言ってよ」 「ほ、褒めてねえから!あと可愛くってなんだよ!」 「え?そりゃもちろん『優介のおっきい♡』とか‥いででで!!!」 「もっと大きくしてやろうか?」 「け‥結構です‥‥」 股間を押さえてうずくまっている中岡を下から見上げてため息を溢す。‥でも、なんだかいつもの感じに戻ったみたいで少しホッとしている自分もいた。 「緊張とれた?」 そんな俺を察してなのか、それとも素なのか。どちらにしても、中岡の明るさにはいつも救われる。 「‥少しだけ」 そう言ってはにかむと、中岡は優しく笑い返してくれた。 「お前、その‥したことあんの?」 「同性は初めてだけど、フクちゃんに‥」 「聞いたの?!?!!」 「いやいやいや!流石に聞けなくてネットで勉強したよ。必要なものとか、やり方とか。ほら、俺って努力家だから」 「自分でいうとありがたみ半減だな」 「うわ、ひっど!」 「ははっ‥‥あ、」 「ん?」 ‥待てよ。俺もネットでちょっと調べたことがあるけど、必要なものって‥ 「俺んち、なんもねえよ‥?!」 「ふっふっふ。だと思って‥」 「?」 意味深な笑みを浮かべて立ち上がった中岡は、バッグの横に置いてあったビニール袋を引っ掴んでいそいそと戻ってきた。 「さっきなっちゃんがシャワーしてる間に、ドラッグストアまでひとっ走りして買ってきた!ついでに俺のパンツも!」 勢いよくひっくり返した袋の中からはコンドームとローションと、そしてダサいトランクスが飛び出てきた。ドラッグストアって結構距離あるけど‥あ、だからさっきあんなに汗だくだったのか。 「‥つーかお前、バイク使えよ」 「‥‥あ、ホントだ。忘れてた」 誇らしげに親指を立てているところ悪いとは思ったが、どうしてもツッコまずにはいられなかった。 しょっちゅう周りが見えなくなるのはどうやら本当みたいだ。 もうここまで来たらいい加減覚悟を決めて、俺は潔くTシャツを脱ぎ始める。 「‥‥‥‥」 「‥なに見てんだよ」 「いや‥‥なっちゃんって時々ものすごく男らしいよね」 「は?時々ってなんだよ。俺はいつでも男らしいっつーの」 精一杯強がると、中岡は「そうだね」と笑って同じようにシャツを脱いだ。 別に男の裸なんて見たって見られたって何とも‥‥と思ってはいたものの、この状況ではやはり冷静ではいられなくて、すぐに中岡から目線を逸らしてしまったのだけれど。 「優しくするから」 耳元でそんな風に囁かれたら、抵抗なんてもうできない。 肌と肌が触れ合う感覚はとても不思議で心地が良い。徐々に速まる鼓動も上がる体温も手に取るように分かって、いつの間にか重なるように打つ心音に奇跡すら感じてしまう。 首元に顔を埋めて頬をすり寄せてくる中岡はまるで大型犬のようだ、なんて思いながらくすぐったさで身をよじる。何度もキスを繰り返し、その間も中岡の手はずっと俺のものを愛撫して先走りで濡れた音と乱れた呼吸が静まり返った部屋に響く。限界まで大きくすると、中岡は枕元のローションに手を掛けた。 「ちょっと冷たいかもだけど‥」 ローションをたっぷり絡めた指が後ろに押し当てられると、冷たさと初めての感覚に体が反応してしまう。優しくなぞって時間をかけて少しずつ解されて、それから徐々に中へと入ってくるが異物感でたまらず声が漏れた。 不思議と違和感はすぐになくなり、かわりに押し寄せてくる今まで感じたことのない奇妙な感覚に戸惑いながら、俺は固く目を閉じて必死に声を殺すことしかできない。 「なっちゃん」 「っ‥‥な、に‥?」 「うつ伏せになってくれる?」 「ん‥」 言われるまま体の向きをくるりと変える。これ以上恥ずかしい顔を見られずに済んでよかったと内心ホッとしていると 「この方が落ち着くでしょ?」 そう言われて思わず目を見開いてしまう。中岡にはなんでもお見通しのようで少し悔しいけれど、俺は素直に頷いて布団の端を握りしめた。 布団に顔を伏せたまま腰を浮かせると、中岡は小さく息を吐いて再び指で俺の中を愛撫し始めた。何度もローションを足しながらじっくり慣らされて、痛みがなくなったタイミングで指の本数を増やしていく。内側が押し広げられる恐怖心で一瞬体が竦むが、すぐに快感に飲まれて、三本の指で内壁を擦られると先走りを垂らしながら俺の体はビクビクと厭らしく反応した。 「ん‥‥、っ‥」 すべての指が引き抜かれると名残惜しさで身震いしてしまう。布団にへたれこんでいると後ろから覆いかぶさるように抱きしめられ、中岡は密着させた腰をゆっくりと動かし始めた。 「あっ‥な、に‥」 俺の問いかけが聞こえないのか、中岡は荒い呼吸を繰り返しながら何度も下半身を押し当ててくる。ローションと先走りで濡れたものがヌルヌルと擦れ合う感覚はすごく気持ちがいい。 「‥っ、中岡‥」 「なっちゃん、もう‥入れたい」 俺より切羽詰まった声でそう言うもんだから、驚いて後ろを振り返る。 ‥なんで、そんなに必死なんだよ。泣きそうな顔の中岡を見たら愛しさがこみ上げてきた。 「‥‥いいぜ」 ああ、俺は心底こいつに惚れてる。 「力、抜いて」 耳元でそう囁かれるとビリビリと全身に電気が走り、布団を掴む手に力が入る。その手を上からそっと包んでくれる中岡の手のひらの温かさを感じながら、俺はゆっくりと息を吐いてできるだけ力を抜く。うつ伏せで腰を突き上げる姿勢は正直めちゃくちゃ恥ずかしい。だけど顔を見られるよりはまだマシだ。 「っ‥‥う‥」 入り口に押し当てられた中岡が少しずつ俺の中へと入ってくると、再び異物感に襲われる。十分解されたとはいえ、指とは比べ物にならない圧迫感に思わず表情が歪むが、ゆっくり何度もピストンされて次第に快感がじんわりと体の中に広がっていく。 「なっちゃん大丈夫?痛くない?」 「へ‥‥き‥っ」 時折そう声をかけてくれるが、途切れ途切れに返事をするので精一杯だ。 少しずつ奥に進みながら中岡の手は背中や腰を撫で、そのうち前も扱きだした。前も後ろも同時に刺激されると一気に快感の波が押し寄せる。 「それ‥っ、や‥め」 「気持ちいい?すごいヌルヌルだよ」 先程から止まらない先走りで中岡の手もシーツもぐっしょりと濡らし、扱く手を速められるといよいよ限界が見えてくる。 「‥っ、も‥ムリ‥‥っ」 シーツを掴む手に力が入ると、ビクビクと体を痙攣させて俺は欲を吐き出した。射精後の疲労感でぐったりしながら荒い呼吸を繰り返していると突然腰を掴まれ、俺は後ろを振り返って虚ろな目で中岡を見上げた。 「ごめん、もう少しだけ付き合って」 「‥は‥うそ‥‥っ」 そのまま腰を引き上げられ、先程よりもずっと奥まで中岡が入ってきて俺は情けない悲鳴を上げてしまう。一回達している体は少しの刺激にも敏感になっていて、ピストンされて粘膜が擦れるたびに体が跳ねる。もう、苦しさよりも圧倒的に気持ちよさのほうが勝っていた。 「や‥‥は‥っ、あ‥んっ‥」 ?!! なんだよ、この女みてぇな声は。開いたままの口から漏れた自分自身の声にぞっとして、俺は咄嗟に目の前にあった自分の腕に噛みつく。 「あ‥っ、なっちゃん‥」 「‥んっ、‥っ、う‥」 必死に声を殺して、徐々に激しくなっていく中岡の動きに耐えた。絶え間なく続く快感に頭がおかしくなりそうで、恐怖と快楽とが入り混じった感情から気がつくと涙が溢れていた。 「‥なつ、き‥‥夏生、もう‥」 いつもそうだ。名前を呼ばれると恥ずかしくて、でも嬉しくて、もう我慢できなくなる。後ろから力強く抱きしめられ、背中越しに感じる中岡の息遣いと温もりに体が一気に熱くなり、ついさっき達したばかりなのに二度目の波が押し寄せ、射精しそうな何か違うような奇妙な感覚のまま体がびくんと跳ねた。 「―――っ」 「う‥っ、ぁ」 中岡は動きを止めて微かな喘ぎ声を溢すと、抱きしめる腕にぐっと力を入れた。 「‥‥なっちゃん、すごく‥気持ちよかった‥」 しばらく荒い呼吸を繰り返した中岡は、俺に抱きついたまボソリと呟いた。あ、またいつもの呼び方に戻ってる‥なんて思っているとおもむろに体を離され、中から引き抜かれる時に危うくエロい声が出そうになってしまった。 「なっちゃんは‥気持ちよかった?」 「‥痛え」 「マジかー‥ゴメ‥って!腕どうしたの?!」 「だから痛え」 顔を覗き込んできた中岡は、くっきり歯型が付いた俺の左腕に気づいてだいぶパニックになっていた。相当強く噛んでいたようで、結構痛い。 「何で噛んだ?!」 「声‥出そうだったから」 「出せよ!むしろ出して!!」 「は?ぜってーヤダ。つーか声でけえ‥」 「はー‥消毒しないとじゃん。なっちゃん救急箱ある?あとタオル」 「‥キッチンの棚んとこ」 そそくさとキッチンへ向かう背中を目で追い、まだ体にほんのり残る余韻に浸りながら俺は中岡の名前を呼ぶ。 「‥中岡」 「なにー?」 「気持ち、よかった‥‥と思、う‥‥たぶん」 「!!!!」 「‥あ、」 次の瞬間、中岡の手に乗っていた救急箱が滑り落ちて、ガッシャーンとものすごい音とともに中身が床にぶちまけられた。 「なっちゃん起きれる?」 「おー‥‥‥な、なんとか‥」 「無理しないでね?!」 「平気だって」 若干の無理をしながら布団の上に座ると、中岡は手際よく消毒をしてご丁寧に包帯まで巻いてくれた。 「お前、いい奴すぎ」 持ってきてくれたタオルで体を拭きながら、そんなことをポツリとつぶやく。 「そうかな?なっちゃんは特別だよ。‥‥俺、真面目に恋愛したのなっちゃんが初めてなんだ。だからいつも必死なのかも」 「俺相手に必死とか‥意味わかんねえ」 「好きな人の前ではかっこつけたくなるの!」 そう言う中岡はとても誇らしげでかっこいい。 「‥いいよ、かっこつけなくて」 「え?」 「俺の前ではかっこ悪くていいから」 いつもかっこよすぎて‥だからこそ、俺の前では無理してほしくない。俺はそのままの、ちょっとかっこ悪い中岡が‥ 「な‥なっちゃんもさ、俺といるときは無理したり我慢したりしないで。カッコ悪くても、俺はそのままのなっちゃんが好きだから。だから‥ありのままのなっちゃんを見せてよ。俺がそうみたいに」 カッコつけたいと思っているのは俺も同じだと、中岡の言葉で気付かされる。自分の嫌いな部分も恥ずかしい部分も、中岡になら受け入れてもらえるのかなと、今は前よりもずっとはっきりと思える。 「‥‥そのうち、な」 「‥うん。そのうち、ね」 相変わらずの返事にも、中岡は精一杯の笑顔で返してくれる。その笑顔を見ると、いつの間にか俺も自然と笑顔になっているんだ。 「好きだよ、夏生」 「な‥んで急に名前で呼ぶんだよっ」 「なんか呼びたくなっちゃった」 そう言って俺の体を引き寄せて、中岡は優しく抱きしめてくれる。俺よりもガッチリとした胸、広い背中。それがやっぱり羨ましくて、そして‥ 「ホント、意味わかんねえ」 言葉とは裏腹に、背中に回した腕に力を込める。‥この気持ちは、もう俺の中だけにしまっておくのは限界みたいだ。 「中岡」 「ん?」 「好きだ」 「‥え?」 「俺も好き」 肩を掴んでバッと体を離した中岡は、大きく見開いた目でまじまじと俺を見る。 「初めて‥好きって言ってくれた」 「‥‥初めて言った」 今までたくさんもらった言葉。ずっと思っていて、ずっと言えなかった言葉。口に出すとやっぱり恥ずかしくて‥だけどとても幸せになれる不思議な言葉。 「なっちゃんが俺のこと好きでいてくれてるの、分かってたはずなんだけど‥やっぱ直接言ってもらえると、すっげー嬉しい」 太陽のような温かくて眩しい笑顔はまっすぐ俺に向けられ、見つめる緑がかった瞳は次第に宝石のようにキラキラと輝いて‥ 「やばい、泣きそ‥っ」 「って、泣いてっから!」 「ねえなっちゃん、もう一回言って〜」 「は?もう言わねえ」 相変わらずないつものやり取りをしながら、ちぎれそうなほど強く抱きしめる中岡の腕は今日もとても温かい。いつもだったら恥ずかしくてすぐに払い除けてしまうその温もりを、今日は少しだけ長く感じて、ガラにもなく未来のことに思いを馳せる。 ひとりぼっちだった俺はいつの間にかもうどこにもいなくて、気づけばいつも隣に中岡がいる。これから先も、ずっと隣にいて、寄り添って、この手を握っていてほしいと心から願う。 そして中岡がありのままでいられるように、ずっと笑顔でいられるように、これまでにもらったたくさんの“好き”を、これからは俺も返していきたいと思うんだ。 おわり

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