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第1話 好き

「ふわぁ……」    気の抜けたあくびが、朝日が眩しい駅のホームに響いた。 「眠そうだな。線路落っこちんなよ」 「おー……」 「どうせまた男だろ」 「うっせ」  友人達と軽口を叩き合うも、慣れない朝早くからの登校は頭がはっきりとしない。  電車での登校だなんて、いつぶりだろうか。 「あー……バイク乗りてえ……」  思わず呟くと、友人に肩を小突かれた。   「俺らのセリフな。悠心(ゆうしん)はともかく、なんで俺らまで電車で登校しなきゃなんねえんだよ」 「いや……寂しいじゃん」 「あほか」  昨日、欠席日数の多さに、担任からきつく釘を刺された。担任は母親にも連絡をしたそうで、さすがに堪忍袋の緒が切れた母親は、悠心の愛車の鍵を隠した。  おかげでバイクにも乗れないし、早朝に叩き起こされ、駅まで着いてきた母親のせいで、こうして朝日が眩しい駅のホームに立つことになってしまった。 「最悪だ……」  ぼそりと呟く。  重たいまぶたを無理やり開いていた時。 「……?」  ふと、何か引かれるような感覚がして、そちらの方を見た。  その瞬間、悠心はまぶたを限界まで見開いた。   「悠ちゃん、どした?」  友人の声がどこか遠くで聞こえる。  悠心は急激に意識が覚醒していくのを感じた。 「おい、悠心。もうドア閉まるぞ」  友人が悠心の肩をぐい、と掴み、引きずられるようにして電車に乗り込む。   車両には、柄の悪い黒制服の生徒たちがまばらにいる。同じ学生服を着た悠心は、思わず隣の車両に通じるドアに駆け寄ってびたりと張り付いた。 「な……な……」  わなわなと震えながら呟く。    隣の車両にいるのは、白い学生服に身を包んだ学生たちだ。皆いかにも育ちが良さそうで、悠心の乗っている車両とはまるで別世界が広がっている。  ドア付近にいた学生が、悠心を見るなりびくりと後ずさった。仲間の元へ逃げるように戻り、こちらを見ながらひそひそ話し始める。    ドアの窓越しに、悠心の姿が反射して映る。    どぎついピンク色に染められた髪の毛。耳に開けられたいくつものピアス。唇にもリングピアスが開けられている。  黒い学生服は着崩され、指や腕、胸元にはごついアクセサリーがつけられている。  そして、首元には銀の装飾がされた黒い首輪が嵌められていた。    悠心が一心不乱に見つめているのは、一人の学生だった。  座席に深く腰掛け、読書をしている。  一度も染めたことなどないような艶のある黒髪。すっと整った高い鼻梁に、すっきりとした男らしい輪郭。長い指がページを時折めくる。そして、座っていても隠しきれていないプロポーションの良さ。  白い制服を寸分も着崩すことなく着こなし、アクセサリーの類は一切着けていない。  禁欲的で清廉な姿は、一際強い存在感を放っていた。  そして何より、一番目を引かれたのは、その目だった。  理知的に澄んだ目。だが、何か言いようのない引力のようなものがある。なぜか強烈に惹きつけられた。 「なんだ……あのイケメン……!?」  わなわなと震えながら呟いた。  悠心の茶色の目にはその男の姿しか映っていない。目元はほんのりと赤らみ、潤んでいる。  悠心はリングピアスが光る唇を思わず開く。 「え……好き……」  柄の悪い車両に、場違いな言葉がぽつりと落ちた。 「また出た、悠ちゃんの一目惚れ」  後ろでは友人たちのため息が聞こえてくる。悠心を見ながら苦笑しているのはリーゼント頭をした宏樹(ひろき)だ。 「何回目だ?」  そう言って呆れたようにため息を吐く那智(なち)は、綺麗に染められた金髪に気だるそうな垂れ目をしている。 「や、今回は……ちげえ。なんか……ちげえ」  ぶつぶつと呟く悠心に構わず、後ろでは友人たちが「てか朝から学校行くの珍しくね?」「だって一限の生物あと二回出なかったら単位出ねえらしいから」と雑談している。  やがて、電車が目的の駅に着いた。電光掲示板には『白蘭(びゃくらん)高校・黒条(こくじょう)高校前』と表示されている。    扉が開くと、一斉に白と黒の学生服を着た生徒たちが降車していく。  前半車両からは白い学生服の生徒たちが。そして、後半車両からは黒い学生服の生徒たちがそれぞれ降りていく。駅を出た瞬間から、白と黒が左右に分かれて歩く姿はもはや地元の名物となっている。 「朝からガッコー来る俺ら偉すぎじゃね?」 「それな」  ぎゃははと笑っている黒の制服姿の生徒たちを、白の制服姿の生徒たちが白けた目で見る。 「はあ……朝から黒のやつら見ると気分悪い」 「本当。こっちまで下品になりそうだよね」  ひそひそと生徒たちが小声で囁く。 「なんだあ? やんのか、おい!」 「やめろ。ガリ勉のお坊ちゃんたちは器もあそこも小せえんだよ」  黒い制服姿の生徒がガルガルと威嚇し、仲間になだめられる。しかしなだめる生徒もまた柄が悪そうな姿をしている。  私立白蘭高校と、黒条高校。この二つの学校は隣接していた。  水と油のように交わらない、白と黒。しかし、そこに混ざっていく黒い制服があった。  ふらふらと吸い寄せられるように例の男に近づいていく悠心。 「ちょ、おい、悠ちゃん!」 「悠心、何してんだお前!」  友人たちに肩を掴まれるが、視線は目の前の男に張り付いたまま雑に払う。 「え、なになに、なんで黒の奴が?」 「喧嘩か?」  生徒たちの間にざわめきが広がっていく。両校の生徒たちが悠心に注目していた。 「あ、あのっ!」  悠心は男の白い袖を掴む。  男が振り向いた。  黒い切れ長の目が悠心を初めて捉える。 (ひゃ、ひゃあ……かっこよ……!)  胸を高鳴らせながら、悠心はごくりと喉を鳴らした。  周囲は次の展開を固唾を飲んで見守っている。  悠心は意を決して口を開いた。 「な、名前っ! 名前、教えてくれください!」  早口、大声、裏返り。  最悪の第一声となった。  悠心は顔を真っ赤にしながら男を見上げる。  形の良い意志の強そうな眉がぴくりと顰められた。 「……は?」  一言。  男は怪訝そうな顔をした。  無機質で理性的だった瞳に、一瞬の揺らぎが見える。  その瞳の奥に、悠心の必死な顔が映っていた。  それはまるで恋する乙女のようだった。        

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