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第2話 ビッチヤンキー、動く

 一瞬、その場がしんと静まった。  そして、次の瞬間、どよめきが起こる。 「悠心、おめぇマジかよ!」 「ぎゃははは! ウケる!」  腹を抱えて笑う黒条の生徒たちと、 「え……なんなの……?」 「何あいつ……怖すぎ。名前?」  ドン引きする白蘭の生徒たち。  悠心はそこで初めてハッと我に帰った。 「あ、いや、これは……」  掴んでいた白の袖を離す。  (や、やっちまったー……!)  内心だらだらと冷や汗をかきながら、どこか穴でも掘って隠れたい気持ちになる。  目の前の男はじっと黙って悠心のピンク頭を見下ろしている。 「あの、うちの生徒会長に何か用ですか?」  その時、男の隣から悠心に声をかけてきた者がいた。そちらを見ると、線の細い美少年が立っている。 「会……長……?」  ぽかんと呟くと、美少年が笑った。 「知らなかったの。そう、うちの――白蘭の生徒会長」  そう言って、美少年は目を細めた。 「……オメガだからって、近づけると思ったんですか?」  悠心の首輪を見つめる。  途端に、目の前の少年を悠心は心のフォルダ『敵』に叩き込んで分類した。ギン、と鋭く目を細める。 「ああ? なんだ、お前」 「やだなあ、怖い怖い。本当のことを言っただけじゃないですか」  こいつが何様なのかは知らないが、なぜ会長の隣にいて得意げな顔をしているのか。  そして、オメガ性への差別発言。  いけすかない奴だ、と悠心は性根の悪そうな美少年を睨みつけた。 「おい、悠心。何やってんだ、行くぞ」  その時、ぐいと肩を掴まれた。振り返ると那智が立っていた。 「那智」 「行くぞ」 「でも……」  まだ怒りが収まらずに睨みつけていると、低く凛とした声が響いた。 「桜井(さくらい)貴良(たから)だ」  見ると、今まで黙っていた会長が悠心をじっと見ている。  (さ、さくらいたから……)  さくらいたから。さくらいたから。  途端にさっきまで剣呑だった目が潤み、顔が赤らんでいく。  その反応を美少年と那智が驚いたように見ていた。  はわわ、と悠心が乙女モードになって貴良を見つめていると、美少年の慌てた声に遮られた。 「ちょ、ちょっと貴良! なんで名乗ってるの」 「いや……訊かれたから」 「ああもう……本当にそういうところ!」  ほら、行こう、と貴良は美少年に腕を引かれながら白蘭の校門をくぐっていく。悠心は那智に引きずられながら黒条の校門に入って行った。  (さくらい、たから……)  その間も悠心の脳内は花畑になり、目にはハートマークが浮かんでいた。 「悠ちゃん、どうしちまったんだよ」  廊下を歩いていると、右隣から宏樹が話しかけてくる。 「今までも一目惚れ何回もあったけど、あんなに周り見えなくなるの初めてじゃん? どうしたんだよ」 「いや……俺もよくわかんねえ」  悠心は答えながらもぼんやりと貴良の顔を思い出していた。  (ガチかっこよかった……)  廊下ではガラの悪い生徒たちがギャハハと笑いながらふざけてプロレスごっこなどをしている。壁にもたれて座りながらスマホをいじる姿。落書きだらけのべこべこに凹んだロッカー。 「白蘭の奴だぞ。しかも生徒会長。今回は諦めろって」 「やだ」 「ええ……」  宏樹が顔を引き攣らせる。左隣であくびをした那智が気だるそうに言った。 「諦めろ。こいつは一度言ったら聞かないバカだ」 「……確かに」  宏樹は一瞬考えた仕草をして頷いた。  『2ーD』と書かれた教室に足を踏み入れる。  乱雑な机。なぜか野球バットを振り回してボールを打っている生徒。イチャイチャしているカップル。スマホでゲームをしている生徒たち。 「でもさあ、悠心の元カレたちと全然タイプ違くね?」  宏樹が机に腰掛けながら首を傾げる。ちなみにそこは宏樹の席ではない。  悠心は椅子に座って、組んだ足を机にかけながら頷いた。 「いや、それが不思議なんだけどよ。全然タイプちげえのに、めっちゃ……なんか……こう……好きなんだよな」 「なんだそれ」 「うーん……わかんねえけど。……あっ! もしかしてこれが運命の(つがい)!?」 「ばかかお前は」  ゴン、と頭を叩かれた。 「イテッ。おま、何すんだよ那智!」  那智はふう、と大きくため息を吐くと飴を口に放り込んだ。ガリガリと音を立てながら食べる。 「運命の番なんざ、宝くじ当たるくれえ確率低いんだぞ。お前が運命のつがいに出会ったんなら、俺が5億当ててないとおかしいだろ」 「いやなんにもおかしくねえよ」  ため息を吐いて、悠心は首に手を置いた。  そこには固く嵌められている黒い首輪がある。つがいを持たないオメガが全員嵌める首輪。フェロモンを抑え、不同意でうなじを噛まれないようにするためのものだ。  つがいなんて欲しいと思ったことはない。  一方的に捨てられたら地獄だと聞くし、なんだか力関係ができてしまう気がして嫌だった。  けれど、貴良となら。 「あーあ。運命の番だったらよかったのになあ」    そうひとりごちると、那智が胡乱な目を向けてくる。 「お前、一人だけで足りんのかよ。ビッチのくせに」 「ビッチじゃねえし! ちゃんと付き合ってるし!」 「付き合って別れてのスパンが異常に短えんだろうが。元カレの数覚えてんのか?」 「えっと……」  十人超えたところで数えるのをやめた。  答えられないでいると、那智が大きくため息を吐く。 「ほれみろ」 「う、うっせー。てか、お前こそ、そのビッチの処女奪ったやつじゃねえか」 「ああはいはい、ごちそうさまでした」 「かるっ。金払えよ。痛かったんだからな」 「やだよ。しかもお前文句言いながらちゃんと――」 「……あのー」  その時、話を横で聞いていた宏樹が気まずそうに割って入ってきた。 「そういう話、気まずいから……やめて?」  目を逸らしてハンズアップしている宏樹は、黒条では珍しい童貞だ。 「てか初耳なんだけど……え、二人ってそういう関係だったん?」 「中学の時、一瞬な」 「二週間でなんか違うってなって別れたけどな」    那智がため息を吐く。悠心も深く頷いた。 「性への好奇心っての? やることやったら、なんか違ったんだよな」 「最低かよ!!」  宏樹がダン、と机に拳を叩きつける。今時珍しいリーゼント頭が揺れた。 「そんなナリなのに、本当に純情だよな、宏樹」 「兄貴が白蘭だなんて信じられねえよな」  那智の言葉に、悠心はハッとした。 「そうじゃん! 宏樹お前、兄貴白蘭じゃん!」 「お、おう……?」  悠心はじりじりと宏樹に近寄る。宏樹は「ひえぇ……」と情けない声を出して怯えた。 「ひーろーきーくん」 「は、はい……」 「お願いがあるんだけどぉ」  笑顔でそう言うと、目の前の顔が引き攣った。  

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