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第3話 不意打ち
白蘭高校の生徒会室で、貴良はパソコンの画面を見つめていた。
画面には文化祭実施規定の文字。チェックを頼まれたのだが、どうにも集中しきれない。
脳裏にあるのは、昨日の不可解なピンク頭の男だった。
(なんなんだったんだ、あいつ……)
あの時、袖を引かれて振り返ってみたら、目に飛び込んできたのは鮮やかな蛍光ピンクだった。
そして、アーモンドの形をした潤んだ茶色い目。紅潮した頬。
着崩した黒条高校の制服に、隠しもしない黒い首輪。
普通なら関わりたくない。
だけど。
『な、名前っ! 名前、教えてくれください!』
真っ赤な顔。泣きそうに潤んだ瞳。垂れ下がった眉。
ピアスだらけの強面のくせに、必死に袖を掴んできた。
思い出すと、なんだか胸の奥がざわつく。
(いったいなんだったんだ)
嵐のように現れた男のことを考えていると、
「貴良」
パソコンの上から声がした。見てみると、そこには凛 が立っている。
「どうしたの? なんかぼうっとしてるね」
「……そうか?」
「うん。貴良がパソコンを前にして五分も固まってるなんて、珍しいから」
確かに、そうだ。
黙り込むと、凛が目を細めた。
「もしかして、昨日のピンク頭?」
「…………なんの話だ」
「あ、図星なんだ」
凛は憎々しげに眉をひそめる。
「あの男、急に貴良に話しかけてくるなんて、何考えてんだろうね。オメガだからって、貴良に取り入れると思ったのかな」
「いや……そんな風には見えなかった」
「……そう?」
想定した答えではなかったのか、凛はわずかに目を見開いた。
「……なんか、貴良らしくない」
ぼそりと呟き、ため息を吐く。
「あの子、黒条の矢沢 悠心っていうんだって。あのピンク頭でしょ? やっぱり目立ってるみたい」
「矢沢悠心……」
思わずその名前を呟く。
じっと貴良の様子を観察していた凛が不機嫌そうに口を尖らせた。
「別に、覚えるまでもないでしょ」
「……そう、だな」
確かに、その通りだ。
彼が何を考えていたのかはわからないが、あれだけ注目を集めたのだ。きっともう近づいてこないし、会うこともないだろう。
そう思ったはずなのに、なぜか胸の隅がひっかかるような感覚がした。
◆
そう思っていたのに、再会は唐突で、すぐに訪れた。
数日後。生徒会の仕事を終えて校門の前を通ろうとすると、警備数人に囲まれた生徒がいた。
「学生証は?」
「いや……忘れちゃってぇ」
その知性の感じられない声に、ふと意識が留まった。見てみると、その生徒は明らかに浮いていた。
黒いごわごわの髪の毛。無駄に大きなメガネ。ややサイズの合っていない学生服。
(不審者か?)
しかし、よく見ると襟に隠れた首元に黒い首輪がしてあるのが見える。
「君、怪しいな……」
警備が詰め寄ったその時、その生徒と目があった。
アーモンドの形をした、茶色い目。
「あっ」
その目が大きく見開かれる。きらきらと輝き出すその目は、昨日見たばかりのものだった。
よく見てみれば、その口と耳にはピアスの跡のようなものが見える。
「な……っ」
思わず足が止まる。
「たから……っ!」
嬉しそうに名前を呼ばれる。その瞬間、胸の隅がことりと音を立てた気がした。
「……失礼します」
「桜井様」
警備の間を割って入る。
そこにいたのは、やはり見間違えようもない。昨日の奇妙な男だった。
「お知り合いですか?」
「……ああ」
警備の問いかけに頷くと、なぜか悠心の顔がくしゃりと崩れて赤くなった。
「に……認知されてる……」
へにゃへにゃと力が抜けてしまう悠心をとっさに支える。
「いかがしましょう」
「問題ない。うちの生徒だ」
そう答えてから、驚いた。考える前に、口が動いていた。
「来い」
ここにいたら注目を無駄に集めることになる。ひとまずこの場から離れるべきだ。
そう判断して、悠心の腕を引く。
悠心はどこかふわふわと夢を見ているような顔で大人しく着いてくる。
「……貴良?」
途中、凛とすれ違った気がした。しかし、今はそれどころではないので、足早に目的地へ向かう。
生徒会が管理する応接室のドアに鍵を差し込み、開ける。
悠心をその中に押し込み、自分も足早に応接室へ入る。ドアを閉め、「ふ、二人きり……?」と何やら震えている悠心に、改めて向き直った。
「お前……なんでここにいるんだ」
「いや……そのう」
悠心がぼりぼりと黒髪をかく。うろうろと視線をさまよわせた後、へらりと笑顔を浮かべた。
「あ、会いたくて」
気恥ずかしそうに笑う男のメガネがずれる。
「……」
「あっ、キモかったらごめん! いやほんと、一目だけでも会いたいなあって思って……」
メガネを直しても直してもずれる。きっと適当に選んでサイズも何も合っていないのだろう。
「……そのために、そんな格好してまでここに来たのか」
「へ? う、うん。あ! あの、本当、一目見たら帰るつもりだったから!」
悠心は顔を赤くしながらぽりぽりと頬をかいた。
「助けてくれて……ありがと」
じゃ、じゃあ……と言ってそそくさと退室しようとする腕をとっさに掴んだ。
「待て」
カシャン、と音がしてメガネが落ちる。
「あっ……」
拾おうとする悠心を制止する。
「……お前は、オメガだから俺に近づいたのか?」
悠心が顔を上げた。
ピアスも何もついていない顔は、昨日よりも幼く見えた。
――綺麗な顔だ。
一瞬でもそう思ってしまった自分に戸惑う。
「へ? た、貴良……先輩、アルファなのか?」
その瞬間、アーモンドの形をした目が見開かれた。
悠心の内心は嬉しいやら恥ずかしいやらで大混乱だった。
(ちょ、ちょちょちょっと待てえぇ! ち、近すぎ! 近すぎる!)
貴良に腕をとられたかと思えば、気がつけば背中が壁についている。
いわゆる、壁ドン。
最高だ。
神様、ありがとう。
良い子にしていてよかった。
メガネが落ちたことで、間近で素顔を見られる。ピアスをつけていない顔を見られるのはなんだかとても恥ずかしい。
しかも、貴良の顔が良すぎる。
それに。
(た、貴良がアルファって、ガチで……!?)
確かに、運命の番だったら良いなあ、なんて思った。でもまさか、貴良がアルファだなんて。
そういえば昨日、あの小生意気な美少年が『オメガだから――』とかうんぬん言っていた気もする。
(いやでもよく考えたらそうだよな)
こんなにイケメンで、圧倒的な存在感があって、しかも生徒会長だっていうんだから、それはそうだ。
(え、じゃ、じゃあ、本当に……!?)
運命の番、という言葉が脳裏によぎる。
「……知らなかったのか」
貴良がつぶやき、そっと体を離した。その時、違和感を覚える。
(ん?)
普通なら、わかるはずのものがわからない。
(何も……匂わない?)
アルファ特有のフェロモンが感じられない。オメガの悠心は、離れたところからでもアルファを感じられる。でも、こんなに近くにいても、貴良のフェロモンらしきものは感じられない。
確かに良い匂いはするが、柔軟剤の香りだ。
抑制剤を服用していても、普通なら少しはフェロモンが残るはずなのに。
考えるが、さっぱりわからない。
――ま、そういうこともあるか。
今はそれどころではないのだ。
悠心は少しでも多く貴良の視覚的情報を集めることに尽力する。
長いまつ毛。真っ黒に見えて少しだけ縁が緑がかっている。薄い唇。
見れば見るほど格好いい。
そして、何より惹かれるのは、やっぱり目だった。
理性的で、一見淡白そうな切れ長の目。しかし、どことなく他の者にはない何かを感じる。
そして、禁欲的な襟元からちらりと見える喉仏。制服に隠れているが、脱いだらどんな体をしているのだろう――。
「おい」
「んえ?」
じゅる、とよだれを垂らしていた悠心は貴良の声で我に帰った。
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