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第4話 接近
「なんで、俺に付きまとう」
貴良がじっと悠心の目を見て訊けば、ますます目の前の顔が赤くなった。
「そ、そりゃ……す……、す……」
悠心の唇が、何度も開いては閉じる。
「す……?」
続きを促すと、悠心はとうとう両手で顔を覆った。
「す、好き……だから……」
「…………」
思わず黙り込む。
あまりにも真っ直ぐな答えだった。
「……俺が?」
「う、うん……」
指の隙間から、ちらりとこちらを窺う。
「一度会っただけだろう」
「そうだけど……」
悠心はもごもごと口ごもった。
「その……一目惚れ、っていうか……」
「一目惚れ?」
「…………うん」
一目惚れ。
最も理解できない概念だ。
その顔は昨日、凛をガラ悪く睨みつけていた。
唇にも耳にもピアスの跡が多くある。そして、ごわごわの黒髪の間からは、わずかにピンク色がのぞいている。
――こんな男が、俺に?
「……俺は、君のタイプとは違うような気がするが」
貴良はピアスなんてつけないし、髪も染めない。この男と趣味嗜好が合う訳もなさそうだ。
とてもではないが、理由が見つからない。
悠心は慌てたように早口で話し始めた。
「た、確かにタイプは違うかもだけど……でも、そんなん、関係ないっつうか……と、とにかく好きなんだっ!」
好きなんだ。
その声が大きく応接室に響いた。
「……」
「……」
沈黙が降りる。
悠心は顔を紅潮させ、はあはあと息をしながら貴良を見つめている。
その頬に汗が伝った。もさもさの黒髪からのぞいたピンク髪は汗で湿っている。
「……声が大きい。あと、これ、みっともないから脱げ」
「えっ、でも……」
「見ていて暑苦しくて不快だ」
「あ、うん」
じゃあ、と言って悠心がおずおずとカツラを外す。
カツラの下から、昨日と同じ鮮やかなピンク色の髪が現れた。前髪が少し湿っていて、乱れた前髪を悠心は恥ずかしそうに何度も直す。
「……」
やはり、この男はこっちのほうがいい。
なぜそう思ったのか、自分でもわからなかった。
「貴良ー? いるの?」
その時、聞き慣れた足音がしてきて、ハッとした。
悠心を見る。鮮やかなピンク髪が露出している。カツラを被り直しても間に合わないだろう。
とっさに悠心の腕を引いた。
「わっ……」
スクリーン型パーテーションの裏に悠心を押し込み、貴良が囲うような形になる。
――なぜ、俺も隠れたんだろうか。
ふと頭の隅で疑問が浮かんだが、すぐに「部外者である黒条の生徒を連れ込んでいると知れれば、騒ぎになる。厄介ごとを避けるためだ」と結論づけた。
ガチャリ、と扉が開く音がした。
「……あれ? いない」
不思議そうな凛の声が聞こえる。貴良はそっとズボンのポケットからスマホを取り出した。
「ん……っ」
その時、なぜか悠心が小さく震えて息を漏らした。
貴良の手が悠心の胸元を掠っていたらしい。
(……なぜ震えている?)
悠心は自分の口元を抑えて小さく震えている。目元が潤んでいて、少し体調が悪そうだ。
やがて、悠心の膝からふっと力が抜けた。支えると意図せず抱き込む形になってしまった。
胸元で悠心のピンク頭からのぞく耳が真っ赤に染まっている。
貴良はその姿に何か落ち着きのない感覚を覚えて、明後日の方向に静かに息を吐いた。
「貴良ー?」
こつ、こつ、という足音と凛の声が近づいてくる。貴良はスマホを操作した。
「ん?」
通知音と共に、凛の足が止まる。
「……」
少しした後、凛の足音が遠ざかっていった。
バタン、とドアが閉まる音がする。
「……はぁっ」
悠心が堪えきれなくなったように大きく息を吐いた。
貴良も体から力を抜く。
スマートフォンの画面には、凛へ「文化祭の資料を持ってきてくれ」と打ったチャットが映っていた。
「……あ、ありがと、貴良……先輩」
校門まで送った後に、悠心がおずおずと頭を下げた。
あの後、生徒たちに会わないようにこっそりと応接室を出て、すぐに学校を出た。
黒条の生徒が白蘭に紛れ込んでいるなんて知れたら、大事件になってしまう。
素直にぺこりと頭を下げる悠心をじっと見下ろす。
黒いごわごわのカツラはやっぱり似合っていない。
「……先輩なんてつけなくて良い」
「え?」
「呼び慣れてなさすぎて、違和感だ」
「あ、うん……」
ぽかんと頷いた悠心が、はっとしたような顔をする。
「え、じゃあ……た、貴良、って呼んでも、良い……?」
「好きにしろ」
その瞬間。
ぶわわ、とわかりやすく悠心の顔が真っ赤になっていった。目が潤んで、口が半開きになっている。
――よく潤む目だ。
固まってしまった悠心に、背を向けた瞬間。
「ま、待って!!」
がしっと肩を掴まれた。その力強い手に思わず体勢が崩れる。
「あ、あのっ!」
アーモンドの目に熱が籠る。ずいっと目の前にスマホが差し出された。
その日の夜。
悠心は上機嫌に鼻歌を歌いながら、自室のベッドでスマホの画面を眺めていた。
トークアプリで、数多くの男たちがリストを埋める中、貴良のシンプルなアイコンにテンションが上がる。
連絡先をもらって、こんなに嬉しいのは人生で初めてかもしれない。
これまで数々の男たちと付き合ってきた。色恋には慣れていると思っていたが、貴良を前にすると、まるで処女のように初心 になってしまう。
そんな自分に戸惑うが、でも、嫌ではなかった。
ふわふわと夢見心地のまま、チャットを何度も見返しては「ぐふふ」とにやけた。
「スタンプ、可愛すぎんだろ……!」
画面には「よろしく」と可愛らしいキャラクターが言っているスタンプがあった。
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