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Ⅴ 美術品窃盗団“ゴースト”

 事件から数日後。その日の講義が終わり、エドウィンとマリルーは祖父の車でハーバータウンへの帰途に就いていた。 「……結局、ビアージョ氏は像にメッセージを込めたかっただけなのよね。動機はわからなくもないけど、やり方が強引すぎたわ」  マリルーが助手席で呟く。 「とはいえ、被害が軽微で済んでよかったよ。ユリウスさんも安心しただろう」 「本当に『被害が軽微』なのかしら?」  あの日、像の表面に残っていた顔料の微細な粒子は、彼女の鋭い観察眼にある違和感を残していた。 「何が引っかかるんだ、ルー?」 「うーん……あの像、戻されたとき、台座に対してごく僅かに向きがずれていたって言ったでしょう?」 「ああ。ビアージョ氏も焦っていたんじゃないか?」 「確かにそうかもしれないけれど……他にも顔料の付着以外に、像の表面に何か別の痕跡を見た気がするのよ。すごく些細で、目を凝らさないと分からないような、何かの跡? を……」  マリルーは記憶を手繰り寄せる。滑らかなはずの像の表面に、均一ではない、不規則な凹凸があるように見えたのだ。 「何かの跡?」 「ええ。そして火事を知らせる電話……あれは何? 彼は『単独でやった』と言っているわ。それなら本当にあの電話はただの偶然なの?」 「……」  それはエドウィンも疑問に感じていたことだった。彼の直感はマリルーの感じた違和感に同調していたが……具体的な憶測は思い浮かばなかった。  そのとき、ダッシュボードに置かれていたエドウィンのスマホが着信を告げた。画面には『ユリウス=ヴァルム』の名が表示されている。 「ルー、電話を頼む」 「いいわ」  マリルーは兄のスマホの通話ボタンをタップし、スピーカーモードに切り替えた。 『ユリウスだ。先日の“沈黙のヴィーナス”像の件なんだが、どうやら被害は軽微ではなかったようなんだ』  車内に響いたユリウスの声は、いつになく深刻だった。 「え……どういうことですか?」  エドウィンが前を向いたまま問いかける。 『今日、美術品の取引に携わっている知人から、国際的な美術品窃盗団ゴーストが近々“沈黙のヴィーナス”のレプリカを極秘裏に隣国へ売り捌こうとしている、という情報が入ってきた』 「レプリカですって? まさかビアージョ氏が?」  マリルーが驚いて聞き返すと、スマホの向こうでユリウスが当惑をにじませて答えた。 『ルー、君も一緒なのか。私も真っ先に彼を疑い、厳しく問い詰めたのだが……彼は誓って顔料を塗る以外のことはしていないと、怯えきった様子で主張している。私にも彼が嘘を言っているようには思えないんだ』  ユリウスの言葉に双子は思わず顔を見合わせた。二人の脳裏に “像の表面の何か別の痕跡”と“火事を知らせる電話”が一本の線で繋がっていく。 「ユリウスさん。今から俺たち、ヴァルム美術館に向かいます」 『ああ、すまない。私も今、向かっているところだ。現地で落ち合おう』  そこで通話は切れた。  エドウィンは車をUターンさせると、今来た道を戻り始めた。  ヴァルム美術館はレプリカの件で臨時休館していた。美術館の駐車場でユリウスと合流したエドウィンとマリルーは彼とともに館内に入り、スタッフルームに移動した。そこでユリウスが真っ先に口を開く。 「ビアージョ氏曰く、警備員が去ってすぐに加工をしたということだ。所要時間は五分。動かしてもいないらしい」  そこでエドウィンはあることに気づいた。 「待って下さい。五分?」 「ああ。五分だ」 「警備の巡回は二十分おきですよね? ビアージョ氏が像を台座に戻してから十五分の空白がある。その間に像の複製を目論む第三者が、何らかの方法で像の型を取り、その際に像の向きがごく僅かずれてしまったとしたら……」 「確かに、少しずれていたわ」 「つまり――像に最初に触れたのはビアージョ氏でも、別の誰かが複製の型を取るのは可能だったということです」 「ふむ。その『別の誰か』が窃盗団ゴーストならば、ビアージョ氏は犯人ではなく、たまたま利用されただけということになるな」 「ええ。ですがそれを証明しないと彼は犯人にされてしまいます」 「その通りよ」  マリルーが言い、ユリウスは真剣な目で続けた。 「私としてもビアージョ氏が無実なら罪を着せたくはない。ゴーストによる、製作者の許可のないレプリカの違法な取引の件は警察に任せることにして、彼の無実を証明するために、私たちに何ができると思う?」 「まずはもう一度、像を調べてみます」 「私もエドに賛成です。何か……例えば像の型取りに使われた物質が残っているかもしれません」 「そうだな。では展示室に行こう」  そして三人は再び展示室へと足を運んだ。“沈黙のヴィーナス”像は周囲の騒ぎなど何も知らないとでもいうように美しい面差しで前を向き、鎮座している。  ケースを取り、三人が改めて慎重に像を調べた結果、マリルーが顔料とは別の付着物を見つけた。 「これをわが社の化学分析部門で調べさせよう」  サンプルを取るとユリウスが言い、これからヴァルム・コンツェルンの化学研究室に向かうというので、双子はそこで彼と別れた。

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