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Ⅸ ロマンティック・ドライブ

 翌朝。クラリッサは起きてきたマリルーに上機嫌で話しかけた。 「兄様からLINEが来たわ。エドと交際することになったって。ちゃんと話してくれたのね?」 「……へ?」  昨日はエドウィンがオフィスへ戻る前に勤務時間が終了したため先に上がってしまい、彼は食堂にも来なかったので結局、話せなかった。マリルーの戸惑いをよそにクラリッサが続ける。 「植木鉢落下事件も解決したから、もう部屋の外へ出られるわ」 「え!? 解決したんですか?」  嬉しそうに話すクラリッサにマリルーが驚いて聞き返す。 「ええ。エドが共犯者をねじ伏せて、兄様たちが尋問した結果、芋づる式に主犯もわかったそうよ。お手柄ね♪」  クラリッサはそう言ってにっこりと笑った。  マリルーがオフィスに出勤すると、タビサがオロオロしながら見守る中、ユリウスが電話口で苛立たしげに話しているところだった。 「トラブルだと? そのくらい自分たちで何とかできないのか?」  ユリウスがイライラしながら亜麻色の髪を掻き揚げる。その後も暫く応酬は続いたが。 「……わかった。これから戻る」  最終的にユリウスは力なく言い、受話器を置くとマリルーのいる方を見た。 「エド、打ち合わせがしたい」 「はい」  ――エド?  聞きなれた声にマリルーが振り返ると、いつの間にか後ろに兄とライリーが突っ立っていた。ユリウスに気を取られて、彼らがオフィスに入ってきたことに気づかなかったのだ。 「ではロビーへ。タビサ、暫くエドを借りるぞ」  ユリウスが言い、二人はオフィスを出て行った。 「エド、すまない。本社に戻らなければならないんだ。せっかく残りの夏を君とここで過ごせると思ったのに……」  ロビーの片隅で声を抑え、至極残念そうにユリウスが言い、不安を湛えた目でエドウィンを見つめた。 「……その。私たちはこれから……」  エドウィンと晴れて交際することになり、これからは毎日彼とプライベートで会えると思っていたため、昨夜のディナーでは先のことを何も話していなかった。ユリウスとしては、物理的に離れることで交際が自然消滅するのは何としても避けたかったのだが。 「俺、車を買います」  皆まで言う前にエドウィンがきっぱりと言い、彼の言葉にユリウスは目を見張った。 「く……車?」  わけがわからずに聞き返すと、エドウィンは明るく笑った。 「自分の車があれば、ルーの都合に関係なく動けます。大学も別々に通えるし、講義が終わった後、あなたに会うこともできる」 「エド……」  エドウィンが“会えないなら仕方ない”ではなく、“会うための手段”を考えてくれたことにユリウスの胸が熱くなる。 「……そのためにバイト、最後まで頑張りますよ。だからユリウスさんもお仕事、頑張って下さい」 「わ……わかった。……あ、待ってくれ」  話は終わったものと、にっこり笑って踵を返そうとしたエドウィンの肩をユリウスは思わず掴み、彼を目の前に留めた。 「? まだ何か……」 「暫く会えないから、その……」  言い淀むユリウスをエドウィンが不思議そうに見ていると、束の間の逡巡の後、彼が続けた。 「キス……してもいいか?」 「……」  キス。交際していれば普通にするはずのことだったが、これからやっとお互いが『恋愛対象に成り得るかどうか、試して』みようとする段階で打診されてエドウィンは当惑してしまう。 「……でも。ここでは人目があります」  だから、そう言ってやんわり断った。――つもりだった。 「では私の部屋に行こう」 「え……」  ユリウスがエドウィンの肩を抱き、エレベーターへと向かう。戸惑いつつもエドウィンはユリウスとエレベーターに乗り、肩に触れる彼の手に動悸が激しくなった。  やがてエレベーターが最上階に着き、エドウィンは手を引かれてユリウスの部屋へと入った。  部屋は、広くて豪華なツインルームだった。奥のテラス窓が青空を切り取った絵画のように見える。部屋の奥へと歩きながら、ユリウスが口を開いた。 「……本当は。ライリー君がいなければ、クララとルーのように私も君とルームメイトになろうと思っていたんだ」 「え……?」  窓辺で歩みを止めて、ユリウスが明かす。 「君とこの部屋で過ごしたかった」  エドウィンを振り返ってユリウスは痛々しい笑みを浮かべた。だが次の瞬間、幸福そうに微笑んだ。 「……それは叶わなかったが、君と交際することになって、とても嬉しく思っているよ」 「ユリウスさん……」  手は軽く繋がれたままだった。その手を引かれ、空いた手で後頭部を引き寄せられて…… 「……!!」  触れた唇は、柔らかく温かかった。初めてのことにエドウィンが硬直するが、永遠のようにも思えた瞬間は去り、気が付くと自身を見下ろす鳶色の瞳と目が合った。 「……これで。君と離れても今のキスを支えに頑張れそうだ。……少しの間は」  そう言って寂しげに笑うユリウスにエドウィンは愛しくて堪らなくなって、衝動的にユリウスのシャツの襟元を掴み、彼を引き寄せ、背伸びして唇を押し当てた。一瞬、ユリウスが驚いたように息を呑むのが伝わる。だがユリウスもすぐに応え、エドウィンの腰を優しく掴み、角度を変えて何度も唇を触れ合わせる。  やがて息が苦しくなって、二人は一旦離れて見つめ合った。無言のまま、どちらもオフィスに戻ろうとはせず、互いの唇に目を遣ったのを合図に再び触れて。 ルルルルルル……  そんなことを幾度か繰り返した中で突然、ユリウスのスマホが鳴り、二人は驚いて身を離す。彼が画面を確認すると『タビサ=フラトン』と表示されていて、思わず溜息を吐いた。 「時間切れ、か……」  ユリウスが画面をタップして電話に出る。 「ユリウスだ。今から戻る」  それだけ言うと、すぐに電話を切った。 「エド……」 「ユリウスさん……」 「次に会えるのは秋だろうな」  至極残念そうに、ユリウスが言う。 「そんな顔をしないで。スマホでビデオ通話もできるし、……もし、手紙の方が良ければ俺、毎日書きますよ!」 「手紙? ははっ……」  エドウィンの提案にユリウスは思わず笑ってしまった。 「……いや、LINEでいいよ。電話は私の方からしよう」  遠距離の相手に電話したら、通話料金が嵩むことを気遣っての提案だった。エドウィンもユリウスの気遣いを悟って、微笑む。 「はい。待ってますね」 「……では、オフィスに戻ろうか」 「そうですね」  ユリウスはエドウィンの肩を軽く抱くようにして、ドアへと歩き出す。ドアの前まで来て、ユリウスがレバーハンドルを押し下げてドアを開こうとしたが、思い直して再びドアを閉めた。 「? ユリウスさ……!」  ユリウスに抱き込まれるように引き寄せられ、気が付くとエドウィンは唇を塞がれていた。 「……ん……んん……」 そしてそれは何度か食んだ後、離れていった。 「……はは。ちょっと、びっくりしました」 「では、戻ろうか」  赤くなりながらエドウィンが言うと、ユリウスは満ち足りた笑みを浮かべ、二人は今度こそオフィスへと足を踏み出した。  これから暫くの間、ユリウスさんと会えなくなる。  ――でもきっと大丈夫。  何度も二人で乗ったエレベーターの中で、エドウィンは思う。  ――彼との交際は、それぞれの思いに真摯に向き合った上でのものだから。  距離という困難を簡単に乗り越えていけると信じて、二人はもう一度、顔を見合わせ、微笑み合った。  ~終わり~

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