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Ⅷ 揺れる想いの行方

「エド! 待ってくれ!」  長い一日が漸く終わり、地下の従食で遅い夕食を取ろうとオフィスを出たエドウィンをユリウスが呼び止めた。 「ユリウスさん……まだ何か?」 「この騒ぎで夕食がまだだろう? 私に奢らせてくれないか?」  いつもなら遠慮するところだが、疲れていたことと、ユリウスの人間関係のゴタゴタに巻き込まれたのもあって、エドウィンは頷いた。  二人でホテル二階のレストランに行くと、奇しくも案内されたのは昼間ユリウスとソフィアが会食した、パノラマウィンドウから湖が見渡せる窓辺のテーブルだった。夕食時間のピークを過ぎているため、客はポツポツとしかいない。  オーダーを済ませると、ユリウスはエドウィンに改めて向き直った。 「……今日のこと、本当に済まなかった。ソフィアに君のことを話してしまったばかりに、君が怖い目に……」 「いえ、もういいんです。むしろ、そのおかげで今回の件を解決できたわけですし、“怪我の功名”ってヤツですよ」  そう言ってエドウィンは笑い、ふと疑問に思ったことを思い出した。 「ところでユリウスさん、なぜボートハウスに来たんですか?」  ――部屋の外が危険だからという理由で今日一日ボディガードとしてついていたというのに、なぜ部屋に送った後、外に出たんだろう? 「部屋まで送ってもらって、君を返した後、何となく胸騒ぎがしてね。オフィスに電話を掛けたんだ。そうしたらタビサが君とカーニー氏がボートハウスに向かったというじゃないか。それで思わず駆け出していた。実はレセプション・パーティーで、彼には何か引っ掛かるものを感じていたんだ」 「……」  ――もしも。カーニー氏が凶器を持っていたら……  鉢植えの件も含めて傷つける気がなかったとは言え、追い詰められて逆上することは、決してありえないことではなかった。エドウィンはそこまで考えて急に……怖くなった。  ――失うかもしれなかった? この人を? 「エド、どうした? 顔色が悪いぞ」 「い、いえ……」  片手で口元を覆いながら、自身が震えているのを自覚する。そのとき、エドウィンはテーブルに置いていた手に暖かさを感じ、ユリウスの大きな手が彼の手を優しく包み込んでいるのを見た。 「……すまない、エド。怖い思いをさせて……」  エドウィンが口元の手を下ろし、目を上げると、真摯な鳶色の瞳が彼を見つめていた。顔が熱くなるのを感じて、エドウィンが思わずテーブルに置いた手を引っ込める。 「いえ、違うんです」 「違う?」  ユリウスが怪訝な顔で問うが、エドウィンは何も言えずに俯いてしまった。ユリウスも無理に問い詰めるようなことはせずに、沈黙したまま幾ばくかの時が過ぎた。 「お待たせしました」  暫くして、ウェイターが料理を運んできた。料理を前にした二人は急に空腹であることを思い出し、早速食べ始めた。 「うわ、美味しい! まかないとは大違いだ。……あ、失礼」 「はは、まあ、そうだろうな」  美味しい料理で一気に和やかな雰囲気になり、エドウィンのリアクションにユリウスが顔を綻ばせる。  二人は時折言葉を交わしながら食事を楽しみ、食べ終えると食後のコーヒーが出された。 「ああ……母さんと暫く会ってないな。元気にやっているかな」  コーヒーを一口飲み、カフェを営んでいる母のことを思い出してエドウィンが懐かしそうに言うと、ユリウスも微笑んだ。 「彼女の淹れるコーヒーは絶品だ。また飲みに行きたいものだな」 「え……本当ですか? 母も喜びます」  ――あ。  そう口にした瞬間、エドウィンは気づいてしまった。自分自身もユリウスがハーバータウンに来ることを嬉しいと思っていることに。そしてそのとき何故か……彼と出会ってから今までのことを走馬灯のように思い出した。  いつもさり気なくサポートしてくれること、自分と妹のことを理解し認めてくれていること、そして学園祭でクラリッサが迷子になったときの狼狽した顔も。  ――あ……  ボートハウスに駆け付けたときの彼は、あのときと同じ顔をしていた。その瞬間、エドウィンはユリウスが息せき切ってあの場に現れた理由を理解した。途端に、胸がいっぱいになる。 「ユリウス、さん……」  もはや、自分の気持ちに向き合わずにはいられなかった。 「うん?」 「今ここで、あなたが以前した提案にお返事しようと思います」  エドウィンが意を決して口を開く。 「……正直に言うと俺、今まで誰かを恋愛対象として『好きだ』って思ったことがなくて。ましてあなたは男性だし、俺にとっては頼りになる兄のような存在でした。でも今回のことでわかったんです」  ユリウスが真剣な表情で耳を傾け、エドウィンは続けた。 「もし……カーニー氏がもっと危険な行動に出ていたら……って考えたんです。あなたが傷ついたり……あなたを失うようなことを想像したとき……とても……怖くなって……」  そこでエドウィンは一度言葉を切った。そして真っすぐにユリウスを見つめる。 「……ボートハウスで。カーニー氏に二度とあなたに関わるなって言われて俺、目の前が暗く閉ざされたように感じたんです。……いつの間にかあなたは俺の中でかけがえのない存在になっていました。だから、その……」  エドウィンが頬を染める。 「あなたが提案した……『恋愛対象に成り得るかどうか、試して』みようと思います」  ユリウスは言葉を失い、鳶色の瞳を大きく見開いて、信じられないというようにエドウィンを見つめ返した。長い、深い沈黙が二人を包む。……そして。 「……エド」  誠実で前向きなエドウィンの返事に、晴れやかな笑顔を浮かべて、ユリウスはやっと想い人の名を喉から紡いだ。嬉しくて泣いてしまいそうだった。 「……ありがとう。これからもよろしく。エドウィン=ベネット」 「こちらこそ」  ユリウスが手を伸ばし、テーブルの上のエドウィンの手を優しく包み込む。今度は引っ込められることもなく、手を触れあったまま二人は微笑み合った。

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