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Ⅶ レセプション・パーティー
レセプション・パーティーは夕方の一時間、ラウンジで催されることになっており、ディナー前のイベントのため、ワンドリンクとテーブルにカナッペやスライスチーズの盛られた皿が用意されているだけのごく気軽なものだった。
開催時間が近付くと、専属スタッフが奏でる落ち着いたグランドピアノの音色の中、スーツやイブニングドレスに身を包んだ多くの宿泊客がラウンジへとやってきた。カウンターで飲み物をもらい、グラス片手に談笑し合う中、開催時間になってダークグレーのスーツ姿のユリウスが現れると、彼らにどよめきが広がった。どうやらほとんどは常連客で、彼とは知り合いらしい。エドウィンはユリウスの後ろに控えめに付き従いながら、彼が客たちに挨拶して回る間、彼の周囲に油断なく目を光らせていた。
そしてユリウスがマンダリンオレンジのロングドレスを着たソフィアのところに来たとき、彼女は一人ではなかった。
「紹介するわ。お友達のリチャードよ」
ソフィアに紹介されて、三十歳前後と思われる、中背で筋骨たくましい体つきの、神経質そうな目元をした男性が右手を差し出す。
「リチャード=カーニーだ」
「このホテルのオーナー、ユリウス=ヴァルムです。どうぞよろしく」
ユリウスも挨拶を返し、にこやかに握手する。エドウィンは顧客情報から、彼は常連客ではないことと、一週間ほど前からホテルに滞在していることを認識した。
「ユリウス。あなたの想い人はどこにいるの? ぜひ紹介して」
そのとき、ふいにソフィアが言って、ユリウスは軽く笑った。
「目の前にいるよ、ソフィア。エドウィンだ」
ユリウスは突然の紹介にぎょっとするエドウィンを振り返り、軽く肩を抱くようにして自身の横へと押し出すと、ソフィアもリチャードも絶句して固まってしまった。てっきりセレブな宿泊客の中の誰かだと思っていたからだ。
「ス……スタッフ?」
ソフィアがいち早く我に返り、問い質す。
「ああ。夏休みだけの期間アルバイトなんだ。コンシェルジュの補佐をしてもらっている」
「エドウィン=ベネットです。お見知りおきを」
咄嗟のことにも拘わらず、エドウィンが礼儀正しく挨拶するが、ソフィアは明らかに機嫌が悪くなっているように見えた。
「随分若く見えるけれど、もしかして学生……?」
「はい。大学一年生です」
「……」
「では、僕はそろそろ行くよ。パーティー、お友達と楽しんでくれ。エド、行こう」
ユリウスは営業スマイルをソフィアに向けると、エドウィンを促して別の顧客へと足を向けた。
すべての出席者に挨拶を済ませ、ユリウスはエドウィンとともにラウンジを後にした。
ユリウスを部屋まで送った後、タビサに報告するためエドウィンはオフィスへと向かったのだが、そこで意外な人物に会う。
「カーニー様……」
先ほどのパーティーでソフィアと一緒にいたリチャードだった。タビサがエドウィンを振り返る。
「ああ。ちょうどよかったわ、エドウィン。時間外勤務になってしまうけれど、カーニー様のご用件に対応してくれないかしら? もうマリルーとライリーは勤務を終えてしまったの。もちろん手当は出るわよ」
「わかりました。カーニー様、どうされました?」
エドウィンが尋ねると、リチャードは深刻そうな顔で声を潜めた。
「実は昼間、ボートハウスで高価そうな指輪を見つけたのだが、ボートを降りてからスタッフに伝えるつもりが失念して、今まで忘れていてね。どうにも気になって仕方がないのだ。持ち主は今も懸命に探しているかもしれない。暗くなってしまったが……これから私とボートハウスまで回収に向かってもらえないか?」
――もしも指輪が大切なものだとしたら。
持ち主はさぞや不安な思いをしているに違いなかった。
「ええ、承知しました。ご一緒します」
エドウィンは即座に頷いた。
エドウィンはタビサに鍵を借り、リチャードと共に暗くなり始めた空の下、黒い支柱の先についた六角形のランタン型外灯の、温かい琥珀色の光が照らす湖畔の遊歩道をボートハウスへと向かった。遊歩道には所々ベンチが設置されており、座って会話を楽しむ者、ゆったりと散策する者と様々だった。
ボートハウスは数隻のボートやカヌーが係留されている横長のもので、今は営業時間外のため受付スタッフもおらず、無人で静まり返っていた。出入口扉の上のブラケットライトが白い光を扉に投げかけている。
「今、開けます」
エドウィンはタビサから預かった鍵で扉を開けた。入口脇のスイッチで白熱灯を点け、中に足を踏み入れる。
「それで指輪はどこに……うっ!?」
エドウィンが振り返ったとき、リチャードは彼を壁際へと押しつけた。
「大きな声を出すなよ?」
リチャードが声を潜め、周囲を警戒しながら続ける。
「ソフィアからの伝言だ。ユリウスの隣にいるお前が邪魔だ、とな。これを持って今すぐリゾートを去れ。そして二度とユリウスに関わるな」
「……そんな、こと、……」
「エド!」
リチャードから札束を押し付けられながらエドウィンが言いかけたとき、ボートハウスの入り口から若い男性の切羽詰まったような声が響いた。二人がそちらを見ると、険しい顔を向けるユリウスがいた。
「ミスター・カーニー、彼に何を……?」
「ユリウス……ぐっ!?」
エドウィンはリチャードの気がそれた一瞬を見逃さず、即座に武術で彼の動きを封じた。
「動かないで下さい!」
「ぐぅ……」
エドウィンがリチャードを押さえている間にユリウスは応援を呼び、駆けつけた大勢のスタッフを見て観念した彼はスタッフルームで事情を聴かれることとなった。
最終的にリチャード=カーニーはすべてを話した。ソフィアに言われてこのホテルに来たこと、ユリウスの周囲で人為的な事故を起こしていたことを。
「ソフィアから頼まれたんだ! 金が欲しかったんだ!」
悲愴な顔で叫ぶリチャードをユリウスはじめスタッフは痛ましく見つめた。
そして次にユリウスはエドウィンとタビサ二人のみを同席させてソフィアにも事情を訊いた。
「ソフィア。どうしてこんなことを」
「ユリウス、本当はあなたと結婚したかったのよ!」
取り乱した様子で叫ぶソフィアにユリウスが当惑して尋ねる。
「君は僕との結婚に乗り気ではなかったじゃないか」
「求められている実感が欲しかったの! 気のない素振りを見せても追いかけてきて欲しかったのよ! ……リチャードにあなたの周囲で事故を起こすように言ったのは、不安に押し潰されそうになっているあなたの前に現れて、心を射止めたかったから。決して怪我をさせるつもりはなかったの」
ソフィアが泣きながら弁明するが、ユリウスは眉を顰めてかぶりを振った。
「……ソフィア。君にそのつもりがなかったとしても、エドを脅したのは許せない。もう、君を友達とは思えないよ」
「ユリウス……」
震える声で男の名を呼び、ソフィアは泣き崩れた。
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