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Ⅵ 過去からの来訪者

 翌日。最初の巡回はマリルーとライリーのペアだった。それ故にマリルーはクラリッサとの約束通り、エドウィンとペアになる二度目の巡回でユリウスのことを話すつもりでいたのだが。 「ユリウス様が襲われたの」  マリルーとライリーが巡回を終えオフィスに戻ると、待ち構えていたようにタビサが硬い表情で言った。既に聞いていたのかエドウィンも強張った顔をしている。 「襲われた、って……」 「ユリウス様目掛けて上階から植木鉢が落ちてきたのよ。……実は数日前にも同じことがあって。大事にしたくなくて、警察には通報していないの。警備を強化するなどできる限りの対策はしていたのだけど、今朝また同じことが起こった……」  タビサが続ける。 「こうも立て続けに起きると、ユリウス様が狙われている可能性は否定できない……。クラリッサ様にも念のため部屋から出ないようにしてもらってはいるけれど、ユリウス様は仕事柄、部屋の外に出なければいけないこともあるわ」  タビサは額を片手で押さえ、かぶりを振った。 「……けれど、正式なセキュリティ・ポリスには依頼できないの。そんな物々しい人たちを連れ歩くユリウス様を見れば、宿泊客は不安を覚えるわ」 「じゃ、じゃあ、どうすれば……?」  ライリーが困ったような顔で聞くと、タビサはエドウィンに向き直った。 「エドウィン。今日から暫くの間、ユリウス様が部屋の外に出るときは彼についていてほしいの。SPSなら連れ歩いても不自然ではない……あなたには武道の心得もあると聞いたわ」 「そんな……危険じゃないですか?」 「いくらエドが師範クラスの実力だと言っても……」 「わかりました。俺で力になれるのなら……」  マリルーとライリーが心配そうに訴えるが、エドウィンは力強く頷いた。 「引き受けてくれてありがとう。でもあなたは期間アルバイトの学生よ。決して無理はしないこと」 「はい」 「……それで今日の予定だけど。ユリウス様が部屋を出てこなさなければならない仕事は二件。正午の会食と夕方に開催される、ホテルの宿泊客を対象としたレセプション・パーティーよ。時間になったらあなたはユリウス様を部屋へ迎えに行き、同行して」 「わかりました」 「あと。巡回に行ったら、思わぬトラブルに巻き込まれるかもしれない。エドウィン、あなたは今日一日、オフィス待機でいいわ。巡回はマリルーとライリーに任せましょう」 「「「了解しました」」」  マリルーは他の二人と声を合わせて返事をしたものの、兄と話す機会が遠のいてしまったことに、心の中で溜息を吐いた。  正午近く、ユリウスを迎えに行く時間が来ると、エドウィンはホテル最上階にある彼の部屋を訪ねた。 「すまない。君にこんな役目を……」  部屋から出て共にホテル内のレストランに向かう途中、二人で乗ったエレベーターの中でユリウスは謝罪の言葉を口にした。 「謝らないでください、ユリウスさん。俺は、あなたの役に立ちたいんです」 「エド……ありがとう」  エドウィンの真摯な言葉にユリウスが微笑む。そして少しの間の後、口を開いた。 「実は……会食の相手というのが、私の結婚相手の候補だった女性なんだ」 「え?」  ――ユリウスさんにそんな人が? ……いや、全然あり得ることじゃないか。  エドウィンは少しばかり動揺したものの、すぐに落ち着きを取り戻す。 「彼女……ソフィアは私との結婚に乗り気ではなかった。だからその話は立ち消えになったのだが……昨日突如、今日会えないかと連絡が来て……」  ユリウスは小さく溜息を吐いた。 「彼女とは今も友達で、家同士の付き合いもあって無碍に断ることもできずに、物騒な事故が周りで起こっているにも拘わらず、こうして部屋から出て会食に向かっているわけだが……」 「……でも。今日のあなたは何となく嬉しそうに見えます。やはりお友達と会えるのは嬉しいものですよね。事故のせいで不安になっているかもと心配していたので、安心しました」 「嬉しそうに? それは……」  ユリウスが言いかけたところで、エレベーターがレストランのある二階に着いた。  レストランはラウンジと同じく、パノラマウィンドウからターコイズブルーの湖を見渡せる、広く豪華な造りだった。落ち着いたモスグリーンの床に白いクロスの掛けられた円テーブルがドット状に置かれている。 「悪いが私がソフィアと会食する間、壁際にいてくれないか?」  ユリウスが済まなそうに言うが、もとより同席するとは思っていなかったエドウィンは頷き、静かに離れて目立たずに彼らを見守ることのできる場所へと移動した。  エドウィンが離れるとユリウスは窓辺のテーブルに座る、淡いピンクのフローラルプリントで彩られたサマードレスを着、緩いウェーブのかかったブロンドベージュの長髪をアップスタイルにした、若く美しい女性の方へと歩いて行く。 「! ……ユリウス。久しぶりね」 「やあ、ソフィア」  女性が気づき顔を上げるとユリウスが挨拶し、向かいに座る。スーツ姿のユリウスと美しいソフィアは完璧なカップルに見えた。 「ホテル・リュミエールにようこそ。君がレイクサイド・クレストに来るなんてどういう風の吹き回しだい? 今まで一度だって来たことがなかったのに」 「別に。一度来てみたかったの。避暑地として人気なのがよくわかるわ。暫く滞在する予定よ」 「ふうん?」  そのとき、ウェイターが注文を取りに来たので二人は“シェフのおまかせランチ”をオーダーした。 「……ところで。何か変わったことはあった?」  ウェイターが行ってしまうと、ソフィアが声をひそめて尋ねる。 「変わったこと? いや、特に何も。ホテルの経営は順調だ」 「……そう。それにしても。今日のあなた、何だか嬉しそうね。いいことでもあったのかしら?」  ソフィアが何かを期待するような目でユリウスを見る。 「ああ。好きな人と同じ場所で過ごせているからね」 「ユリウス……それは、私と会えて嬉しい、ってこと?」 「……え? いや、そういう意味じゃない。想い人が夏の間ずっとこのホテルに滞在しているんだ」 「想い人、ですって?」  ソフィアが驚いて目を見張る。 「ああ。春に出会ったんだ。一目惚れだった。ゆくゆくは恋人になりたいと思っている」 「……まだそうではないのね?」  ソフィアが冷静に確認すると、ユリウスは微笑みながら頷いた。 「今はね。でもきっとそうなれると信じている」 「……彼女も今夜のレセプション・パーティーに来るの?」 「ああ。……正確には彼女ではなく彼、だが」  ユリウスが軽く肩を竦める。 「そう言えば、あなたはバイセクシャルだったわね。……パーティーであなたの想い人に会うのが楽しみだわ」  ソフィアは思い出したように口元だけで微笑んだ。  ほどなくして運ばれてきた料理を食べながら、二人は他愛ない話をして笑い合い、会食を終えた。 「また後でね」 「では後で」  別れ際にソフィアが言い、ユリウスは軽く手を振って答えた。 「エド。待たせてしまったな。何かご馳走しよう」 「いえ。あなたを部屋まで送ったら、地下の従業員食堂で食べるのでお気遣いなく。さあ、部屋へ戻りましょう」  ソフィアの姿が見えなくなるとユリウスはすぐにエドウィンのところに来て申し出たが、彼は断ってエレベーターの方へと歩き出した。 「エド……仕事初日の夜に話したことだが……」  部屋へと戻る二人きりのエレベーターの中で、ユリウスがためらいがちに切り出す。 「少しは考えてみてくれただろうか?」  問われてエドウィンははっとした。実際、そのことについて何度か考えようとはした。だが何をどう考えて結論を出せばいいのかわからず、つい後回しにしているうちに結局、『少し』も考えられていなかった。 「……いえ、まだです。ごめんなさい。仕事のことで頭がいっぱいで……」 「そうか……」  ユリウスは微笑んだが、その笑みは少し寂しそうに見えた。エドウィンの胸がずきりと痛む。 「君が戸惑うのは当然だ。私の方こそ、急に踏み込みすぎたかもしれない。君を困らせるつもりはないんだ」  ユリウスはエドウィンを安心させるようにそっと肩に手を置いた。

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