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Ⅴ 令嬢と女子大生の取引

 その夜。 「ルー、どうしたの? 何だか元気がないみたい」  すり替えられたスケッチ画について解決の糸口が見えぬまま勤務を終え、自室へと戻ったマリルーは、ルームメイトのクラリッサに声を掛けられ、疲れた笑みを浮かべた。 「……ちょっと捜査に行き詰っていて。クララさん、アーティストのローレンス・グラットン氏を妬む人物、あるいは彼の作品を欲しがる人物に心当たりはありますか?」  マリルーが率直に尋ねると、クラリッサは少し考えるような素振りをした後、口を開く。 「グラットン氏には才能のある若い弟子がいたわ。彼はグラットン氏の画風にそっくりな作品を描くことで知られていたけれど、三年前にグラットン氏とは決別し、現在は裏社会で贋作作りに関わっているという噂よ」 「そ、その元弟子の名前は?」  思わぬ新情報に前のめりになるマリルーに、クラリッサは落ち着いて答えた。 「バイロン=アクランド」 *  翌日。三人は朝からオフィスで、クラリッサの情報を基にバイロン=アクランドについて調べていた。 「あっ! バイロンの婚約者だった女性が今、グラットン氏と同じ東棟に滞在しているわ」  マリルーの言葉に、エドウィンとライリーが彼女のところに集まり、パソコンを覗き込む。 「モニカ=バーンズ……本当だ。さっき探し出した記事で数年前、アクランド氏の婚約者として話題になっていた人だ」 「これは偶然じゃねえよな?」 「ええ、そう思うわ。彼女はグラットン氏の熱狂的なファンで、彼の作品を欲しがったとしても不思議ではない……」 「つまり、元弟子が外部で贋作を制作してパートナーのモニカがホテルに持ち込み、客室係がすり替えを実行したということか?」 「モニカは芸術コレクターを名乗っているけれど、最近多額の負債を抱えているという噂があるの。グラットン氏の未発表作品は、裏ルートで売れば大金になる」 「よっしゃ! 決まりだな!」  容疑者の目星がつき、三人はタビサに報告した。 「……確かにモニカ=バーンズには動機があり、状況証拠からも彼女が関わっていそうね。けれど、警察が介入するような騒ぎになることは避けたい……私が彼女に事情を聴いてみるわ」 「タビサさん。警察を呼ぶ気がないのなら、モニカを直接問い詰めるのは得策ではありません。彼女が犯行を認めず、逆にホテル・リュミエールのセキュリティを批判すれば、事態はさらに悪化します」  三人の報告を聞いたタビサはそう言ってオフィスを出て行こうとしたが、マリルーの提言に足を止めて振り返った。 「では、どうするの?」 「俺たちは、盗まれた本物のスケッチ画を探し出します。まずはスケッチ画を見つけて、グラットン氏に返します。彼の考えを聞いた上で判断するというのはどうですか?」 「わかったわ。では、必ず見つけて」 「「「はい」」」  SPS三人は決意を込めて頷いた。 「スケッチ画がモニカの自室に隠されてる、っつーことは……」  ライリーが言うが、マリルーは首を横に振った。 「今回、タビサさんは警察への通報はしないと判断したけれど、通報される可能性があることはわかっていたはず。警察による客室の一斉捜査に対策していないわけがないわ」 「俺もルーの意見に賛成だ。自分と結びつかない共有スペースやデッドスペースに隠した上で、事件直後にホテルを去ると真っ先に疑われることを見越して、ほとぼりが冷めてから回収する可能性が高いと思う」  実際、モニカは今も滞在し続けている。 「そ、そうか、なるほど……」  ライリーがマリルーとエドウィンの見解に感心して頷く。  それから三人はホテル・リュミエール内の、スケッチ画を隠せそうな部屋や倉庫、物置をピックアップした。 「うーん……これらの場所を限られた人数で探すのは骨が折れそうね。候補を絞り込めないかしら」  マリルーが渋面を作る。 「スタッフが常時出入りする部屋は除外していいと思う。普段あまり立ち入らない、鍵のかかった場所に限ると……」 「そうね。鍵の使用記録を調べてみましょう」  エドウィンの意見を受けてマリルーは事件前後の日の記録を見たが、不審な点はなかった。 「オフィススタッフの日誌も見てみないか?」  エドウィンが提案する。毎日、どんな小さなことでも皆で共有できるようにオフィスには日誌が設置されていた。  三人が日誌を見ると、スケッチ画がすり替えられたと思われる日、東棟の端にある物置の鍵が数時間、紛失していたという記録を見つけた。 「ビンゴ!」  ライリーが叫んでパチン、と指を鳴らす。 「つまり、客室係が東棟に入ってからモニカと接触して贋作のスケッチ画を受け取り、清掃用カートに隠してグラットン氏の部屋を清掃する際にスケッチ画を入れ替え、持ち出した鍵を使って東棟端の物置に隠した……ということだと思います」  マリルーの推理にタビサが三人に件の物置を捜索する許可を出したところ、段ボール箱の陰に隠されるようにひっそりと置かれた、古布に包まれた本物のスケッチ画を発見したのだった。 *  次の日。エドウィンたち三人がオフィスに出勤すると、タビサとともにユリウスが待っていた。 「エド、ルー、ライリー君。君たちの推理通りだったよ。東棟の物置から回収された本物のスケッチ画は無事、グラットン氏に返された。彼はお気に入りの滞在先である当ホテルの評判を落としたくはないと、主犯のモニカ=バーンズと共犯のナンシーのことは起訴しないと言ってくれた。彼女たちは静かにホテルを去り……この事件は終わった。三人とも本当によくやってくれたね」 「ナンシーが共犯者だったんですか?」  ユリウスの説明にライリーが絶望した顔で尋ねた。 「ああ。彼女はミズ・バーンズの従妹だったんだ。多額の謝礼を約束されて協力したらしい」  ユリウスが僅かに顔を曇らせ、ライリーはがっくりと項垂れた。 「せっかく……仲良くなれると、思ったのに……」 「ライリー、星の数ほど女性はいるわ」 「夏の思い出作り、手伝うよ」  スケッチ画すり替え事件の解決とともに終焉を迎えたライリーの淡い恋心は、双子の気遣いによりホンの少しばかり癒されたのだった。  その日の夜。 「捜査、上手くいったの?」  マリルーが勤務を終えて部屋に戻ると、ソファで紅茶を飲みながら本を読んでいたクラリッサが尋ねた。マリルーははっとして笑顔を作る。 「ええ。クララさんの情報から、事件が解決しました。ありがとうございます」 「まあ! それは良かったわ」  クラリッサも微笑み返し、マリルーが話は終わったものと、着替えるためにクローゼットへ向かいかけた。 「待って」  だがクラリッサに呼び止められて振り返った。 「エドは何か言ってた?」 「……?」 「半月が経とうとしている今になっても、エドから兄様に何の反応もないから」 「エド? 反応?」  マリルーはわけがわからずに聞き返すと、クラリッサは溜息を吐いた。 「妹のあなたも聞いてないのね。実は……」 とバイト初日の夜、ユリウスがエドウィンに、彼のセクシャリティに関わらず彼自身に興味があること、お互いを一歩踏み込んだ特別な存在として少しずつ知っていきたいと思っていること、その上でお互いが恋愛対象に成り得るかどうか試すことを前向きに考えてほしいと伝えたことを話した。 「ユリウスさんとエドがそんな話をしていたなんて……」  マリルーが呆然とクラリッサを見つめる。 「兄様も『時間をかけて、ゆっくり』とは言ったわよ? でもエドウィンはあれから兄様に話しかけることも、LINEすらしない。そんな話があったことすら忘れたかのようにただ仕事する日々」 「……」 「……念のために言っておくと、兄様から私に話したわけではないわ。兄様に元気がないのを心配して私が問い詰めたのよ。そして……こんな言い方をしたくはないのだけれど」 とクラリッサは前置きして、言った。 「今回の事件で、私はグラットン氏の元弟子の情報を与えたわ。その見返りに少しくらい、あなたが動いてくれてもいいと思わない?」 「……そう、ですね。もっともな言い分です。何より、兄の不誠実な対応を私も遺憾に思います。明日にでも兄と話してみることにします」 「ありがとう」  マリルーの答えにクラリッサは満足そうに微笑んだ。

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